⨕18:深淵ェ…(あるいは、何てこたぁる/何てこったで/ディソーディニ感)

 そんなこんなで。元の鉱掘場モトスミにて、元々と変わらねえ毎日がまた始まった。


「おうおうおぅおうオメ公よぉいッ!! 何だてめぇ、覇気のねぇツラしやがって、ばーろぃっ」


 おやっさんも相変わらずだが、俺も俺とて前々と変わらねぇ……ばかりでも無く、元々無かったであろう「覇気」がさらに失われてんのか、と認識させられるに至り、年齢トシと日に日に冷え込みを増していく季節のせいだろうと自分を納得させるほかは無かったものの。


「……」


 身体の調子は相変わらず「重い」と表現するほかはねぇ。とにかくひとところに落ち着けてしまったが最後、首から下はちょっとでも動かすのに相当な意思やら意志の力と時間を要する。だもんで、常にゆっくりと動き回っているか、かっちり身体に負担の少ねえ姿勢に嵌まってから最低限の所作を全身に逐一命じる、みたいな、まるでてめえの身体に搭乗して操縦しているかのような、そんな感覚で仕事をこなしている。


 とは言え、「大改修」から戻って届けられた我が愛機テッカイトは、俺が以前出した無茶な要求の八割ほど、そしておそらくはあの若僧くんの謎のこだわりが二割ほどが適確にブレンドされて醸され、そしてほぼ完璧に近い調整チューニングも行われて、このガタガタな俺を待っていてそして迎え入れてくれたわけで。


「……」


 全高は以前からやや伸びて十m弱。足首・膝・腰の懸架治具サスペンションが増強された分高くなったわけだが、重心バランスが崩れていないどころかより安定感を増したかのように感じるのはこれは若僧くんの手によるところのもんだろう。どんな急制動にも柔らかく稼働対応し、操縦席への衝撃はもったりとした緩いものへと殺しちまう。逆にゆったりとした波に揺られているみたいで、初搭乗から何回かは「船酔い」みたいに気分を悪くさせられたりもしたが、慣れた今じゃあかなり大胆に腕・脚の振り上げ・振り下ろしが出来たりして、ドラスティックな作業の効率はだいぶ上がった。大したもんだ。それプラス基本「ガニ股」姿勢の方が掘削作業時には安定するものの、移動とか何かの運搬の時に腰を上げて膝を伸ばし気味にしてもブレない。「人間的な動き」を自身のしょうもないこだわりから機体に課していたりする俺だが、よりぬるっとした「二足歩行」になったようで、仲間からは人間と機械ロボットの間に横たわる「不気味の谷」を闊歩しているようでキモい、とか評されているくらいだ。


 あとは何だ、鋼骨格フレームの方もかなり手が入っているよなぁ……というかはっきり「内骨格」を意識した構造に抜本的に改修が為されている。今までのテッカイトの元となっていたフレームは「ステイブル」というマッシブな機体のもので、その形容通り「筋肉」を模したかのように機体内部に動力機関をみっしり組み込んで詰み込んで高出力を実現していたんだが、それをがらっと入れ替え、全身に「稼働する骨」を入れたかのような造りにし、可能な限り空洞スペースを作るように絶妙に配置している感じがする。それによって機体の重量を抑えることも出来ているし、「贅肉」が取れてその分可動域も増したというか、機体カラダも柔らかくなったような、そんな感じだ。これもまたとんでもねえ設計思想かと思うが。やはり特務何とかっていう機関の技術力はこれまた頭抜けてるってことだろうか。今更だが、そんな奴らと一緒にやってたっていうのは結構なコトだったって思う。


 そしてそれが結構な無理、だったつうことも。


 だからこれで良かったんだと、なるべく色々な諸々は考えないように今のこの状況を享受するようにしている。幸い、このガチガチの身体をまるで介助してくれるかのように愛機は文字通り俺の手足となって仕事をこなしてくれている。もうこれで充分以上の満足じゃねえか、これ以上望むべくもねえじゃあねえかよ。


