7. 追い詰めらたイワアタマ

「面白くねえ、面白くねえなぁ! 自分のことを英雄だと勘違いしてんのかぁ? 現実を知らないガキには、思い知らせてやらねえとなぁ? なぁ、お前ら?」

「もちろんだって。恥ずかしくて見てられない」

「さっさとやっちまおうよ」


 ニヤニヤと笑いながら、イワアタマが仲間へと呼びかける。同じような顔で応えるのは五人。イワアタマを会わせると六人。アイツらは明確な敵だ。


 残りは俯いたり、不機嫌そうな顔でイワアタマを睨んでいる。明らかに本意ではない様子だ。彼らが積極的に僕らの争いに参加することはないと思う。


 敵は六人、僕らは三人。この条件なら、やり方次第で何とかできるかもしれない。だけど、問題はやはり彼女だ。


「あはっ! 私はキーナ。君たちはグレゴリー、イアン、フラルだったね。よろしく!」


 こんな状況でも彼女は笑顔だ。

 獰猛な獣の笑顔。だけど、そこに悪意はない。あるのは純粋な闘争本能。戦いたいと願う気持ちだけだ。


「おい、キーナ。ソイツらをその名前で呼ぶなぁ? ソイツらは戦士じゃねえんだ。そいつを今から――」


 苛立たしげにイワアタマが口を挟む。だけど、その言葉をキーナが遮った。


「戦士だよ。この子たちは戦士だ。そうじゃなきゃ、私は戦わない。イワアタマたちだけでやりなよ」

「な、なにぃ?」


 強くはない。静かだけど、有無を言わさぬ口調でキーナが言い放つ。思わぬ反抗に、イワアタマは怒るでもなく目を白黒させた。


「で、どうするの?」

「……っち!」


 結局、イワアタマは何も言い返せない。キーナの気迫に押されて、僕らが戦士であることを暗に認めてしまった。


 キーナがいなくても人数はイワアタマたちの方が多い。僕らが戦士ではないと否定したいのなら、彼女なしで戦っても良かったんだ。それができなかったのはどうしてか。


 きっと彼らは否定できなかった。僕らの誓いが本物だということを。僕らが本物の戦士であることを。


 だから、もうこの戦いに意味はない。僕らの誓いは守られたんだ。

 

 ……ただ、まあ。

 どうやっても、今更キーナを止めることはできないと思うけどね。


「へへっ、楽しみだねぇ」


 今は無邪気な彼女の笑み。その顔を見てると、不思議と毒気が抜けると言うか、イワアタマとのいざこざもどうでもよくなってくるね。


「キーナ」

「何、グレゴリー? 勝負始める? 始めよう!」

「あはは、そうだね。……さあ、勝負だ」

「うん!」


 そうだね。これはイワアタマとのいざこざなんかじゃない。戦士の力比べだ。そう思うことにしよう。


「いくよっ!」


 合図もないまま、勝負は始まった。前傾姿勢で駆けてくるキーナは、みるみるうちに距離を詰めてくる。対する僕は、一歩前に出て拳を突き出した。


 タイミングはぴったり。だけど、拳は空を切った。キーナが姿勢を低くして躱したんだ。そして僕は完全に距離を詰められた。


 僕らは超人じゃない。目にもとまらぬ速さでは動けない。だから、キーナの拳が僕の顎を狙っていることも目で捉えることができた。


 だけど、それでも僕と彼女では速さが違う。見えてはいても避けられない。彼女の拳が僕の顎に迫る。間近に迫る。避けられない。どうやっても避けられない――――それでも、根性で避けるんだよ!


 ビュンという風切り音が間近で響く。だけど、拳は躱した!


