⨕33:決着ェ…(あるいは、自明足るヴォルタ/誰かと誰かが/愛でったら愛は出るもんダーネー)

 ごぅんごぅん、という音は、俺の身体の周りで巻いている空気の音なのか、耳奥で鳴り巻いている血液の流れ来る音なのか、それは判別できなかったものの。


 四十歳しじゅう超えて最近になってからはこれ以上無いほどの、力がみなぎっている感覚……みなぎっている反面、凪いでいる、そんな丹田辺りで渦巻いている熱さと同時に、皮膚の表層で滴のように浮いてくるような冷たさと。そんなものを同時に感じつつ、ただ平坦フラットにそこに立っている。


 場は最終局面、と言っても差支えねえんじゃねえか、いやまだ何かあんじゃねえのかというような詮無し事が、脳から伝導して額の皮膚にも熱を与えているかのようで。同時にふと、若かりし頃の記憶の断片らが、一時的に突き抜けんばかりの極度の爽快さによって外界に向けて全・神経が張り出していってんじゃね、くらいに絶頂ハイになった脳の周りを凄え勢いで回転してはまた散っていったように感じられた。


 「沼」化していたそこら目の前一帯は、黄土色味を帯びた「砂丘」のような静なる佇まいに変化している。が、波打つ多量の水を湛えた結構大きな「湖」のそのすぐ隣に展開、というあまり見たことのない、何と言うか「乾・湿」の波が激しいというか、「黄・青」のハレーションが気障りと言うか、そんな形容しにくい居心地の悪さ、坐りの悪さ、のような感覚を見る者にもたらして来ているようで。


「……」


 そこに佇む一体の白い「機体」。の形態をしたアレか、「岩石生命体」か。ご丁寧に我が愛機テッカイトを模しに模してきやがったその佇まい……全高も身幅も多分mmメリリオン単位違わずの同一さ、なんだろう。壮年ヤロウが何でその姿を選んだのかは分からねえ。たださっき「記憶」の何ちゃらがどうにかなって破綻した、みたいなことは聞いた。ごく「直近」の記憶くらいしかもう残ってねえのかも知れない。そして「光力」を使ってどうたらこうたらとも言ってた。つまり我らが華麗なる光力捌きにて完膚無きままに叩き斬り伏せられた痛恨の「記憶」だけが、最後の最期に遺ったものなのかも知れないというわけかいねい……


<まえっ!!>


 いきなり来た。全身に漲る全能感に浸っていた俺を咎めるような鋭い声が一閃、鼓膜を貫いたかと思った瞬間には、自分の意思通りに動くようになっていた身体の末端、現況では左手中指薬指と右爪先、が不随意にびくついたかのような反射反応を見せると、機体は半身にさせて頭部と狙ってきていた野郎からの「白い光線」の通過点から何とかずらすことに成功してはいるのだが。


 っぶねえ……ッ、「撃って」きやがったよ。撃つと言ったらぷひょぷひょ言いながら弧を描いて飛んでくる杭だとか楕円砲弾だとかしか知らなかったから、そんな直線的な軌道で結構な速度にて来る奴に面喰らっちまったよ、いや気をつけろ。野郎は野郎で「学習」の達人じゃあねえか。今やその記憶野は喪われてしまってんだろうがなんだ、身体に染みついた「自然に適応・応用」思考/志向はまだ完全に死んではいないと思った方が吉だぜ。ま全然、吉では無いんだが。


 俺にとっての本当の吉は、頼れる仲間がいてくれる、その一点に尽きるだろーぜ、気を抜くな。成り行きで単独最前線で出張った感じだが、そいつが俺は最善と見てる。割と「現場」での取り回し方は心得ているという自負の一方で、やっぱ大局は見えてねえというかそこまで気にしちまうと逆に即応の対応が出来づらくなるから意図的に避けているまである長年に渡っての行き着いた結論の自己分析から鑑みるに、後方でいろいろ手厚くサポートしてくれた上である程度の権限裁量を持たせてくれて自由にやらせてくれる……そんな環境が最適ベスト……なんだろうなあ……三十年がとこの作業現場での諸々を思い出して、もしそんな職場でのびのびやれてたのなら、もうちょいと楽しい未来が待っていたのかも知れねえ……


