第13層 「ニアと健吾の勉強会」
帰り道、健吾はイオナと別れてニアと二人きりになった。
—あっ、忘れてた。美波さん、あんたの研究をくれないと、あんたの家もめちゃくちゃにしてやるからな—
健吾はツシゴリの言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。
「何を難しい顔してるの?」
ニアが言った。
「ツシゴリが言ってたことが耳から離れないんだ」
「もしかしてヨシトミとグルになって研究を奪おうとしてるんじゃないかって?」
「うん。もちろん確証なんてないけど、偶然にしてはあまりにもおかしいよ」
「それについては私の友だちから確認をとってもらってるから、今考えてもしょうがないじゃない?」
「うん。だけど……」
健吾は元々心配性であるために、同じ考えを行ったり来たりしていた。
「じゃあその悩みはおしまい。健吾が一人で考えてもなんにもならないから」
ニアは健吾の肩をポンと叩いた。彼女の言葉に健吾は少し救われた気がした。
「ところで健吾はちゃんと試験勉強してるのかしら?」
ニアの言葉に健吾は背筋が凍った。
「ちゃんと勉強してるよ」
「嘘ね。あんた声がガチガチに震えてるわよ」
「震えてないよ」
「どうせ部屋の掃除とかYouTube見たりして集中できなかったんでしょ?」
図星を突かれた健吾は答えることができなかった。
「仕方ないわね。私が勉強教えてあげるわ」とニアはため息をついた。
◆
夜のファミレスは家族連れが多く、心地よい喧騒が流れていた。健吾とニアは向かい合って座っていた。
「……臆病な自尊心っていうのは、要はプライドのことで、自分のプライドが傷つくのが怖いってこと。掘り下げて言うと、できない自分を認めたくないって心理ね」
「なるほどね」
健吾はニアに言われたことをノートに書き留めた。書き終えると、ちょうどキリの良いところだったので、健吾はノビをした。ニアは飲みかけのコーヒーを飲んだ。
「……私、山月記って結構好きなのよ」
「そうなんだ?」
「山月記は、李朝っていう主人公が同期とは違う才能があると思って、仕事を辞めて、詩作の道に飛び込むけど結果が出ずに、元の職場に戻ったら、同期が出世していて自分がこき使われる立場になって、発狂して虎になったって話っていうのはわかる?」
「僕なら元の職場に戻ったりしないよ」
「それは言えてるわね」とニアは笑った。
「そこも好きな理由の一つなんだけどね。普通、そういう失敗談だったら、虎とかかっこいい生き物じゃなくて、猪とかネズミとか弱い生き物に変身してても良さそうじゃない?」
「うん。確かにね」
「私が言いたいのは、この物語が李朝視点の悲劇じゃなくて、友だちの
「……ニアはどうしてここまでしてくれるんだ?」
「健吾が乃亜の特訓に付き合っていたのと同じ理由。私なりの恩返しよ……私ね、あんたのこと認めてるの」
「認めてる?」
健吾か聞き返すとニアは頷いた。
「あんたはイケメンになったから乃亜やイオナに認められてると思ってたけど、実際のところあの二人は健吾の内面に魅かれてるってことがわかったのよ」
健吾は首を傾げた。
「そうかな? 僕は自分の見た目が良くなったから、みんなが手のひらを返してるだけだと思ってるよ。それは嫌みとか卑屈とかじゃなくね。僕だってブサイクなヤツと積極的に友だちになろうと思わないし」
「健吾のいうことも一理あるけど、それが全ての答えじゃないわ。見た目がどれだけ良かったって性格が歪んでいるヤツとか、最低な人間を何人も見てきた。すべての世の人は無意識に見た目に期待して中身にちょっとガッカリしてる。だから、今の健吾みたいに見た目も中身も伴っているのは誇りに思っていいわ。もっと自信を持ちなさい」とニアは言った。
健吾はふうんと相槌を打った。
「私は健吾が好きよ」
ニアは微笑んだ。
「………ええっ?!」
健吾はニアの言葉に驚いた。声が大きすぎて、周りの客が健吾に注目していた。ニアはその様子を見て笑っていた。
「あんたの性格が好きって言いたかったの。ちょっとドキってしてるじゃん」
