第7層「健吾と乃亜」



 健吾と乃亜は再び狩場へやってきた。


「あのさ、野崎にモンスターとの戦い方を教えて欲しいんだ」と乃亜が言った。


「僕が城北に?」と健吾はまごついた。


「うん。だって、スーパーライセンス持ってるでしょ? それにバハムート倒してたじゃん」


「強いだなんて、そんな……僕は武器が強いから戦えてるだけで、僕自身は強くないよ」


 健吾は否定すると、


「ううん。野崎は強いよ。私にはわかる。翔太を助け出したのは武器のおかげかもしれないけど、でも、野崎の意志で立ち向かわなったら、翔太は死んでた。私は誰もが尻込みする場面でも、立ち向かえる人が強い人だと思ってる。だから教えてください」


 乃亜は丁寧に頭を下げた。


 彼女の真摯な姿に胸を打たれた健吾は、


「わかったよ」と言った。



 健吾は手探りながらもモンスターとの戦い方を乃亜に伝えた。彼女の役割は学者だが、時間の余裕がないと使えないので、最終的には剣を装備して、実戦的な戦いを教えていた。彼は乃亜の飲み込みの速さに驚き、何より、ずっと練習し続けていた。


「もう7時だけど、そろそろ切り上げる?」


 健吾は気遣って乃亜に訊ねると、彼女は汗を拭って、


「野崎は門限あるの?」


「いや、ないけど」


「じゃあ、もう少し付き合ってよ」


 乃亜は疲れた表情を隠すために微笑んだ。彼は彼女の向上心に驚いた。


 結局,乃亜のレベリングが終わったのは午後9時過ぎだった。


 健吾は持っていた回復剤を乃亜に渡した。彼女は礼を言って受け取った。


「城北はどうしてここまで練習するんだ?」


「A級試験が来月にあるでしょ? それを受けようと思ってるんだ」


「えっ、いきなりA級って、あと一ヶ月しかないよ? 大丈夫?」


「絶対に大丈夫。それに、強くなりたいんだ」


「強くなりたい? どうして?」


「うーん、そうだね……話、長くなるかもだけど、聴いてくれる?」


 健吾は頷いた。


「家族がね、貧乏なんだ……


 乃亜は大切な思い出を語るように話し始めた。


「お父さんが会社を経営してたんだけどね、事業に失敗して会社が倒産して、借金がたくさんあって、生活はカツカツなんだ。だけど、お父さんが一生懸命に働いてたこと知ってるから、みんなで助け合ってるんだ。

 私は3人兄弟の真ん中で、上のお姉ちゃんは推薦で大学院に通ってて、考古学者を目指してダンジョンの研究をしてるんだ。朝早くに研究室に行って研究して、家に帰ってきたら、夜遅くまで勉強してる。

 下の弟は漫画家になりたいらしくて、独学でシナリオを書いて、たくさん絵を描いてる。

 そんなふたりに挟まれてて、自分だけ、何もないなって思ったから、せめて、ダンジョン攻略を頑張って、A級ライセンスを目指してみようと思ったんだよ」

 

 乃亜は言った。


「そうだったんだ」


「だから私、ダンジョンの最下層に行けたら、A級ライセンスをくださいって願うんだ」


 乃亜の言葉に健吾は笑った。


「その願い事は悪くないね」


 しばらくして、乃亜は顔を真っ赤にした。


「あっ、いや、最下層に行ける実力があれば、A級ライセンスなんて簡単に受かってるよね」


「うん。城北ならきっと大丈夫だよ」


 健吾が言うと、乃亜は続きを話そうとしてやめた。彼女は強くなりたい理由を彼に話したが、強くなる目的は彼に対する罪悪感から話せなかった。


 乃亜は以前に健吾のイジメをかばおうとしたことがあった、勇気を振り絞って、止めようとしたが、加島グループのひとりが乃亜より先に健吾を庇って、その後、そのひとりはグループからハブられてしまったのだ。

