⨕30:凄烈ェ…(あるいは、かく或るも/ニアプログラン/又ですかッ)


 白い光。だが今までの謎空間に満ちていた奴とは違う。もっと明るく、鮮烈で、じりじりする熱までも感じる、そんな光の中にいた。


 夢を見てんだな、っていう自覚はある、そんな「視ててそう判る夢」が頭の脳の核のまわり辺りをぼんやりと流れていた。まるで何気なく目に入った動画のように。開けた窓から流れ込んで来る熱気を帯びた風。革と金属の匂いが混じる古びたセダンの中。断続的に身体にも来る心地よい振動と走行音。そして後部座席から身を乗り出した俺の目の左右、逆光に包まれながら運転席と助手席で何かを喋りまくっている親父とおふくろがいた。今の俺と同じくらいの年の。だからそうだ、これは俺が二人を喪うほんの少し前の時だ。時折覗く二人の四角くよく似てる横顔は、何がそんなに可笑しいのか、笑っているというよりは、それを通り越して時折引き攣っているようにも見えた。


 その後、五分くらい後に起こった事については三十年の時を隔てても思い出すにはキツすぎるものなので、いつも通りに意識をそこから外した。が、外したはずの意識は、戻ってきたとの自覚はあったがそれでもまだぼんやりとしたままで。俺は果たして生きてんだか死にかけなのか、そこは分からなかった。


「……」


 仰向いて、横たわってんのか。そんな身体の感覚。だが肝心のその全身はうまく動かせねえ。瞼でさえ、重さは感じさせねえが、ただただそこにぺっとりと在って視界を遮ってくる。顔のどこに力を入れればそれを開くことが出来んのか、普段無意識でやっていたことさえ分からなくなっていた。手指の先。爪の先あたりに意識を集中させてそれを何とか動かそうとか試みるものの。自分の身体が粘性のある液体を詰めた袋になっちまったかのようにままならねえ。うすぼんやりと、先っぽまで意識が通らねえ感覚。この感覚は何だ、やっぱ今際の際とかその辺のもんなんだろうか……先ほどの落下による打ちどころはと言やぁ、悪かったというか、脳天からいっちまったしな……が、走馬灯的なもんは流れなかったな……むしろそれまでがそれじみてたしな……完全にまとまらない思考。が、が、次の瞬間に感じたのは、ほのかな花のような香り、花蜜のようなかすかな甘みと苦み、それとざらついた肺奥を洗浄するかのような清浄な、それでいて熱っぽい湿った空気だった。


 左瞼だけが、乾いたか、あるいは何らかの衝撃にて割れた。うつろな視界。見知らぬ丸い天井。白く、光沢のある……それ以上の情報を得ようとしても、首も、眼球さえも動かせずにただ片目で目の前を見させられている……ここは……


「……」


 察しが悪くなってるのは低酸素のせいかと思われた。が、そんな言い訳を鋭く指摘するかのように、視界の下から真剣にこちらを覗き込んでくる小顔が、近づいてくる……


 黒い目隠し線のようなプレートはデコの辺りまで引き上げられていたが、口に嵌まった珍妙な白い球体はそのままだった。夢にしちゃ、細かくリアルだな。とか、そんな思考をまどろませていたところへ、


「……ッ!!」


 そのまま白球それを口に押し付けられる。ぬめる感触のあとに、熱く甘い鼻息が俺の鼻元に吹き付けられてくる。反射するように吸い込んだとこから、熱を含んだ液体と共に、爽やかさすら感じる空気が流れ込んで来ていた。さらに暖かい空気がまた蜜のようなほの甘さをもって吹き込まれて来る……肺が膨らむ感覚。あたたかいもので満たされる、そんなぼんやりしてしまう感触を全身で受け取っている……


 助けて……くれたのか。俺を、引き揚げてくれたんだな……そして、蘇生術を、施してくれたと。助けに来たつもりが逆に、か。やれやれ締まらねえ話だが、ひとまず助かったぜ……と、謝意を述べようとしたその、


 刹那、だった……


「おごぁぁのッ!?」


 変な声が肺から押し出されるようにして出てた。何故か胸元に感じたとんでもねえ衝撃に完全に目も覚め意識も冴えてきたが、身体だけはまだままならねえ俺に向かって最上段から振り下ろされるは、組まれた両手で出来た大槌頭ハマーヘッドェ……


