6. 僕らは戦士だ

「ままごとなんかじゃない! 戦士の誓いだ! キミは……ええと、キミは誰?」


 僕はこんなヤツには屈しない。そんな思いで、言い返してやろうと思ったけれど、ここではたと気付いた。


 さて、困った。僕は彼のことを知らない。見るからに悪意に満ちた顔で現れたので、僕らを馬鹿にしにきたんだと決めつけちゃったけど、実はあれで友好的な笑顔のつもりなのかもしれない。


 何故そう思ったかと言うと、彼が率いてきた集団の中でも態度がまちまちだからだ。集団はどこから集めてきたのか二十人近い。そのうち、彼と同じようにニヤニヤと笑っているのは数名だ。あとは興味なさげにしてたり、不服そうだったり、バツが悪そうだったり。大半は友好的とは言いがたい態度だけど、一人だけ普通にニコニコしている子もいる。


「お、お前! お前、お前! 俺を知らないのか!?」


 先頭の彼が、突然怒りだした。僕の反応がお気に召さなかったみたい。そんなことを言われても困っちゃうよ。


 父さんから聞いた話だと、ゴブリンに貴族みたいな存在はいない。戦士団が指導者階級にあたるわけだけど、世襲制じゃないから子供世代に有名人はいないはずだけどなぁ。


 まあ、僕が知らないだけかもしれないけどさ。僕らって、いつも三人でいるから、他の子コブリンと交流が少ないんだよね。学校みたいなものがあれば多少の交流があるんだろうけど、そんなものないし。


「あ、わかった!」


 怒る彼にフラルが指を突きつける。向こうは大人数だというのに普段と変わらない笑顔だ。肝が据わってるよね。


「グレゴリー、あれだよ。ほら、悪いことしてるヤツ」


 フラルの言葉は曖昧だけど、それで僕もわかった。最近、子供の一部が徒党を組んで悪さをしていると噂になっている。フラルが言いたいのは、彼らがその不良グループなんじゃないかってことだ。


 その証拠……というわけではないけど、フラルの言葉を聞いて、数人が満足そうな顔をしている。さっきまで、ニヤニヤと笑っていたヤツらだ。リーダーっぽい先頭の彼も、怒りが収まったらしく、気持ちの悪い顔で笑っている。


 うーん、悪い奴って言われてるのに喜ぶんだね。悪名でもないよりはマシってことなのかな。僕には理解できないけど。


 そう思ってるのは僕だけじゃないみたいで、彼らの中にも嫌そうな顔をしている子が何人かいた。ニコニコ笑顔の子は相変わらずだけど。


 そんな中、低く唸るような声が響いた。


「……人の食べ物を奪う悪いヤツ!」


 イアンだ。普段ののんびりとした雰囲気はなく、その声には怒りが滲んでいる。不良グループは他の子を集団で囲い、食べ物を奪うこともあるって聞くから、そのことに憤ってるみたい。


 体の大きなイアンが怒気をまき散らせば、威圧感は凄まじい。さっきまでニヤニヤと笑っていたヤツらは顔を引きつらせて一歩退いた。


 だけど、それをものともせずに一歩前に出た子がいる。最初からずっと笑顔を浮かべていた女の子だ。


 細められた目に、少しつり上がった口の端。何もおかしなところはない、ごく普通の笑顔だ。それなのに何故だろう。不思議と気圧される感じがする。フラルと同じ笑顔のはずなに、暖かさよりも、鋭さを感じてしまう。ついさっきまでは何も感じていなかったのに、今はその姿が獰猛な獣に重なる。


「ねぇ、イワアタマ。いつ戦うの? 今日は戦ってもいいんでしょ? ねえ?」


 後ろに呼びかけつつも、彼女の視線は僕らを見据えて離さない。その目はギラギラと輝いている。


「いや、ちょっと待て、キーナ。コイツらがやってたのは所詮おままごとだ。戦士・・のお前が出るまでもない」


 彼女の呼びかけに答えたのは、さっきまで先頭で威張ってたヤツ。彼がイワアタマらしい。イアンの気迫に怯んでいたけど、彼女――キーナの存在を思い出して強気になったのか、また不快な笑みを浮かべている。