 その時の乃亜は健吾に対する罪悪感と共に、自分もハブられていたかもしれないと思うと、ゾッとする気持ちがあった。しかし、彼女は他人をスケープゴートにして問題から逃げ出してしまった自分を許せなかったので、A級ライセンスを取ると言う目標を設定することで、自分の弱さを埋め合わせようとしていたのだ。


「そういえばお姉ちゃんが会いたがっていたよ」


 乃亜は気分を変えるために、話を切り出した。


「ええっ、僕に?」


「うん。なんか力を覚醒させたのが野崎で2人目なんだって。1人目の人のデータと比較研究したいって言ってたよ」


「そうなんだ。もちろん協力するよ」


 健吾は自分が研究対象になるとは思っても見なかったので当惑したが、将来なにかの役に立てばいいなと思った。


「あっ、練習してることはイオナに内緒にしててね」


「どうして?」


「だって、彗星の如く現れた天才少女と思われたいからね」


 乃亜は笑った。


◇◇◇


 次の日、学校へ行くと、珍しく乃亜がひとりで本を読んでいた。いつもなら加島グループの誰かと話しているのに、珍しいものを見たと健吾は思った。

 彼は自分の席に座ると、授業で使う教科書を忘れたことに気づいた。

 最近、彼の身の回りのものがファンによってパクられるので、学校に置き勉ができなくなってしまい、こういう忘れ物がよくあった。


(……やれやれ、人気者も大変だぜ。これが有名税ってやつか)


 健吾は内心、満更でもなかった。


「おっす、健吾」


 翔太は健吾のもとへやってきた。


「おはよう、翔太」


「今日、一緒に学食いこうぜ」


「……あっ、学食? うん。行こう」


 健吾はいつものように無意識に一人で便所をキメようとしていたので、翔太に誘われたことが嬉しかった。



 昼休み、少し疲れた様子で翔太が健吾の机にやってきた。彼らは学食へ場所を移した。健吾は入学して以来使ったことのない学食を訪れることができて感無量だった。


(友だちと学食……なんて青春なひびきなんだ)


「健吾は何にするんだ?」


「えーっと。カレーにしようかな」


「やめといた方がいいぜ」


「どうして?」


「ここの学食はカレーのくせに不味いんだよ。カレーなんてどう作ったって美味くなるはずだろ? あすなろ高校七不思議の一つだ」


「そうなんだ」


 健吾は翔太との会話らしい会話に感動していたが、その後の沈黙で気まずく思った健吾は、会話をつなげようと、


「そういえば、なんかあったの?」


 健吾は翔太が元気がない理由を訊ねた。


「いや、実はさ……


——それは健吾が教室に来る前のできごとだった。


 教室の後ろで加島グループが集まってお喋りをしていた。そこに翔太も混じっていた。


「そういえば、乃亜ってさ。なんであの時、私たちのパーティに来なかったの?」


 加島が乃亜に切り出した。


「えっ?」


 乃亜は不意をつかれて、一瞬固まった。


「あの時、野崎のパーティに行ったじゃん。どうして私のところにこなかったの?」


 加島は笑顔で問いかけるが、それは紛れもなく乃亜に対する宣戦布告だった。そして乃亜は明らかに低くて弱い立場へと転落した。それを理解した乃亜は引き攣った笑い顔を貼り付けたまま返事することができなかった。


