⨕20:豪放ェ…(あるいは、清廉結破/論化ディビディーレ/埋めろーネ)

 空を切る。いや斬る。鋼鉄はがね機体カラダで。思ったより速度は出ている。絶妙に「落下と浮上」の相反するふたつの力が噛み合って、それがのめるような前方への強力な推進力へとなっていた。中空を滑るように、まるで前方方向へ向かって自由落下するかのように。風を切るという感覚。いいぜ、いま俺は「御都合」という名の確変状態にあるッ!!


「……」


 送電線、その継ぎ目に到達するひとつ前の瞬間には、反動をつけて握っていた手を離し、斜め前方に機体カラダを振りつつ、対となるもう片側の鋼線に飛び移っている。マシィラが如きの挙動、鈍重見た目とは真逆のその挙作に、やはりこの「改修」コンセプトはただならねぇということの実感を深めさせられていく。じゅいぃいぃ、という掌と送電線とが擦れて奏でられる擦過音と、ぼう、と鳴くような風切り音とを、その筋肉質マッシヴな全身に纏わりつかせ、そして次の瞬間瞬間には後方へと振り切り飛ばしながら、テッカイトはそのひと跳びごとの「車線変更」の度に、さらに加速度を増していく……ッ。


 山頂to山頂への「飛翔」は時間にしてどのくらいだったろうか。愛機に乗って格納庫を出た時から時間の感覚は既に無く、ただただ目の前にばんばん呈される「現在」の事象に対応することと、「今後」の対策を爆発的に思考することの二極化されたタスクに脳の作業野は埋め尽くされ、外界の時間の流れは本当に極限までゆっくり動いて見えた。


 ただ、そこへのその距離は確実に縮まっている。


 ふたつ連なった北側のジョープ山、木々に埋まったその頂上、ひと際でかくそそり立った送電鉄塔の頂点に右足裏をコンマ二秒ほど落ちつけつつ、眼下に広がるスロクスリヤの街並みに目を走らせる。いや、「街並み」と言えるほどのものは既にそこには見えず、例の「黒いもやもや物体」が指向性は無さそうだけど統率感は取れていそうな、そんなはっきりの不穏さを醸しながら漂っているだけで今はその姿は茫洋としており、既に出動・対応してんだろう、姐ちゃん若僧くんを始めとする機体の姿すら見えない。おいおい、だいぶ追い込まれているんじゃねえかよ、やっぱりあの「鉱石粉弾丸」じゃあどうとも出来ねえ状況じゃんかよ。やっぱこいつらの裏には何か「知性」のある何者かが潜んでいる可能性が非常に高しなんじゃあねえええかよぉぉぉ……


 であれば。


 ひときわ強く、鉄塔頂点を踏み切って最大限の跳躍ジャンプを機体に課す。当然溜めに溜め込んだ「光力」を躊躇せず使ってだ。言うて「策」は無い。実に久方ぶりに脳を動かし考えてはみたものの、漠としたもんしか浮かび上がらなかった。まあ動力エネルギーはしこたま溜めに溜めた空白の二十年分がとこ、この機体内たいないに血流のように巡っている。そいつをただ、降って湧いた黒もやこいつらにあらん限りにぶつけていくだけだぜ……


「うぉおおらぁあああああああああああああッ!!」


 肚からの怒鳴り。それだけで取るに足らねえ自分というものから、ままならねえ外界に干渉出来た気がして、もっと言えば先んじることが出来た気がして。圧倒、制圧、支配? いやいや俺自身もだいぶ入ってきちゃってるねぇぇ……


 見下ろす、街の南部は結構な崖線がぐるり巡る。斜度いくつかは分からねえが、体感は正にの「崖」あるいは「壁」だ。が、が勿論、迂回路を取るっていう選択肢は毛ほども今は無い。中空一点の、最大高度到達点に達するか達しないかの瞬間、俺はその目指すべき場所目掛けて、最短距離での疾駆を愛機に促す。瞬間、機嫌良さそうな駆動音を一発響かせながら、テッカイトは、いや俺との総意かも知れねえが、とにかく「俺ら」は緩やかに全身を捻ると、ドタマっから黒いもやが渦巻く「下界」へと、切り揉みしながら突っ込んでいくわけで。


光力KTフィールド、全開ッ!!」


 またしても言ってみたかった雄叫びは虚空に、否、黒もやの中に吸い込まれていったものの、それと同時に機体全身の放熱口から放たれていった桃色の「光力波動」は、


 果たして吸い込むだけでとどめられるかな?


