2. 草むらから覗いてる

 文化的な暮らしを目指すと決めたのはいいけど、実現はなかなか難しい。二、三日頑張ってみたけれど、一人の力じゃできることは限られる。改善したいところはたくさんあるから、一人でやってたら、僕がおじいちゃんになっても終わらないと思う。


 まさに猫の手も借りたい状況だ。いや、この場合はゴブリンの手、かな。


「やっぱり、一緒に文化的生活を目指してくれる仲間が必要だよね」


 一人で無理なら、みんなで頑張ればいい。言うだけなら簡単なんだけどね。でも、実際には難しい。協力してくれるかどうかはみんなの意思次第だもの。僕だけの努力じゃどうにもならない。


 豊かな生活を独り占めする気はない。協力してもらえれば、みんなの暮らしだって良くなるんだ。とはいえ、それを言ったところで、簡単には協力を得られないと思う。ゴブリンが怠け者だからって言うのもあるけど、一番の理由は言葉だけじゃ実感が湧かないから、だね。


 ゴブリン族は快適な生活を知らない。森の中に籠もってオークやその他の好戦的な蛮族に怯えながら過ごしている。だから、他の種族の生活も知らない。比べるものがないから、現状に不足を感じないんだ。あの夢を見るまで、僕もそうだった。


 だから、言葉だけで説得しようと思っても上手くはいかないと思う。というわけで、みんなの協力を得るための方法を考えてみたよ。プランは二つ。


 一つは強くなって、村の指導的な立場になること。ゴブリンは魔物……かどうかわからないけど、種族内では強さを重んじる風潮があるみたい。それも当然だと思う。だって、オークや異種族の脅威がある。アイツらに蹂躙されないためにも、戦える力を持つ者は必要だ。強くなれば必然的に発言力が強くなるんじゃないかな。


 まあ、本当のところはわからないんだけど。今まで村の指導者とかに興味がなかったからなぁ。一度、父さんや母さんに聞いてみた方がいいかも。


 このプランに必要なのは言うまでもなく“強さ”だ。これに関しては、現状、全く足りてない。僕の強さは最大限よく言っても同世代の中で平均的ってところ。実際には、少し小柄だから平均よりやや下だと思う。当然だけど、大人にはどうやっても勝てない。


 だけど、望みがないわけじゃない。というか、時間さえあれば、ある程度はどうにかなるんじゃないかなと思ってる。


 だって、ゴブリンは怠け者だ。未だかつて、体を鍛えているゴブリンなんて見たことがない。戦士団という組織があるらしいから全くいないことはないんだろうけど、一般ゴブリンは訓練なんてしないんじゃないかな。ちょくちょく異種族の襲撃に晒されているのに鍛えようとしないってある意味凄いよね。でも、まあ、それがゴブリンだよ。


 ともかく、大多数のゴブリンは訓練なんてしない。そんな環境だから、地道にトレーニングさえすれば、大人になるころにはかなりの差がつくと思うんだ。


 僕は五歳になったばかり。ゴブリンは八歳前後で成人として扱われるから、それまであと三年くらいだ。その頃には村のトップ……とはいかなくても、上位層には滑り込めるんじゃないかな。あくまでも希望的観測だけど。


 このプランは今すぐどうにかなる話じゃない。でも、だからこそ、始めるのは早いほうがいいよね。


 それにプランを実行するしないにかかわらず、強くなる必要はあると思うんだ。もし仮に文化的生活を手に入れられたとしても、オークや異種族の襲撃に対応できなければ維持することができない。奪われ、壊され、跡形も残らないだろう。そんなことは許されないからね。アイツらに立ち向かう力は絶対に必要だ。


 とまあ、プランに関係なく訓練は始めるとして。


 もう一方のプランは、文化的な生活を実際に体験させること。夢の世界を再現するのは無理でも、工夫すれば今の生活より格段に快適な生活が送れると思うんだよね。


 こっちのプランは今からでも実行できる。一人一人説得していかないと駄目だから、時間はかかるけどね。人手が増えればできることも増える。できるだけ早く賛同者を増やしたいところだ。まずは、親しい人たちに、僕の目指す生活を知ってもらうところから始めようかな。


