5. 戦士の誓い

 いつもの三人で、家の近くの少し開けた場所に集まった。木々の切れ間になっていて、運動したり何かを作ったりするのに都合がいいんだ。


 僕らは、ここを訓練場にして毎日通っている。やることは、ちょっとした筋トレとジョギングくらいだけど、こういうのは地道にコツコツやることが大事だからね。


 ハナアタマとウスノロも怠け者のゴブリンだ。初めはあまり乗り気じゃなかった。そんな二人を説得できたのは魔法の言葉のおかげだ。運動したあとのご飯は美味しいよ。そう言ったら、意外と簡単に説得できた。美味しいご飯ってやっぱり凄い。


「――そんなわけで、戦士になると、新しい名前を名乗ることができるんだって」

「そうなんだぁ」

「……うん」


 トレーニングの合間に披露したのは、昨日父さんから聞いた話。戦士の誓いを立てるときに新しい名前を自分でつけていいっていう例のアレ。親から貰った名前を捨てるのはちょっと忍びないけど、戦士としての別名を持つだけなら抵抗も小さいよね。ってことで二人にも教えてあげたんだけど、二人の反応はいまいちだ。


「ネジレタツノは、戦士になるの?」


 ハナアタマの興味は、名前よりもそちらに向いたみたい。こてんと首を傾げて聞いてくる。ウスノロもじっと僕を見てるから、きっと関心があるんだろう。


「そのつもりだよ。戦士団に入ったら、みんなが言うことを聞いてくれるでしょ? 便利で快適な生活のために色々協力してもらえると思うんだ」

「そっか!」


 理由を話すと納得したみたい。二人の顔がぱっと明るくなった。


「じゃあ、アタシも戦士になる!」

「……僕も!」

「本当? それじゃあ、一緒に頑張ろうね!」


 どれほど本気なのかはわからない。けど、文化的生活についても理解してくれているし、こうして訓練にまで付き合ってくれる。それだけでもかなりありがたいよね。やっぱり、持つべきものは仲間だ。


「よし、それじゃあ、僕の戦士名を発表します!」


 実は、父さんの話を聞いてから考えてたんだ。まだ、誰にも言ってない。一緒に戦士になると言ってくれた二人だから、最初に伝えたいと思ったんだ。


「あれ? 戦士団に入ってから名乗るんじゃないの?」


 ハナアタマが不思議そうな顔をしている。僕もそう思ったんだけどね。


「違うんだって。戦士として生きることを決めたときから、名乗るみたいだよ。普通は戦士団に入るときに決めるみたいだけど」


 子供の名前ものんびり決めるゴブリンだもの。戦士団に入って必要になるまでは、あえて名乗ったりしないんだろうね。でも、僕としては今から名乗らない理由がない。善は急げって言うし。


 気を取り直して、名前の発表だ。


「僕の戦士名はグレゴリー! これからはグレゴリーと呼んで!」


 すごく良い名前……のはずなんだけど、二人の反応はいまいちだ。


「グレゴリー?」

「そうだよ」

「ふぅん」


 ハナアタマがちょこんと首を傾けた。


「変な名前だね、ウスノロ」

「うん」


 えぇ!?

 そんなことないよ。良い名前だよ。


 というか、ウスノロ。いつもワンテンポ遅いのに、妙に反応が早くなかった? え、そんなに変かな?


 こんなこと言うのはどうかと思うけど、ハナアタマとかウスノロとは比べものにならないくらい素敵な名前だと思う。もちろん、言わないけどさ。


 ちなみにこのグレゴリーという名前には、偉大なゴブリンの指導者になるという決意が込められている。グレ・・ートブリンリー・・ダー、略してグレゴリー。完璧な命名だね!


「ネジレ……ううん、グレゴリー! アタシは? アタシの名前は?」

「え? ハナアタマも戦士名をつけるの? 別に戦士団に入るときで構わないんだよ?」

「だって、グレゴリーはグレゴリーになったんでしょ? じゃあ、アタシも!」

「……僕も」


 僕の戦士名を変な名前呼ばわりしたのに、ハナアタマとウスノロが名前をつけて欲しいとねだってくる。もしかして、二人からの挑戦かな。そういうことなら、素敵な名前を考えて、二人を唸らせてあげよう!


