第15層「死刑執行人の正体」
「田村さん。先ほどはありがとうございました」
城北姉妹は彼女に丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、とんでもない。二人分助けたから3万円でいいよ」
健吾はすみれが一人助けるごとに1万5千円というシビアな値段設定に対して、
(なんか、うーん、なんか、まあ、そんなもんか)と思っていた。
「イケメンニキはスーパーライセンス持ってるんだってね、ニア様の動画で見たよ」
「ええ、そうなんです……」と言いかけて健吾は驚いた。ニアの動画についてはまだ投稿されていないはずだ。
「まだニアの動画は投稿されてないはずですよ?」
健吾が訊ねると、すみれの顔が青ざめた。
「もしかして、あの時にいたニアのストーカーって……」
乃亜が言うと、すみれが逃げ出そうとした。
………………
「すみませんでした」
すみれは後頭部にたんこぶをつくって正座していた。乃亜が投げた辞書がすみれの後頭部に綺麗にヒットしたのである。
「どうしてニアをストーカーしてたの?」
乃亜は怒っていた。
「だって、だって……」
すみれは口をもごもごさせた。
「ニア様が……大好きだから……」
「は?」
健吾は首を傾げた。
「ニア様が尊くて……少しでも近づきたくて、だけど近づいたら、嫌われるかもだから……遠くから見守りたかっただけなの……」
「ああ、そうなんですか」
健吾は一瞬納得しかけたが、すみれは美人声優というステータスが行動の気持ち悪さを中和させているだけで、ストーカーするのは普通にキモイなと思い直した。
「いずれにせよ、ニアがストーカーで怖がってたんですから、今後近づかないでくださいね」
乃亜が言った。
「それにしても、すみれさんがA級ライセンスを持ってるなんて驚きですよ」
健吾が言うと、すみれは首を振った。
「ううん。私はスーパーライセンスだよ」
「え?」
「ほら」
すみれはライセンスを取り出して見せた。それは確かに健吾が持っているものと同じものだった。
「どうして、スーパーライセンスを……」
健吾はすみれに訊ねた。
「まあ話し出すとちょっと長いんだけど、このダンジョンの中である人を探してるんだ」
すみれは話を切り出した。
——それは彼女がまだニートだった頃の話だ。当時付き合っていた彼氏、田村勇次郎は一番初めにダンジョンの最下層に辿り着き、金印を手に入れて願いを叶えた。そんな彼から勇気をもらった彼女は、子どものころに憧れていた声優を再び目指すことを決意した。
やがて、彼女は自力で夢を叶えて、声優として目が出始めた頃に勇次郎と結婚した。彼女は幸せを手に入れたかと思いきや、勇次郎がだんだんとおかしくなってしまった。彼はダンジョンに異常に執着するようになり、やがて、そこで姿を消した。
すみれは悲しみに暮れていたが、やがて、ダンジョンで勇次郎を探すことを決意した。彼がダンジョンで活躍していた格好と瓜二つの『死刑執行人』として、ダンジョンを探索しはじめた。彼を探すついてでに、モンスターを倒し、探索者を助けたりしているうちに、彼女の功績が認められて、ダンジョン庁からスーパーライセンスが与えられたのだ。
「……まあ、ざっくり話すとこんな感じかな」
すみれは言った。しかし、健吾は彼女が結婚しているという事実がショックすぎて話の9割が耳に入ってこなかった。
「ああ、そうなんすね。本当に素晴らしい話しだと思います」
健吾は動揺を必死に隠しながら言った。
「なにか勇次郎のことがわかったら私に連絡してよ」
すみれはそう言って立ち去った。
◆
「また健吾に助けられた。ありがとう」
乃亜が言った。
「ケガはないか?」
健吾が訊ねると乃亜は首を振った。彼は安心すると同時に乃亜のことを事件に巻き込まれやすい体質生まれたのだと思った。
「お姉ちゃん、ごめん。私のせいで研究内容が漏れちゃった」
乃亜は頭を下げると、美波はとんでもないと言った。
「乃亜が無事でよかったからなんでもいいよ。それに、今回の件は大学とダンジョン庁と警察に通報するよ。隠しカメラで証拠動画も撮っておいたからね。だから、ヨシトミと攻略旅団には処罰が下るはずだ」
美波は言った。
「それならよかったです」と健吾が言った。
「ただ、私の研究を悪用して、誰かが自分の身体能力以上の能力を手に入れるかもしれないから、気をつけて」
◇◇◇
後日、ヨシトミは失踪していた。美波は今回の一件を訴え出たが、ダンジョン庁も警察も大学も、今回の一件についてしかるべき対応を講じることはなく、黙殺を決め込んだ。
この対応に彼女は驚き、攻略サイトにもしかるべき対応を懇願したが、作り話だと誰も耳を貸さなかった。
◇◇◇
ツシゴリは攻略旅団の事務所でヨシトミを待っていた。窓の外を見ると、日が暮れて、市街に明かりが
——俺の考えや思想が間違っていないことを、この現代日本が証明している。中国の律令制度は、今でいう法律の原型だったのだ。我が祖国は国民をルールの下に統治し、海外と対等に渡り合える国力も身につけていた。
卑弥呼一族のように呪術のような曖昧なもので国の舵取りを続けていると、いずれは大陸に支配されてしまうだろう。
だから、俺はなんとしても過去に帰って自分の勝利を決定付けなくてはならないのだ。
——扉がノックされて、ツシゴリは我に帰った。
「どうぞ」
ツシゴリが言うと、部屋の中に恰幅のいい中年男性が入ってきた。
「お待ちしてましたよ大臣」
「急に呼び出されても困るよ」
男は悪態をつきながらも、緊張を隠せない様子で、
「話とはなにかね?」と言った。
「俺にもスーパーライセンスとやらを発行してくれないか?」
「そんなこと急に言われても、君には何の実績もないだろう?」
「でもライセンスがないと部下や仲間に示しがつかないんだ。自分で言うのもなんだが、俺は優秀で、この攻略旅団に入ってから2週間ほどで、幹部連中が俺に頭を下げるようになったんだ」
「だけど、現状のスーパーライセンスは力の覚醒と実績が定義だよ。何もない君に渡すわけにはいかない」
「なら、あなたがガイドラインと現行の法律を再定義すればいい」
「無茶だ。官僚と政治家を説得するのにどれだけの時間がかかると思っているんだ?」
「……あなたの息子さん。容体は相変わらずらしいですね。先日お見舞いさせてもらいましたよ」
ツシゴリの言葉に男は唾を飲み込んだ。再び扉が開いて、今度はヨシトミが入ってきた。
「ツシゴリさん。頼まれてたもの持ってきましたよ」
ヨシトミはUSBをツシゴリに渡した。
「強制的に覚醒を促す研究です」
「うん。ありがとう」とツシゴリは言った。
「さっそく実験されますか?」
ヨシトミが訊ねると、ツシゴリは頷いた。
「それじゃあ大臣。今日はお引き取りください。大事な用ができたので」と、ツシゴリは男を部屋から追い出した。
(イオナの足を引っ張るよう駒に言っておけば、金印発見までの時間は稼げるか……)
ツシゴリは再び窓の外を見た。
「吾聞、先即制人、後則爲人所制か……」
彼は
「諸君。革命の時間だ」
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