第12層「期末試験と乃亜」



【警告】ダンジョンに不審者、自警団は警戒を呼びかけ


1.ダンジョンに潜る名無し

自警団はダンジョンに『死刑執行人』と名乗る怪しい人物が出没するので警戒を呼びかけている。彼は素人探検者を危険地帯に置き去りにしたり、アイテムを脅して奪い取ったりする迷惑行為を繰り返しているので、見かけた人物は自警団に通報するように呼びかけた。

ちなみに、格好は黒づくめらしい。


5.ダンジョンに潜る名無し

うんこ野郎で草


8.ダンジョンに潜る名無し

素人置き去りにして何がおもろいんや?


12.ダンジョンに潜る名無し

>>8

気になる相手に素直になれんくていじめてまう心理なんちゃう?


14.ダンジョンに潜る名無し

>>12

なるほどな。かわいいところあるやん


22.ダンジョンに潜る名無し

死刑執行人とかワンパンでいけるやろ


42.ダンジョンに潜る名無し

>>22

グリーンライセンス如きがイキってて草


57.ダンジョンに潜る名無し

>>42

我A級ぞ?


100.ダンジョンに潜る名無し

っていうか自分から「死刑執行人です」って名乗ってる時点でやばいやろ。俺はそんな奴と関わりたくないわ


◇◇◇


 昼休み、イオナは健吾とニアを学食に集めた。


「みんなどうしてダンジョン攻略にこないのですか!?」


 イオナは深刻な様子で話を切り出した。


「みんなはツシゴリより先に願いを叶えるとか言っておきながら、ダンジョン攻略を全くしていない我が†アークスタープロジェクト†に失望したのですか?」


 イオナは続けたが、実際のところは失望云々よりも、期末試験があるために、2週間前から全生徒のダンジョンの立ち入りを禁止されているだけで、加えてテストで赤点を取ったものは、追試を合格しない限りダンジョンに立ち入れないという親心丸出しの校則が存在するためである。


「この時期にダンジョンに行ったら校則違反で停学になるからだよ。っていうかイオナはダンジョンに行ってるの?」


 健吾が訊ねると、イオナは頷いた。


「ええ。自己研鑽は何よりも大切です」


「やめた方がいいよ。ルール違反しまくると、最悪パーティ全体が解散させられるかもしれないし」


「ええっ!? そうなんですか!?」とイオナが言った。健吾はどうやらこの人格の彼女はうっかりやさんらしいと思った。


「……でも、期末試験云々の前から乃亜の参加率は悪かったわね」とニアが言った。


「やっぱりそうだろ? 乃亜は私のことが嫌いになったのだろうか?」とイオナは眉を下げた。


「どうせ彼氏とちちくりあってるんでしょ? 知らんけど」と、ニアはどうでも良さそうに言った。


 健吾はニアの言葉に心臓が飛び出そうになった。


「彼氏?」とイオナが言った。


「うん。乃亜って誰に対しても優しいから結構モテるわよ。この前、校舎裏で告白されてたところを見たし……でも振ってたから、彼氏なんていないか……いや、彼氏がいたから振ったのか?」


 ニアは独り言で行ったり来たりを繰り返した。健吾は自分を落ち着かせるために、歴代のプリキュアの名前を頭の中で復唱していた。


「彼氏ってなんですか?」


 イオナはニアに聞いた。彼女の反応にニアは驚いた。


「あんた、彼氏の意味も知らないの?」


 ニアの言葉にイオナは頷いた。


「彼氏ってのはね、女の初めてを奪いたがる男のことよ」


 ニアが言うと、イオナは顔を真っ赤にした。


「はしたないですわ!!」


「つーか僕はA級ライセンスの筆記試験の勉強をするって聞いてるよ。今回のA級試験逃したら、次の試験は半年後なのに、期末試験まであるから、本気で勉強するって言ってたよ」と、落ち着きを取り戻した健吾が言うと、イオナとニアは信じられないといいたげな顔をした。


