1. こんな生活耐えられない
「うーん。新しくつけるとしたら、どんな名前がいいかな」
僕はゴブリン。名前はまだない。
……いや、嘘だけど。本当はある。
でも、あまり名乗りたい名前じゃないんだ。こんなこと、ちょっと前までは考えもしなかったんだけどね。
オークが村を襲ったあの日、僕は不思議な世界の知識を得た。その影響か、少し価値観が変化してしまったんだ。
その一つが名前のセンス。正直言うと、ゴブリン流の命名はちょっと受け入れがたい。
だって、ネジレタツノ、だよ?
ネジレタツノ!
ゴブリンはさ、誰も彼も角は
まあ、おかしいと思ってるのは、この村でたぶん僕だけなんだけど。
見た目や性格、その他の特徴から名前をつけるのはゴブリンにとって一般的な習慣だ。少なくとも、この森に住むゴブリンにとっては珍しくない。父さんはハナマガリって名前だし、母さんはヨナキだ。名前の由来は……まあ、説明するまでもないね。
あの夢を見るまで考えたこともなかったけど、ゴブリンは凄く怠惰な種族だと思う。どのくらいかと言うと、子供に名前をつけることすら面倒だと考えるくらい。だから、生まれてしばらく名前がなかったりすることもよくあるんだって。名前がないと不便だなと思ったところで、ようやく命名する。それがゴブリン流だ。
ゴブリンとして生まれたことを嘆いたり後悔するつもりはないけど、色々と残念なところがある種族だなぁとは思っちゃうね。
「どうせなら、勇ましくてカッコイイ名前がいいよね」
というわけで、僕は家の中で新しい名前を考えていた。と言っても、別に改名しようというわけじゃなくて、ただの妄想して楽しむだけだ。こんな名前でも両親がつけてくれたんだからね。
しばらくそうしていると、奥の部屋から母さんが姿を現した。ここ数日体調を崩しているからちょっと心配だ。少し気怠いとか、その程度みたいだけど、妊娠中だからね。
「ごめんなさいね。今日もご飯を用意できそうにないわ。適当に森で何か食べてきて」
「ううん、気にしないで。母さんたちの分も取ってくるよ」
母さんに負担を掛けたくはないから、素直に頷いた。
僕はまだ五歳だ。ゴブリンは種族的に早熟だけど、人間に換算しても十歳くらい。夢の世界を基準に考えると、自分で食事を用意しろっていうのは難しいことに思える。
だけど、実際のところはそうでもないんだよね。僕らの村がある森は自然が豊かだ。贅沢を言わなければ、お腹を膨らすには十分な食料が得られる。
「ああ、そうだ。最近、集まって悪さをする子供たちがいるそうよ。アナタは大丈夫だと思うけど、関わらないようにね。危ないと思ったら大人を呼びなさい」
出る直前になって、母さんが知らせてくれたのはそんな噂話だ。悪さをする子供たちがいるらしい。不良グループみたいなものかな。ゴブリンにも、そんなのあるんだね。
まあ、僕はハナアタマとウスノロ以外と遊ぶことはほとんどないから、関係ないかも。そんなことを思いながら家を出た。
オークが村を襲った日から十日が経ったけど、その爪痕は村のあちこちに残っている。幸いなことに僕らの家に被害はなかった。でも、外側に近い家には大きな被害が出たようだ。村を囲う柵の修理も終わっていない。父さんは手伝いに駆り出されているから、忙しそうにしている。
ゴブリンにしては働き者だからなぁ、父さん。
まあ、それは僕が心配することでもないか。せめて少しでも負担が減るように、僕が食事を用意してあげよう。
この村は森の中にある。人間なら森を拓いて村を作るんだろうけど、ゴブリンはちょっと違う。草や木はそのまんま。各々適当なスペースを確保して、好き勝手に住処を作る。
住処。まあ、家だね。ほとんどのゴブリンが住んでいるのは、家と呼んでいいものか迷うほどの粗末なものだけど。
よくあるのは、木々の間に蔓を張って、その上から枝を被せて屋根にしている家。壁はあったりなかったり。あるとしても、壁というほどしっかりしてないけど。土を盛った程度の家も多い。壁の代わりに、穴を掘ってそこを住処としているゴブリンもいる。