「そんなことないよ、イワアタマ。この子たちは戦士だ。きっと楽しい戦いになるよ」


 制止されても、キーナの戦意は衰えない。


 戦士。イワアタマは彼女をそう称した。名前もゴブリン族の一般的なそれとは異なる。それらを踏まえれば、彼女は僕らと同じく、誓いを立てた戦士なのだろう。それも本物の。


 僕らが偽物だと言うつもりはない。だけど、彼女は明らかに違った。その目が、気迫が、そして何より体付きが。


 ゴブリンは本質的に怠惰だ。その気質は子供の頃から発揮され、僕らくらいの歳だと、体付きにも影響が出る。まあ、つまり、だらしなく緩んだ体になることが多い。


 だけど彼女は違う。すらりと長い手足は十分に引き締まっていて緩みがない。鍛えられた戦士の肉体だ。トレーニングを始めたばかりの僕らとは、比較にもならない。いったい、彼女はいつから鍛えているのだろう。


「キーナ。俺は待てと言ったよなぁ?」

「……わかったよ」


 そんな彼女が何故、イワアタマに従っているのか。理由はわからないけど、二度目の制止にキーナは渋々といった様子で従った。


 イワアタマの笑顔がますます気持ち悪く歪む。


「さて、何だったかぁ? ああ、おままごとだ。楽しいよなぁ? でも、戦士の誓いは遊びでするもんじゃないぜぇ? キーナみたいな、本当に強いヤツがするもんだぁ。お前らみたいな弱っちいのが遊びでやれば、価値が下がっちまうだろぉ?」


 考えるまでもなく、これは脅しだ。


 さっきの誓いが、くだらないままごとだったと。ちょっとしたお遊びだったと認めろと言っているのだ。そして、撤回を迫っている。


 何故、そんなことをするのか。きっと、意味なんてない。ただ、僕らの想いを、誇りを、踏みにじりたいだけなんだ。


 あの醜悪な笑顔。自らの愉悦のために他者を虐げる性根。やっぱり、似ている。


 アイツはオークだ。


 僕は負けない。オークなんかに屈しない。豊かな暮らしを手に入れ、それを誰にも奪わせないと誓ったんだ。どんなに脅されようと、この誓いを破ることは、絶対にしない!


 拒否すれば、その後の展開は予想できる。イワアタマはきっと手下をけしかけてくるだろう。その中にはキーナもいる。彼女は本物の戦士だ。僕らでは、たぶん勝てない。僕一人なら、それでもいい。例え負けても、暴力をふるわれても、この誓いを捨てるつもりはない。


 でも、フラルとイワンは?

 僕の意地のために、二人を巻き込むの? それは正しいことなんだろうか。


 どうしよう、どうすべき?

 考えがまとまらない。決断できない。


 躊躇いでがんじがらめになった僕を解放したのは短い言葉だった。


「グレゴリー」


 イアンが僕の名前を呼んだ。戦士としての名前を。ただ、それだけ。それだけで、気持ちは伝わった。だから、僕も名前を呼ぶ。


「イアン」


 返事はない。ただ、ニヤリと不敵な笑みが返ってきた。穏やかな彼にしては珍しい表情だ。


「アタシも! アタシもフラルだよ!」


 明るい声でフラルが名乗りを上げる。


 いつも笑顔の彼女は小柄なゴブリンの中でもさらに小さい。あまり荒事に巻き込みたくはないけど……それでも、彼女は戦士だと表明した。だから僕はただ頷く。


「おい。おいおいおい! 伝わらなかったかぁ、おい! お前らには戦士を名乗る資格なんざないんだよぉ。戦えてこその戦士だ。わかってんのかぁ?」


 思い通りの展開にならなかったからか、イワアタマが喚き散らす。


 だけど、少しも怖くない。僕は……僕たちは戦士だ。そんな脅しには屈しない。


 強い意志を込めて睨む。一瞬怯んだイワアタマは誤魔化すように大きな声を上げた。


「っち! わからないなら仕方がねえなぁ? お前らが戦士かどうか、俺たちが確かめてやるよぉ! ちょぉっとやり過ぎるかもしれねえが、勘弁しろよぉ?」


 思った通りの展開だ。でも、大丈夫。覚悟は出来てる。

 僕ら三人、お互いの顔を見て、頷き合った。


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