⨕26:拘泥ェ…(あるいは、波かさなるッセェロ/不安ゴッソ/天+海+地)

 鼻から入る、空気が熱い。


 焦燥。この最終局面に至るまでに何度も何度も危惧していた。粘着度高い「やはりそうなのか感」は思考の襞みてえなところを何度拭ってもそこにこびりつくかのようにして脳内にずーと在ったものの。


「……」


 いざ鼻先に呈されると、対応は困難であることを突き付けられる。なので動く。ひとりひとりを助け補い合うがチームでしょうよぅ……という、いつか鉱場を襲った十何年に一度とかの巨台風トァイフゥンの時、鉱掘場での作業も流石に流れたゆえに何もすることも無くてしょうが無しに町外れの寂れた映画館で独り昼間っから観たそんなありきたりな青春ストーリーの、半寝状態で視たその時は何も心の琴線を弾くこともなかった、薹の立った女教師が無駄に唇を震わせながら放ったそんな台詞が頭を何故かよぎった。


 仕事で、業務で。もちろん馬鹿言いながら一緒にやって来た仲間らはいる。現場作業も各々が担当の作業をこなしながら、大枠の流れの中ではひとつのチーム内での共同作業ではある。だが今のようにここまで。お互いのお互いを助け合う、補い合う、っていうような感情に支配されるってなことは無かったはずだ。


 窮地ではある。姐ちゃんがこんな局面に落とし込まれて、充分に思考・行動が出来るとも思えねえ。どころか最悪マイナスの方へ足を引っ張られちまうってことも十二分に有り得る事態とも思える。だが補う。そいつはいま俺らが補うぜ……だから納得するまで、その目の前の怪物が虚言作り出し野郎であるということの確証を得て、早々に戦線に復帰してくれよぅ……


「おぁあいッ!! 打撃戦はしめえだこの野郎ッ!! 見ろこの鍛え築き上げた鋼鉄の体でぇぁッ!! 熟練の、円熟の、がっぷり四つからの渋い組み技からの投げっぷりをとくと体感しろってんだコラァッ!!」


 それも込みで、だ。それ込みで「仲間」ってやつでしょうよぅ……と、これは劇中では言ってなかったかなと思ったが、何故かそんな感じで俺の脳に宿った薹立ち女教師が高らかにそんな言葉を紡ぎ出すと、俺の脳から下部の身体に熱を巡らす。壮年あいての様子を見やると、痩身不健康そうな身体をただ猫背気味にして佇んでいるばかりだが、その陰気げな土気色(っぽい陰影トーン)のツラにこびりついてんのは、こちらを値踏みした上で優位に立っていると確信している時の壮年薄ら笑いに他ならねぇ。こうまで解像度高く諸々所作を呈されるたぁ不気味で癪だが、てめえの思考もだだ漏れで掬い取られてるってことを後ほど思い知らせてやんぜぇぁ……


 それに第二壮年コイツはまったく断じて「姐ちゃん‘s父ちゃん」じゃあねえ。「自分は貴方の大事なヒトだよ」っていう、ありきたりもありきたりな所作ムーヴにてこっちを揺さぶってくる……そう、そんなところもまるで壮年の如きいやらしさを何故か忠実に有している謎生命体なれど、「その情動を揺さぶること」を利用しているってことが俺にはつーんと酸系の刺激臭のように鼻につくというかつんざいて来てんだよなぁ……そこまでの「人間くささ」。そいつをムカつくほど精密に呈してくるのは謎だ。だがコイツは「喰らった記憶」に自在に接続アクセス出来ると見た。それをその場その場で高速で浚って、そこから有用な情報を瞬時に引き出すことが出来るってこった。この中年オレがてめえの記憶中枢でしばしば迷子になっちまっているのとは全く真逆だよ畜生……いや、今はそこじゃねえ。つまりは似非、似非なるもんってことだ。それが姐ちゃんに突き付けられりゃあいいんだが、まあ実際呈されちまうと抗えんもんがあるよな……例え姿かたちが異形であろうとも、だ……やっぱ俺らがとりあえずその欠片も残さんほどにガンガンに投げ叩きつけなめす他は無え……が、


 もうひとつ謎は残る。なぜ目の前の姐ちゃんを「娘」と認識できたかだ。これまたいやな予感想定だが、またまた「光力」絡みかと思われるぜ……先ほど姐ちゃん渾身の光力踵落としを喰らった、その際に送り込まれた光力の何だ、波長だとか何だかを読み取って、てめえの記憶内からそれとの関連性を引っ張り出してその上で「人間関係性」を演出してみた……? 万能すぎんだろ。そんなことされたらまぁ硬直しちまうよなぁ……


