第10層「はじめての依頼」
—放課後、教室にて、
ニアを加えて4人になったイオナのパーティに陰険な空気が漂っていた。
「『いびつな
「『陽だまり探検隊』がいいわ」とニア。
「『金剛組』に決まってますわ!」とイオナ。
ダンジョンではパーティを組む際に、メンバーとパーティ名の登録が義務付けられている。彼女らはパーティにつける名前で揉めていた。それを健吾は苦笑いで眺めているしかなかった。
(全部変な名前……アイドルのユニット名みたいだ……)
「健吾はどんな名前がいいんだ?」
イオナは健吾に意見を求めた。突然、話を振られたので彼は反射的に名前を考えた。
「……†アークスタープロジェクト†ってどうかな?
「めっちゃいいじゃんそれ!」乃亜
「うわ中二病丸出し……」ニア
「意味がわからないです」イオナ
健吾はいたく落ち込んだ。彼は自分に中二病の自覚がなかったので、乃亜の反応だけが救いだった。
「仕方ありません。ここまでバラバラならくじ引きで決めましょう」
イオナは言った。
結果……
「厳正なるくじ引きの結果、『†アークスタープロジェクト†』に決定しました〜」
乃亜が「わ〜」と言いながら拍手した。
イオナとニアは露骨に落ち込んでいた。
◆
パーティ名が†アークスタープロジェクト†と決まったが、やることは狩場での地道なレベリングしかなかった。
実力の伴ったパーティだと『依頼』が舞い込み、それをこなすとかなりの経験値とアイテムが報酬としてグループ全員にもらえるのだが、駆け出しの†アークスタープロジェクト†に依頼なんてくるわけがなかった。
「あー疲れたぁ」
狩場でひとしきりモンスターを倒した乃亜は座り込んで、ゼイゼイ息をした。
「城北ッ! これぐらいでへばっていたらA級ライセンスは取れないぞ!?」
剣を持ったイオナは乃亜に喝を入れるが、彼女はへたり込んだまま。
「もう50体ぐらい倒したよ。これ以上は無理ぃ……」
乃亜はイオナに言った。
「乃亜の言う通りね。今日はこれぐらいにして休んだら?」
コーチ役を務めていたニアが言った。
「ダメだッ。つらくてもトレーニングを続けないと強くなれないっ!」
イオナは語気を強めた。
「根性論もいいけど、休まないと体は強くならないわ」
ニアは冷静に反論した。
「休めば、その遅れを取り戻すのに3倍頑張らなくちゃいけないんだぞ!」
イオナは反論した。健吾は剣を握ったイオナの人格が脳筋すぎて軽く引いていた。ニアは健吾の方を見て、助け船を求めた。彼は突然強くなったので、なんともいえなかったが、
「イオナは極端すぎるよ。確かにがんばることは大事だけど、それぞれのペースとやり方で経験値を稼がないと、いつか潰れてしまうよ」と言った。
「だけど、私は……すぐにでも元の世界に戻りたい」
イオナが言うと、皆、黙り込んでしまった。
「おーい!」
遠くから、
「ここに乃亜が居るはずなんだけど……」
その人は健吾に言った。
「えっと……」
健吾は戸惑った。男といわれれば男と見えるし、女といわれれば女にも見える中性的か顔立ちだった。ただ、目つきは鋭く、いわゆる美形の顔立ちだった。
「あーっ、お姉ちゃんじゃん!」
乃亜は女を指さした。
◆
「はじめまして。姉の城北美波です」
美波は自己紹介をした。健吾は乃亜と性格が真逆で上品な印象を受けた。
「ここにきたのは、『依頼』という形でみんなに協力してほしいことがあるんだ」
「依頼ですか?」
イオナが剣を収めた。彼女のいつもの人格が現れたので、健吾はほっとした。
「私はこのダンジョンの研究をしてるんだ」
健吾はそのことを乃亜から話に聞いたことを思い出した。
「健吾君が力をバハムートを倒したって聞いたんだ。僕はステータス値と覚醒が成立する条件を調査する研究をしていて、君のデータが取りたいんだよ。他にも探検者のステータス値とスキルについて調査してるから、みんなに協力してほしいんだ」
「そういうことなら協力させていただきます」
イオナは言った。
「どうやってデータを取るの?」
ニアは訊ねた。
「簡単だよ。僕の作った機械で目をスキャンすれば、その人のステータスと覚醒時に発動する隠しスキルまでわかるんだ」
(糸目キャラのお姉ちゃん属性なのにボクっ子って、キャラ詰め込みすぎじゃね?)