 本当にギリギリ。なりふり構わず、背中から崩れ落ちるような形でどうにか避けることが出来た。咄嗟のことで受け身もろくにとれていない。地面にぶつかった衝撃で一瞬だけ呼吸が止まる。知らずに閉じていた目を開けると、そこには僕を見下ろすキーナの姿があった。


「へへ、避けたね」


 嬉しそうに笑う。こっちは全然笑えないけどね。


 キーナが拳を固めた。この体勢じゃ一方的に殴られるだけだ。


 咄嗟に両腕を顔の前で交差させる。だけど、予想した衝撃は訪れなかった。


「僕の肉を返せー!」

「わっと!?」


 イアンが猛烈な勢いで走ってくる。それに気付いたキーナが僕の攻撃より回避を優先したみたい。おかげで、僕は殴られずにすんだ。イアンに踏み潰されるんじゃないかってちょっと怖かったけど。


 のんびりとした性格から反応がワンテンポ遅いせいでウスノロなんて名前をつけられてるイアンだけど、決して動きが鈍いわけじゃない。むしろ意外と機敏に動く。長い手足を生かした猛攻で、キーナも攻めあぐねているみたい。


 恵まれた体格のイアンは、正面からの戦いに関して言えば最も適性が高い。素養という意味では、きっとキーナよりも優れているだろう。だけど、性格に関しては穏やかで戦いに向いているとは言いづらい。その欠点を補うための秘策が――


「肉ぅ! 僕の肉ぅ!」

「何の話だよっ!」


 さっきから、肉肉言ってるアレだ。


 訓練中の雑談で、アドバイスをしたんだ。戦うべきときに躊躇しそうになったら、どうすべきか。僕はちょっとした冗談のつもりで、相手を肉泥棒と思えばって言ったんだ。それがまさかここまで効果を発揮するなんてね。


 イアンだけでも押しているし、僕が加わればキーナを負かすことができるかも。


 そう思ったのも束の間だった。


「わわっ!?」

「何をやってるぅ? 囲めぇ!」


 後方からフラルの焦った声が聞こえる。振り返れば、イワアタマたちがフラルを取り囲もうとしていた。


 イアンならキーナを抑えてくれる。そう信じて、僕はフラルのもとへと駆けた。


「このっ!」

「ぐぇ!?」


 駆ける勢いをそのままに、フラルへと手を伸ばそうとしていたヤツに体当たりをする。不意打ちだったからか、ぶつかった相手は勢いよく転倒した。


「グレゴリー!」

「キーナはイアンが抑えてくれてるよ。僕らはこっちを片付けよう!」


 相手は六人。転んだ一人は腰が引けてる。不良グループといっても喧嘩慣れしてるわけじゃなさそうだね。 


「捕まえろぉ! 捕まえてしまえば、殴り放題だぁ!」


 イワアタマが手下たちをけしかける。僕には三人、フラルに二人。僕の方が多いけど、ゴブリンの中でも特に小柄なフラルだけに少しだけ不安だ。


「フラル、いける?」

「大丈夫だよ、任せて!」


 返ってきたのは頼もしい答え。声音に不安は感じられない。なら、任せよう。こっちを素早く片付ければ、手助けもできるしね。


 僕の相手の三人は、じりじりと距離を詰めてくる。慎重……というよりは腰が引けてるね。僕らに戦士の資格がないとか言ってたのは何だったのかな。


「こっちから行くよ!」


 右端のヤツに向かって勢いよく飛びかかる……と見せかけて直前で退いた。フェイントに引っかかった彼らは何もない空間に向かって殺到する。


「なっ……」

「あだっ!」

「おぁっ!?」


 そうなれば必然的に、お互いの体がぶつかってしまう。まるで連携がとれていない。その隙を突いて彼らの後ろに回り込んだ。突き出たお尻に向けて、蹴りを入れていく。大した痛みはないはずだけど、それだけで彼らの腰は砕けた。


「まだやるの?」

「「「ひぃ!」」」


 へたり込む彼らに凄むと、這うようにして去って行く。イワアタマは置き去りだ。人望がないね。


 フラルはと見れば、あちらも決着がついている。相手をしていた二人は目を押さえているから、決まり手はきっと砂による目潰しだ。オークに襲われたときの対策として話したことがあったんだけど、ここで実践したみたい。


「取り巻きはいなくなったよ。どうする?」

「くそ……くそぉ!」


 残るイワアタマに言い放つ。


 追い詰められた彼は逃げるか。それとも向かってくるか。油断なく構えて、出方を見守る。彼のとった行動は――……


「キーナァ!」


 最後の切り札を呼ぶことだった。

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