<スロクスリヤで多発する『害獣』駆除に活躍、ヒト型二足ロボット>


 最近では何故か喫いたくも無くなったので「喫煙場」に行く必要もなく、事務所の一角にある休憩室で硬いソファに寝そべって占領しつつ、投げ置かれていた写真週刊誌を読むともなくぺらぺらめくっていたら、そんな見出しが目に留まった。


 ん? おいおい結構でかめの扱いの記事になってんじゃねえかよ。まあ隠しようも出来ないほどその「害獣」って称されているあの例の「黒い」やつらはここに来てどんどこ湧いてきてるって話だ。「掃討戦」とか意気込んでたが、逆に最近押され気味なんじゃあねえの、とか要らん心配をさせられてしまうほどには膠着状態が続いていたことは知っていたは知っていた。が、こんな三流ゴシップ誌にでかでかと取り上げられるまでになったかよ。どうせ下世話な喰い付き方だろとか思ってページをめくってみたら案の定だった。


<戦場を駆ける碧色の戦乙女――>


 いやいや、余韻を持って伸ばすほどの語句ワードじゃねえだろーがよ。が、望遠で切り取られた「黒一色」の周囲の色から浮き上がるように、遠目にも鮮やかなその金属光沢を宿した細身の機体バディは、なるほど、停止した誌面の中でも確かな躍動を感じさせる挙動ポーズで大写しされている。端っこに付されている連続写真を見るにつけ、何となくその動きも想像できるようだぜ……「廸玲機ノガシター」って呼ばわれていたよな……やっぱすげえわ。こんな安定悪そうなやつを割と自在に操ってたもんな……機体がすげえのか、姐ちゃんの技術が半端ねえのか、両方か。両方が嚙み合わないとこうはならねえよなぁ……とか、もうだいぶ他人事化していたゆえか、割とあっさり素直な称賛がぽこりと間抜けに抜けた脳に浮かぶが。


 だけじゃなかった。


 その左下に区切られた別の写真も、しなやかな機体の写真かと思ったら肢体の写真だった。戦闘終わりか、スロクスリヤあそこ鉱掘場あそこ格納庫ハンガーに戻ろうとしてるとこだろうか。あのけったいな目隠しゴーグル酸素供給具ボールを今まさに外しました瞬間を盗撮さとられておるな……汗がほつれた金髪をその上気した首元や頬に淫靡に貼り付かせ、充血して潤んだような切れ長の瞳、半開きにされた肉厚の唇から引いた糸、身体のラインにぴったり沿うようにして着装された水色と藍色の全身スーツは濡れることでさらに密着感と中に納めた肢体もの透写トレース度を高めるのか、エグい角度の競泳水着状の藍色部分の、上部でつんと張り出している二か所の各頂点にさらにの小さな突起状のものが、そして下部できゅっと収縮した一か所の深奥にさらにの深い一本の溝線スリットが浮き彫りとなっておる……とんでもない瞬間を撮影者に抜かれたもんだ……そして読者にも抜かれてるなこりゃ……いや、そうじゃあねえ、何か……うまく表現できねえが、ヤバい予感がしている……


 とりあえず情報を保存するためにその凹版頁グラビアをその箇所を破かないように慎重にひっちゃぶき、その箇所に折り目がつかないように丁重に畳み込みつつ懐に納めると、電話のある事務所に身体を引きずるようにして向かうのであったが。