「一番効果的なのは……やっぱり料理かな」


 料理なら僕にもできなくはないと思う。それでいて、変化を実感しやすい。美味しい料理を食べれば、僕の考えに興味を持ってくれるゴブリンもいると思うんだよね。


「そうと決まれば食材を集めないと! 獲物がかかってるといいけど……」


 実は数日前から、森のあちこちに野ウサギを捕まえるための罠をしかけてあるんだ。罠の材料は長くて丈夫な草。それをねじねじと編んで縄にした。できた縄を輪っかにして、固定しておくんだ。ウサギがくぐったときに、絞まるように仕掛けをしておいてね。あとは、罠の前にウサギの餌をおいておけばいい。うまくいけば、餌を食べようとしたウサギが輪っかに捕らえられて身動きができなくなる。


 その辺りにある自然物だけを使った単純な仕掛けだから不発も多い。今のところ、一度も捕まえられていないんだよね。餌がなくなってることはあるけど、仕掛けが外れていたり、作動してなかったりと、なかなかうまくいかない。かなり運任せなところはあるね。


「あっ! いた!」


 いくつか仕掛けてある罠のうち、ひとつにウサギが掛かっていた。僕を見ると逃げだそうとするけど、縄で作った輪っかが胴体を締め付けているから身動きがとれないみたい。半分宙づりみたいになってる。


「ごめんね」


 ウサギを捕まえたのは、食材にするため。当然、その命を奪うことになる。でも、躊躇はない。


 手製のナイフで首元を掻き切る。きゅいと小さく鳴く声に少しだけ心が傷むけど、思ったほどは抵抗がなかった。まあ、ウサギ肉は村でも食べるからね。自分で屠殺したのは初めてだけど、大人がやっているのを見たことはあったし。


「ええと、血抜きした方がいいのかな?」


 生肉は傷みやすい。中でも、血液は腐敗しやすいから、放っておくと臭みの原因になる。鮮度を保つためには血抜きをするか、冷やした方がいいんだよね、たしか。


 すぐに調理するつもりだから必要ないかもしれないけど、せっかくだからやってみようか。


 傷口を下にして、木から吊せばいいかな。僕の身長だと、それでも大変だけど……。


――ガサリ


 背後から響いた音に体がびくりと跳ねた。


 ここは村の囲いの外。比較的安全な村の近くとはいえ、危険な獣や野蛮な異種族が現れないとは限らない。ちょっと前に母さんに聞いた不良集団の話もある。ドキドキとうるさい心臓を抑えて、おそるおそる振り返った。


「わわ! 見つかっちゃう! 隠れて、隠れて!」

「……僕は無理だよぅ」


 聞き覚えのある声。がさごそ揺れる草むらから小さな頭がのぞいている。木の裏に収まりきらない大きな体も。


 良かった。特に危険はないみたい。


「隠れてないで、出ておいでよ」


 草むらに声をかけると、少しまごついた後に、二人のゴブリンが出てきた。思った通り、ハナアタマとウスノロだ。


「見つかっちゃったぁ」

「……うん」


 二人はバツが悪そうに笑っている。


「何で隠れてたの?」

「ネジレタツノをビックリさせようと思って」


 えへへ、とハナアタマが笑う。なるほど、僕らがよくするいたずらだね。それでこっそり、後をつけてたのかな。


 それはいいんだけど……やっぱり、ネジレタツノって名前、どうにかならないかな。呼ばれるたびに変な感じがするんだよね。


「そ、そんな顔しないでよぅ。だって、ネジレタツノ、最近、遊んでくれないし!」


 名前のことを考えてたら、突然ハナアタマが慌てはじめた。


 そんな顔って、どんな顔だろう。あ、気付けばしかめっ面になってる。それで僕が不機嫌になったと思ったのかな。


「別に怒ってるわけじゃないよ。でも、そっか。最近、遊んでなかったもんね。ごめんね」


 文化的生活を目指して忙しくしてたから、ここ数日は一人で行動してたんだ。そりゃあ、急に疎遠なったら心配するよね。


 豊かな生活を実現するためには、時間がいくらあっても足りない。だからといって、友達をないがしろにするのはよくないよね。


 ああ、そうだ。ちょうどいいや!

 それなら二人にも手伝ってもらえばいいんだ。タイミング良く、二人が気に入るだろうものもあることだしね。

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