「あっ、野崎がイケメンになったから? 乃亜ちょー面食いじゃん」


 加島は悪意を込めて笑った。


「いや、そういうことじゃなくて、アレは……」


 乃亜が苦し紛れに答えると、


「ふーん。まあいいけど」と、加島は言った。


 ——……加島さんがいいって言ったからいいんじゃないの?」


 健吾は翔太に言った。


「アホか。そんなわけないだろ。だって、メイと乃亜は中学からの付き合いで、仲良しだったのに、突然、城北がイオナや健吾たちのところに鞍替えしたらどう思うよ?」


 翔太は丁寧に説明するが、健吾はまともな人付き合いをしたことがないので、想像がつかない。


「例えば、ドラフト6位で広島に入団した選手が、順調に成長して、かなりいい成績を残すロマン枠のホームランバッターになった途端、阪神にFAしたらどう思うよ?」


「それはガチでクソ。全くもって裏切り行為だよ」


 健吾が断言すると、


「乃亜はそれと似たようなことをしたんだよ」と翔太が言った。


 翔太の説明に健吾は深く納得した。


「俺としてもあのグループの立ち位置があるから、微妙なんだよな……」


 翔太は面倒くさそうに呟いた。



 二人は教室に戻ろうとすると、加島に呼び止められた。


「ちょっと、二人とも訊いた? 乃亜の噂」


「噂?」


 翔太は聞き返した。 


「乃亜ね。援交してるんだってさ。しかも相手は学校の先生と……」


「は?」


 ふたりともポカンとしていた。


「うん。乃亜って成績悪いじゃん。だから、体を見返りに先生に頼んでテストの出題範囲教えてもらってるらしいよ。二人も勉強教えてあげたら、ヤらせてくれるかもね〜」


 加島は乃亜を下げる噂話をヒソヒソと話した。健吾はその立ち振る舞いに違和感を感じた。今まで散々自分を虐めてきたのに、イケメンになった途端に、自分の輪の中に取り込もうとする態度に腹を立てていた。


 不意に教室の隅に座っていた乃亜の姿が健吾の視界に入った。彼女はいつものような元気はなく、消沈していた。健吾は彼女の今の気持ちが痛いほど理解できた。


 仲間外れにされる苦しみはとても辛い。死んでしまいたいほどに心が傷つく。


 健吾は昔のことを思い出して手が震えてしまい、こっそり制服の裾を掴んだ。必要以上に速くなる心臓の鼓動を抑え込もうとした。


「……城北はそんなことするようなやつじゃないよ……あんなに家族想いな城北が、家族を心配させるようなことをするわけがないし、陰で一人で一生懸命努力するような人間なんだ! 自分の価値を下げるような、卑怯なことは絶対にしないよ!!」


 健吾は今まで主張をしたことがないので、自分の声のボリュームがわからず、語尾がだんだんと大きくなってしまい、声が教室中に響いていた。健吾の言葉を聞いたクラスメイトは驚いていた。


(なんか視線が突き刺さるけど、まあいいや)


 健吾は乃亜の元へ歩み寄った。「しろき……」と、健吾は言いかけたが、やめて、


「乃亜!」


 彼は言い直した。


「えっとその……」


 健吾は乃亜にノープランで話しかけたので、次の言葉を紡ぐのに時間がかかった。


「あっ、次の授業の教科書忘れたから、見せて欲しいんだ」


 健吾の思いつきの言葉に、乃亜は声を震わせて返事をした。


「うん。いいよ」


 乃亜は鞄から教科書を取り出した。


「野崎くん! 教科書忘れたの!? 私も見せてあげるよ!「あっ、私も〜


 何故か健吾と乃亜の周りを、健吾ファンが取り囲み、結果的にクラス中が大騒ぎする結果となった。


◇◇◇


「城北さん。私のパーティに入るなら、通過儀礼をしなくてはなりませんわ」


 ダンジョンの前でイオナは乃亜に言った。イオナはラジオペンチを持っていた。


「えっ? 抜歯って本気なの?」


「もちろん」


 イオナは嬉しそうに言ったが、口調といい、さらには麻酔なしで抜歯をしようとしているので、完全にサイコパスだ。


「でも、突然パーティに入れてくれるなんてどういう風の吹き回しさ?」


 乃亜はイオナに訊ねた。暗に今日の出来事を受けて、手を差し伸べてくれたのか確認しようとしていた。


「実は、健吾さんから城北さんがこっそり強くなろうと影で努力しているって聞いたもので」


「健吾、なんで言うんだよ〜」


 乃亜は頬を膨らませて、健吾に向き合った。


「内緒にしててって言ったのに〜」


 乃亜はイオナからペンチを受け取って、健吾を追い回した。


「ちょっと待って! なんで僕が抜歯されそうになってるのさ!?」

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