<気絶とか……してませんよね? ちゃんとやってください?>


 身体が好調だと、思考もそんな風になっちまうのか、立てなくてもいいフラグがすこここ、と軟化した己の大脳に突き立ち並んでいってしまうようだが。それを制するかのような絶妙な間にて、俺を現状シャバに繋ぎ止めてくれているのだろう、不安と心配と呆れと叱責が混じったような声が通信されてくる。分かってんぜ。呼吸を意識して深く長くかますんだぜ……野郎が何をしてこようがこちらの選択肢はひとつ。「光力を溜めて光力で殴る」、ただそれだけだからよぉ……


「!!」


 再びこちらに向けて放たれる、一筋の「白光線」。はやいし的確ではあるものの、今までの壮年にしては単調な攻撃じゃねえか。それとももう意識も何も混濁して、ただただ「光力を放つ試行」を繰り返すだけの機械マシンに成り果てちまったのかよ……かくいう俺も、今まではそうだったのかも知れない。上司うえから言われたことに何の疑問も意見も持たずに、ただただ言われるがままに従順に作動する掘削機……それじゃあ駄目なんだってことなんだろうぜ。何事も考えてそれに臨む。それが、そいつこそが「生命体」としての存在意義、いやさ矜持なんだろうぜ……ッ!!


<みぎっ!!>


 あ、いや、徐々に修正してきていやがる……単調に「光線」を撃ちつつも、それによる俺の挙動を少しづつそれによって測っているってな感じだ……仮説→試行→フィードバック、物事の基本をきちんとなぞって来やがってんじゃねえかよ、だから気をつけろっつうの。いちいちてめえのデカい感情を絡ませて悦に入ってる場合じゃねええ……


 彼我距離、四十m弱。「砂丘」の中央付近にぽつり佇む「白い」テッカイト型の身体は、その無作為な部位から次々とこちらに向けて「光線」を放ってきているわけだが、その度にその体の「白の明度」みたいなのは失われてきているように視認できる。現れた当初は見た目にはそこまで眩しさを呈してこなかったものの、そこに「何も無い」んじゃねえかほどに透明感すらもって光る「白色」だったはずだが、今やそれが少しづつ、掠れるように、砂嵐が入る画面のように、チラついて視えるようになっている。本当に、削ってんだろう、てめえに残る全てを。そうだろう、多かれ少なかれ、誰もが常に削ってるはずなんだろう。自分の時間を、自分の人生を、そう自分の生命をぉぉッ!!


<ななめひだりっ!!>


 危なかった。的確な通信が無ければいくらこの全能状態の俺でも袈裟懸クェサガケィリォンが如くに光線で両断されちまうところだった。やべえな、脳が身体が自分の意のままに動くのは良いとして、度を超えた自己啓発的思考ちょうぜつしこうが内から溢れるようにして脳の全野をついつい覆っちまう……


 それでも。


 自分にて考え、行動する、そこには間違えを挟む余地は無いはずだ。そして法や自社規範、依頼者や社会の要請に従いつつも、己の思考と志向を以ってして、正しいと思える道を切り開き歩んで行くが、真の、真の超絶受給勤労従業労働者ショッキング=リーマンって奴よぉぉぉぉん……ッ!!


<外角から手元に食い込む交差軌道クロスファイアっ!!>


 危なかった。が、大丈夫だぜ、ナディルカ。芳醇なる法遵コンプラニックな思考に脳全土が浸食されているかのようなこの今この瞬間でもッ!!