 ぷひょぷひょ、とまたも間抜けな発射音。考えすぎで固まっちまってた俺を咎めるように、鼓舞するように。視界右奥から中空突っ切り放物線を描いて飛んでくるのは言うまでもねえ、若僧くん発の砲弾シェル二発。桃色光力絡ませ版弾だ。軌道は芸の無さそうな(わざとと見た)直球まっすぐと、上空青空、これまた撒き餌感が色濃く見える超々高々度に打ち上げられた飛球フライの二つ。どちらも速度はそれほどじゃあない。おうそうかい、作戦オペレーションはそっち主導でもう始めっちまうってわけかい。まあ色々と考えている暇は無えよなぁ……それでも瞬の考慮時間は与えてくれたったわけかい……なら、


「ああああああああああッ!!」


 気合い一発、腹から声を駆け昇らすようにして覚悟も決める。何も考えず、とりあえず右脚を駆動させて野郎に向けての第一歩目を踏み出してみた。稼働が機体の全身に伝わり、その震動が操縦者おれの腹をも揺らし、そして肚をも据える。そっちが「第二形態」とかのたまってくんならよぉ……こっちはこっちで「こんなこともあろうかと」の「奥の手」発動だッ!! 「万能」に対しては「御都合」、これ世界の常識なのよね……


 直球弾の、壮年への着弾を待つ。案の定、軽くそれはさっきと同様に、ノールックで伸ばされた左手に遮られてそこで起爆し、おそらく大したダメージも与えられないまま終わる。そこは若僧くんも想定内だろう。こいつは第二ラウンド開始の合図ゴングでしかねぇからなぁ……気合いを入れろ。


「……」


 右手を腰の後ろに回す。そしてそこに確かにある事を念のため、本当に念のために触って確認しておく。大事な仕事道具「掘削機ドリッラー」は常に携帯しているんだぜ……例え銃器とか「鉱剤具プロミネ」とやらが無くとも、俺ぁコイツさえあれば充分だ。


 相変わらず余裕の姿勢で佇みつつ、固まったままの姐ちゃん機と向かい合ったままだった壮年ヤロウへ向かって右から。がに股で三歩、四歩と騒がしく接近を試みる。注意は向けてないような平然ヅラをしたままだが、当然こっちの動きは感知してんだよなぁぁ……だが構うか。「流れ」を生み出す。それが、それしかおそらくこっちの攻撃は通らねえはずだろうからなぁっ。


「……!!」


 もちろん俺も「囮」に徹するってわけでもねえ。もっとぬるりと流動的に。補い助け合い、チームとして、最終の一撃へと向けて。Fフェッルァの運指型はもう先ほどから解放している。人間……いや「生物らしくねえ」動き、初見そいつに的確に反応できるかなぁ……?


 瞬間、テッカイトの地面を突いた右脚の足首が「桃色」に発光フラシュすると、その部位が時計回りに鋭く回転し、プラス膝、そして腿の付け根も同方向にギュルと回転をかます。派手にコケた、そんな挙動。バランスを失った風に機体を横倒しにさせながら宙を回転しつつ滑るが、伸ばした左腕が再度地面に接した瞬間には、今度は反時計回りにその関節部を全て高速回転させて弾くようにして、斜め前方へと鋭く跳躍をかます。


 野郎の足元へ。機体の頭っから突っ込んでいく。瞬速の組付タッコォ。目指すは白黒身体の下部。全体からしてそうだが、頼りなさげに見えるその足回りにまずは絡んで、そっからぐどぐどの立ち技寝技の沼に叩きこんでやるぜぇあッ!!


 厚みのある平面、というような何度凝視してもよく分からねえ見た目の身体、その左脚らへんにテッカイトの両腕を伸ばし、掴みかかろうとする。が、


「ははっ、面白い動きだが所詮それは『想定できる範囲』での動作なんだよなぁ……それじゃあつまらない。それじゃあ私の血肉とたりえない」


 !? ……漫画のページをめくるように。いや違う。「パラパラ漫画」を見せられているかのように。薄い「一枚いちまい」が高速で後方へとパラパラと連続で散っていき。奥面の方へと壮年は「移動」をカマしていたのであった。最善と思われ組付はそれによりあえなく躱される。が、何だこの動き、いや、この生命体わぁぁ……ッ!!


 思わず呆気にとられちまったが、ひらひら舞い散る白黒の「ページ」の何枚かは次の瞬間、共有の意思を持っているかのように、突如指向性をもってして飛来すると、機体おれの各部へと貼り付くように絡んできたのだが。五枚、十枚……? くそぅ、埒外すぎんぞ、この野郎……「岩石+金属+筋肉」の複合体とか言ってなかったっけか……? この紙のような挙動は何だよ。「雲母」とかまあ薄片になるけどよぉ……それとは違うよなぁ……このクソ「万能」が。が、


 「万能」には「御都合」。御都合ィックパゥワー、全・開ッ!!