 ちょ、ちょっと待ったそれ俺が知ってる心臓マッサージとちゃう……と言おうとしたものの、必死な顔つきで尚且つきびきびと無駄の無い動きをしている姐ちゃんには届きそうも無い……断続的に、しかして無駄に規則正しく与えられる胸部への的確な衝撃に、びくんびくんと、まるで心臓に電気でも流されているかのように、四肢が自分の意思とは関係なしに突っ張らかされっとるふぅぅ……あ、あかん、このままじゃあ蘇生したその足でまた旅立ってまうェ……


 何回かの胸骨を砕かんばかりの打擲に、俺はよく耐えたと思う。ややあって再度重ねられてきた唇ごと、末期さいごの力を振り絞って舐めしゃぶり吸い込み甘噛み等してみせると、ようやく気付いてくれたのか、びくと身体を強張らせてから、ゆっくりと力を抜いてしなだれかかってきた……ほ、本当にこれにて助かったェ……


「……」


 両手を自分の首の後ろに回し、白球を留めていた細紐ストラップごと素早く外し、それを俺の口中に置き去りにしたまま、上体を起こし軽く首を振ってその金髪を震わせる。その姿を下から阿呆のように見上げる俺に向けて目を合わせると、初めてその強張りまくっていた流麗な小顔に笑みが浮かんだのが見て取れた。いや、笑顔のようで何かを抑え込んだかのような、喜怒哀楽の全てを満遍なく練り込んだかのような、そんな、


 思わず目も意識も心も奪われちまうような、そんな表情だったのだが。


 が、見とれてばかりもいられねえ。何とか「確保(互いの)」は成ったものの、このうすら不気味なる「沼」から脱出しなくちゃならない現状はいささかも変わってはいねえのであって。が、まだ総身に意識が回らないままな俺は、何とか動く口だけを使って、だが酸素を供給してくれてる有難い球に舌の自由を大分奪われながら、唯一そこそこ自由になる言葉を紡ぎ出していくのだが。


「ナディルカ、その『黒細板ゴーグル』みたいなの、予備があったら俺にも装着させてくれねえか?」「あ、了解です、ツハイ……あ、私も『オメロさん』、って呼んだ方がいいですかね……で、ですよね……」「あ、ああまあまあ、そいつはどっちでも……で、こっからがぶっつけの奴なんだが、いまお前の『ノガシター』、か? は、テッカイトの腹部内に『受け口ジャック』を連結した状態のまま『格納』されている。つまり『光力』の授受が両機の間では可能な状態ってわけだ」「……何となく分かりました。お、オメロさん、のおっしゃることが……」「察しがいいのは助かるぜ、そうだ、すなわち、『ノガシターを操縦して、さらにそれによってテッカイトも操縦する』……『入れ子構造ネスト』みたいな感じになるな」


 熱っぽい視線で見下ろされながらいちいち食い気味に頷かれると何だか変な気分になってくるのだが、この乾坤一擲の策、も毎度のことながら阿吽で伝わってくれるのはありがてえ。そしてそのまま流れるような動作にて、どこかから取り出された「黒細板」を眼鏡のように耳鼻で支えるような形にて掛けさせられると、瞬間、電源が入ったのか、一瞬、黒で覆われた俺の視界が次の瞬間、真っ白に包まれた。


 全面が白い、いや視界の上側が何だ? 茶色と紫のドットを細密に穿ったかのような奇妙な色彩のもので覆われている……こんなんが被さってたか……?


「おそらく『底』、まで着到ってところでしょうか……計器の数値を信じるのならば『深度五十メトラァ』、なかなかの深さです」


 姐ちゃんの方はすっかり落ち着きを取り戻しているようで、自分も黒ゴーグルを目のところまで引き下げるなりそう告げてくるが。ちなみに「実際に目で見える光景」も、ゴーグル画面の上半分くらいから覗き見ることが出来る。「外風景」はその下、そっちに焦点を合わせればちょうどいい感じに画像を呈してくれる仕組みのようだ。で、そうか、俺は今あおむけになってるから、視界も逆転してんだな? あくまで「自分が見えているだろう」視角にてこの「画面」には映し出されると。そして、天辺と思ってたのは「地の底」と、そういうわけかい……


「エネルギー残量はテッカイトの方は心許ねえが……この機体はまだいけそうか?」


 一応一縷の望みをかけて問うてはみるが、厳しいですね、例えば『跳躍したのち推進機ブースターで垂直に上昇』したとして、三十m行くか行かないかで『光力切れ』となります、との冷静な返しに薄々分かってはいたことだが歯噛みをするほかは出来ねぇ……