そんな感じでゴブリンの家は粗末だ。嵐がくるとたちまち吹き飛んでしまう。その一方でメリットもある。簡素な作りだから、すぐに作り直せるんだ。もしかすると、オークの襲撃があるから雑な家しか作らなくなったのかなとも思う。頑張ってもすぐに壊されるんじゃ、真面目に作る気もなくなっちゃうよね。
ちなみに僕の家は、ゴブリンの村だとかなり立派な方だ。壁も屋根もかなりきちんと作ってあって、雨風は問題なくしのげる。もちろん、夢の世界の建物と比べちゃうと全然だけどね。
ゴブリンの住宅事情はともかく、そんな環境なので家を出れば目の前はすぐに森だ。少し歩いたところで、たくさんの赤い実をつけた木を見つけた。名前はわからないけど、食用なのは知ってる。皮ごと食べられるからお手軽だ。この季節におけるゴブリン族の主食と言っていいかも。
ゴブリンは小柄だし、その上、僕はまだ子供。身長はたぶん1mにも満たない。そんなだから、残念なことに手の届く範囲に木の実はなかった。簡単に採れる位置の実は他の人が採っていっちゃたんだろうね。
まあ、問題は無い。大人のゴブリンにも手が届かないような位置には、まだまだたくさんの木の実が実っているからね。その辺りに落ちていた長い棒を拾って、それを上に向けて振り回す。それだけで、熟れた木の実がぽとぽと落ちてきた。
やっぱり、ゴブリンは怠け者なんだと思う。棒を使えば難なく採れるのに、木の実をそのままにしてあるんだから。何か意味があるのかと思えば、“どうせ落ちてくるんだから、そのときに食べればいいさ”って誰かが言ってた。びっくりするほど、面倒くさがり屋なんだよね。まあ、おかげで僕が簡単に食料を集められるんだけど。
落とした木の実は十個ちょっと。とりあえず、そのうち二つを拾い上げた。これを僕のお昼ご飯にしよう。残りは父さんと母さんの分だ。
「ぬぉぁ……。やっぱり、あんまり美味しくないなぁ」
少し囓って顔をしかめる。味は
ゴブリンには調理の習慣がないんだ。素材そのままの味と言えば聞こえはいいけど、実際は味気なくて、ほとんどのものは食べられたものじゃない。
「やっぱり無理だ。僕にはもう、こんな生活耐えられない!」
夢の世界で本当の食事のおいしさを知った僕からすれば、ゴブリン族の食事は粗末と言っても過言じゃない。だって、そもそも料理じゃないもの。これは素材だ。
あの日から、僕は夢で見た世界の料理が忘れられない。暖かくて、美味しくて、幸せになれる。そんな食事が食べたいんだ。
もちろん、僕にもわかってる。この村で夢の料理を再現するのは無理だ。素材の種類や品質の問題もあるけど、一番は調味料が足りない。夢の料理には色んな調味料がふんだんに使われていた。一方で、村にあるのはせいぜい岩塩くらい。これじゃ、再現なんてできるわけない。
でも、全てを諦める必要はないんだ。素材は少ないけど、組み合わせればちょっとは美味しくできるんじゃないかな。いきなり上手くはいかなくても、工夫して、試行錯誤を繰り返せば、きっともっといい食事ができる。そして、いつかは、夢の料理だって!
食事だけじゃないよ。工夫すればきっと、今よりいい生活ができるはず。ふかふかの布団、綺麗な洋服、怪我や病気を治す薬。きっときっと、いつか作れるようになるはず!
そうだよ!
僕には夢の世界の知識があるんだ!
美味しい食事も、快適な生活も、便利な道具もない。だけど、なければ作ればいいんだ。この知識があれば、きっとできる。きっと叶えられる!
だから、決めた!
僕は夢で見た生活を手に入れるぞ!
こういうの何て言うんだっけ……あ、そうそう。文化的だ。文化的生活!
文化的な生活を手に入れるために、何でもやるぞ!
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