⨕21:幻妖ェ…(あるいは、おりやんせ/ボル鉄ボル使途/男木ヴォルタ)

 衝撃が、まず己の顎に来て、それから両眼球を通って、蒼い火花となって操縦席前方の画面ディスプレイに散った。ように感じた。「目から火が出る」たぁ、正にこのこと、みたいな、とかく諺/慣用句を引用しがちなおっさん挙動ムーヴをカマしちまったが、何だッ!? 周囲あらかたの「黒もや」は霧散させたはずだぜ……? 新手の敵かッ!?


<……何をシテイルのデスカ?>


 と次の刹那、抑揚が無さ過ぎて機械が喋っているのかと思いまごうほどの平坦フラットな音声は、機体おれの背後より、いや、その下の遥か地底くらいから不気味に響き上がってきたように感じられたのだが。ケツの穴に液窒で凍らされた鉄杭をブチこまれたような感覚……だが、その拡声音にほんの少しだけ纏わりついているような「何よこいつ」とか「縁切るって言ったじゃないばーか」とか「今更どのツラ下げて」とか「もううんざり、もう騙されないんだからねっ」みたいな「熱」のニュアンスを捉えた俺は、一縷の望みをかけて真摯誠実なしくずしてきに、それに縋るしかねえ。


「……ち、違うんだッ!! 僕たちは、僕たちはただ、光力の循環を滞りなく授受するためのッ、『すべから健全!僕の私の!テッカイト健康体操第一』を粛々と行っていた、ただのそれだけのことなんだよァゴヒィィィィンッ!!」


 変な声が出た。と同時に舌を思い切り噛みちぎるところだった。再度の頭上からの垂直に貫かんばかりの衝撃は、我が愛機の方が全高タッパは倍はあろうはずなのだが、その頂点の、俺が鎮座するところの操縦席の真上を違わずに振り下ろされてきた、あの姐ちゃん機の踵落としであった。そのことを認識させられ、背筋に嫌な冷たい汗が伝うのを感知するばかりであり。硬直。全身からの痛みが抜けるまで俺の時間は完全に止まってしまうほどの。


<そそそそ、そうッ!! そうなんですアランチⅠ督、あーしらは本当に『光力』を授与してもらってただけで……ッ!!><教本にもあるように効率的着機床ハ=ルァマースェのために機体内光放ヌァク=ァダッシしないと、なんですッ!!><その上で現状打破の相互理解わからせを促進していたんです……ッ!!>


 とんでもない不穏さを即座に感じ取ったのか、割と分かってくれた銀髪少女と、プラス同型機体に搭乗していた赤髪と緑髪のこれまた年端もいってなさそうな少女らが先ほどまでの反抗的な態度とは真逆に俺のことを擁護してくれようと、パシュパシュと開いていく画面の中でそんな幾分湿ついた言葉を発してくれるが。


<……æぇあ?>


 そしておもねりの追従笑みと揉み手でこの場を切り抜けようと中腰で振り返った俺の顔面全土に突き刺すようにして放たれてきたのは、液体窒素から出したての剣山ケンザィンのような静謐鋭利かつ有無を言わさぬほどの密さをも持った、とても良い発音の絶対零度的な拡声音こえだったわけで。瞬間、俺ら四人のときが完全にその営みを止めたかのように感じられた。半笑いと半泣きと無表情のその各三点から等距離にある表情と言うか、そんなとんでもない感情を孕んでいるにも関わらず無機質な石膏像のような顔が三つ、俺の操縦席横の画面スクリーンに横並びに、目押しをした覚えは無えのにぴったり同じ絵柄のように揃っておる……ただそれによって何が吐き出されて来るでもなく、ただただ重力が確変したかのようにその強さを増してきたかのようなその無空間の中をひとりだけ流麗な仕草にて動くは、光沢ある薄緑色のなまめかしさすら感じさせる機械の肢体。からの有無を言わさぬ通信映像が左画面にこじ開けるようにして差し入り何故か拡大されてくる。


<アビルシⅡ騎は北北東―大聖堂の大伽藍の上から、シィガレーⅡ騎は北西地区龍門の門壁上、フェディレアⅢ騎はこの場にて、『圧縮光力』を射出し続け、『黒靄ムウラ』の拡散を抑えてください。その、授与された光力やつを存分に使用して、ね?>


