4. そんな裏技が

 母さんの不調が長引いている。朝、少し遅い時間に起きてきた母さんは今日も少し顔色が悪い。


「ごめんね。今日も調子が悪いの……」

「気にする必要はないぞ。ゆっくり休んでくれ」

「そうね。そうさせてもらうわ」


 父さんに言われて、母さんが寝室に戻っていく。それを見送ってから、僕と父さんは顔を見合わせた。


「母さん、大丈夫かな?」

「そこまで酷いわけじゃないみたいだが、こう長いとな……」


 母さんの症状は気怠さを感じる程度。それほど酷くはないみたいだけど、結構長く続いている。


 夢の世界に比べると衛生面、医療面で大きく劣るこの村ではちょっとした病気が命にかかわるんだ。だから、僕も父さんも心配していた。


まじない師を呼ぶか」


 目を閉じ考え込んでいた父さんが立ち上がって言った。


「呪い師?」

「ああ、そうだ。病気なんかの悪いことがあったときには、呪い師に頼るんだ」


 詳しく聞いてみると、呪い師というのはゴブリン族におけるお医者さんのような存在みたい。ゴブリン族にも、そんな人がいたんだね。


 ただ、僕の知識にあるお医者さんとは少し違うみたいだ。症状に合わせて薬を処方するのは同じだけど、まじないの力で邪気を払う、なんてこともするんだって。少し眉唾に感じてしまうのは、僕が持つオカルト知識の影響かな。


 ともかく、呪い師はゴブリン族にとって重要な存在。とても頼りになるけど、それだけに引く手あまただ。お願い事をするには、相応の対価が必要となるみたい。


「対価って、お金とか?」

「お金か。そういうものを使ってる種族もいると聞くな。よく知ってたなぁ」


 対価と聞いてぱっと思いついたのが金銭だったけど、どうも違うみたい。父さんが感心したという様子で僕の頭をポンポン叩く。口ぶりからして、ゴブリンはお金を使わないみたいだね。


 道理で見ないはずだよ。まあ、金属の加工技術とかなさそうだもんね。


「対価ってのは、そうだなぁ……珍しい食べ物とか、貴重な薬の材料とか、そんなのだ。あとは単純に労働力ってのもあるな。呪い師の頼みを聞いて仕事をするんだ」

「ああ、そういうのか」


 他はともかく、労働力ならほぼ誰にでも支払えるね。どれくらいの仕事を頼まれるのかは知らないけど。


「うちは何で支払うの?」

「そうだなぁ……」


 父さんは腕を組んだあと、少しバツの悪そうな顔をする。


「お前が食べさせてくれた美味い肉があったじゃないか。アレなら対価になると思う。すまんが、また作ってくれないか?」


 美味い肉って言うのは、ハナアタマたちと一緒に作った例の肉串のこと。あれから何度か作っていて、両親にもお裾分けしてるんだ。気に入ってくれているのは知ってたけど、呪い師への対価になるほどだと思ってくれたんだね。嬉しくて顔がにやけちゃう。


 でも、ちょっとだけ心配もあった。


「うん、構わないよ。でも、肉串で満足してくれるかな?」


 だって、呪い師は対価として珍しい食べ物を受け取ったりするんでしょ? その中には、凄く美味しいものだってあるんじゃないかな?


 そう思ったのだけど、父さんは僕の懸念を笑い飛ばす。


「ははは、何を言ってるんだ。あんな美味い肉、きっと呪い師でも食べたことないぞ。美味すぎて腰を抜かすかもしれないな!」


 思ってたよりも評価が高い!


「まあ、もし駄目でも父さんが働けばいいだけの話だ。心配する必要はないぞ」


 たしかにそうかもしれない。とはいうものの、うちは三人家族だ。父さんが長期間仕事に出たら母さんと僕だけになっちゃう。少し前、村の壁の修理で父さんが家を空けてたけど、そのときだって母さんは不安そうだった。できれば労働以外の対価ですませたいんだよね。


「僕、薬草も探してみるよ。ハナアタマは植物に詳しいし、ウスノロも手伝ってくれると思う」


 宣言すると、父さんが目を丸くする。でも、すぐに笑った。ゴブリンにしては大きな手で、僕の頭をぐりぐり撫でる。


「ははは! お前たちは本当に仲がいいな。もし何か見つけたら教えてくれ。でも無理はしなくていいからな!」

「うん」


 無理はしないけど、それでも何か見つかるんじゃないかな。だって、ハナアタマは本当に植物に詳しい。ちょっと聞いてみたら、色んな味のする葉っぱや木の実を教えてくれた。何でも近くに住んでるよぼよぼのお爺ちゃんに聞いたんだって。薬のことまで知ってるとは限らないけど、それは僕の知識で補えばいい。呪い師への対価は何とかなりそうだね。


