⨕28:泥濘ェ…(あるいは、降らすと混沌/ヴェデアモ麗ンバーの雨音)

 見切り発車にて放ってしまった投げっぱなし受け渡し。これは世に言う「丸投げ」という奴ではないかねそれこそ壮年の得意技とも言えるのではないかね……のような詮無い思考が頭を巡るくらいには。


「……ッ!!」


 姐ちゃんを、信用していなくは無かったわけで。


 果たして。俺の決死気味の叫びに呼応してくれたのか、一瞬びくとその薄緑色の機体を軽く跳ねさせたかと思った瞬間には、もう落ち着いて腰を落とし、向かってくる結構な速度の「球体」の軌道とその横回転具合を精密に読み取ったのか、機体を敢えて地面水平に倒し込むと、時計回りにうなりを上げる赤銅色に飛び込むように跳躍したかと思うやいなや、姐ちゃん自身のと思われる、藍色に輝く光力を宿した右踵部を浅い角度にて撃ち込みつつ引っ掛けると、自らもその挙動に巻き込まれるようにしてくんずほずれつ後方側に位置していた石造りの家屋の方へと突っ込んでいく……


 激しい衝撃音そして瓦解音。三階建ての結構頑強そうに見えた普請の建屋が目に見えて震動すると、がらりがらと落脱する石壁の中を、ひとかたまりとなって突っ込んだ壮年と姐ちゃんは刹那、右に左に跳び分かれて間合いを取る。金属球体だった方の奴はその「丸まり」を解いて再び筋肉標本然とした直立二足歩行型に戻っているが、その無駄に背筋を伸ばし胸を張ったいい姿勢の身体のあちこちの「金属繊維を束ねた房」のようなもののそこかしこが断裂、ほつれているのが見て取れる。対する姐ちゃん機の流麗な機体ボディはどこも掠れやへこみは無いつるりとした曲面のまま、静かに陽光を跳ね返しているように見えた。


 敢えて自分を巻き込ませ、相手が諸共叩きつけようとしたところをうまく角度を保って、あるいは角度を曲げていなしたと。素人見立てではおそらくおおよそそんな攻防があったと見た。んん……なんかもう、これが実力かよ、地力の違いって奴かよ。いや若者の成長ってのはエラくえらいもんだねぃ……と、俺が勝手にヘコみながらも勢いづいて自分の気合いも立て直そうと大きく息を吸い込んで次の手を打たんと「球体」への間合いを詰めようとした、その、


 刹那、だった……


<べ、別に名前呼びされたからって、相棒バディとして認めたわけじゃないんですからねっ!! か、勘違いしないでくださいよっ!!>


 あっるぇ~、思考が読めない生命体がまたひとつ爆誕したわぁ……え、こわっ……え、いまそうなの? 立ち直ってくれたのは幸甚この上無えけど、そっちか~、そっちにこだわんのか~、やっぱ小四女子感を如実に感じてしまうのだ↑が→。


 だが好機チャンス。あんだけ頑丈さを誇ってるようだった壮年ヤロウの御自慢の肉体美が見ろ、ところどころ損傷してるぜぇ、あれか? 姐ちゃん発の「踵」からの光力撃が効いたってことかよ、さっきはあんだけヒトの溜めに溜めてきた奴を一息に飲み干しやがっていたが、そうかよ、「毒にも薬にも」ってわけかい。やはり切り札は「光力」、そいつに尽きるのかも知れねえ……とそこまで意識がいったところで、んん?


 待てよ。


「ナディルカ、お前、今の光力……」


 強烈な違和感があった。が、そんな思考を混ぜ返すように、はわわ私の飛んでた意識を呼び戻そうと勢いで言うたと思てたらもうがちり定着させようとしてくるどどどどうしよう……みたいな通信音がノイズのように言葉を伝えたい先の方からこちらの言葉を掻き消さんばかりに流れて来るのどどどどうしよう……


「……随分色々なコトをやって来てくれるじゃあないかぁ……ワタシが満を持してなんて思って出張ったのはこれ、はっきりの見切り発車だったと、そういうわけかねぇ……」


 一方で敵さんの方もやや困惑気味といった感じだ……「見切り発車」。双方お互いそいつがカブったって感じか? いつの間にか表層キャラが初っ端の「壮年類型ナンバー1/タイプ:ごうがんふそん」に戻っているみてえだが、そいつがやっぱ「ベース」の感じなんだろうねぇ……そして一貫しての「学習」がまた始まったようだ。いかんよな。せっかくの虚を突けての乾坤一擲の攻撃が単発で終わっちまう。と、


