⨕18:深淵ェ…(あるいは、何てこたぁる/何てこったで/ディソーディニ感)
そんなこんなで。元の
「おうおうおぅおうオメ公よぉいッ!! 何だてめぇ、覇気のねぇツラしやがって、ばーろぃっ」
おやっさんも相変わらずだが、俺も俺とて前々と変わらねぇ……ばかりでも無く、元々無かったであろう「覇気」がさらに失われてんのか、と認識させられるに至り、
「……」
身体の調子は相変わらず「重い」と表現するほかはねぇ。とにかくひとところに落ち着けてしまったが最後、首から下はちょっとでも動かすのに相当な意思やら意志の力と時間を要する。だもんで、常にゆっくりと動き回っているか、かっちり身体に負担の少ねえ姿勢に嵌まってから最低限の所作を全身に逐一命じる、みたいな、まるでてめえの身体に搭乗して操縦しているかのような、そんな感覚で仕事をこなしている。
とは言え、「大改修」から戻って届けられた我が
「……」
全高は以前からやや伸びて十m弱。足首・膝・腰の
あとは何だ、
そしてそれが結構な無理、だったつうことも。
だからこれで良かったんだと、なるべく色々な諸々は考えないように今のこの状況を享受するようにしている。幸い、このガチガチの身体をまるで介助してくれるかのように愛機は文字通り俺の手足となって仕事をこなしてくれている。もうこれで充分以上の満足じゃねえか、これ以上望むべくもねえじゃあねえかよ。
<スロクスリヤで多発する『害獣』駆除に活躍、ヒト型二足ロボット>
最近では何故か喫いたくも無くなったので「喫煙場」に行く必要もなく、事務所の一角にある休憩室で硬いソファに寝そべって占領しつつ、投げ置かれていた写真週刊誌を読むともなくぺらぺらめくっていたら、そんな見出しが目に留まった。
ん? おいおい結構でかめの扱いの記事になってんじゃねえかよ。まあ隠しようも出来ないほどその「害獣」って称されているあの例の「黒い」やつらはここに来てどんどこ湧いてきてるって話だ。「掃討戦」とか意気込んでたが、逆に最近押され気味なんじゃあねえの、とか要らん心配をさせられてしまうほどには膠着状態が続いていたことは知っていたは知っていた。が、こんな三流ゴシップ誌にでかでかと取り上げられるまでになったかよ。どうせ下世話な喰い付き方だろとか思ってページをめくってみたら案の定だった。
<戦場を駆ける碧色の戦乙女――>
いやいや、余韻を持って伸ばすほどの
だけじゃなかった。
その左下に区切られた別の写真も、しなやかな機体の写真かと思ったら肢体の写真だった。戦闘終わりか、
とりあえず情報を保存するためにその
――昂燃メモその22:説明しようッ!! 滾る遍歴は様々な深みを辿るものの、究極辿り着くのは三次元から二次元であったり、玄人から素人だったりするのであるッ!!――
<ああー、課長さん、すいませんねー、色々忙しくてあれっきり飲みにも行けず>
ほうほうの体で辿り着いた受話器から迸ってきたのは、あの金切る大声であったわけで。元々通るんだから通話時にさらに声を張るんじゃあないよ……が、
「だいぶ苦労してるみてーだがよぉ、大丈夫かって話をしたかった」
勤務中だろう、頭悩ませてる最中だろうに、わざわざ応対してくれた若僧くんには、けどそんな持って回った言い方しか出来なかった。てめえに心配される筋合いはねえ、くらいの返しは予測していたが、通話相手は何か思うところがあったのか、声をほんの少しだけひそめると、割と真面目な口調で言い募ってきたわけで。
<……不気味、と表現できますかねぇ、何がどうとはうまく説明は出来ないですがねぇ>
が、歯切れは悪い。ま、それもやむなしとも思えた。そして何より俺も感じていたその感触と寸分違わなかった。そうだぜ「不気味」……
「『大物』とか言ってた奴以外にも、『残党』みてーのが、結構たくさんいたとかっていう……そういうことか?」
問いつつ、そうじゃあねえだろうな、との確信はある。果たして。
<『残党』……というよりは、新たに『発生』している『小物』がわらわら、といった感じデスカネー>
語尾は相変わらずの間抜けた感じに変えて来やがったが、情報は呈示して来てくれた。もはや縁切れた
「そいつら小っちゃいのの『対応』は出来てんだよなあ? あの姐ちゃんを中心に? 下衆週刊誌の記事になってたぜ。その荒い画像でも分かったが、『黒いの』が周りを埋め尽くさんばかり、って感じだったじゃねえか、あんな大量に湧くもんなのかよ」
言わでもの自分にも噛んでふくめるような説明じみた物言いになっちまった。が、そうだぜ、その事象は言わずとも分かってはいたんだが、それが分かったとて「不気味」感が拭えねえことが薄気味悪ぃんだ……