 見たことも無いような妖艶かつ凄絶な、それでいてヒトらしさの欠片も無い笑顔なのかただ顔筋が攣っているだけなのか分からないほどのこの世のものとは思えぬ凄惨表情にて、そんな不気味に穏やかな指示を軽やかに飛ばしてくるのが本当に怖ろしいのだが。俺の他三名は機体の姿勢をこれほどまでかと思うほどに直立不動の態勢に即座に直らせると、ハィィィイイイイイッ!! との一糸乱れぬ腹からのとても良い返答をしたかしないかのうちには速やかに己の持ち場へと、そんな俊敏な動作出来たんたへぇぇ……と脱力感心させられるほどの脱兎の如きの移動をかましていたのだが。


「……」<……>


 後に残されたのは、これまでのそこそこ長引いている我が人生を顧みてもこうまで静謐な修羅場があっただろうかと思わせんばかりの、光をも呑み込まんばかりの冷たい重力場だったわけで。


<……何をシに来たンでス……?>


 辺りの喧噪が再び鼓膜に振動するようになったと思った瞬間を狙ってなのか、そんな抑揚は未だ無いが、こちらに向けて何かを掬い取ろうとするような音声が吐き出されてきた。操縦席横の画面を恐る恐る見やると、例の口にくわえる球みたいなやーつは流石にその艶やかな唇の脇辺りに外され垂れ下がっていたが、例の目を覆う板みたいなやーつは装着されたままで、あのこちらの底を見透かしてくる鳶色の瞳の、その表情までは窺えなかった。だが、


 答えなければいけねえ。俺はここに何をしに来た? だが考えがまとまらねえよ……


「俺は、何か……出来ることがあんじゃねえかって、思って」


<今さらッ!! 今さら正義の味方気取りでですかッ!? それで? それで『ああ助かった』とか、『ありがたい』とか思われたかったッ? ふざけるのも……ッ!!>


 鋭い声。食い気味の。意外だった。が、今になって。こんな状況まで落とし込まれて初めて。初めてコイツの本気の感情を受け止めたような気がした。


「いや……何て言ったら、だが、ずっともやもやしたもんが、肚の底辺りにあって」


<はあ。で? 自分の……何かを満たしたかったと。で? で? それは充足できました? 『光力』……そんなものまで持ち出して。それで後方支援は為ったと。で、満足、そうですよね?>


 今まで上司とか同僚とかに、どんな罵詈雑言を吐かれてもてんで堪えることなんざ無かったが、今、目の前の機体から、その鋼の身体を共鳴させるようにして響き紡ぎ出されてくる音波、言葉は。俺の精神の痛点だけを精密に刺し貫いてくるようだった。


「ここに来るまでも、いろいろ考えてた。いや、自然と脳内でぐるぐる回っていた、っていうか。ともかく俺のあの対応は間違ってた。だからその……」


 だめだ。言葉がうまく出てこねえ。呻きが、言葉にならない音が、てめえの喉元から鳴るのを吹き消すように、あからさまな鼻からの溜息を突かれた後、


<……土下座でもして、なし崩し的に場を収めようとか、通じませんから。勝手にやっててください。私はもう現場に戻らなくてはなので>


 あ、ダメなのね……愛機テッカイトを畏まらせようと膝を突こうとさせる姿勢に移ろうとしていた俺はさりげなくまた態勢を戻していく……いやいや、くそ……ッ、何で俺は肝心な時にいつもこうなんだ。


 いつだって事なかれ主義で、周りの努力する奴らを横目で笑い、たまたま適性がまあまああった自分にとって楽な仕事を無気力に適当にやるしかしなかった、してこなかった。相手に合わせる振りをして自分をごまかし、いつも自分というものを曖昧にすることで現実を直視することを全力で避けてきた。いつだって周囲、いつだって自分以外。その延長線上に、いやそのもやもやとした曖昧な範囲上に自分を他人事のようにぽんとほっぽって、自分は一歩下がった、高みから見下ろしているかのような偽りの全能感に酩酊させながら、ただただてめえの人生をも傍観するだけの青春だった。人生だった。


 それはもうやめよう。


 「今さら」。いや正に「今さら」なんだが。それでも今からでも。俺は俺を俺の人生のド真ん中に置いて。


 ……俺以外のものと向き合わなきゃあならねえ。そのはずだ。いや「俺」がもうそう決めた。から、俺はもうそれで行く。行くぜ。


<……!!>


 くるり機体を翻し、最前線のどこかに戻ろうとした薄緑色の細身ボディのその前に、その眼前に。愛機テッカイトの左腕を伸ばし突き出し遮る。その先にあった、石造りの三階建て民家の壁に、左右向こう二軒まで振動が伝わるほどの衝撃ドゥンを与えながら。きっ、とこちらを向き直って何かを言い募ろうとしてきた、つるりとしたその金属曲面の顔向けて。