 またしても「御都合」の威を借る俺の滅裂思考であったものの、やれる選択肢は全部片っ端からやってやるんだよ。軸回転する機体の操縦席で心地よい重力Gを脳天から足先まで満遍なく感じながら。


「ッッ掻き消してやるぜぇぁぁああああああッ!!」


 首元、肩口、肘先、腰横、膝裏、あと土踏まず。あらゆる全身の微妙な箇所から放たれる光は射出されると共に空気抵抗を受け孕むと、帯状に巻かれていき、周囲をただただ漂うばかりの黒もやを的確に絡め取りながらも瞬で、


「……ッ!!」


 本当に、掻き消し、いや、「掴み削り」とっていたわけで。周囲の「黒」がほんの少し晴れて、ようやく視界が十五mほど確保できた。周囲に目をやる。着地したところは片側三車線の結構な幹線道路だった。ただヒトもクルマも数えるほどにまばらだ。この「異変」が起こった時には既に避難でもしていたんだろうか。まあ結構長くこの「黒もや」との戦いは続いていたろうなわけで、民間人の皆様方はしばらくここから離れるという選択肢は無いわけじゃあないが。逃げるしてもこの視界ゼロに等しい中を? とも思わんでもないが……ただひとつ言えるのは、邪魔となるものが少なくてありがてえってことだけだ。うぅん、こいつも御都合の持つ計り知れないパゥアなのだろうか……と、悦に入るのも大概にしとかないといけねえ。


 この最前線までひとっとびで出張ってきたのは。そこにおそらくあの御大がいると踏んだからだ。機体の左脚を軸にしてぐるりと回転ターンを決めてみる。視界周囲三百六十度、に見たことない型の奴がふたつ、いや三体。だがどれも銀色シルバー主体の装甲色で纏められているし、「直立人型」ではあるものの、ややもっさりとした立ち姿だ。あの薄緑色の華奢な八頭身では無い。ここじゃあねえか……ならどこだ? 絶対に前線にはいるはずだ。探す……それでもって……んんんん、そんでもってどうする? とか、一旦は落ち着いて来ていた思考を振り向けるように探し人に向けたは向けたものの、そこからどうこうするべきかの動向については、ふいと考えが立ち消えてしまう。ただその間も周囲に向けて機体の各所から桃色の「光力」を伸ばすように展開することは忘れずに、ただただ何かの処理作業のように周囲の「黒色」を逐一潰し消していくのだが。そんな、


 刹那、だった……


<ぉああぁいッ!! どっから来とんじゃどっから落ちとんじゃぁぁぁ、ハゲこらぁッ!!>


 ブィン、といういささか大袈裟な音と共に操縦席向かって左上に設置された画面モニタに荒い像が結ばれるや否や、そのような、嫌悪感を前面に打ち出したかのような、それでいてどこかこちらの琴線を震わせるかのような甘みも内包した、そのような甲高い女の声が響き渡ってきたわけで。女というか、少女というか。おそらくは「銀色三体」の中のどれかからの通信だ。


<アンタだよ、そこのアンタぁ~、ん見かけないツラだけどぉ? あ、はっ、あぁによそのずんぐりな図体、っカぁぁぁッ、流行りじゃねぇぇぇんだわw てか、そのピンクいのが目障りなんだっつの、はよ消せやハゲぇぇ~は~や~く~w>


