9. 呪い師を呼ばないと!

 キーナとの勝負で意識を失った僕は、しばらくの間、眠っていたみたい。意識が戻ってきたころには日が傾きはじめていた。


 この場に残っているのは僕とイアンとフラル、そしてキーナだ。


 イワアタマたちは退散している。彼に積極的に与していた手下たちは逃げ去ったあと戻ってこなかったらしい。他の子たちも、イワアタマが負けたのを見届けた後。それぞれに帰っていったみたい。中には、イワアタマ側にいたことを謝ってくれた子もいたそうだ。


「イワアタマが怖くて逆らえなかったみたい」


 フラルが、その子に聞いた事情を話してくれる。まあ、そんなところだとは思っていたけどね。


「キーナはどうするの?」


 一通り、気絶した後の話を聞いてから、キーナに話を振った。さっきは手伝いはいらないと言っていたけど、簡素とはいえ家を作るのは大変だ。もう夜も近い。このままだと屋根もないところで寝ることになる。この辺りは暖かいから雨が降らなければ困らないとはいえ、女の子を一人放り出すのもちょっとね。


「大丈夫だよ! アタシの家に泊まって貰うことにしたから!」


 答えたのはフラルだった。ニヒヒと何故か得意げな笑顔だ。一方で、キーナは少し苦笑い。フラルが押し切った感じかな。お節介かもしれないけど、僕もその方がいいと思う。


「いいんじゃないかな? 独り立ちするにしても、最低限の準備は必要だろうし」

「でしょー? 家を作るのも手伝うんだ! アタシの家の近くに作ろう!」


 フラルは両手を胸の前で構えて、やる気をみなぎらせている。ちょっと強引だけど、そのくらいの方がいいのかもしれないね。キーナは戦うことには積極的だけど、それ以外のことにはどうも遠慮があるみたいだから。


「迷惑をかけるつもりはないんだけど……」

「迷惑じゃないから、いいの!」


 言い合いながら二人は帰っていった。出会ったばかりだけど、すっかり仲良しに見える。今はまだ、フラルに引っ張られている形だけど、すぐに打ち解けるんじゃないかな。


 残ったのは僕とイアンの二人。どちらともなく顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。


「はぁ、負けちゃったね。キーナは強かったなぁ」

「僕も肉、取り返せなかった」

「まだまだ訓練が足りないね」

「うん。キーナは三年間修行したって言ってた」


 キーナとの実力差は思った以上に大きかった。それもそのはずで、彼女は僕らより二つ年上、しかも僕らより早く訓練をはじめたみたい。そりゃあ勝てないよ。


 でも、逆に言えば、ゴブリンでも三年頑張れば相応の実力がつくということだ。むしろ、怠惰な性格のせいで発揮されないだけで、ゴブリンの潜在能力は高いんじゃないかって気がしてる。訓練を始めてからまだ数日しか経っていないのに、思った以上に体が動いたし。食生活を改善して、ちゃんと訓練すればゴブリンでもオークに対抗できるようになるんじゃないかな。


 とはいえ、ただの子供に過ぎない僕の発言力では、ゴブリンの怠惰な性格を抑えこんで指示に従わせるなんてことはできない。まずは僕自身が強くなって、村への影響力を獲得しないとね。

 

「さてと、僕たちも帰ろうか」

「うん」


 二人で話しているうちにかなり暗くなってきた。直に真っ暗になるだろう。月光が降り注ぐとはいえ、木々の枝葉が蓋になって十分な光が届かないからね。足下が見えるうちに僕らは家路についた。


「ただいまー」


 家に帰ると、入り口すぐの部屋には父さんがいた。


 外はすっかり暗いけど、部屋の中はほんのりと明るい。光源は夜になると光る不思議な石だ。昼の間蓄えた光を夜に放っているんだって。僕の知識にある蓄光石みたいなものだと思うけど、それに比べると発光時間が格段に長いのが特徴だ。日が沈んで朝が来る間、その半分くらいは光り続けているみたい。


「ああ、おかえり。遅かった――お前、どうしたんだ?」


 父さんは僕を見て笑顔を浮かべたけど、それは一瞬で驚きと怒りに変わった。


 よく考えれば、僕は打ち身だらけだ。怪我に関して言えば、オーク襲撃のときと大差ない。薄暗い部屋の中でも、父さんには僕の様子がはっきりと見えたみたい。森の中、蓄光石の仄かな明かりだけで過ごすゴブリンは夜目が利くんだよね。