「俺も、戦わせてくれ。あの、野郎どもと」


 この上なく単純シンプルな言葉となってしまった。が、それ以上、何を付け加えることも考えられなかった。沈黙。そして、


<……不要です。光力のことについては感謝しますが、ここから先は我々だけで充分。むしろ訓練を受けていない貴方が加わることの方が危険、まであります。武装も無いのでしょう? まだ得体の知れない『大物』との決戦場に連れていくことは私からも許可できません>


 もっともな言葉が流れ出てくるが、そんな御題目は分かっちゃいるんだ。だがその上で、自らの意思を、意志を。


 ……通していかなくちゃあ、自分の人生じゃあねえ。


 息を吸い込む。そして、吐き出す。自分の今の全てを乗せた言葉と共に。おおおおぉ……


「……お前をッ!! お前をひとりで危険な目に合わせたくねえんだッ!! だからッ!! 俺をそばに置いて一緒に戦わヤらせてくれッ!! 例の『大物』……何か嫌な予感しかしねえ……お前の『父親』? それ絡みの嫌な予感しかしねえよ……ッ!! いやもうはっきり言うわ、お前をそいつにもッ!!他の誰にも渡したくねえッ!! 放したくねえんだッ!!」


 あれ、途中から脱輪したかも……慣れてねえからかな。いや、それでもそれはこれは自分の意志だ。意志からの……言葉だ。と、


 ふぇぇ……のような拡声音が機械腕うでの中の細身の機体からだから漏れ出てきたように聴こえた。瞬間、


<い、一応、りょ、分かりましたけど……べ、別に貴方に護られようなんて思ってないんですからねッ!! ただの『障壁タンク』代わり、ただの『光力予備庫タンク』代わりで連れていくだけのこと、なんですからねッ!!>


 あっるぇ~、貫けた……んだろうか。んんまあ一応了承は取れたよう……だが……


 左側、各自、別個な方向に散ってたはずの銀・赤・緑の三色が画面にまた三つ揃いで並ぶと、えぇチョロぉ……のような言葉をハモりながらまた同じような空虚な表情にて吐き出すばかりであったのだが。またもそこから垂れ流されるのは冷却された空気のようなもの……大丈夫かな、俺、というかその他諸々全部ェ……


 だがまあ逡巡している暇はねえ、行くんだッ!!


「ではこれより『光力タンク』であるところの此方機の『絶・超威力鋼竿棒』を……」

<あ、私は光力大丈夫なので、それはあちらの方に……>


 だが手始めにずいと機体腰部を突き出して補給を試みようとするもそれはあっさり躱され、突き出したままだった左腕をあっさりと極められると、くるり身体を返して背後より前方へと有無を言わせず、とっととっと歩かされていくのだが。


 刹那、だった……


課長カッチョさんッ!! やはり目の付け所が違いますぞな!! 『光力』ッ!! 何とこの『征駿機』にも探してみたらちょいと違うかもしれませぬが、あなる『菊口孟キコォォウメン』なる『穴』が搭載しておりましたぞ!! こいつで私も光力展開の駒となることが出来ましてこれ幸甚……覚悟はもう完了しておりますゆえ、存分に、あ存分にぃぃぃ、バッチ来ほぉぉぉぉぉぉおおおおおおッ!!>


 いつの間に接近を許していたのだろう……十五mほど先、いつの間にか後ろ向いて両脚をぴんと伸びきらかせ腰部を高らかに突き掲げ上げた姿勢にて建屋のひとつに掴み縋るようにして鎮座していた見覚えのある二足機体より、地声以上に金切る拡声爆音が、俺の恐怖を司る器官的なものを全力で体重をかけてブっちぎろうとしてくるェ……


「無理無理無理ッ無理だろーがッ!! その型の奴に搭載されてるなんて聞いたこともねえッ!!」<万事無問題……計算したところによると、むしろこちらの方が玄人好みとの見立てもあるという……>「無根拠計算にて弾き出される完全狂気ッ!! ぶっ壊れんぞマジでぇッ!!」<ハハッ、大丈夫、そんなヤワな機構にあらずッ!! いっちょガツンと来んかぁぁぁあああいッ!!>


 後ろからとんでもない膂力に因りて寄り切られようとしつつある俺は、結構な勢いに抗えないまま、腰のモノを抜き放ったまま、徐々に迫る若僧くん機の背後へと、折り重なるようにして追突しカマホっていって、


 しまうのだが。


――煩用四足獣型合体兵機:ヘイスタ×テッカイトⅡ=フーリJYU×オメロ、爆臨――

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