転生ゴブリン(?)は知識チートで成り上がり、やがて世界を手に入れる! なお、当人は文化的な生活がしたいだけなのに……と主張している模様
小龍ろん
0. 夢見るゴブリン
夢を見た。
ここではないどこか。希望に溢れた不思議な世界。
そこに飢えはない。雨に打たれて震えることもない。恐ろしい獣も、僕たちを虐げる異種族もいない。とても平和な世界。
見たこともない料理は彩りが豊かで見るだけでも楽しい。でも食べるともっと幸せになれる。甘い、酸っぱい、辛い、色んな味がある。どれもおいしくて、目移りしちゃう。食べきれなくても大丈夫。ここには、食べ物を奪っていく悪者はいないから。
ふかふかの布団はとても暖かい。蛇口を捻ればいつでも水が出てくる。お湯だって出てくる。お風呂はポカポカ。清潔な暮らしで病気にも滅多にならない。楽しいこともたくさんある。色んな玩具が、色んな物語が溢れている。
そんな夢のような世界。
いや、夢の世界。
夢は醒める。泡のようにパチンと僕の目の前から消えていく。幸せな世界は消え失せ、気がつけば何も無い闇の中。
暗い。何も見えない。真っ黒な世界。
揺れる。揺られる。ゆらゆらと。ゆらゆらと。
声が聞こえる。誰かが僕を呼ぶ声。
「ねえ、起きて! ねえ!」
パチリと目が開いた。真っ黒な世界は消えて、目の前には二つの顔がある。緑色で薄汚れた肌。頭には捻れた小さな黒い角。ゴブリンだ。
「うわぁ!?」
驚いて大きな声が出た。ゴブリンと言えば、ファンタジー小説やゲームで定番の魔物。つまり、人類の敵。それが突然目の前に現れたんだからびっくりしても仕方がない。
「ど、どうしたの!?」
「……どこか、痛いの?」
二匹……いや、二人のゴブリンが僕の顔をのぞき込む。物語のゴブリンのような醜悪さはなくて、むしろ愛嬌があるかも。
一人は、女の子。まだ子供だけど、それを差し引いても小柄な体格だ。いつもニコニコしてるけど、今は心配そうな表情で眉がへにょりと下がっている。
もう一人は男の子。まだ子供だけど、大人と同じくらい大きい。力は強いけど、気が弱くておっとりとしてるから、他のゴブリンたちによく
「ねえ、ネジレタツノ。大丈夫……?」
女の子がおそろおそる聞いてくる。
大丈夫……?
いや、大丈夫じゃないかも。ちょっと混乱している。ネジレタツノって、何だっけ?
どこかで聞いたことがある……そう、名前だ。僕の名前。変わってるけど、ゴブリンにとってはごく普通の名前。
ってことは、僕、もしかして……?
視線を下ろして、自分の手を見てみる。小さい子供の手。緑色の……ゴブリンの手。
そうだった。僕、ゴブリンだった。不思議な夢を見たせいで、混乱しちゃったみたい。
「うん、大丈夫。ごめんね、ハナアタマ、ウスノロ」
あらためて、二人を見る。女の子はハナアタマ、男の子はウスノロ。二人とも僕の幼なじみだ。
「はぁ~良かったぁ。なかなか目を覚まさないから心配したんだよ~」
「……うん。心配した」
良く覚えてないけど、僕は寝ちゃってたみたい。キョロキョロと辺りを見回すと酷い有様だった。
ここは森の中の村。木の柵に囲まれているけど、その柵はほとんど壊れて意味を成していない。家だって壊れている。夢で見た建物とは比べようもないほど粗末な家だけど、それでも僕らの大事な住処だ。それなのに、土壁は崩され、屋根も引っぺがされてる。
周囲には僕と同じように、倒れているゴブリンがたくさんいる。倒れているだけならいい。その多くは怪我をしている。中にはもう動かない人もいる。怪我をしているゴブリンも、助け起こしているゴブリンも、みんなみんな、その表情は暗い。
思い出した。オークだ。オークが僕らの村を襲ってきたんだ。
アイツらは何の意味もなく僕らの村を襲う。食べ物を奪うでもない。土地を奪うでもない。ただ襲う。アイツらにとっては遊びなんだ。ろくに反撃も出来ない僕たちをいたぶって反応を楽しむ遊び。
そう。僕らは弱い。ゴブリンは弱い。アイツらに襲われても、ただ怯えて、震えて、逃げるしか出来ない。だから、アイツらはきっとまたくるだろう。アイツらにとって、僕らは危険のない
生命力が高くて好戦的、そして残虐で野蛮。それがオークという種族だ。肌の色は緑色。だけど、ゴブリンよりはずいぶん大きい。力も強い。ゴブリンと同じくファンタジー小説の定番で、見た目に関しても一般的にイメージされる姿と大差ない。一番の特徴は鼻の形。オークの鼻は豚の鼻によく似ている。僕は豚を見たことないんだけどね。
……あれ?