「くそっ、またオークか!?」


 勘違いした父さんが、そのまま家を飛び出していきそうだったので慌てて止める。


「違うよ! オークじゃなくて、これは……何だろう。戦士としての真剣勝負の結果?」

「んん? なんだそりゃ?」


 なんだそりゃと言われても、僕にもよくわかってないんだけどね。あえて言うならキーナの趣味、かな? そんなこと言ったら、ますます混乱するだけだと思うけど。


「とにかく、オークが襲ってきたわけじゃないんだな? 何があったんだ、話してみろ」

「うん」


 簡潔に説明しようと思ったけど、父さんが次から次に質問してくるから、結局全部話すことになった。いつもの三人で体を鍛えるためのトレーニングをしていることから始まって、先輩戦士のキーナと友達になったことまで、全部だ。


「ははは、そうか! 戦士の誓いを立てたのか。お前は穏やかな性格だから母さんに似たのかと思ってたけど、ちゃんと俺の血も引いてるみたいだな!」


 話を聞いた父さんは何だか上機嫌だ。不良グループと争いになったことについては、怒られるかもと構えていたけれど、実際には良くやったと褒められたし。


 ちょっとだけ父さんに対するイメージが変わったかも。ゴブリンにしては珍しく真面目な働き者ってイメージだったけど、意外と血の気が多いのかな? 若い頃はヤンチャしてたとか、そんな感じ?


 ただまあ、おかげで今日のことは咎められずにすみそうだ。といっても、母さんはまた別の反応をしそうだけど……。


 ああ、そうだ。母さんと言えば。


「ごめん。そんなわけで、肉串は用意できてないんだ。薬草を探す暇もなかったし」


 あの騒動のせいで、今日は一日潰れてしまった。呪い師に母さんを看てもらうための対価を用意しておくって約束したのに。


 父さんは一瞬だけきょとんとしたあと、すぐに破顔した。


「呪い師への対価のことか。それなら心配するな。あの婆さんはその辺りのことは融通が利く。後払いでも気にしないさ。今日話をつけてきたから、明日、見てもらえることになったぞ」

「そうなんだ。良かった」


 僕の知らないうちに、ちゃっかり呪い師に看てもらう予定を取り付けていたみたい。“あの婆さん”なんて言い方だから、それなりに親交があるのかな。


 まあ、村にいる呪い師は多くないみたいだし、向こうからはともかく、父さんの方は呪い師をよく知っているんだろう。別に不思議でもないか。


「晩飯は食べたか? まだなら、ゾフの実があるぞ」

「ああ、うん。じゃあ、ちょっと食べる」


 時間がなかったので、晩ご飯なしを覚悟してたんだけど、今日は父さんが用意してくれたみたい。といっても、あんまり食欲が湧かない食べ物だけど。


 ゾフっていうのは、茎の先に幾つも実をつける植物だ。たぶん稲とか麦とかの仲間だと思う。


 ゴブリンはその実を殻ごとそのまま食べるんだ。味は……まあ、あまり美味しいものじゃないね。粒は小さいし、少し苦みもある。お腹が空いてるから今日は食べるけど、普段なら積極的に食べたいとは思わないね。


 ただ、米や麦の仲間なら、炊いたり、粉にしたりすれば評価は変わるかもしれない。いずれ試してみたいなぁ。


「ん、なんだろう?」

「母さんの声だな」


 硬いゾフの実を渋い顔してカリカリと食べていたら、隣の声からうめき声が聞こえてきた。父さんが様子を見にそちらに向かう。ぼそぼそと何かを話したあと、父さんが凄い勢いで戻ってきた。


「か、母さんが。母さんが……!」

「父さん、落ち着いて!」


 よほど慌てているのか、父さんからはなかなか続きの言葉が出てこない。肩を叩いて落ち着かせると、父さんは深く息を吸う。少し落ち着いた父さんの口から飛び出た言葉は、たしかに驚きを誘うものだった。


「赤ん坊が生まれそうだ! 呪い師を呼ばないと!」


 え、生まれる?

 出産はもう少し先だって言ってなかった!?

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