第16層「ツシゴリ」
「どうして美波さんの一件が何処にも取り上げられてないんだろう?」
健吾は首を傾げた。彼は攻略サイトを隅まで探したが、攻略旅団の悪行を糾弾するニュースを取り上げている形跡はない。ダンジョン庁と自警団に通報し、攻略サイトにタレコミまでしたのに、全ての情報が誰かによって消されている。
「大きな圧力ですわ。さしあたってヨシトミのお父さんがダンジョン庁の関係者とかじゃないのですか?」
イオナは言った。
「まさか、そんなドラマみたいなことあるかな」
健吾は言った。
「っていうか、やけに現世に詳しそうな口ぶりだね」
「ええ。女神さまにネットフリックスで現世について勉強しろと教えてもらいました」
(……そんな勉強のしかたでいけるのか?)
「……A級試験は明日なのよ? こんなところでつまづいてたら受からないわよ!」
ニアは勉強中の乃亜に
「ちょっと話しかけないで、頭に詰め込んだものが落ちちゃうから」
乃亜が勉強しているところをイオナと健吾は見守っていた。
「……僕は正直、乃亜がA級ライセンスの試験を受けない方がいいんじゃないかと思ってる」
健吾はこっそりとイオナに打ち明けた。
「それはどうしてですか?」
「だって、先日の一件もそうだけど、乃亜はダンジョンで異常にトラブルに巻き込まれているんだよ。もしものことがあったらって思うと心配だよ」と健吾が言うと、イオナは考えてから、
「……乃亜さんはそのことは承知の上で試験に挑んでいると思います。私は彼女に試験に受かってほしい。だって、乃亜は自分のためにダンジョン攻略をしてるなんて言ってたけど、でも実際のところは私のためにパーティに参加してくれて試験に合格しようと必死になっている。それがわからないほど私は鈍感じゃありませんわ」
「でも、いざって時に責任は誰も取れないよ。僕たちはまだ成人してない」
健吾が言うと、イオナは剣を取り出して、握った。
「これでも私は戦争を経験して多くの仲間を率いて、そして多くの仲間を死なせてしまった……残酷な言い方だが、戦場の死は自己責任だ。私はそれを弔うことしかできないし、その犠牲を反省し、次の戦略でいかに被害を出さずに済むかを考えて生きてきた。それが卑弥呼様から与えられた私の使命だからだ。だけど、何度も罪の意識に
健吾はイオナの告白に黙って耳を傾けた。
「でも、そこで私が負けてしまったら、それこそ仲間に対する裏切りに他ならない。私は本当の意味で地獄に叩き落とされる。だから、私は負けない。その自負とともに乃亜に対する責任を全面的に請け負う心づもりだ。それに……」
イオナは言葉を詰まらせた。
「それに?」
「今の私には健吾がいるからな」
イオナは健吾の目をまっすぐに見つめた。健吾はイオナが多くの兵を引き連れてきた理由が理解できた。
「健吾は気づいてないかもしれないが、乃亜もニアも……そして私も、健吾の行動に感心して救われている。私は健吾が仲間でいてくれてよかったと思ってる」
「そんな風に思ってくれてたんだ……」
「だから、私が本当に困った時は……きっと助けてくださいね」
イオナは恥ずかしげに言った。今までイオナの本音に触れたことがなかった健吾は心が震える思いをした。
「もちろん、助けるよ」
◇◇◇
【悲報】A級ライセンス試験、今年度より合格者を絞る模様
1.ダンジョンに潜る名無し
A級試験4浪中ワイ、無事不合格
3.ダンジョンに潜る名無し
ワイも落ちてたわ
15.ダンジョンに潜る名無し
経験値と実技さえなんとかなってたらペーパー0点でも通るって知り合いが言ってたで
54.ダンジョンに潜る名無し
>>今年から法改正されてそれがあかんようになった
64.ダンジョンに潜る名無し
マジでペーパーの一般教養なんかダンジョンで使う機会なんかないやろ。なんで必須やねん。
67.ダンジョンに潜る名無し
>>64
お前みたいなバカを落とすためやで
78.ダンジョンに潜る名無し
今年の試験はほんまにヤバかったって受けた奴全員が言ってたな。まあワイは受かったけど
84.ダンジョンに潜る名無し
>>78
なんやコイツ
100.ダンジョンに潜る名無し
>>84
不合格乙
119.ダンジョンに潜る名無し
そういや今年は試験中に泣き出すやつおったな
◇◇◇
A級ライセンス合格発表はダンジョン庁の庁舎に掲示された。
イオナは堂々と腕を組み、なるようにしかならないと言っているが、ニアは吐きそうなぐらいに顔を真っ青にさせている。健吾も普段通りを装っているが、実際は緊張のせいで今朝もご飯が全く喉を通らなかった。
そんな中、乃亜は飄々と、「結果見てくるよ」と掲示板の近くへ向かった。
「……合格してるかな?」
健吾は乃亜の後ろ姿を心配そうに見送った。
「絶対に大丈夫よ」とニアが応えた。
「そう言ってる割に顔が青ざめてるよ」
「大丈夫ですよ。乃亜さんを信じましょう」
イオナは言った。
「逆にイオナはどうしてそう堂々してられるのさ」
「だって、私には試験の結果をどうすることもできないのだから、緊張する道理もありませんわ」
健吾はたまに見るイオナの図太さが羨ましく思った。彼女は突然、
