第14層「乃亜とヨシトミ」
次の日、乃亜は学校に来なかった。健吾は嫌な予感を抱えながら朝のHRを迎えていると、スマホが震えたので、こっそり覗くと、ニアからのラインだった。
く乃亜がやばいかも、あのヨシト
ミって男が美波さんの研究を狙
って、乃亜を人質にとって脅す
かもしれない
再びスマホが震えた。今度は美波からの電話だった。
健吾はHR中にトイレに行くと言って抜け出して、電話に出ると、
「大変だ、乃亜が誘拐された!」
美波の電話越しの声は不安と恐怖で震えていた。健吾はツシゴリの言葉を思い出していた。
「本当ですか!?」
「ああ、さっきヨシトミから脅迫電話がかかってきた。妹と引き換えに研究データを渡してやるって言われて……」
「取引場所はどこですか?」
「第50層に、1人で来いと言われた」
「A級ライセンスは持ってますか?」
「ああ」
「美波さん、一緒に50層に行きましょう。僕が後ろからついていきます」
(クソッ、ニアの仲間がもっと早く教えてくれれば……)
◇◇◇
健吾はこっそりと学校を抜け出して、美波と落ち合った。彼女は電話の時に比べて落ち着いていたが、それでも不安げな様子だった。
「クソみたいな手を使いやがって……」
「美波さんの研究ってそんなに狙われるようなものなんですか?」
「まあね。ダンジョン庁と連携しているプロジェクトだから、例えば、君たちが情報共有している攻略サイトがダンジョン内部についてだとしたら、僕たちはダンジョンそのものを研究しているんだ。その観点からプレイヤーというのを研究していて、私の場合は覚醒を強制的に促すことで、プレイヤーを強くして攻略を効率よく進めるかという研究をしている。ゲームで言えばチートだよ……
◆
第50層は輝く鉱石があるせいで、昼のように明るかった。美波を先頭に、市街エリアから離れて、森林エリアをしばらく進むと、人の手が入っていない木々の生い茂る深い場所にヨシトミと彼の召喚したモンスター、
「お姉ちゃん、どうして来たの!?」
乃亜は美波に言うが、彼女は言葉を無視して、ヨシトミと対峙した。
「美波。研究成果は持ってきたかい?」
ヨシトミは感じの良いビジネスマンのような口調で話した。
「ああ、ここに入ってる」
美波はUSBをヨシトミに見せた。
「渡しちゃダメだよ!!」
乃亜が強く否定すると、
「ちょっと静かにしてください」
ヨシトミは言って、八岐大蛇が乃亜の首を締め上げた。彼女は苦しそうに嗚咽した。
「おい! 辞めろよ!」
美波は言うが、ヨシトミは、
「最終確認だ。強制的に覚醒を促す研究も入っているな?」と言った。
「もちろんだ。だから先に乃亜を解放しろ!」
美波がいうと、ヨシトミは微笑んだ。
「美波の研究内容が先だ」
「……おまえのこと信じてたのに。どうして裏切るんだよ」
美波が言うと、ヨシトミは高らかに笑った後、
「僕は聖人君子じゃない。金と地位さえ保障してくれればなんだってする。それだけ」と吐き捨てた。
ヨシトミの言葉に美波は明らかな憎悪を込めて睨み返した。
「それに、美波だって裏切り者だよ。一人で来いって言ったのに……」
ヨシトミは指を振ると八岐大蛇の頭のひとつが健吾を目掛けて毒を吐いた。健吾はそれを間一髪でかわした。
「バレバレですよ。野崎くんでしたっけ?」
(アイツ、僕のこと知ってやがる)
健吾は慌てて戦闘体制に入った。
「健吾ぉ……」
乃亜は健吾の姿を見て、泣きそうになっていた。ヨシトミは微笑んだ。
「こいつはバハムートよりは弱いかもしれませんが、主人のやり方次第でいくらでも戦える……昨日今日でいきなりスーパーライセンスをとったような素人に負けるわけがない」
「とやかく言う前に乃亜を放せよ!」
健吾は言った。
ヨシトミは言って指を鳴らすと、八岐大蛇が首を伸ばして美波と健吾に同時に襲いかかった。美波が頭の一つに捕まった隙にヨシトミはUSBを掠め取って逃げ出した。
健吾はヨシトミを追いかけようとしたが、八岐大蛇が彼の行手を
健吾は剣を抜いて戦闘体勢に入った。八岐大蛇へ切り掛かるが、彼の剣は安物で、体を切ろうとしても、使い古したハサミのように心許無く、ダメージも通らない。すぐさま距離をとって弓矢を使おうとしても、敵の攻撃が止まることはない。
健吾が八岐大蛇からの攻撃を
まさに八方塞がりだった。
八岐大蛇の頭のひとつが健吾を飲み込もうとした、その瞬間、
「それっ!」
ヒュン。と風を切る音とともに八岐大蛇はバラバラに崩れ落ちた。捕まっていた乃亜と美波は解放され、地面に投げ出された。
「† 執行完了†」
八岐大蛇の亡骸の後ろから、黒づくめのシルエットが見えた。健吾はそれを呆然と眺めていた。
(何が起こったんだ? 助かったのか?)
◆
黒づくめは健吾に手を差し伸べて、立ち上がるのを手伝った。
「さっきは助けてもらってありがとうございました」
健吾は頭を下げた。
「いいってことよ〜」
「あの、名前はなんていうんですか?」
健吾が尋ねると、黒づくめはもったいぶってから、
「この私が巷で噂の『死刑執行人』。ピンチの人を助けてまわる正義の味方だよ」と言った。
黒づくめは剣を収めて、顔のマスクを外した。女性だった。年齢は20代前半ぐらいで、黒髪は肩ぐらいまで伸びていて、すらっとした体型をしているが、乳はでかい。この人の顔よりも乳の形を先に覚えてしまいそうだ。可愛らしい顔立ちをしていて、目元はキリッとしているのに、どこか優しい印象だった。
死刑執行人といえば、攻略サイトでは悪評ばかりであったが、実際に助けられた健吾はピンチを救われたのでラッキーだと思っていた。
「私は田村すみれ。よろしく」
「田村すみれ……あの田村すみれ!?」
噂の『死刑執行人』の正体は田村すみれという美人声優だった。彼女はオタク界隈では知らない者は居らず、一年で放映される深夜アニメのヒロインの9割は彼女が演じているほど、演技の幅と実力があると業界では定評があった。
彼女はダンジョン内で警察的な事をしていて、モンスターを利用したいじめや身内の争いを成敗していた。そのかわりに謝礼として金をせびっていたのである。それを誰かが勘違いして、死刑執行人が悪人だと吹聴したのだった。
「君が噂のイケメンニキでしょ? 握手してよ、握手」
健吾は自分が握手してもらいたいほどすごい相手から、握手を求められるとは思わなかったので、かなり興奮していた。
「ところでさ……」
すみれは可愛らしい内緒話をするかのように切り出した。
「なんですか?」
「そこの姉妹と君のピンチを助けたからさ、お金ちょうだい」
すみれは笑顔で手を差し出した。
「はい?」
健吾は彼女の言葉に首を傾げた。
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