第3層 最強すぎて備品を壊す僕



「とりあえず、脇で待っててください」と係員が健吾を列から外した。彼は無線でやりとりをしていた。


 健吾は列から外されて不安になった。普段からいじめられている彼は、なにかやらかすと、クラスメイトから冷たい目で見られたり、嘲笑されるからだ。

 しかし、彼の不安とは裏腹に、クラスメイトは明るく笑い飛ばしたり、大丈夫だろとフォローしていた。


(これがイケメンパワーか)


 健吾は自分の自尊心が傷つかずに済んで、むしろ調子づいた。


 しばらくして、予備の水晶玉が準備されて、健吾以外の生徒たちのステータスが確定し、グリーンライセンスが手渡されてゆく。

 やがて、係員が健吾のもとへやってきた。


「野崎さん。今日はこれを首から下げていてください」


 立ち入り許可証と書かれた首からぶら下げる名札を渡された。水晶玉の修繕費を告げられると思っていた健吾は胸を撫で下ろした。


(それより……)


 健吾は自分のステータスがどれぐらいか気になった。



 生徒全員のステータスが確定すると、担任はパーティを組むように指示した。健吾はヒヤリとしたが、心配とは裏腹に容貌で引く手あまただった。


「野崎、私たちのところに来なよ」


 加島が健吾を誘うが、彼はてんやわんやで応えることすらままならない。人生で初めて承認欲求を満たされた彼は、このまま人生が終わっていいと思った。


「あのっ、健吾さんは私の仲間ですから!」


 イオナは加島にそう言って、もみくちゃにされていた健吾の腕を掴んで連れ出した。引っ張りだされた彼は、頭を振って、冷静になった。


「助けてくれてありがとう」と健吾が礼を言うと、


「いえ、私のお仲間ですから、当然のことですわ」とイオナは言った。


「あっ、私もイオナちゃんのパーティに入れてよ」


 乃亜がイオナに話しかけていた。イオナは怪訝な表情で城北をジロジロ見るが、


「私は城北乃亜。よろしく」


 彼女は臆することなく笑顔で返した。


「おい、乃亜。俺たちと組もうぜ?」


 翔太と加島のグループが乃亜に声をかけるが、


「ごめん、先約があるから」


 彼女はあっさりと断った。


「忍ケ丘たちに呼ばれてたのにいいの?」


 健吾は乃亜に言った。


「うん、大丈夫だよ」と彼女は応えた。


「イオナちゃん美人さんだね~どこの国出身?」


 乃亜は訊ねた。


「私はここの世界の人間じゃありませんわ」


「おお、不思議ちゃんだ」


「不思議ちゃん?」


 イオナは言葉の意味がわからず困ったように健吾の方を見た。


「不思議ちゃんはどういう意味だ?」


「不思議ちゃんは城北を指す言葉だよ」と健吾が揶揄うつもりで言った。


「……つまり私は城北?」


 イオナは眉をひそめた。


「いや、全然そんなことないから」と健吾は言った。


(イオナはもしかしてアホなのかな?)



 今日は授業の導入ということもあり、簡単な『依頼』が課せられた。


 —第2層に居るレベル1モンスターを討伐し、第1層にいる担任へ報告せよ—


 健吾たちはレベル1モンスターを見つけるために第2層を目指して歩きはじめた。


「そんなに難しくなさそうだ」


 健吾は言った。レベル1モンスターは誰でも簡単に倒せるが、レベル2モンスターからは途端に手強くなり、中々倒せなくなる。


「うん。第3層までならライセンス関係なく安全圏だもんね」


 乃亜が頷いた。


「そのライセンスっていうのはなんですか?」


 イオナが訊ねた。


「あっ、そうか。イオナは今日転校してきたばかりだもんね」


 乃亜は簡単な説明をはじめた。


「さっき、私たちが貰ったのはグリーンライセンスで、第3層まで潜れる通行許可書みたいなもので、誰でも取得できるんだ。その次はC級ライセンスで、ペーパーテストと経験値審査と実技試験に合格すれば第10層までいけるようになる。B級は第40層まで、一番上のA級は上限無しって決まってるんだ。さらにはその上にスーパーライセンスっていうのがあるらしいけどね」