――昂燃メモその22:説明しようッ!! 滾る遍歴は様々な深みを辿るものの、究極辿り着くのは三次元から二次元であったり、玄人から素人だったりするのであるッ!!――


<ああー、課長さん、すいませんねー、色々忙しくてあれっきり飲みにも行けず>


 ほうほうの体で辿り着いた受話器から迸ってきたのは、あの金切る大声であったわけで。元々通るんだから通話時にさらに声を張るんじゃあないよ……が、


「だいぶ苦労してるみてーだがよぉ、大丈夫かって話をしたかった」


 勤務中だろう、頭悩ませてる最中だろうに、わざわざ応対してくれた若僧くんには、けどそんな持って回った言い方しか出来なかった。てめえに心配される筋合いはねえ、くらいの返しは予測していたが、通話相手は何か思うところがあったのか、声をほんの少しだけひそめると、割と真面目な口調で言い募ってきたわけで。


<……不気味、と表現できますかねぇ、何がどうとはうまく説明は出来ないですがねぇ>


 が、歯切れは悪い。ま、それもやむなしとも思えた。そして何より俺も感じていたその感触と寸分違わなかった。そうだぜ「不気味」……


「『大物』とか言ってた奴以外にも、『残党』みてーのが、結構たくさんいたとかっていう……そういうことか?」


 問いつつ、そうじゃあねえだろうな、との確信はある。果たして。


<『残党』……というよりは、新たに『発生』している『小物』がわらわら、といった感じデスカネー>


 語尾は相変わらずの間抜けた感じに変えて来やがったが、情報は呈示して来てくれた。もはや縁切れた他所者よそもんでしかねえこの俺に。が、その一事が、きっちりとヤバさみてえなもんを提示してきたようにも感じられて、写真誌を見た時から鳩尾辺りをぐるぐる回っている引き攣れ感を裏打ちされたような、いやな苦みのようなものが喉奥からを舌裏に上ってきたように感じた。


「そいつら小っちゃいのの『対応』は出来てんだよなあ? あの姐ちゃんを中心に? 下衆週刊誌の記事になってたぜ。その荒い画像でも分かったが、『黒いの』が周りを埋め尽くさんばかり、って感じだったじゃねえか、あんな大量に湧くもんなのかよ」


 言わでもの自分にも噛んでふくめるような説明じみた物言いになっちまった。が、そうだぜ、その事象は言わずとも分かってはいたんだが、それが分かったとて「不気味」感が拭えねえことが薄気味悪ぃんだ……


<大量発生、それはこちらの意図せざるところではあったものの? 『鉱剤具プロミネ』、あの『鉱石粉』を装填した弾丸を撃ち出す器具、ですね、は順調に生産は回っとりますし、こちらにも充分量が常に送られてきておりますし、不足の事態は無し。アランチさん以下、精鋭二十機の練度も日に日に増している状況ゆえ、問題は無いと、表面上は踏んでおりまする>


 何かを伝えようとしている、そのことだけは分かった。珍妙な喋りに切り替えてからは、いよいよもったりした持って回り方になったからよぉ。察しろ、そういうことか? 自分からは、自分の立場からは明言できないから、とかかよ。そんな悠長なコトかましてる場合でもねえと思うが。


「『大物』の野郎は出張ってきてねえんだろ? そしてその割にはこっちからもその大将格の野郎に迫れてもいないと。何か、距離感を計られてねえか? 観察されている、値踏みされている、いずれ来る何らかの前段階みてえな、下準備のような? こっちも苦も無く処理できてるようだが、それすら見越しての様子見なんじゃあねえのかよ。例えばその『鉱剤具』の効果とかを品定めされてるとか」


 俺も自分の感じたもやもや感を最大限言葉にして伝えようとはしてみる。だが、それが実際そうだったからと言って、現況どうするとかの案はこの萎んだ脳には巡ってはこないわけで、だから何だと言われちまえばそれまでなんだが。てめえのままならなさにイラついて、鼻からの溜息と共に通話機の架けられた柱に軽く頭突きをカマしてしまうものの。


