⨕19:飽和ェ…(あるいは、似非る間に間に/振れろジャイロニカ/決然エーゼルツィチオ)

 気ばかりが急いて前へ前へ行こうとするものの、身体はその場に留まることを是としているような感じなので、いきおいちぐはぐな蠕動運動みたいな動きで歩みを進めている。


 周りは昼休あがりの気怠い雰囲気に包まれており、今しがた映されていた画面の出来事は、そのまま対岸の何とか的に流されていくだけだった。そんな中、俺だけがどうしようもないほどの焦燥感に襲われたまま、固まった顔面のまま、寒々とした廊下をひとり歩いていく。


 とは言え俺が焦ったところで、何かがどうにかなるとも思えなかった。先ほど荒れる画面の中で視た「黒色の群れ」。ひとつひとつの大きさ自体はヒトの頭程度の小さいものと見受けられたが、数がハンパ無かった。いや、数えることも出来ねえくらいに、画面内を、その向こうの鉱掘場のある街の全土を覆うかのようにして中空を漂っていた。


 黒いやつらの思考志向嗜好は分からなかったが、今までの「鉱石摂取」のための単純な行動じゃあねえような気がしていた。煩雑そうに見えるが、何か統率とれてる、みてえな。俺が怖ろしいと思ったのはそこだ。


 ……これまでの「襲撃」とかが「試し」のものだったとしたら? 「ケン」の姿勢でいた……「大物」。いやそれ以上の、何て言ったら分からねえが「黒幕」、「大ボス」、その手の類いの奴が本腰入れてやはり出張ってきたのだとしたら……


 ……何のために?


 そこは分からねえままだが。だが人間こちらにとってよろしくは無いだろうことは何となく分かる。


 姐ちゃん、若僧くん、そして何とか機関の精鋭部隊。そこらへんに任せておけば……いや端から俺が「任せる」なんて立場じゃねえことは分かってんだが……俺はいま何を考えている?


 テッカイトで加勢に行く?


 いや、自分で自分を買い被り過ぎだろ。何かの足しぐらいにはなんだろうが、逆に統制とれてんだろうあいつらの、それを乱しちまう可能性の方が高い。それに、


 今からそこに向かうとして、どんだけ時間がかかんだよってこともある。さっきも雑な計算で考えていたが、山ふたつ越えての先。クルマで半日の道程、だが愛機テッカイトを運搬できるなんて特殊で巨大な車両はここには存在しねえ。


「……」


 やはり、彼らに任せるしかねえ。俺はやっぱりの、しがない傍観者だ。


 土埃がまぶされたメットを被りながら格納庫の方へとへこへこと脚を持ち上げ持ち上げつつ回る。三々五々作業に向かっていく同僚たちの流れに逆行しながら、格納架の隅に無駄に腕組みもさせつつ物憂げに俯いた姿勢にて立てかけるようにして待機させていたテッカイトの脇の足場をゆっくりと上がると、ぱかり開いた頭部の中側に設置された操縦席に滑り込む。この瞬間、やっぱこの瞬間だけは身体が意思通りに動いてくれる。跳ね上げられたままだった覆天蓋キャノピーが自動で下がりきった(ここは譲れない改修ポイントだった)時には、ここはそのまま変わらないままの中空に固定されている玉葱状のシートに両脚を通しつつ着座し、新たに設置した四方から伸びる身体用のベルトも両肩と腰の左右に固定し締め終え、両足も「鐙」に突き入れ終えている。


 その、準備が整ったところで。


 殊更にゆっくりと機体カラダに指示を飛ばして、力みなく直立二足に立ち上がった。その緩やかな反動で右からの第一歩をつつがなく繰り出して歩行態勢に移っていくのだが。


 だが。


「……」


 肚の周りを平熱より五度は上がった血流がぐるぐる渦巻いているかのようだった。頭の中はこれから始まる午後の作業のことなんか一ミリも浮かんではいなかった。あったのは最適解。を導き出すための、これ以上ないほどの脳細胞ひとつひとつの回転がもたらすかのような激しい思考の渦だったわけで。


 そんな荒れ狂う脳内とは別個に、身体、そしてそれに繋がる機体の動きは緩慢に、いかにも休み上がりのだるさを醸した動きに徹している。覚束ない足取りの他の機体たちに追い抜かれながら、それでも覇気なくのろのろと歩みを進めていく。一歩一歩、突き入れる度に。一本一本、それらが纏まって一房一房。結びついていく、馬鹿げた荒唐無稽な考えが。怖ろしく甘美な、乾坤一擲の閃きが。スカスカにの入ったような俺の脳みそを、一瞬で元の瑞々しいそれに戻してくれるような、そんな絶対的感覚。自分と機体と外界が、全部滞りなく「面」で繋がったような、そんな万能的感覚。