「なるほど……」


「ちなみにニアはA級ライセンスを持ってるからどこでもいけるんだ。A級ライセンスの合格率って3%らしくて司法書士と同じぐらい難しいんだって」


「そのライセンスっていうのはわかりましたけど、ランクが上がると何かメリットがあるのですか?」


 イオナは訊ねた。


「なんか使える魔法や呪術が強くなるらしいよ。だけど、そのランクでしか使えない魔法とかもあるらしいから、闇雲にあげればいいってわけでもないらしいね」


「へえ」


「あとライセンスを上げると、役割ジョブもランクアップするんだ」


 —役割ジョブはライセンス登録の際に好きなものを選ぶことができて、イオナは剣士、乃亜は学者である。それぞれ特徴があり、剣士は戦闘にけていて、冷静でルールに忠実な性格の人が多い。

 学者は本を装備すると強力な魔法を扱うことができるのだが、乃亜の場合……


「なんかいい本を装備すると、強力な魔法が使えるらしいけど、私はまだ低レベルだから本を敵に投げつけた方が早いよね」


 健吾は、彼女に学者の役割は向いていないんじゃないかと思った。


「野崎は何のジョブにするつもりだったの?」


 乃亜は訊ねた。


「僕は盾役のバイキングかな」


(盾持ってジッとしてるだけだから楽そうだ……)


 しかし、健吾は、今持っている武器が弓矢なので、狩人しか選択肢がないなと思った。


「へえ、野崎にピッタリだと思うな。野崎は優しいもんね」


 健吾は乃亜の言葉に首を傾げた。


「僕が優しい?」


 健吾は自分の行動をかえりみるが、優しさからでた行動なんて無かった。むしろ、クラスメイトに雑用を押し付けられて、それを乃亜が自主的にやってると勘違いしているのだろうと思った。


 しばらく歩いていると、翔太たちのパーティと鉢合わせた。


「おい野崎!」


 翔太は突然、健吾に歩み寄った。


「課題はクリアしたのか? 俺のもついでにやってくれよ」


 翔太が健吾に言った。驚いた野崎は声が出なかった。


「アホか翔太。経験値は当事者が倒さなきゃ入らないだろ」


 翔太に突っ込むヤジが飛ぶと、彼らのグループに笑い声が生まれた。


「それか第一層のモンスターだけを倒してレベル100まで上げてろよ。たまに居るよな、RPGの一番最初の村で限界までレベリングしたりする変な遊び方するヤツ。お前みたいな暇人隠キャ野郎だったらできるだろ」


 健吾は言われるがままだった。彼はいつものように揶揄からかわれていたので、言わせておけばいいと思っていた。全て自分の不細工な目のせいが原因で始まったことなのだ。


(だけど、今の僕はイケメンになったから、嫉妬しているのだろう。放っておけば良い)


 健吾は無視を続けた。


「野崎、どうやってイケメンになったのか知らねぇが、周りに女を囲った気分はどうよ? あっ、もしかしてお前も女になったのか?」


「それ以上の侮辱は辞めてくれませんか?」


 イオナが翔太を諌めた。しかし、彼は無視して言葉を続ける。


「おい野崎、女にかばって貰うなんて最高にダセェな」


 その翔太の一言で、健吾の堪忍袋の緒が切れた。


「ぶっ、不細工どもに言われたくないよ」


 健吾が言うと、翔太たちは手を叩きながら爆笑していた。


「ちゃんと喋ってくれよー。おーい」


 突然、イオナは躊躇いもなく剣を取り出して、翔太を叩き斬ろうとするところを、乃亜が寸のところで止めた。


「ちょっと何してるの!? 同じクラスメイトだよ!?」


 乃亜に制止されたイオナは、


「私の村じゃアレぐらいの悪口で殺し合いが始まっていた」


 そう吐き捨てて剣を納めた。


 イオナの行動に腰を抜かした翔太は彼女の方を見ずに、


「おい野崎! 悔しかったら、俺とサシで勝負しろよ! 第5層にある『エリクサー』を先に取った方が勝ちだ。受けるか?」と啖呵を切った。


「……わかった」


 健吾は翔太の提案に頷いた。


「ちょっと、第5層って勝手に行ったらまずいでしょ?」


 乃亜が諌めようとするが、


「大丈夫だよ」と健吾は言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る