健吾は密かに思った。
「へぇ、すごいや……隠しスキル?」
健吾は言った。
「うん。人にはそれぞれ隠しスキルが存在していることが文献からわかったんだ。それは人間が覚醒状態になると発動するんだ」
「そうなんですか」
健吾は女神が何かを言っていたと、記憶を探るがうろ覚えだった。
「そして、その隠しスキルを具体的に見る方法がこの測定装置だ」
美波はタブレット端末にガンタイプの体温計のようなものを繋げて、機材を完成させた。
「お姉ちゃんにしかできない研究なんだって」
乃亜が誇らしげに言うと、美波は照れていた。彼女は測定装置で健吾の網膜をスキャンした。すると、画面に数字の羅列が表示された。
「すごい……こりゃ水晶玉を割るわけだ」
美波は感心した様子だった。
「僕のステータス値はどうなんですか?」
健吾が訊ねた。
「すべて0だ」と美波は答えた。
「0!?」
「うん。つまり測定不能。少なくとも人間の領域を超えているんだと思う」
「そうですか……」
健吾は想像がつかなった。自分は人間なのに、その領域を超えていると言われても理解できない。
「要するに規格外に最強ってことだよ」
「いやぁ、そうなんですか」
健吾は謙遜しつつも、内心喜んでいた。やはり男はいつも『規格外』という単語にロマンを感じる生き物なのだ。
「あと隠しスキルが『死神』だね」
「『死神』?」
「うん。これは死んだ後に発生して、生きている人を冥界に導けるんだ」
「そうなんですか」
(でも、スキルを発動するのに死ななければならないのは嫌だな)
健吾はもっとかっこよくて、強そうなものを期待していたが、案外しょうもなかったのでがっかりした。
(まあ、弓があるからいいや)
他にイオナやニア、乃亜のステータス値を測定し、隠しスキルを特定すると、乃亜は『賢者』ニアは『団結』イオナは『騎士道』と出ていた。どうやら、隠しスキルは個人の強みに起因するらしいと美波が説明した。
「なんか、みんなっぽいよね。騎士道ってまさに、イオナそのものを指してる感じがするよ」と乃亜が言った。イオナはそうか?と首を傾げるが、
「うん。イオナって剣を握った時は自分のルールに忠実でブレないもんね。ニアもいつも冷静だから、みんなを引っ張っていける気がするよ」
「でも、乃亜が賢者って、この測定装置は正確なのか?」と健吾は言った。
「これから賢くなるからいいのっ!!」
乃亜はキッと健吾を睨んだ。
「おお、また会ったなぁ」
突然、男の声がした。声の方を見ると、前に狩場を奪おうとした二人だった。
「なんや、元気そうでやってるやん」
「よくもまあ、ここにこれたな」
健吾は男二人を睨み返した。
「まあまあ、そんな怖い顔せんでええやん。今日はそっちの美波ちゃんに用があんねん」
男は健吾をなだめすかすように言った。指された美波は苦い顔をした。
「君たちもしつこいな。僕の研究は大学のものだから、大学で話をつけてくれ」
どうやら男たちは以前から美波に付きまとい研究内容を手に入れようとしていたらしい。
「美波さんが嫌がってるだろ。辞めろよ」
健吾が言うと、男は笑った。
「あ? お前になんの関係があんねん?」
「……おい、そこまでにしとけよ」と男を諌める声がした。声の方を見ると、背の高い男が立っていた。そいつはどうやら関西弁の仲間らしく、腕に八咫烏のタトゥーが入っていた。
「おまえ、イオナじゃないか」
男はイオナを指した。彼の姿を見たイオナは驚き唖然としていた。彼女は慌てて剣を取り出した。
「ツシゴリ……私がこの手で殺したはずじゃ……」
「あっはっはっ、ここのダンジョンをクリアできたら元の世界に帰れるって女神さまに言われたんだよ」
ツシゴリは旧友に再会したかのように話した。
「それにしても、おまえもここにいるってことはあの時のうまく毒が効いてくれてたんだな」
ツシゴリが言うとイオナはハッとした。
「……あれは病気なんかじゃなかったのか」
「もちろん俺が用意した毒だよ」
ツシゴリは笑うと、イオナは悔しそうに歯軋りした。
「そんなことよりイオナ、俺たちのパーティに入れよ。悪い扱いはしないぜ。俺と一緒に新しい日本を作ろうじゃないか」
「とっとと消え去れ」
「兵隊を駒扱いして、死神だって影口を叩かれても平気な面をしてるおまえの度胸を俺は買ってるんだぜ?」
「黙れ! 国を売ろうとした裏切り者に言われる筋合いはない!!」
「おっ冗談だよ、ジョーダン。相変わらず怖いんだから。ただ……」
ツシゴリはヘラヘラしながらイオナを諌めた。
「なんだ?」
イオナが訊くと、ツシゴリは声のトーンを二つ下げて言った。
「今度、俺の野望を邪魔するようなことがあったら許さねえよ。一家根絶やしにしてやるから覚悟しな」
ツシゴリは吐き捨てて、立ち去ろうとして、再び振り返った。
「あっ、忘れてた。美波さん、あんたの研究をくれないと、あんたの家もめちゃくちゃにしてやるからな」
◆
「おい、アイツはいったいなんなんだよ?」
健吾はイオナに訊いた。
「あいつは……私の元同僚です」
イオナは剣を納めて答えた。
「それって、元の世界のってこと?」
乃亜が尋ねるとイオナは頷いた。
「ええ」
イオナは前置きをして語り始めた。
「元々、私たちの一族は漁師でした——
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