3. これが文化の味

「ねえ。もしよければ、手伝って欲しいんだけど」

「うん? 別にいいけど……ネジレタツノは何やってたの?」

「まあ、まずはこれを見てよ」


 首を傾けるハナアタマに、ったばかりのウサギを掲げてみせる。首筋からぴゅうと血が出てるのでわりとスプラッタな感じだ。だけど、ハナアタマは怖がるどころか目を輝かせた。ウスノロもだ。


「野ウサギ!」

「……おいしそう」


 僕らは食べ盛りの子ゴブリン。血まみれのウサギだって、美味しく見えちゃうよね。わかる。


「食べるの?」

「……手伝う!」


 ハナアタマとウスノロが期待の目で見てくる。


 調理する文化がないし、保存技術もない。狩った獲物はすぐに食べちゃうのがゴブリンだ。だから、二人は“食べるのを手伝う”と解釈したみたい。でも、ちょっと違うんだよね。


「食べるのは食べるんだけど、その前にちょっと工夫をするよ。それを手伝って欲しいんだ。もちろん、できあがったら一緒に食べよう」


 二人があまりにもウサギを凝視しているので、慌てて説明する。それを聞いた二人は不思議そうに首をかしげたけれど、特に反対することもなく手伝ってくれることになった。


「何をすればいいの?」

「そうだなぁ。ハナアタマは、緑のつぶつぶした実を探してきてくれる。知ってるよね?」

「あのからいのだよね? もちろん!」


 返事をすると、ハナアタマはぴゅんと走っていった。相変わらず元気だね。


 お願いしたのは、低木になる木の実だ。囓るとちょっぴり辛いので、あまり人気がない。でも、料理に味をつけるにはいいんじゃないかなと思うんだ。


 夢の世界にも似たような植物はあって、それは胡椒と呼ばれてた。同じものとは限らないけど、別に構わないよね。肝心なのは調味料として使えるかどうか、だから。


 とはいえ、もし胡椒なら乾燥させてブラックペッパーにすると用途が広がる。時間があるときに試してみようかな。


「……僕は?」

「ウスノロには、これを木に吊して欲しいんだ。血が抜けるように」

「……血を抜くの?」

「うん。その方がおいしくなるみたいだよ」


 背が高いウスノロには、ウサギの血抜きを担当してもらう。理由は説明せず、目的だけ伝えた。興味があるのは、そっちだろうからね。


 案の定、ウスノロはにへらと笑って作業に入った。


「血が落ちてこなくなったら教えてね」

「……わかった~」


 ウスノロには、そのまま肉を見てて貰おう。


 さて、僕は僕でやることがある。まずは、平たい石を探した。作業台兼まな板だ。この上で肉を捌くことになる。


 包丁の代わりは、さっきも使った手製のナイフ。鋭く欠ける石で作った。と言っても、硬い石に向けてぶつけただけだけど。うまくいけば、ナイフのように鋭い刃ができあがる。運頼みだから、一個作るのに数倍の失敗作が生まれるんだけどね。


 他にも必要なものがある。それは火だ。美味しい食事の第一弾として、今回は肉を焼いてみようと思ってるんだ。


 とはいえ、ゴブリンに火起こしの技術はない。だから、夢の知識を参考にしよう。


 必要なのは木の棒。硬くて、ある程度の太さがあって、まっすぐだといい感じ。あとは、乾いた木材と枯れ葉があればいいかな。

 

 あ、忘れてた。もっと重要なものがある。

 それは――――諦めない心!


 やることはシンプル。木材に穴をあけて、その隙間に木の棒を突っ込むでしょ。そして、棒を両の手のひらで挟み、ひたすらキリキリと回す。それだけ。あとは、火が付くまで回し続けるんだ。


 諦めちゃ駄目だ。火がつくと信じて、回し続けるんだ!


「何してるの?」


 気がついたら、不思議そうな顔をしたハナアタマが目の前にいた。ウスノロも首を傾げて僕を見ている。まあ、わかんないよね。


「火をつけようと思って」

「火!? 危ないよぅ……」


 ハナアタマが一歩後退あとずさった。彼女の反応はゴブリンとしては一般的な反応だ。僕らは火が危ないものだって教えられて育つからね。普段火を使うことがないから、余計に恐ろしく感じてしまうんだ。