 これは……これで、こうなのか。やれんのか。やるしか……ねえのか。


 ……ねえだろうが。


 大きく息を落とし込み吸い込んで、これまた「改修」により装備された左手奥側のラジオ受信機のスイッチ兼ボリュームを左手指で摘まんで徐々に搾り上げていく。どっかの局は、いまだ中継しているはずだ。現況を、現状を知りてえ。が、


<……国道二十四号、マティスエ―リカスア間、事故のため通行止め、同じくトーナロ―ラトゼ間も……>


 流れてくるのはそんないつも通り抑揚を絞ったかのような女性アナウンサーの交通情報を伝える声だけだった。いや、違う。「平常」に思えるが、流れてくるのはやはり当該地スロクスリヤ周辺の地名ばかりだ。「事故」? だと? 他の局に回してみても、先ほどのニュース映像につながるような語句には突き当たらなかった。不自然さ。情報統制とまではいかないだろうが、そんな素っ気なさが、却って逆に不安を煽る。わけで。


 行くしかねえ。行ってどうなるわけでもねえのはもう百も、だが、それが行かねえ理由にはならねえ気もした。


 そしてそこに至る「道」が、こうまで御都合かよと当の自分が引くくらいなほどのどんぴしゃさで、まるであの世へと続くと言われている光る道のように目の前に筋だった。縁起でもねえとも思うが、だが、


 これを辿っていくことのほかに、今の俺に出来そうなことは何も無いとも思えた。


 今の俺がやらなくちゃあいけないことは何ひとつとして無いとも思えた。


「……」


 さらに殊更に歩幅を狭める。全員分の機体背面せなかを見送った後で格納庫を出た俺は、ゆっくり自然な歩様にて、しかして皆が向かう方とは真逆の方角へと、一歩一歩、それが当然であるかのように自然に、歩行を愛機に促していくのであった。七歩、八歩、もうそのくらい「そこ」への「距離」に関しては目で見ずとも把握している。九歩目に差し掛かったと見た、その、


 刹那、だった……


「……」


 両膝を屈曲させ、力を溜めつつ。「旧式」とは挙動に天地の差のあるこの「弐式」であるものの、その辺の操縦調整は乗って五分くらいでものに出来た俺だ。当然のことながら、これまでの「経験」にて培った、「あの場所」への「登攀ルート」にしても、初ではあるものの、問題なくつるりと登りこなせるはずだぜ。「旧十三番」。左手側にそそり立つサレ岩の岩盤にいつものように掲げた左腕の先の手指を這わせるやいなや、やや控えめに跳躍ジャンプをカマしていたわけで。


 っと、それでもまだ跳び過ぎたようだ。旧式いつもなら伸ばした指先が掛かるか掛からないかの高さに打ち込まれていた鉄杭が、二の腕の辺りまで来ていた。ので、肘を折り曲げ、そこを支点にぐるりと前回りに切り替えていく。全身が真っ直ぐ逆さまになった一点で、投げ出すように振った両脚で反動をつけると、のけぞった不安定な姿勢で前方やや下方に飛び込みながら、その先にあるだろう別の杭を受け止めるために両掌を開いて顔の前に出し構え終えている。そしてそこに触れるか触れないかの衝撃が来た瞬間には、棒状に張り出したそれを両手で掴んで今度は大車輪だ。ぐるりの縦回転の挙動を身体に感じたと思った時には、普段と結構違う経路 ルートになったものの、無事「山頂」への登頂を果たしていることを認識確認しているわけで。うぅん、やっぱこういうドラスティックな挙動となるとこの「弐式」の性能は際立つねぃ……


 くだらねえマニア仕草ムーヴをしている場合じゃあねえ。相変わらずの寂れた風情の岩壁にぽかり空いた「穴」へと、もう遠慮せず小走り程度の急ぎ足で突っ込んでいく。


 入っていちばん右の坑道、いつぞやの「大空間」へとトンネル状になったごつごつの壁面を左右に蹴りながら急ぐ。近づくにつれてぬめり始めた舗装床にべたり機体の足裏をひっつけて捻じ込み、滑るのを避けつつ最大速度にて。暗闇を照らす前照灯も前よりだいぶ高性能で、行く手のみならず上下共に四十五度くらいの視界を呈してくれている。労せず辿り着け、そしてちゃんと置きざらしにしたそのままであった。


「……」


 大空間の左の奥の奥。一段えぐれた、物を隠すに適した壕みたいな穴に手を伸ばし掴み上げる。白い灯りの元では紫色に見えるそれは、愛機テッカイトにしても一抱えはある結構な大きさの「榴弾」のような代物ブツだ。元々は何にどう使われていたかは分からねえ。純然たる「出土品」だからだ。未知の物質、金属だか樹脂だか陶器なんだかも曖昧で判別できねえそれは、「発掘」されたのなら然るべき研究機関に回されるべきものなのだろうが、まあ当然のことながらそんな無粋なことはせずに、煙をふかしつつの休憩タイムの手慰みものとして、仲間内で何だ何だといじくり回していたもんだ。ある時気づいたのは、その「榴弾」先端部を表面を機体の掌で撫で擦っていたら、急な脱力感に襲われたことだ。その気を失うか失わないかの感覚が何となく面白くて、みんなして摩擦しまくっていたが、ある時また、それが自分らの「光力」……つまりは「生命力」を吸い込んで溜め込んでいるってことが分かったわけで。