 ……あいつと、話がしたい。


 取り次ぎを頼んでも多分ダメで無駄だろうからこの場では切り出せもしねえが。あの、何かをまだ含んでいやがったあいつの、姐ちゃんの、


 話が聞ければ。言葉を交わせれば。何かが掴めるような、そんな気がしていた。


 うぅぅん、何とも、何とも言えませんがねー、はぁ、との忖度もりもりの言葉を何とか吐き出してくれた若僧くんに中途半端な礼と切る旨を告げると、受話器を引っ掛けて通話を終える。一回、息を大きく吸い込み、長くゆっくり吐き出してみる。


 行くしかねえか。


 直接会いに行って、面と向かって話してみるしかねえんじゃねえか。会ってくれるかは分からんが、写真を無防備に撮られるくらいには、あんまし周りに配る意識に余裕は無さそうだった。夜討ち朝駆け、身体はよう動かんが、待ち伏せしての出会いがしらなら……


 いや、ちょっと犯罪っぽい雰囲気を醸してきたな。だが悪い予感は拭えねえままだ。やるしかねえ。やるしかねえ……だろ(多分)。ちょうど明日は休みだ。ここからスロクスリヤあそこまでは行きも帰りもクルマに乗せられて山道延々行っての半日くらいの道程だったよな。道ははっきりとは覚えてねえが、まあ山ふたつをぐるりと回り込むだけ。ほとんど乗らねえ整備不良の我が愛車ポンコツでも、朝早くに出張ればまあ夕方には最悪着けるだろうて。おし。ずりずりとままならねえ下半身を叱咤しながら、事務所の方へと向けて足を進めていく。ちょいと早めだが今日は腹痛えとか言って上がらせてもらうとするぜ……幸い急ぎの案件も無え。おしおしおしおし……


 ここまで自分が何事かを自発的にやる気になるなんて、かなりの久し振りのことかも知れねえよな……何でこうまで俺は突き動かされてやがんだ。


「……」


 一瞬、頭のど真ん中に浮かんだあの笑顔を意識せざるを得ねえが、言うて気になるってことには変わりはねえ。あの姐ちゃんに全部の全部を喋ってもらって、その上での対応、何なら俺とテッカイトでご助力差し上げてもよろしいんだぜ……おし、今日中に準備、明日朝早くに出立と洒落込むことにするぜぇ……


 重質な身体には廊下を突っ切るだけでも重労働ではあるが。昼休明けあと二分ほどとは思うが、ふいと覗いた休憩室には未だに弛緩した空気が漂っている。おやっさんそろそろ持ち場に行かんと……とか一応声を掛けようとした、その、


 刹那、だった……


<……番組の途中ですが、緊急中継です。スロクスリヤ鉱掘場周辺で、正体不明の『黒い物体』が大量発生しているとの情報……えっ? あっ、そうです、二週間ほど前から発生しているものなのですが、その……今はその規模が、違うというか、その>


 誰が見ているってわけでも無えが、休み時間中は慣例的に点けっぱなしになってるテレビの音声が、ぶつりと切れ、入れ替わった。そのこと自体がイレギュラーな感じだったので、思わず耳と意識をそこに向けてしまう。いや、「スロクスリヤ」、その地名が出た時点で両二の腕の裏っかわ辺りにすげえ鳥肌が立った感覚があった。


「……ッ!!」


 予鈴と共に面倒くさそうに電源を切ろうとしていたおやっさんの手を押しとどめる。何だよという顔をされたが、それどころじゃねえ。


<……何という光景でしょう……ッ!! 空を、いや視界全部を埋め尽くそうかというほどの勢いで、『黒色』が、あふれ……出ている、かのようです……ッ!!>


 映された画面は見覚えのある街並みのそれだったろうが、「黒色」、レポーターの若い女が震える声でのたまうように、その「黒」が、画面全部を蠢きながら覆っていたわけで。おいおいおいおい、何だよ、こっちの不安とかを読んででもいるのかよ……このタイミング。今や「予感」でも無くなった実感を噛み締める間も無く、遅きに失した感が俺の背面全部を撫でるように悪寒を与えてくるのだが。まじかよ、


 ……どうすりゃいいッ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る