 でも、そうか。たしかに危ない。ここには枯れ葉も落ちてるし、延焼したら危険だ。せめて、すぐに火が消せるように水があった方がいいかな。


「そうだね。近くの川まで移動しよう」

「火をつけなければいいじゃない……」

「美味しいご飯を作るためには必要なんだ」

「えぇ……?」


 渋るハナアタマをどうにか説得して川の近くまで移動する。決め手は“美味しいご飯”という呪文だ。何度も唱えたら、ハナアタマも乗り気になった。もちろん、ウスノロも。


「それじゃあ、火起こしはウスノロに任せるよ。煙が出たら教えてね」

「……うん」


 お願いすると、ウスノロは怖々と頷いた。もう反対はしないね。それだけ、美味しいご飯に期待が高まっているのかな。


 僕はハナアタマを助手にウサギを切りさばく。ナイフは石製だけど切れ味は意外と悪くない。


 問題は脆さだ。特に毛皮に引っかけるとすぐに欠けちゃう。予備はあるけど、それほど数があるわけじゃないから、慎重に扱わないといけない。


 毛皮を剥がして、肉を刻む。内臓を傷つけると匂いがきついので慎重に。特に気を遣うのが、腸と膀胱だ。ここを傷つけると肉が駄目になっちゃう。


「煙!」

「え、本当だ!」


 ある程度切り分けたところで、ウスノロが大きな声を上げた。見ればキリキリと回す木の棒の先から、白い煙があがっている。急いで駆け寄って、枯れ葉を近づけた。


「……まだぁ?」

「もうちょっと待って!」


 ウスノロがちょっと疲れた顔をしてるけど、もう少し頑張ってもらう。しばらくすると、枯れ葉に火がついた。その火が消えないように、枯れ葉と木の枝の山にそっと被せる。火が消えないように、そよそよと風を送ると、枯れ葉の山に火が燃え移った。


「できた!」

「うぅ……火だぁ」


 喜ぶ僕とは対照的にハナアタマは怯えている。ウスノロは疲れ果ててぐったりだ。なんだかおかしくなってちょっと笑っちゃった。


 おっと、こうしてはいられない。枯れ葉が燃えている間に、肉を焼いてしまわないと。切り終えてから火起こししてもらえばよかったかな。


 用意できた肉を木の枝に刺していく。三人分だからとりあえず、三本。味付けは……後でいいか。


「これを火にかざしてて」

「えぇ!?」


 火が怖いみたいで、ハナアタマは及び腰だ。どうしようかなと思っていたら、ぐったりとしていたウスノロがむくりと起き上がって「……やる」と言って肉串を受け取った。彼はやる気だ。それを見たハナアタマも覚悟を決めたみたいで、一本の串を受け取る。


 やり方をちょっとだけ指示したあと、焼くのは二人に任せて、味付けの準備にとりかかる。ハナアタマに用意してもらった辛い実は、刻んだあと塩と合わせた。塩は岩塩だ。不純物も混じってると思うけど、みんな舐めてるからたぶん平気。小さな塊を砕いて使う。


「まだかな? まだかな?」

「……うぅ。美味しそう……」


 特製のスパイス……でいいのかな。味付けの準備ができあがったところで、二人の元に戻る。炙った肉串からは油がしたたって、良い匂いが漂っていた。二人ももう我慢できないみたい。


「そろそろ良さそうだね。それじゃあ、食べる前にこれをまぶして」

「辛い実だ!」

「そうそう。あと、塩ね」

「……うん」


 これで準備はできた。あとは食べるだけだ。


「あ。熱いから――……」

「あっっつう!」

「……!」

 

 やけどに気をつけてと言う前に、二人は思いっきり頬張っちゃったみたい。すぐに口から出して、目を白黒させている。加熱するという習慣がないから、アツアツの食事に慣れていなんだね。


「こんな風に、ふぅふぅ冷まして食べるといいよ」


 冷まし方を教えあげると、こくこく頷いたあとハナアタマが真似をする。一方で、ウスノロは冷ます時間すら惜しいみたい。ちょびちょび食べて、そのたびに熱さに顔を歪めている。


「ウスノロ、大丈夫? 口の中、やけどしちゃうよ」

「……だいじょ……にく……おいし……」

「ああ、うん。大丈夫ならいいよ。でも、ゆっくり食べてね」


 食べながら喋るので、ちゃんとした言葉になってないけど、大体意味はわかる。どうやら気に入ってくれたみたいだね。


「うわぁ、美味しい!」


 ハナアタマから歓声が上がる。ニッコニコの笑顔だ。喜んでくれたみたい。


 僕も食べよう。噛みしめると、ピリッとした辛みと肉の旨味が口の中に広がる。


 うん、美味しい!


 夢の料理と比べると、粗末なものだけど、それでもちゃんとした料理になってる。これを僕が作ったんだ!


「どう? 工夫すれば、今までよりもっと美味しく食べられるでしょ?」

「うん、凄い! 凄いよ、ネジレタツノ!」

「……うん。凄い!」


 ハナアタマとウスノロが、僕の料理を絶賛してくれる。二人はすっかり肉串の虜だ。


「ねえ、二人とも。僕はこんな風に工夫して、今よりもっと美味しい食べ物、今よりもっと快適な暮らしを作りたいんだ。僕に協力してくれないかな?」


 ハナアタマとウスノロは一瞬だけ不思議そうな顔をした後――……


「うん! アタシも! アタシも協力する!」

「僕も。美味しいもの……作る!」


 とびっきりの笑顔で頷いてくれた。


 美味しい料理は心を繋ぐ。

 今日、僕には志を同じくする仲間ができた。

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