 綺麗な銀髪であろうことは途切れ途切れに飛ぶ画面でも確認できる。どぎつい化粧メイクをこれでもかとその童顔に施しているが、整ってんな……そしてそれが妖しい魅力へと昇華されている。こちらを蔑み嘲笑ってくる表情もなんか、薄い唇から覗くギザっ歯込みで何らかの様式美に彩られてまた輝いて見えるぜ……何だろう、何らかの属性であろうが何か根本的にズレているかのような。そんな見切り発車的に生み出されてしまったかのような、それでも一律静寂のこの場にてそんな風に斬り込んで来てくれた、降って湧いたかのようなその人材に、すがってコトを進めていく他は無さそうだった。


「あ、いやちょっとヒトを探してんだが」<っハイ、せっかくの美少女アタシっからの声かけにそんなド低テンションで返すんじゃあないってんだわ~w 何なの? 緊張してんの? またはハゲなの? おっさんはさぁ~これだからこれだからなんんんだよぉ~w>「あ、いやアランチっていう多分キミらを束ねてる奴と思われるんだが」<っぉおオイッ!! 無視すんな!! そんで話を勝手に進めんじゃあねえってんだよぉぉおおお~、それにアランチⅠ督サンのコト馴れ馴れしく呼ぶなっつぅんだわ、てめーもあの糞デバガメラーとおんなじタイプのクソの奴だろうがッ!! こちとらそれどころじゃねえとこまで押し込まれかけてるっつうのによぉ~、相手してる暇ねぇっつぅの、お呼びじゃねんだよ去ねやハゲがぁぁああああッ!!>


 通信が出来るのは有難えし、音声だけは流暢にやり取りが出来てそれも有難えのだが、何でだろう、こっちは至ってまともに話しているつもりなんだが、まったくもって会話が噛み合わねえ……これはあれだろうか、世代間格差ジェネレーションギャップとかいうものなのだろうか……


「……新しい機体だよな、そいつも。だったら『光力』を排出する機構が絶対あるはずだぜ。そこから余剰な光力やつを流すんだ、それだけでこいつら『黒もや』は無力化できる」<……っ言葉が通じねぇのかッ!? でも教えてやるよこの機体コイツちゃんこそが、最新鋭機ッ!! 『奴ら』を殲滅するがために建造された専用機にして汎用機ッ!! アランチさんの『廸玲機てきれいき』には今一歩及ばないまでも、反面、扱いやすさを備えた正にの量産進化軸ッ!! その名も『滅縋機MSGK』ッ!! 『MSGK-WKRS:derワカラ=セルダ』ッ!! このコでこっから逆境を押し戻そうとしてたってわ・け・だ・から~、どっこの現場から迷い流れてきたか知んないけどさぁ~、いまアンタのよーな雑魚ざぁこの相手をしてる暇は無>


 互いに違う方向ベクトルに向けての押し問答をしてる暇は無え。言葉が通じないなら直接、行動にて相互理解を促進すわからせるほかは無えよな……


――昂燃メモその24:説明しようッ!! ただただ中年は青少年に分かって欲しい、それだけのことなのであるッ!!――


 俺は機体をすると「銀色」の方へと踏みださせると、あの姐ちゃん機のような洗練された曲線を描くほどでは無いにしろ、なめらかで丸みを帯びつつもあまり起伏は無いその銀色の機体のあちこちに目をやり手をやり、「射出口」を探し始める。んん? 無いことは無いはずなんだが、ぱっと見、見当たらねえな……


<っ舐め回すように見んじゃねえ触るんじゃねえんだわッ!! てか、あ、ふ~んふ~ん、そういう感じなんだぁ~、じゃ、じゃ、あのさぁ~もうこういくわ、キモハゲおっさん、これ以上ぉ狼藉働くとぉ、あーしあーしが出ちゃうって、ね♡>


 おお? 格闘も出来んのか? しかも蹴りかよ、踵落としかよ。すらと力みなく真っ直ぐに左脚を掲げ上げてから頂点から、勢いよく振り下ろしてきやがった。姿勢保持機構バランサも相当効いてやがんな、流石「最新鋭機」……いや、ちょっと待った、見つけたぞッ!!