「まさか、あの勉強嫌いのバカが勉強するなんて矛盾してるわ」


 ニアは言った。


「ええ。絶対に嘘ですよ」


 イオナも頷いた。健吾は乃亜が全く信用されていないので不憫ふびんに思った。


「ちょっとは乃亜のこと信じてあげようよ」


 健吾は言うが、


「あんたは乃亜が本気で勉強してると信じてるのか? いくら賭けれる?」


 イオナの剣幕に彼は言葉が出なかった。


「真偽を確かめるために乃亜を尾行しましょうよ。もしかしたら悪い男に捕まっているかもしれないし」とニアが言った。


「マジで!?」


◇◇◇


 放課後、乃亜は駅前に向かっていた。その後ろを健吾たちがこっそりついていった。彼女は交差点の信号待ちで立ち止まったので、様子を伺っていると、健吾は声をかけられたので驚いた。


「こんなところで何してんだ?」


 振り返ると、翔太が立っていた。


「うわっ、翔太か」


「うわってなんだよ。っていうか、3人でなにしてるんだよ?」


「最近乃亜のダンジョン攻略の参加率が悪いから尾行してるんだよ。」


 健吾が言うと、イオナとニアは頷いた。


「ブラックパーティかよ。つーか電柱の後ろに3人もいたら流石に目立つって」


 翔太は呆れていた。


「ところで翔太さんは乃亜に彼氏はいるかご存知ですか?」


 イオナは訊ねた。翔太はカースト上位なので答えられないことなど存在しない。


「彼氏? いや聞いたことないけどな」


 翔太の言葉に2人はホッとしていた。


「ところで尾行はもういいのか?」と翔太が言った。


 健吾たちは慌てて交差点へ出て乃亜を探すが、すでに彼女の姿はなかった。


「あーっ、乃亜がどこかに行ってしまわれましたわ!!」


 翔太はイオナの大きな声に驚いていた。彼女に対してトラウマがあるのでへっぴり腰になっていた。


 彼は遊びの用事があったので、駅に去っていった。


「邪魔さえ入らなければ……」


 イオナは吐き捨てた。


「仕方ないよ。もう諦めて帰ろうよ」


 健吾は言った。イオナは諦めて帰ろうとすると、


「あそこにいるわ」


 ニアは乃亜を見つけ出していた。彼女はカフェにいた。



 乃亜は眼鏡をかけていて、参考書とノートをテーブルに広げていた。シャーペンで頭をコツコツと叩いていて、健吾たちに気づいている気配はない。健吾は乃亜の勉強している姿が新鮮に映った。