 ぷひょひょひょひょひょひょひょひょ、という今までに無かったほどの「連弾」的な発射音。先ほどの特攻ぶっこみと「巻き込み爆」によって、その場に倒れたままだった若僧くん機が、ぎゅ、っとその機体全体を縮めたかと思ったら、またザイルを器用に操って上空へと砲弾を発射したことを知覚した。流石だぜ、この「間」。若僧くんのここぞというところのタイミングで入る援護射撃は、これまでも確実に攻めの起点となる適確なものであったわけで。であれば、


「らぁあああッ!! 『見切り』『見切り』ってなぁ、てめえの挙作ムーヴも既に見切ってんぜッ!! 行くぞぉぁッ!!」


 動くしかねえ、信じて突っ込むしかねえんだっ。だから姐ちゃんはさぁ、感情の振れ幅を初対面の時みたくガチガチに絞って、求められているコトをただただ粛々とこなしていく対応で万事ヨシ!なのよぉぉ……


 俺は俺で常態化しつつある薹女に意識を半分お任せしながら、ダメージを喰らったからか、はたまた余裕で「学習」行為をしているだけなのかは判別つかなかったが、右奥面目測二十mほど、立ち尽くしたままの壮年体に向けて三度、愛機テッカイトの機体を向かわせる。残りエネルギーが、とかは言ってる場合じゃねえ。俺としてもまだ謎、未知なところはあるが、動きながら考えて、考えながら活路を見出すしかねえんだ。


 上空を上目遣いで確認する。七発、いや八発か? 様々な軌道、角度、速度にて降り注いでくる若僧くん発の砲弾シェルは光力の桃色の残滓を纏わりつかせながら糸を引くようにその軌道を空へ刻んでいっている。が、


 やっぱ。やっぱだよなあ。光力って「桃色」だよなあ……


「おらああッ!!」


 そんな思考の中で、一方の俺の手段としては、もう組み合っての相手の動きを封じるくらいしか無いが。向きあっちまうと野郎の口辺りに操縦者おれ自身がとても肉迫してしまい、今にもぱくりと頭からいかれちまうんじゃねえかと恐怖がまたケツの穴を収縮させてくるものの、そのくらいのリスクが無ければ……言い換えればそれくらい奴にとってのメリットが無けりゃあ、応じてはくれなさそうだからよぅ……肚をくくれ。


 突っ込む。これ以上ないほどの突進力で。横目で見た愛機に残る光力の多寡は残り六十なんぼだった。が、こっからはもうフル稼働だ。全身から「光力」を噴出させ、迫る。二秒でも三秒でも、野郎の足止め、動きを留めることが出来るのなら、後は。


 任せるぜ、後は姐ちゃんに。奴にとっては、ま俺らにとってもだが未知のその、


「……ッ!!」


 「藍色」の「光力」に。


 思った通りに、かまでは自信は無えが、ともかくがっちり四つに組み合っては来てくれた。まあさぞ行き当たりばったりの行動に見えただろう。ゆえに余裕と見越して敢えて乗っかったと。そんなところだろう。ありがとうよ。そこまで軽んじてくれてよう。俺は俺でテッカイトのマッシブな鉄腕が、外側から巻かれるようにして組み付かれた壮年の「金属筋肉腕」によってまた嫌な軋み音を発するのに歯噛みしながらも、ちらちらと、生身のてめえの目線をわざと持ち上げ泳がして、「上空」を気にする素振りを続ける。わざとらしいかぁ?


 でも無下には出来ねえよなあ、九割九分、「囮」としか思えない高々度からの弾幕八発は、しかして若僧くんの「それだけに終わらせない」気迫みてえのも確かに込められているように俺には見えて。そして壮年の方も確かに背中で気にしてる、って感じでその気配を探ってんのがばればれなんだよなぁ……そんでもってまた余裕をもって躱してやろうなんて考えていやがるんだろう。俺と両腕を極め合ったままでも楽勝で、テッカイトごと身体を捻って躱す、あるいは俺の方を砲弾の着弾点辺りに差し出そうとしてんのかもな。舐め切りやがって。だが、


 ……まあどっちでも変わらないんだが。


 確かに発射してから途中までは時間差でここら辺に着弾するだろうといった軌道を描いていた。が、が、複雑な導線を描いた数本の弾道は俺らの頭上約十mくらいで。それぞれが絡み合って刹那、激しく衝突、桃色の爆風を辺りに撒き散らしていく。


「……!!」


 光力爆発、アンド鉱石粉のシャワー。とんでもない光と音とが視覚を聴覚を、肌にぴりぴりと来る微粒子が触覚と、吸い込んじまった俺の嗅覚やら味覚やらも蹂躙してくるのだが。キャノピー無えの分かっててやったろ。それくらい耐えろってか? まあそうまで踏み込まなきゃあ、


