⨕25:陳腐ェ…(あるいは、総じてそう成らんは/デルミオ走破な乱やロウ)
一瞬の静寂、あるいはそれ以上の沈黙。
「……」
狙ってやったわけではねえが、狙った以上に見事に炸裂した我らが波状連撃の効果結果、それを端から疑ったわけでもねえが、それでも野郎の挙動から目を離せずに息を殺して固まっちまっている俺らがいる。風は凪いで「黒もや」もほとんど掻き消えた。おそらく後方ではお仲間さんたちが「残党」どもをあらかたツブし終わって、残る最後のこちらの「
ざらついた何らかの「粒子」のように視えていた野郎の巨体は、今やそのチラつきのようなものが収まって、のっぺりとした「黒い多面体」のような姿態を晒している。その変化により目標完全沈黙――と言ってしまってよいか、言ってしまったらよからないなのか、そんな困惑がまず先に脳内に巡っているってことに、戸惑っている。いややっぱやったはずだろうがよぉ……
<……>
それこそ<目標沈黙……>とか冷静に告げてくれそうだった姐ちゃんも即座には断言できないのかずっとの
「不気味な沈黙」としか表現かなわねえ、そんな静寂過ぎて逆に耳奥でキィンキィン金属質の音が鳴り続けているような状況……何か、次なる行動を起こした方が良いのか、いや何であれ行動は起こすべきなのだろうが、だがしかし何をどうしていったらいいのか、この場に居合わす全員がまだ決めあぐねているのは明白で、いつもならこのくらいの間で不必要な金切り胴間声を放り込んで何かきっかけとなる何やらを斬り込みやってくれる若僧くんでさえ、俺の視界右方向、湖の際あたりにその機体の長大な両脚を軽く曲げたまま、「待ち」の体勢なのだろうか、沈黙を保っている。
「……」
「一撃」をカマされた当の壮年野郎は、その瞬間からはもう数分は経過しているだろうか……繰り返すが、「完全」に「沈黙」、そして微動だにもしていない。だが俺の脳裡にはやっぱり「やった」感は一mmも無い。
光力で砕いて、鉱石粉をぶち込む。
おそらくは最適な「方法」だったはずだ。ゆえに野郎にも効いた。野郎にも想定外のことだったろう。いや、「想定外」では断じて無いか。想定はしていただろうがよぉ……それ含めたありとあらゆる可能性をなぁ。が、それでもその想定をほんの少し、俺らの連続波状の組み立てが上回った。ゆえに貫いた。貫けた。が、
それをも「学習」すんだろうなぁ……してんだろうなぁ……あの例の「学習」だ。未知の……「未経験」の事象に対して今こいつは全力で……全身全霊で学び取ろうとしているとこなんだと見た。そのための沈黙、硬直。とんでもない隙を晒しているようにも思えるが、「効いたのか効いてないのか」、こちらがいまいち判断に迷って何も出来ていないのは確かな事実。「のっぺり体」に「変化」したのが、ダメージに因るものなのか、次の追い討ち撃に対する防衛体勢なのか、それが掴めねえ、からこうして俺らは現に固まっちまってるのだろう。「もう一発同じの」が通じるのか通じないのかも掴ませてこねえ絶妙な状態を呈してきていやがる。「待たれている」、そんな不気味さをも醸すその佇まい……
「学習時間」および「回復立て直し時間」を稼ぐための
踏み出せない。こいつそこまで
裏をかいて畳みかける。だがその裏を突かれてしまったら? じゃあそのまた裏をかいて……いや、そういうのが一番まずいだろ。考えてないのと同じになっちまう。そう、野郎がダメージ受けていようがいまいが今の今が野郎としては「待ち」の態勢であることは事実現実だ。そこへの迂闊な攻撃は、そいつもまた「学習」されちまうが必定。そうなんだぜ、もう今の今からの此方からの攻撃は、絶対一発で仕留める必殺のもんじゃなくちゃあならねえし、尚且つ攻防のやり取りとかの、自然な流れの中において、極めて精密にかつ埒外も埒外な方法でぶちかまさなけりゃあならねえはずだ。さっきの「連撃」のように。
であれば、ここは「静観」……が正解、とまではいかないが、妥協案ってとこくらいなのか……
何ともなままならなさに、一旦バカみてえに開いていたてめえの口を閉じて舌を口蓋ぐるりに巡らせてごくり唾を呑み込んで落ち着いてみる。左右の画面を見るまでもなく、前線三人の総意は揃ったようだ。そしてそれが決して消極的な策でも無いことを認識している。
刹那、だった……
「ハッ、ハ~、こいつはこいつは一本取られたねぇい~、とかって言った方がやはりよいのかねぇぇ~」
想定はしていたが、それ以上の「何でも無かった」風を装い、目の前の物体よりそのような音声が紡ぎ出されてきた。と思った瞬間には、今まで何かの結晶体のように平面と鋭利な直線だけにて形成されていたように見えたその黒い巨体が、自らの重みに耐えきれなくなったかのようにそこかしこをパキリペキリとか音を発しさせつつ砕けさせ始めたのだが。
「いっやぁ~、『ケイ素』だけじゃあやっぱり駄目だったから、プラス『炭素』の『
当然その「破砕」は野郎の意思によるもののはずだ。整然と外界に面しているところが皮一枚くらいの薄さで剥離しているかのような、そんな感じだ。「脱皮」……それはあの最初の「個体」もやってたことだからあんま驚かねぇぞ。だがまた平然とハスキー声でのたまい出した事の逐一がまったく響いては来ねえぞ。