 健吾たちも乃亜から離れた席に座った。


「本当に勉強しているのですか?」


 イオナはいぶかしんでいた。


「これで勉強してなかったら、何してるんだよ」


 健吾はツッコんだ。


「真面目に勉強している風を装ってるだけかもしれない」とニアは言った。彼女は乃亜の前を通り過ぎる客を装って、ノートの中をさりげなく見た。はたから見れば不審者だ。


 戻ってきたニアはショックを受けていた。


「どうだったんだ?」


 イオナが訊くと、ニアは泡を吹き出して倒れかねない勢いで、


「あばば、ちゃんと勉強してた」と言った。


「だから、ちゃんと勉強してるって言ったじゃんか」


 健吾は言ったが、彼が乃亜に視線を戻した次の瞬間、彼が泡吹いて倒れそうになった。というのも、乃亜の正面に若い男が座っていたからである。


「うわっ、あれは絶対に彼氏だ」


「乃亜さん。私に隠れて遊んでいるだなんて……」


 イオナとニアもショックを受けていた。


 若い男は健吾たちよりも2、3コ年上に見えて、顔立ちが整っていた。彼は乃亜に勉強を教えていた。


◇◇◇


 その後、3人はカフェを出た乃亜と男の後ろを尾行した。やがて、乃亜の家に着いて、男は家の前で待っていた。今度は美波が家から出てきて、男と談笑していた。


「まさか、乃亜に彼氏がいたなんてね……」


 ニアはニヤニヤしながら言った。


「いや、実は乃亜の兄貴とかだったりするかもだから」


 健吾は現実逃避していた。


「いや絶対に違うでしょ」


 ニアが言った。


「っていうか、あんたって……」


 ニアが言いかけたところで男は立ち去った。美波が家に帰ろうとしたところを健吾が引き留めた。


「おお、健吾君じゃないか。それにイオナとニアも。うちになんかようかい?」


 美波はいぶかしむ様子もなく彼らを迎え入れた。


「美波さん。今の人って誰ですか?」


「ヨシトミのこと?」


「ヨシトミっていうんですか?」


「うん。大学の同級生で同じ研究室なんだよ」


「……この前、乃亜と二人でいたんですけど、付き合ってるとかそういうことなんですか?」


「乃亜の勉強を見てもらってるだけだよ。付き合ってるとかそんなこと絶対にないから」と美波の声がだんだんと豹変した。


「アイツが僕の可愛い乃亜と付き合ってるなんて……想像しただけで反吐が出るッッ!! 乃亜は僕のものだからッッ!!」


 健吾は美波のシスコン度合いにひいていた。


(こわっ。このお姉さん、結構ヤバいな。っていうか、また美波さんに属性が追加されたのか)


 しかし、健吾は乃亜が付き合っていないと聞いて安心した。


「ヨシトミさんとは長いんですか?」


「うん? 大学入学からの知り合いだからもう5年ぐらい経ってるのかな。アイツは天才で教授連中に認められてたもんね」と美波が言った。


「あいつは地質学が専攻で、地質層の解析から、ダンジョンの内部構造が変動していることを解き明かしたんだよ」


「内部変動? つまりダンジョンの構造が変わっているってことですか?」


「うん。ダンジョンは誰かの願いを叶えた後、内部の構造が変わって、生まれ変わるっていうのが、学会のトレンドだよ」


「へえ」


「あっ、ごめん忘れ物した」と声がした。振り返るとヨシトミが立っていた。彼は健吾に素敵な笑みを浮かべて会釈した。健吾もつられて頭を下げた。


「おお、ヨシトミ。どうしたの?」


「明日の研修なんだけど、14時に211教室に集合だって言い忘れてた」


 そう言ってヨシトミは立ち去った。


「おお、ありがとね」と美波は後ろ姿に言った。


「僕も失礼します」と健吾は慌てて、ヨシトミの後ろを追った。


「どうしたの?」とニアが言った。


「尾行だよ」


「どうして?」とイオナが訊ねた。


「ツシゴリと同じタトゥーが腕に入っていたんだ」



 やがて、ヨシトミは駅ビルの中にある事務所へと入って行った。健吾は事務所の窓を見て驚いた。そこには八咫烏のステッカーが貼られていた。


「これは……」と健吾は呟いた。


「その八咫烏は攻略旅団の仲間の証しよ」とニアが言った。


「攻略旅団?」


「大手パーティで攻略の最前線を担っているけど、今は一部のメンバーが裏で悪いことばかりしているらしいわ」とニアは言った。


「じゃあ、あのヨシトミもツシゴリと同じように美波さんの研究を狙っているのですか?」とイオナは言った。


「でも、ヨシトミは美波さんと同じ研究室にいるのだから、普通に教えてくれそうだけど」と健吾は首を傾げた。


「……攻略旅団に知り合いがいるから、あの男のことを訊いてみるよ」とニアは言った。


◇◇◇


 ヨシトミは電話をかけた。


「どうも。城北美波の件は首尾よく進んでますよ……ええ……やはり、睨んだ通りでしたよ。彼女はダンジョン攻略に関する論文作成に、学会での発表や、企業との提携案件、教授からかけられるプレッシャーで精神はボロボロみたいです。……ええ、時間の問題です……ツシゴリ様の予定通りに研究データが手に入りそうです……ええ、それでは失礼します」

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