 ……大物は釣り上げられねえか。


 伝わってくれてりゃあいいが。色々が絡んであんましまともに指示は飛ばせなかったが。それでも。


 桃色の煙が視界はじめ諸々の感覚を遮る中、緑味を帯びた黒い影が極めて無駄のない挙動にて、テッカイトと組み合ったまま硬直していた壮年へと向かっていく……刹那、


「!!」


 入った。先ほどとほぼ変わらぬ軌道にて。軽々と跳躍と前転をかましたその流麗な機体は。


 ……身体ごと叩きつけるような空中回転踵落としを、見事に壮年の頭頂部へとキメていたのであって。勿論、言わでもだがそのヒールの着弾点に、「藍色」に輝く光力を極限まで溜め込めて。硬いモノを叩き割った時の音と、柔こいモノをぶち潰した時の音が、これ以上ないほどの不協和音を発したと、思わず鼓膜が怖気をふるうほどの大音声が発せられたと思ったら、


「……グッ……グルぅおぁ……ッ!!」


 それに被せる更にの耳障りな野太い声。効いたんだろうなぁ、そんな獣的な唸り声を上げたってことはよぉ……


 硬直……しない。ガクガクと、間欠的な動き、蠢き。それこそ初期段階の機体ロボのような。赤銅色の金属の身体をギクシャクと震わせながら、壮年はあちらこちらへと、産まれたての動物のようなぎこちない足取りにて、ただただ彷徨い始めたように俺の目には映った。明らかにこれまでとは違う。何と言うか、「素」の挙動というか。抗えない、本能に因るところの動きというか。


 一方の姐ちゃんはというと、華麗な踵落としを喰らわせてからはまたくるりとした後方回転にてテッカイトの左隣くらいにすたと着地を決めたのだが。聞きたいことはあった。あの「藍色」は何なのか。あんな色の「光力」を、俺は見た事が無かった。おそらくは、若僧くんも、あるいはこの場にいる誰もがそう感じたに違いない。


<……分からないんです>


 そんなこの期に及んで何も言葉を掛けられない俺に向けてか、姐ちゃん機から、そのような端的な通信が流れてくる。問おうとして為せなかった問いに対する回答。何かが違うのだろうか。通常とは。「通常」って何だ?


「そうか」


 分かんねえんだったら、分かんねえままでもいいだろうよ。


ヒトとは違うってことは小さい頃から分かっていて……隠してきたんですけどね。『組織』に入って、奴らのことを調べていってたのも、一方で父の消息を追っていってたのも、結局は自分のために、ってとこが強かったのかも知れません>


 諦観、達観。そんなニュアンスが、ところどころ掠れ飛ぶ品質の通信でも窺い知れた。


「そうか」


 一応、目の前の地べたに這いつくばり、ぎこちなく蠕動を続けていやがる壮年体からは視線と意識を切らずに、俺は言葉を返す。いろいろあるよな。他人ヒトからは、皆目見通すことの出来ない諸々が。が、それが自分だろうよ。自分の中心にある自分だろう。いちいち気にしてたら、何も始まらないだろうがよぅ……


「……綺麗な、色だな」


 はわわわ、みたいな音声は、もう漏れ出ては来なかった。が、


<あんのぉぉ、課長カッチョさんッ!! 浸るのはいいんですが、ワタクシをですな、介助してほしいのですぞぉぉッ!!>


 なんか金属質の音声に、掻き消されもした。とは言え今回いちの功労者を邪険にも出来めえ……という極めて義務感に押されるような感じにて、向かって二時方向くらいのこれまた地べたにて蹲っている若僧くん機を助け起こしてやろまいとそちらへ向けて二、三歩と脚を繰り出していった。その、


 刹那、だった……


<……!!>


 ほぼ無音だった。が、視界の左隅に確かに在ったはずの壮年の蹲る姿と、そのさらに左奥でこちらを熱っぽく見つめていた(多分)、姐ちゃん機の姿がかき消えていたことに網膜に映ってた像の認識からかなり遅れて気づく。あまりに自然で、あまりに異様すぎて。


 機体を翻す。土面が露出していた部分が蠢いていた。見渡すレベルの広範囲にて。


「……カ、ギぅおル……とンだ計算違イだガァ……グ、ならば諸共呑み込ムが次善よぉぉォ……『光力』……やハりそれガ、が、だったトイウわけか……」


 地の底から湧き上がってくるような声というか、実際に「地面」が振動して発している声だった。ぐずぐずと蠢き続ける足元が、徐々に先ほど壮年がいた「点」に向けてずるずると引きずり込まれていく感覚。引き潮に足を取られる感触というか。


「沼」。ひとことで表現するならだが、そんなことを悠長に考えている場合じゃねえ。


「ナディルカッ!!」


 既に呑み込まれちまった姐ちゃんナディルカを、救出たすけに行くのが先だろーがッ。


 課長サンッ!! と金切り制止声を背中で受けつつも、俺は迷わずテッカイトを「沼」向けて突っ込ませていく。キャノピー無えから生身でずっぽりいくけどなぁ……んんなのは関係ねえ、関係ねぇんだッ!!

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