「ああ、そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うん? なんだ?」

「この村に偉い人っているの? 村長とか、そんな感じの」


 せっかくの機会だし、聞いておこう。


 これは生活向上プランに関わる質問。強くなれば村での影響力が強まると思ってるんだけど、実際にはどうなのか。確認のためだね。


「村の長か。そりゃあ、もちろんいるぞ」

「へぇ。どんな人?」

「そうだな。お前もそろそろ村のことを知っておくべきか」


 父さんが勿体をつけて、そんな前置きから話しはじめる。とはいえ、色々教えてくれるのはありがたいね。僕は村のことを知らなすぎる。


 話によれば、噂に聞く戦士団が村の指導者層にあたるんだって。異種族や獣の脅威から村を守るため、指導者には強さが求められるってことみたい。僕の推測は当たっていたわけだね。


 村の方針なんかも戦士団が決める。と言っても、戦士団が口を出すのは村の防衛に関することだけみたい。


 まあ、それもそうか。ゴブリンは森の恵みだけで生きているようなものだからね。農業もやってないし経済活動もない。村を発展させるという発想がそもそもないみたい。指導者の役割は、とにかく村を守ることなんだ。


「結局、戦士団の人は何をするの?」

「そりゃ、一番重要な仕事は村の防衛だ。この前も戦士団のヤツらがオークを追い払ってくれたんだぞ」


 僕は気絶していたから見てないけど、村を襲うオークは戦士団の奮闘で追い払われたみたい。向こうは五人で、こっちは三十人って人数比らしいけどね……。


「あと、父さんが壁の修理に行ってただろ? あれも戦士団の指示だ」

「そうだったんだ」


 お人好しの父さんが進んで作業をしていたのかと思ったけど、一応、ちゃんとした指示があったんだね。それにしては、働いていない人も多い気がするけど。


「基本的に戦士団の指示には従わなくちゃいけない。口を出せるのは、呪い師くらいだろうな」


 戦士団ではないけど、呪い師も村での地位は高いみたい。戦いで傷ついたとき、それを癒やすのは呪い師だからね。当然、戦士団への影響力も大きくなる。村の方針を決めるのは戦士団だけど、呪い師の意見によっては覆ることがあるって感じかな。


 なるほどなぁ。おかげで何となくの力関係が見えてきた。


 当初の想定通り、村への影響力を強めるなら、強くなって戦士団に入るのが良さそうだ。現状では防衛面以外の指示はしていないようだけど、きっとそれは具体的な展望がないせいだと思う。


 もし僕が戦士団に入れたら、生活に関するあれこれを指示する権限をもらおう。それによって暮らしがよくなると実感してもらえたら、村全体の協力が得られるようになるんじゃないかな。


 呪い師にもある程度の発言力はあるみたいだけど、そっちは予備プランかな。最終決定権は戦士団にあるようだから、素直にそっちに所属した方がいいよね。戦いの才能がなくて戦士団に入れないってことになったら考えよう。


 あとは、単純な興味になるけれど。


「団長ってどんな人? 強いの?」

「あれ? ネジレタツノは知らないんだったか?」

「え、何を?」


 父さんが不思議そうな顔をしている。


 知らないのかと言われても、何のことだかさっぱりだよ。説明が欲しいところだけど、父さんはそのまま話しはじめた。


「まあ、いいか。今の団長はガークだ。ゴブリンで一番の戦士だから、そりゃあ強いさ。アイツなら、オークとも一対一で渡り合える」

「へ、へぇ」


 父さんは誇らしげにしてるけど、僕としては不安が募るばかりだ。だって、一番強い団長で、ようやくオークと対等ってことでしょ。やっぱりゴブリンは弱い種族なんだなって改めて思い知らされたよ……。


 でも……あれ?

 その人、ゴブリンなんだよね?


「ガークって、その……珍しい名前だね」


 ネジレタツノとかウスノロとか酷い名前に比べると、ずいぶんまともな名前に思える。名前の由来がわからないし、ゴブリンぽくないよね。


 でもゴブリン的には逆に変な名前なのかもしれない。そう考えて、微妙な聞き方になったけど、父さんは気にした様子もなくニカッと笑った。


「ガークっていうのは戦士名だからな。ゴブリンは戦士の誓いを立てるとき、自分に新しい名前をつけるんだ」


 そ、そんな裏技があるんだ……!


 戦士になれば僕も別の名前を名乗れるってことだよね?

 やる気が湧いてきたよ!

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