「……なるほど、体軸の中心から垂直直下への一点に絞ってるわけか……かぁ~、アタマいい奴の考えることは底が知れねえねぇ……」<ちょッ!! はな、放せばかぁッ!!>


 瞬速の頭上からの蹴撃を右掌で外側へといなし流しつつ、そのまま手首を返して二の腕方向へと滑らせると共に、相手の膝裏辺りを絡め巻き取るように持ち上げ、肩に担ぎあげてしまう。そのまま少し高めに保持すりゃあ、次の手を出すのは結構骨のはずだ。好都合なことにその天上蹴りの態勢ポーズによって脚部連結部のその奥に在った「射出口」が今、くっぱりとその御本尊をこちらに向けて曝け出しておる……好機、そしてもう時間の猶予は無い、「光力」が有効打になるってことを手っ取り早く御理解頂戴すわからせる他にもう手段は無えッ!!


「……これより奴らを殲滅しうる『光力』をそちらへと譲渡する作業へと移行する。此方の容量はおそらく機体十数機分は保持していることより充分、よって其方には問題なく最大充填まで施せることとなる。が、ロスを避けるため、此方の『絶・超威力鋼竿棒ディ=ルドマラーゼ・サッキング・ビチコッカー』を其方の『孔幡波径射出口ヴァ=ギルナリーゼ・プシィィング・ワァナホゥル』へとしかりと挿入、しかるのち連続抽送にて事前溜光した励起状態へ移行させ、一気呵成に億の『光力』を奥で放出する、よいか」<ちょ、ちょっと待ったってば!! そんなエゲつない直径/全長のモノが入るワケないじゃんッ!! 破損しコワれちゃうからッ!! それに『射出口』には中空の不純物とか塵芥とか光力とかの逆侵入を防ぐための『秘免諸除膜メーデマン・コーテマン』が張られてるしッ!! 無理無理むりむりッ!! てかダメぇッ……!!>


 問答している時間は本当に無いはずだ。俺は自機体の股部連結下部に収納されていた、もしもの時のためにキリキリまで調整チュナァップしといた「威力棒」を角度百十一デグにまで屹立イレクタさせ、同時に「光力」の出力を上げると棒先の機頭部へと巡らせる、ことでその直径は約三十五cmサンクルメトラァ、全長は天突く百八十cmまで展開する。準備は一応完了だ。が、確かに銀髪少女の言う通り、サイズ及び障壁の問題はある。が、


「何とかなる、否、何とかさせる。やってやれねえことなんざ、この世には無えってこと、この年齢トシになって初めて分かってきたんだ……為すッ!! そのためにちょいと手荒だが、強制抽送対応ブチこましてのち至急機体内奥にて強制放出対応すブチまける……ッ!! 大丈夫だ、行って帰って三回半くらいで結了するはず、タッカラぁぁぁぁぁあああッ!!」


 ヒィィ、落ち着いていいこと言ってる風だけど凪いだ精神サイコがいちばん怖いし、何て言うかのわからせてやるみがカチカチに強いぃぃぃ……のような震える声が機械を通して漏れ出てくるが、もう俺は迷わないぜ……ッ!!


 狙いを定め、一回腰部を引くと、最大限の力を込めつつ、逆に精神は穏やかに凪がせたまま。正確精密に然るべき処向けて。


 おりゃっ、と軽い掛け声ながらも、一mmたりともズレさせること無く、「威力棒」の肥大した先端部を天高く片脚を上げさせたままの相手機体の「射出口」へと沈めていく。


<……ッ!!>


 言葉にならなかったと思われる、それでいて金切る激しい悲鳴のようなものが俺の鼓膜に届く前には、


「……ッ」


 フル充填、否、それ以上の余剰分も加算しての過剰充填は完了していたようで。瞬間、のけぞった相手機体の各部から弾け出てきた桃色の「光力帯」がその展開範囲を爆発的に拡げると、


 またその勢力を拡大させようと四方から群がって来ていた「黒いもや」の奴らを、視界のあらかた、全方位きっちりすっかり消し飛ばしていたわけで。よし……よーしよし、放出する装置数が増えれば、おのずと勢力図も書き換えること可能ってこった。万事御都合オールOK、おおおおおッ、こっからがこっちの攻勢ターンだこの野郎ぉぁッ!!

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