 ……野郎の適宜修正してくる軌道をも先読みにて見切り、一歩一歩悠長ながらも確実な歩様でッ!! 射程距離に入るそのギリの境界線まで、間合いを詰めていってんだからよぉぉ……


 機体を掠める「白光線」。覆天蓋キャノピーは大分前に全面イカれてるから、操縦者おれ自身は生身なわけで、まあ一発喰らったら御陀仏アウツだろうねぃ……が、が、それでも心は凪いでいた。悟りの境地というか、まあここに至るまで色々なことがあって色々と脳を揺さぶられたってことが大きいんだろう。色々な「現実」を突き付けられてそれを呑まされて。そうしてそうして一周まわって現実味が無くなったとか。そういうことなんだろうか……最早分からねえ。分からねえが。


「光力ッ……全開……ッ!!」


 いま一度、現実シャバ感の薄い言葉を敢えて腹から溜めて呟くが、もうあと十歩くらいで野郎の身体に届きそうな射程まで静かにしかし確実に擦り寄って来ることが出来ていた。平常心。それによって呼吸も落ち着き、深く、光力を生み出せる振幅に高止まらせることが出来ている。機体全身から溢れ出んばかりの桃色の「光力」。


「……」


 眼前まで迫ってきていた白機体そうねんからはもはや「言葉」は放たれては来なかった。精密にこちらを射貫こうとしてくる、射貫こうとしかしてこない「白光線」を断続的に放つだけの、物体と成りさがっちまったようだ。こいつは……こいつらは。果たして宇宙そらから落ちてきたのか、地球アストゥラの底から湧いてきたのかは分からねえが、確かに「生命」「生物」「生命体」みてえな感じだった。一度はそこに行き着いたんだろう。莫大な時間を消費して、膨大な選択肢を取捨して。そしてどこかの段階で「情報」「記憶」「知識」……それを人間おれらや他の生物から取り込んで、それを己の中で分解して、生成して、出力してきた。それが容易に出来ることが分かった。そこで悟った。


 ……全てを問答無用に取り込んで、その借り物を組み合わせて作れば。何でも出来る。何でも生み出せる。そう、「たったひとつの意識」のままで、意のままに、何にでも適応でき、何ものも恐れずに君臨できる、最適な「進化」をその場その場で遂げられるんだろう。最強の個体。神か? そんなんはよぅ……?


 間違っては無いんだろう。間違っては無かったんだろう。だが。


 残念だが共存は出来なさそうだぜ。人間おれらは皆エゴを振りまきながら生きている。みんながみんな、他人の記憶や思考は分からないまま読めないままで、そのエゴでお互い殴り合うようにしながら生きている。ほんのちょっと分かったとか思っても、それもまたエゴによる思い込みだったりで。完全に混じり合うこたぁねえんだ、藍色と桃色のあれのように。だが、いや、だからか、


 とんでもなく面倒くさくて鬱陶しくて、嫌で憎くてイラついて無駄に傷つけ合って。


 ……それでもどうしようもないほど愛おしいんだろう。


「……」


 おっとぉ……達観思考は止まらねえなぁ。ま、ま、大上段に振りかぶっちゃあいるが、要はこれも俺のエゴ。何十年と鉱掘場の暗い坑道の中でずっとずっと煮詰め溜め込んでいた。そう、あの出土した榴弾型の「蓄力機バッテリー」の中に溜まった「光力」のように。そしてそれはまた。


 無駄ではなかった。無駄にはならなかった。そうだぜ無意味に思えた諸々も、今この場に立つための布石だったんだ……っていうのは流石に後付け過ぎるか? でもよぉ、そうだったしてもそうじゃなかったとしても、俺は俺で俺の今できることを粛々とやるまでだぜ。


 ほぼ零距離。ここまで肉迫すると連発されてくる「白光線」に、我が愛機テッカイトの各部が削り取られてしまうのは避けられねえが。


「……」


 肝心なとこだけ残っていりゃあ万事無問題だ。俺は極めて自然に、既にその右手に握り込んでいた掘削機ドリッラーを静かに起動させつつ、機体から溢れ出てくる桃色光力を雲飴菓子ワタァメリォンのようにその先端で巻き込みながら勢いよく回転を始める駆動部をこれまた通常の作業通り、といった感じで教本マニュアル通りの姿勢にて。


「……ッ!! ……ッ!!」


 テッカイトの形をした白色野郎の眉間(多分)目掛けて、いつもと同じ感じで突き当てていくわけで。

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