「であれば、ちょいと危険だがよぅ……」


 出来ればやりたくなかったが、ことここまで至ったのなら、どのみちやるしかねえ。覚悟を吐露するまでもなく、これまた分かってますよ的な軽い頷きをかまされた。と同時に姐ちゃんは両腕を上げ、頭の後ろで組むような体勢を取っていく。と同時に俺の腹の上辺りでその水色と藍色に彩られた急角度Vヴィ字パイロットスーツに包まれた流麗かつ肉感的な感も呈する御々脚おみあしMエメ字に開いていくのだが。


「あ、いや二人協力して操縦して、それでもって己自身の光力も足し合わせて……絡み合わせてだな……何とか出力加算、からの乗算の方向に持っていくって寸法なんだが」「わかっていますよ? NOGASTRの操縦を介して『外側』のテッカイトにも作動/動作を促すということですよね。つまり光力的に接続して『強化外殻パゥワァドスゥツ』的に運用すると。その上で二種の光力を効率的に駆動に転化します……この機体の操縦体系は『動作取込方式』。操縦者わたしの挙作・挙動に感応し、四肢および体躯を作動させる仕組みです。そのためのこの『居在位スタィル』、何も問題はありません」「あ、それはそうなんだけど俺がこの仰臥体勢のままでその直上におまえさんがその体勢でおるということが問題というか……えとこれ何で?」「元々『複座』での設計を行っていたのですが、機体の運動性を引き揚げるため、居住性を犠牲にせざるを得なかったと。ただ完全にオミットしたわけでなく、こうなる事態をも想定して、昏睡時に測定を行っていたオメロさんの身長・身幅にぎりぎり合わせた径にて複座も両立させた、最適の配置と、そうなります」「え何それ怖い」


 とにかく「腹部内部」からでもテッカイトの操縦はオメロさんなら精密に行えるということですよね、であれば説明レクチュァの方よろしくお願いいたします、その通りに私が操縦していきますから、との至って真剣な言葉に、諸々突っ込みたいところはあったものの、俺が躊躇している場合でも無い気がした。だな。よぉぉし、気合い入れろよぉぉぉ……とか心の圧を高めようとしていた矢先、


「あ、それでですね、こんな事態の時になんなんですけど、この『合体機』の作戦時呼称コァドネィムを設定しておかないとと思いまして」「え別に要らんのでは? ただいまエラい緊急時と思われるのだが。命名設定ってそれはもう曇りのない不要不急ふも」「二機の所在が不明のままですと何かと支障を来たす可能性があります。そのための必要な措置と考えます。よろしいですね?」「いや、え、そう……かな……」「作戦時呼称は、古き衆国の言葉による『卓越直立型活力付与式Distinct Upstanding Lively Yield 対抗防御専用機Defense Eqivalent Resistance』から頭文字を取って『Dul:y:Derダル:イ:ダー』……これは太古なる希国の言葉で『昂ぶり燃える機体』との意味も有します。よって『昂燃機こうねんき』と、ただ今よりそう呼称することといたします」「ッつらつらと述べられてきたけど、え考えてたのこれ? こうなる想定はだいぶ前に何なら機体建造時に既にあったとでも? ちょ怖いんだけど」


 何とか絞り出した言葉に対しては、単に不気味ににんまりとされただけに終わった。が、


 が、


 何だか腹の底から笑いだしたいような気分になっている自分を感じる。こんな時に。こんな時だからこそか? もうそこらへんの感情は皆目分からねえな。が、


 行くしかねえ。やるしかねえだろ。


「よっしゃもう分かった。分かった分かったっいよぉぉぉおおおおおしッ!! だったらもう気合い入れろよぉぉぉ……ここ一番ッ!! 何ならこの野郎の腹底から何からブチ掻き回し破ってェッ!! 『あれ、これであっさり決着?』くらいのお粗末結末エンドを演出してやるぁぁあああッ!! 行くぜッ!!」


 身体はままならなかった直立仰臥姿勢であったものの、腹からの声は出た。そして上から見下ろしてくる視線にも、てめえのそれは絡ませることは出来た。目と目で頷き合い、そして最終決着への狼煙が如くの雄叫びを唱和させていく……


「「『昂燃機ダルイダー』ッ!! ぅぅ推して参るぇあッ!!」」


 ぶちかます、しかねえッ!!


――昂燃メモその30:説明しようッ!! 例えままならない身体・思考・精神・環境・状況であろうとも、やるべき時やるべきところではやるべきことをやるしか無いのであるッ!!――

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