<大量発生、それはこちらの意図せざるところではあったものの? 『
何かを伝えようとしている、そのことだけは分かった。珍妙な喋りに切り替えてからは、いよいよもったりした持って回り方になったからよぉ。察しろ、そういうことか? 自分からは、自分の立場からは明言できないから、とかかよ。そんな悠長なコトかましてる場合でもねえと思うが。
「『大物』の野郎は出張ってきてねえんだろ? そしてその割にはこっちからもその大将格の野郎に迫れてもいないと。何か、距離感を計られてねえか? 観察されている、値踏みされている、いずれ来る何らかの前段階みてえな、下準備のような? こっちも苦も無く処理できてるようだが、それすら見越しての様子見なんじゃあねえのかよ。例えばその『鉱剤具』の効果とかを品定めされてるとか」
俺も自分の感じたもやもや感を最大限言葉にして伝えようとはしてみる。だが、それが実際そうだったからと言って、現況どうするとかの案はこの萎んだ脳には巡ってはこないわけで、だから何だと言われちまえばそれまでなんだが。てめえのままならなさにイラついて、鼻からの溜息と共に通話機の架けられた柱に軽く頭突きをカマしてしまうものの。
……あいつと、話がしたい。
取り次ぎを頼んでも多分ダメで無駄だろうからこの場では切り出せもしねえが。あの、何かをまだ含んでいやがったあいつの、姐ちゃんの、
話が聞ければ。言葉を交わせれば。何かが掴めるような、そんな気がしていた。
うぅぅん、何とも、何とも言えませんがねー、はぁ、との忖度もりもりの言葉を何とか吐き出してくれた若僧くんに中途半端な礼と切る旨を告げると、受話器を引っ掛けて通話を終える。一回、息を大きく吸い込み、長くゆっくり吐き出してみる。
行くしかねえか。
直接会いに行って、面と向かって話してみるしかねえんじゃねえか。会ってくれるかは分からんが、写真を無防備に撮られるくらいには、あんまし周りに配る意識に余裕は無さそうだった。夜討ち朝駆け、身体はよう動かんが、待ち伏せしての出会いがしらなら……
いや、ちょっと犯罪っぽい雰囲気を醸してきたな。だが悪い予感は拭えねえままだ。やるしかねえ。やるしかねえ……だろ(多分)。ちょうど明日は休みだ。ここから
ここまで自分が何事かを自発的にやる気になるなんて、かなりの久し振りのことかも知れねえよな……何でこうまで俺は突き動かされてやがんだ。
「……」
一瞬、頭のど真ん中に浮かんだあの笑顔を意識せざるを得ねえが、言うて気になるってことには変わりはねえ。あの姐ちゃんに全部の全部を喋ってもらって、その上での対応、何なら俺とテッカイトでご助力差し上げてもよろしいんだぜ……おし、今日中に準備、明日朝早くに出立と洒落込むことにするぜぇ……
重質な身体には廊下を突っ切るだけでも重労働ではあるが。昼休明けあと二分ほどとは思うが、ふいと覗いた休憩室には未だに弛緩した空気が漂っている。おやっさんそろそろ持ち場に行かんと……とか一応声を掛けようとした、その、
刹那、だった……
<……番組の途中ですが、緊急中継です。スロクスリヤ鉱掘場周辺で、正体不明の『黒い物体』が大量発生しているとの情報……えっ? あっ、そうです、二週間ほど前から発生しているものなのですが、その……今はその規模が、違うというか、その>
誰が見ているってわけでも無えが、休み時間中は慣例的に点けっぱなしになってるテレビの音声が、ぶつりと切れ、入れ替わった。そのこと自体がイレギュラーな感じだったので、思わず耳と意識をそこに向けてしまう。いや、「スロクスリヤ」、その地名が出た時点で両二の腕の裏っかわ辺りにすげえ鳥肌が立った感覚があった。
「……ッ!!」
予鈴と共に面倒くさそうに電源を切ろうとしていたおやっさんの手を押しとどめる。何だよという顔をされたが、それどころじゃねえ。
<……何という光景でしょう……ッ!! 空を、いや視界全部を埋め尽くそうかというほどの勢いで、『黒色』が、あふれ……出ている、かのようです……ッ!!>
映された画面は見覚えのある街並みのそれだったろうが、「黒色」、レポーターの若い女が震える声でのたまうように、その「黒」が、画面全部を蠢きながら覆っていたわけで。おいおいおいおい、何だよ、こっちの不安とかを読んででもいるのかよ……このタイミング。今や「予感」でも無くなった実感を噛み締める間も無く、遅きに失した感が俺の背面全部を撫でるように悪寒を与えてくるのだが。まじかよ、
……どうすりゃいいッ!?
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