「おっと、カバンを落としてしまいましたわ」と言った。
「「そんなこと言うなよ」言わないで」
「ふたりしてなんですの?」
イオナはめんどくさそうな表情でカバンを拾った。
しばらくして乃亜が戻ってきた。
「どうだった?」
ニアが訊ねた。
「……どうしよう」
乃亜は声を震わせた。
「私……合格しちゃったんですけどぉ!」
乃亜の言葉に三人は叫び声を上げた。まさに狂喜乱舞だった。
乃亜と健吾はハイタッチした。
「これで4人でダンジョンのどこにでも行けるね!」
乃亜が言うと、健吾はあることに気づいて、叫び声をあげた。
「あっ!! イオナは試験いいのかよ!? ライセンス持ってなかっただろ!!」
「ええ、私は女神さまからA級ライセンスを授かったから、試験を受けなくても大丈夫ですわ」
イオナは言った。
「そんなのありかよ」
◇◇◇
乃亜がライセンスに合格したので、晴れてパーティ全員がダンジョン内を自由に動くことができるようになり、†アークスタープロジェクト†は本格的に攻略を開始することになった。
現状の攻略最前線は第65層から66層へ下るルートの開拓であり、健吾たちも例に倣ってルート探索のために65層へ向かった。
第65層は広大な砂漠地帯で、ニアの位置特定の呪いがなければ、遭難してしまうほどに過酷な環境だ。モンスターも砂に擬態して襲いかかってくる。見た目も
探検者は殆どおらず、また区画整備もされていないので、まさに荒野といった風景が広がっていた。
◆
ニアを先頭に砂漠地帯を1時間ほど探索していると、オアシスを見つけたので、一向は休むことにした。砂漠の中を歩き回って汗だくになり、口の中がざらざらしていた。しかし、風が吹くことがないので、不快な気分のままだ。
「あー、涼しい」と乃亜が言った。
「涼しいって、頭がおかしくなった」
健吾は乃亜の方を見ると、彼女は風魔法を操り、自分に風の流れを作っていた。
「うわっ、そんなことできるの!?」
「へへっ。最近習得したんだよ」
乃亜は得意げに言った。
「でも、今のレベルじゃ扇風機ぐらいの風しか作れないけどね」
「乃亜、私の方にも風送ってよ」
ニアがねだると、乃亜はさらに得意げになって、彼女にも風を送るが、徐々に乃亜の呼吸が荒くなる。
「乃亜さん。MPが足りてないのでは?」とイオナが尋ねると、
「あ〜、ダメだ。もう死ぬ」と言って乃亜はしゃがみ込んだ。
「ちょっと乃亜、大丈夫?」
「あかん。私に水をおくれ」と乃亜が言った。ニアは荷物から水筒を取り出そうとするが、
「あっ、もう空になってる」とニアが言った。
「仕方ない、水魔法から生成するか」と魔法を使おうとすると、
「ニアさん。あちらに水場がありますわ」とイオナが指差した。そのさきに水場があった。
ニアは乃亜を背負って水場に連れて行った。健吾たちも水が欲しかったので、ついていった。
「水が透き通って綺麗だ」
乃亜は言った。彼女は空の水筒を取り出して水を掬い上げて一口飲むと、
「めっちゃうまっ!」と目を輝かせた。
「健吾も飲みなよ。めっちゃうまいから」
乃亜はそのまま水筒を差し出してきた。健吾は受け取ろうとして、動きを止めた。
「ん? どうしたの?」
「いや、その……」
健吾は乃亜の行為が間接キスになってしまう事実を指摘するか迷った。考えても視線を彷徨わせている間に彼女の装備している服が汗で肌にピッタリと張り付いているのが見えて、健吾は目のやり場に困った。
乃亜は自分のやっていることに気づいたらしく、顔を赤らめた。
「別に、そういうのアレだから!! 気にしなくていいから!!」
乃亜は無理やり健吾の口に水筒を突っ込んだ。彼の口がいきなり水に溢れたので、むせ返っていた。
「おっさんみたいわね」とニアが言った。
「誰がおっさんじゃ」
「でも、これだけ見つからないなら、ここら辺にはないかもな」とイオナがため息をついた。
「もうちょっと探してましょうよ」とニアが言った。
一行はあたりを探っていると、
「あっ! もしかしてここじゃない?」
乃亜は茂みの中から縦穴を見つけた。
「おおっ、でかしたぞ乃亜っ!」
剣を握ったイオナは早速乗り込もうとすると、ニアが引き留めた。
「ダメよっ! どこにつながっているかわからないのに危ないに決まってるでしょ!?」
「おおっ、確かに」
ニアは適当な石を拾って位置特定の呪いをかけて、石を穴めがけて投げた。
「……第66層へつながってるわね」
「やったー!」
乃亜は嬉しそうに腕を振っていた。
(今までワープゾーンか階段だったのに、今度は縦穴か……)
4人は慎重に縦穴を降りていった。
◆
第66層は薄暗い鍾乳洞のようなところだった。冷たい風が吹き抜け、天井から水が滴り落ちていた。
「肌寒いね」と乃亜が体を震わせた。
「こっちよ」とニアが行き先を示した。3人はそれについていった。イオナと健吾は首を傾げていた。やがて、開けたところにたどり着くと、
「よう。遅かったじゃねえか」
そこにツシゴリが立っていた。
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