「わかった。今、考えるからちょっと待って」

「うん!」

「……うん」


 まずはハナアタマから考えようかな。全く新しく名付けてもいいけど……やっぱり個性は残すべきだよね。


 ハナアタマの名前の由来は、彼女が頭につけている花びらだ。今も白い花びらがちょこんと乗っている。ゴブリンにしてはオシャレさん……ってわけじゃなくて、花の蜜を吸うのが好きで、よく花畑に顔を突っ込んでいるから勝手についちゃうみたい。まあ、理由はどうあれ、それが彼女のトレードマークだ。


 花かぁ。

 花……女の子……うん、決めた!


「ハナアタマの戦士名は、フラルだ!」

「フラル? うん、フラル……」


 ハナアタマ……いや、フラルは噛みしめるように何度か名前を呟いた後、ニパリと笑う。


「わかった! アタシ、フラル! あはは、変な名前~!」


 って、あれぇ?

 いい名前だと思ったんだけどなぁ。


 まあ、でも、そんなことを言いつつ、フラルは上機嫌に笑ってる。気に入ってるんじゃないかな。変な名前って言うのも聞き慣れない不思議な響きってくらいの意味合いなのかも。


 ちなみにフラルは花少女ってことでフラ・・ワーガーから名付けた。そのまんまだね。


「次はウスノロだね」

「……お願い」


 ウスノロが静かに頷く。いつも通り穏やかな口調だけど、目がきらきらしてるね。意外と期待されているのかも。


 彼の特徴と言えば、やっぱり体格の良さだ。まだ五歳なのに、大人と同じくらい背が高いし、体つきもがっしりとしている。大人になるころには、小柄な人間くらいの背丈にはなってそうだよね。ゴブリンにしてはとても大きい。


 大きい、か。巨大……巨人……そうだ!


「ウスノロはイアンにしよう。どう?」


 尋ねると、イアンは一瞬目を見開いたあと、ゆっくり頷いた。


「うん。僕はイアン」


 イアンはフラルほど大きな反応を見せない。けど、気に入ってくれたのは間違いないと思う。普段よりもずいぶん反応が早かったからね。


 ちなみにイアンは、ジャイアン・・・トのイアンだ。


「よし、戦士名は決まったから、あとは戦士の誓いだよ」

「誓い?」

「……何するの?」

「えっとね。戦士となって何を為すか。目標を掲げるんだよ。とりあえず、僕がやってみせるね」


 戦士の誓いに強制力はない。守れなかったところで、ペナルティもない。ただ、自分の誇りが傷つくだけだ。だけど、真の戦士ならば己の矜持を守るために、どんな不利な状況でも臆せず戦うもの、らしい。そう語った父さんは誇らしげで……何故かちょっと寂しげに見えた。


「戦士グレゴリーの名にかけて誓う。人々を護り、豊かな暮らしへと導くことを!」


 言いながら右の拳で自分の胸をトントンと二度叩く。これでおしまい。まあ、自分の誇り、為すべき事を表明するためのものだものね。大袈裟な儀式なんて必要ない。


 僕に引き続き、フラルとイアンも誓いを立てる。


「戦士フラルの名にかけて誓うよ! ええと……みんなを幸せにして、それとグレゴリーを手伝う!」

「……戦士イアンの名にかけて誓う。人々に豊かな暮らしを。それと、美味しい食べ物をたくさん作る!」


 誓いの儀式を終えて、僕ら三人はお互いの顔を見て笑い合った。何が変わったわけじゃないけど、特別なものになったような、そんな気分だ。


 誇らしげで気恥ずかしい。そんな雰囲気を台無しにしたのは、不快な笑い声だった。


「ひゃひゃひゃ! おままごとは楽しいかぁ? 俺たちも仲間に入れてくれよ!」


 闖入者は僕らより少し年上かなっていうくらいのゴブリンたち。その先頭に立って顔を歪めているのが、笑い声の主みたい。


 彼の目的は明らかだ。僕らの誓いを貶め、笑いものにする。ただ、それだけが目的だろう。醜悪で加虐心に満ちたその姿は、どことなくオークに重なる。


 僕らの誓いは、子供っぽくて夢見がちなものかもしれない。現実を知らない、ままごとのようなものかもしれない。


 でも。


 だからといって。


 それを馬鹿にしていい理由はどこにもないはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る