ファンタジー小説って何だっけ? 豚って何だっけ?
いや、知ってる。僕はそれらを見たことがある。夢の中で、だけど。
ズキリと頭が痛んだ。何かが僕の頭に流れ込んでくる。いや、そんな生易しいものじゃない。消えたはずの夢が……見たことも聞いたことも無いはずの知識が、ミシリミシリと僕の脳みそをこじ開ける。そのたびに、強烈な痛みが僕を蝕んだ。
「ネジレタツノ、大丈夫!?」
「……頭、痛いの?」
二人が心配して声をかけてくれる。だけど、僕に返事をする余裕はなかった。ただ、押し寄せてくる夢の知識に食いしばって耐えるだけ。
ふいに痛みが治まった。嘘のように元通り。
「ネジレタツノ……?」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
不安げな二人に笑いかける。もう大丈夫。不思議な体験をしたけど、僕は僕。ここは夢の世界じゃない。厳しくも辛い、現実の世界だ。
ここには飢えがある。恐怖がある。理不尽がある。これが僕の世界。僕の現実だ。
だけど。
僕は今日、夢を手に入れた。
◆
家に帰ると大騒ぎだった。
オークの襲撃は、早くも噂になっているみたい。家に一人でいた母さんはよほど心配だったんだろう。僕の姿を見た途端泣き出しちゃったんだ。
というのも、僕の格好は酷いものだった。毛皮の服は破れてボロボロだし、青あざだらけだ。さっき見た夢のことで頭がいっぱいになってたから気付いてなかったけど、自覚したら急に痛みが襲ってきた。あいたたた……。
「無事なのね? 酷い怪我もないのね? もう、心配したのよ!」
母さんは僕を強く抱きしめた後、ぺたぺたと僕の体を触りはじめた。大きな怪我はないけど、あちこち打ち身になってるからそれなりに痛い。でも、ポロポロ涙を流す母さんに、やめてとは言えなかった。代わりに大丈夫だよと肩に手を置く。
「母さんこそ大丈夫なの? 寝てなくていいの?」
「もう! こんなときに寝てられないわよ!」
「わ、わかったよ。落ち着いて」
非常事態なのはわかるけど、僕としては母さんには大人しくしていて欲しい。と言うのも、母さんのお腹は赤ちゃんがいるんだ。はっきりとわかるくらいにお腹が大きくなっている。よく知らないけど、興奮しすぎは良くないんじゃないかな。
「父さんは?」
「オークが出たっていうから飛んでいったわ。あなたの様子を探してくるって。行き違いになったのね」
しばらくすると、父さんが帰ってきた。隣にはゴブリンにしては大柄な男性もいる。父さんの友人のツヨイウデだ。
「帰ってたのか、ネジレタツノ! って、おい。お前ボロボロじゃないか!」
「婆さんに薬草を貰ってこよう」
僕を見た父さんが大袈裟に驚く。ツヨイウデもだ。どうやら、自分で思う以上に僕の見た目は酷いことになってるみたい。たぶん、服がボロボロになってるせいだ。でも、逃げるときに引っかけただけで、怪我は転んだときに出来た打ち身くらいなんだよね。
「大丈夫だよ。ちょっと
「どれ、見せてみろ」
ツヨイウデがしゃがみ込んで、僕の傷を見る。ひとしきり確認すると軽く頷いた。
「たしかにな。軽い打ち身だ。すぐに治るだろう」
「そうか、良かった! よく無事だったな!」
「痛っ!?」
「あ、すまん……」
喜んだ父さんがポンと僕の頭を叩いた。もちろん、軽くなんだろうけど、たんこぶが出来てたみたいで結構痛い。
僕らのやりとりを見ていたツヨイウデが軽く笑った。
「ふ、良かったな。すまないが、俺はもう行くぞ」
「ああ。助かった。忙しいのに悪かったな」
「気にするな」
ツヨイウデは足早に去って行く。それを見送る父さんは少し寂しそうな目をしていた。
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新作始めました!
どうぞよろしくお願いします。
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本作は今までと少し方針を変えます。
詳しくは近況ノートをご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/dolphin025025/news/16817330664254968364
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