 つまりはこいつは「光力」の「蓄力機バッテリー」みたいな奴なんだろう。遥か昔の。その容量は正に計り知れないほどあるらしく。その腹に切られた小窓から覗く「目盛りゲージ」のようなものは、さんざん撫で繰り回したにも関わらず、ほんの数mmくらいしか溜まってはいなかったわけで。


 その時から何か変なスイッチが入っちまった俺は、仲間らがとっくに飽きてほったらかしにしていたそれを、暇に任せてすこすこ擦りまくっていたもんだった。ずっと。それこそ十代の頃から毎日、そしてだいぶ頻度は減ったがそれでも四十過ぎいまも時折、ご機嫌を窺うかのように、ずっと。つまりこれは俺の人生と共に歩んできた滾る奔流の捌け口と言えるのかも知れねえ……


――昂燃メモその23:説明しようッ!! いや説明するのもおぞましいが、一升瓶イショゥンビィンとかに溜めることには何の意味もないことを肝に銘じるべきであるッ!!――


 満タンになったのなら、その極大量の光力をぶち込んだパツンパツンなテッカイトで、そこの崖から飛び出して、空でも滑空して見せてやろうとか考えていた。割と本気で。定年を迎えたら、とか。そんな区切りで。飛べようが飛べなかろうが別にどうでも良かった。愛機の操縦席で死ねたら本望だろ、とか、かなり自然に考えてもいた。


 皮肉なもんだ。こいつで、こいつをマジに使ってやろうなんて考えに至っちまうんだからよぉ。


<腹部装甲展開>


 操縦盤右手横のカバーを親指で弾き上げ、その下から現れた回しながら引っ張る赤黄色の小さいレバーを操作すると、そのような文字が目の前の画面ディスプレイに表示される。「内部骨格型」に改修されたと言った通り、機体全身を覆う装甲板の内部は、可動域を上げるために敢えての空間が随所に設けられているが、それはのちの「増設」も視野に入れられてのことでもあり、いかようにも対応できうるよう、様々な受け口ジャックも備えられている。至れり尽くせり。ここまで御都合だと却って不安になろうものでもあろうが、どっこい俺は生来不都合という名の死蔵金をトイチくらいの悪徳利率で膨らませに膨らませられてきたような人生を歩んできていたものだから。


 ……だぁから、今、いま正にここでッ!! ここでそいつを全部「御都合」に変換して返還させてもらうぜぇああああッ!!


 ガシガシと、若干不安定な姿勢のため、ガニ股にて今来た道を戻りつつ、腹部から胸部までぱっかり開いたところに、抱え上げた紫の「榴弾」の先端部を下にして捻じ込むように突き込んでいく。丹田辺りに開口したジャックへと。瞬間、まるで「通電」したかのような唸りを伴った「光」が機体とそれとの間に流れたのを感じた。榴弾そのものの結構大きな図体も、ぴったり嵌まるかのようにして、腹部空間はぱっくり呑み込んでいったわけで。


 完璧だ。完璧すぎて最早何も言えねえくらいには完璧だ……


 割と凪いだ顔面となっていたと自認する俺だが、まだまだ。まだここからだ。


「……」


 山頂部。から見渡す景色はやや曇り。だが北側遥か彼方のその雲の下あたりには遠目からでも不自然で不気味な挙動を示す、黒い物体の群れなすサマがはっきりと見て取れたわけで。


 ふたつの山が連結した地形。クルマとかで行こうとしたら、当然ぐるりを巡るルートを選択させられる。当然にそれが最適であるからして、舗装路もそのように設置されている。斜度は緩くなるがその分距離は伸びる。そいつぁ自明。だが。であれば。


 ふたつの山頂を繋ぐ巨大送電鉄塔から伸びる送電線。三本×二対のそれは、当然ながらこのテッカイトの重量を支えることは難しい。普通にぶら下がったのならあっけなく切断してしまうだろう。しかし「光力」によって揚力を得た状態なら? 上方向に出力を調整しぎりぎり「浮かぶ」くらいの状態を維持できたのなら?


 ……まるで大空を滑空する、山頂と山頂を結ぶ最短直線距離にて天駆ける、綺羅星★流星となる、なれる、はずだッ!!


 装甲を元に戻し、ふんふんと二回、両腕を上げて両脇をかっぽかっぽさせてみる。漲 って 来 て い た――


「……光力発動、オメロ、行きまぁぁぁぁぁあああああすッ!!」


 一度は言ってみたかった雄叫びは、誰も聞く事も無かったが。跳躍して掴んだ右手に摩擦熱を感じる前に、


「おおおおおおおおおおおッ!!」


 我が機体は、送電線に沿うように、澄んだ空をとんでもない速度にて疾駆していたわけで。

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