「『金属』……なるほど、とは何度も言ったかもだが、やはりなるほどだよ、その硬度、強度、形状の自在性……もっとも、可能性として考えていなかったわけではないよ? うん……単純に『合わない』っていうかね……分かるかねぇ? 無意識にカラダが強張ってしまったり、何か分からないがケツの座りが悪い、だとか……そんなのがあったもんだからさ、意識的に避けていたと。まあそういう嗜好ってのは時に強力な武器にもなるんだけど、時には己をぐずぐずにさせてしまう毒にもなるっていうか、うんうんまぁさ……ま、清濁合わせ呑まないとあかん、っていうこれは教訓なのかもねぇ……」
その「脱皮」の間の時間稼ぎってわけでも無さそうだが、一度喋り始めてからはつらつらとまたよく意味の掴めねえことを垂れ流してきやがった。つるつるカクカクした「多面体」だったその身体を粗削りしてからさらに細密に
「金属」っつった。俺の記憶が確かなら(確実に『確か』とは言えないかもだが)、先のテッカイト旧式でこの輩どもの手先……「軟体野郎」と相まみえたのは大分前のことだ。我が愛機は無論「金属」主体の
何だぁ? じゃあってこたぁ、この大元の壮年野郎の個人的(?)な
――昂燃メモその28:説明しようッ!! とは言え反論しても無駄であることは既に見えている未来が既視感的に浮かぶが如くに分かりきっているため、しかして波風立てないように無駄に四方八方に尻を振った結果、己の信用というものを無くしていくが必定なのである……ッ!!――
「……という事で、自省しての『第二形態』。そしてキミたち『先輩』がたに、色々と教えを乞おう……」
ひと回り小さくはなった。が、異質感は増した。何と表現したらいいか……そうだ、「漫画」だ。白黒の、漫画のキャラクターのように、白と黒と、あと何て言うんだ、ぶつぶつとか縞々とかの……ええと「トーン」か? で構成されている見た目。自らの身体の稼働を確かめるかのように、首や肩、腰なんかを準備運動よろしく色々回したり捻ったりと動かしていやがるが、その度こちらから見えている角度は変わっているはずなのに、こちらには常に「平面」を呈しているというか、これまた先ほどまで見せていた「荒い粒子」的見た目と同じく、こっちの視覚とか知覚とかを揺さぶってくる外観だぜ、これは一体何なんだろうなぁ……
<……言う通り、『金属』が『白』、『黒』はおそらく『鉱石』……? あるいは『炭素』、というかタンパク質、あるいは筋肉? ともかく、まったくの別物に変わったということを認識しておいてください>
まだ阿呆のように固まったままだった俺の操縦席に響くは、「左」側からの姐ちゃんの、そのような通信……野郎の体組成についちゃあ、おそらく推測に過ぎないだろうが、「毛色」が変わったっつうのは俺も頭じゃあなくて脊椎あたりで感知しているぜぇ。おすまし顔でとんでもない「改良」「画期的アイデア」を呈してくる、そういうイラつく所作もまた、日常茶飯のこととして認識しているからよぅ……だがそれよりも、
<……>
ちらと見やった流麗な横顔は固まったまま。注意喚起してきたとこまではまだしも、そこからどうするかの指示なりなんなりが飛んでくるかと思いきや、まだ静観したままじゃねえか。どうした? いや、やっぱり、
<……>
俺の悪い予感っつうのが当たっちまった気がする。慌てて眼前でまだ悠長に「準備体操」じみたことを続けている「壮年第二形態」に改めて目を凝らすと、
「……正解。『鉄』足す『ケイ素』足す『有機』の
相変わらずの自信に満ち溢れたる
「どっから見ても平面」というこっちの神経を揺さぶってくるような気色悪さは置いとくとして、その髪はでろりと無精感を醸すかのように伸び垂れさがり、瘦せこけた尖り顎の陰鬱そうな細面は、そこに貼られたかのように覆っている「トーン」の陰り具合で、日に灼けてはいるんだが、血色の悪さも相まって妙なくすみ感、みたいな奇妙な質感を呈してくる。そしてどこからまた現出したんだか分からねえが、これでもかの無骨な分厚いレンズのメタルフレームをその顔の一部かのように嵌め掛けている。猫背細身の身体を包んでいるのは「白衣」か? イメージだけだが、何か「博士」とか「研究員」が着ているような?
――私の、父は、リ大の考古学研究室で地質のことをやっていて、発掘調査も行っていました――
以前に姐ちゃんが(病室にて俺の上に横たわりながら)語ってくれていたことを、海綿体が覚えていた。大学教授……ほとんど接点は無いものの、浅い想像力を働かせると、目の前の長髪陰鬱壮年がそのまま紡ぎ出されて来るような、そんな気もしてきた。ゆえに、やばい流れのような気もしてくる。であれば、
「おらぁッ!! 『進化』がどうとか偉そうにのたまうんじゃあねえぜぇぁッ!! そいつはこっちも織り込み済みの、単なる『変態』だっつうことを知らしめてやるぜこの
が、自分でもだいぶ焦り気味にまくしたちまった。そんな内心のなし崩し感をあっさり勘繰られてしまったように、目の前の
「……そしてナディルカ、久しぶりだね」
そこは嫌になるほど想定内だった。織り込み済みだったと言える。だから……一縷の望みを込めて左方向の画面内の横顔に視点を合わせるが。
<……>
姐ちゃんも内心では嫌になるほど分かっているはずだ。それでもそんな
落ち着け。野郎の魂胆は分かり過ぎるほど分かっている。古くて安くて浅はかな「策」であるということも。姐ちゃんを上の名前で呼ばわった、その「記憶」を、その持ち主を「喰らった」ことによって「学習」した、そんなことが出来るのかはこの際、置いておいて、大方そんなとこだろう。断じて
「若僧くん、オペレーション:
<
阿吽以上の呼吸感にて、そんな架空の作戦を展開することを共有する。そうそう
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