 腹に呑み込んだ「光力タンク」に急速稼働を促すように、両の拳にてガガンとドラミング的な撃を撃ち込む。瞬間、性急に発射される機体各所からの「光力」は何故かこう急に出すと粘りのありそうな白濁色を呈するのだがそこは気にせずに、瞬で全身に貼り付いていた「ページ」を内側から全部吹っ飛ばす。


 これも「想定通り」か? まあそう言う分だけなら何だって可能だよなあ……俺はクリアになった視界で空を見上げるように首を起こすと、俺と壮年のすぐ頭上まで迫ってきていた若僧くんの「飛球弾」に焦点を合わせる。着弾想定二秒前。


「らあッ!!」


 の前には既に膝を軽く曲げ落としてからの小跳躍ちょいジャンを機体には促している。空中で砲弾を優しく掌で捕獲キャッチしてぇの……


「!!」


 刈り込むように下へ、手前へ。軌道も速度も中途で変えた、渾身の突込落撃デァンクシュゥが野郎の頭頂部ドタマに「ページ」を捲らせる瞬も与えないほどの加速度で撃ち込まれていく。


 起爆。テッカイトの左手も巻き込まれてしまうのは織り込み済みだ。そうまで捨て身でやって初めて開ける道ってもんがあるでしょうよぅ……


――昂燃メモその29:説明しようッ!! 今とは「違う自分」になりたいというような逃避同然の妄想も勿論ことあるごとに夢想するのは多々あるが、それに本当に引っ張られてしまうということもままあるのであるッ!!――


「……」


 どうにもさっきから薹の女教師に人格を乗っ取られているかのような振る舞いを見せる俺の脳だが、何だろう、よく分からねえ「波」に揺られ委ねそしてその勢いのまま、行き当たりばったりだが、決してやけくそでは無い「強い」流れの中にいるような、そんな全能感、心地よさを感じている。


 ぴしりと、「桃色爆発」に包まれた野郎の頭頂部が確かに割れてまた妙に柔らかな手ごたえが、ぐずぐずになった機体の掌を通して、俺が握る操縦盤のレバーにも伝導してきたように感じられた。


 「想定」「想定」言ってたが、の割りにはたったの一個か二個くらいの「ひねり」「裏かき」にあっさり対応できなかったようだなぁぁ……


 とは言え。


 こいつらの「擬死」は毎度毎度のことだからもう俺は騙されねえし気も抜かねえ。このくらいでとどめを刺せたなんざ思ってもいねえよ。今のはただ、お前さんのツラというか外観全部をとりあえずブチ壊したかっただけだからよぅ……


 姐ちゃんの、親父さんの外観。上っ面だけに過ぎねえだろうが、それでも絶大な「抗えない力」を持って存在していたその見た目をよぅ……


 左後方に視界をやる。薄緑色の機体はまだ先ほど壮年の身体から滑り降りたその場所に留まったまんまだ。今の連携攻撃でガワはぶっ飛ばせたんだが、やっぱ一回呈された「父親が生きている」、いや「父親の何かが遺っている」っつう可能性は拭えねえか。であれば。


「……」


 またダメージを喰らってだんまりになっちまった壮年やろうの挙動を見やる。また「学習」してんのかよこのシコ勉野郎がぁぁ……


 なら今度はこのタイミングで決める。静観じゃあなく畳み込みだ。俺は後ろ手に回した右手で腰に吊るした掘削機ドリッラー」を握り、ロックを解除する。右手一本満足に動きゃあこいつは扱える。左手は添えるだけ。何べんも何十年もやってきた、


 「銃床」に当たる部分を右胸に突き固定する。至近距離、にはまだ素立ちで固まる彫像のような「平面体」が在る。金属だ筋肉だ言ってたが、こいつらの本質は「鉱石」の何かだ。そこは揺るがせられない、何かがあるんだろう。そこから逸脱できてない、そこは何故だか残したまま荒唐無稽な「進化」を表面でやっているように俺には見えるぜ。そこは譲れないんだろうなあ……生物としての本能か? 抗えないよな分かるぜぇぇ……


 相手が石とか岩とかならよぅ……いつもずっとそこに寄り添ってきたんだぜ。長年に渡りずっと培ってきた、


 ……この俺の掘削技術を、今こそ見せてやるぜぇあッ!!


 気合い一発、野郎の胸元辺りに掘削機の回転を始めた先端を当てがった、その、


 刹那、だった……


「……ッ!!」


 突然に過ぎる衝撃が、俺の目の前の覆天蓋キャノピーを歪ませたかと思ったらその全部を叩き割り弾き吹き飛ばしていて。


 思わず操縦席で身をこごめた俺の爪先をはするかのように、


「!!」


 何かの「巨大な爪」のようなものが、テッカイトの胸から腹にかけての一切合財を、


「……」


 もぎ取っていたわけで。

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