ニアの笑い声を聞いて、健吾は自分が揶揄われた事に気づいた。
◇◇◇
昼休み、イオナとニアと健吾は図書室の隅で作戦会議を開いていた。議題はもちろん乃亜のことである。彼女は彼らから離れたところで勉強していた。
「ああ、言い出しづらいな……」
健吾は小声でつぶやいた。
「何を今更
「だって、黙って尾行した挙句、勉強を教えてもらってる男から縁を切れなんて突然言い出したらどう思うよ?」
健吾は自分が逆の立場だったら絶対に嫌だと思った。そもそも友だちからプライベートな部分を口出しされるのは嫌な気分になるし、何より定期試験との板挟みに遭いながらも自分の目標のために頑張っているのに、それに水を差すようなことを言うのだ。誰だって気が引けるに決まっている。
「でも、言わないと乃亜も美波さんも危険な目に遭うかもしれないわ」とニアが言った。
「それはそうだけど……」
「なら勇気を出して言いましょうよ」とイオナが言った。
「もとはイオナが騒ぎ出したんだから、イオナが言えばいいだろ?」と健吾が言うと、
「いえ、こういうのは健吾さんからビシッと言うべきだ。そのためのイケメンフェイスでしょう?」とイオナが反論した。
「イオナが僕の顔を見て化け物扱いしたから、イケメンに変わったんだろ!!」
「ちょっと、何騒いでんのさ。うるさいよ〜」
乃亜が健吾たちのところへやってきた。いつのまにかニアもイオナも目にも止まらぬ速さでどこかに隠れた。彼は引くに引けなくなり、腹をくくった。
「昨日、偶然さ、偶然だよ? 絶対偶然だから……カフェで乃亜のこと見かけたんだよ」
健吾は言った。
「そうなんだ。声かけてくれたらよかったのに」
「あの時一緒に居た男ってさ……」
健吾が言うと、乃亜は、
「ああ。あの人はお兄ちゃんの知り合いでヨシトミって人で勉強を教えてもらってるんだ」と言った。
「ああ、うん。知ってる……」
「えっ? 知り合いだったの?」
「いや、そうじゃなくて、あの人の腕に八咫烏タトゥー入ってたんだよ。それって攻略旅団の証らしいんだ」
「へえ。そうなんだ。一番有名な大手パーティだよね」
「乃亜、あの男とは関わらない方がいいですわ」
イオナが堪えきれずに会話に割り込んできた。
「えっ? 何? どういうこと?」
乃亜は会話の真意が見えずに眉をひそめた。
「前に私に絡んできた輩もツシゴリも攻略旅団の仲間です。あんなことするやつはまともな人間じゃないですわ」とイオナは言った。
「最近は複数の狩場の独占とか、アイテムの強奪してるとか悪い噂は絶えない」とニアが続けた、
「……でも、悪いことをしてるのは一部の人間でしょ? ヨシトミさんがそんな悪いことをするとは思えないよ」と乃亜は悲しげに言った。健吾は彼女がいい奴すぎるぐらいにいい奴だと思った。
「でも……」
イオナが言おうとすると、
「今度のA級ライセンスの試験まで時間ないし、落としたら次の試験は半年後だから受からないとみんなの足を引っ張っちゃうよ。それに定期試験もあるんだ。だから、私は何を言われようと、あの人に勉強を教えてもらうよ……」
乃亜は感情的に反論して、再び勉強に戻ったので、3人はそれ以上口出しできなかった………。
「乃亜があんなに頑固だったとは知りませんでした」
イオナはため息をついた。
「でも、確かに乃亜の言うことも一理あるわ。攻略旅団が全員悪い訳じゃないからね。そのヨシトミって男が悪い奴じゃないことを願うしかないわ」
ニアが言った。
◇◇◇
くお疲れ、
ニアが言ってた件なんだけど、
あの男はヨシトミって名前で最
近になって攻略旅団に加入した
人だよ
くちょうどリーダーが代替わりし
た時に入ってきた人で普通にい
い人っぽいけど、その人リーダ
ーと城北の研究内容がどうのこ
うのって話ししてたよ。
く覚醒を強制的に発動させる研究
を奪うのがなんとかって話をし
ていたから、ちょっとヤバいか
も。。。
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