⨕17:大概ェ…(あるいは、伽藍GAラン/××ポジツィオね、出るコォポ)
夕暮れの病室に淀み渦巻いていたものは落日と共にようやく収まったと感じた。降って湧いた非日常から、ようやくの帰還と相成った、とか思った。急速に冷え固まっていくように思えた部屋の空気が重さを持ってのしかかってくるような中、左顎に感じる鈍痛が収まるまでそのまま、そのままの姿勢で阿呆のように仰臥していた俺だが、痛みは引いても何かを考えるなんてことは出来ないまま、ただただそのままでいた。と、
「おっ、いぇ~
病室の開け放たれた入口から。静謐な空気を吸い込んで耳障りな音波に変えるマシンのような声の持ち主が、そんな、張らなくていい時にも張られてしまう腹からのええ声にて、無の境地だった俺の脳をつんざいてくるのだが。こいつは間が良いのか悪いのか分からんな……まあ色々考えずにすむようになったのはありがてえ、のか? ふんと鼻息を一発ついて気持ちと表情を切り替えていく。ぺったり顔面の皮に貼り付いたような薄ら笑い、それくらいが今の俺にとっちゃあ最適だろう。
いやいや、とりつく島なしのコレよコレ……と、俺は顎をしゃくってまだ赤く腫れてそうな箇所を示すものの、んん? いや今しがた玄関口で擦れ違いましたが、何か見たことも無いような赤い顔でそのいつも端正な顔が喜怒哀楽の何か全てを足したかのようなぐちゃぐちゃな表情でしたので、てっきり課長さんの××な×××を無理やり××した挙句、××も××から××××(同上)コマされたもんかと示唆されたのですが……とか言いやがるのだが。どんなだよ。
「そうじゃあねえし、まあ、それとかはもういいんだ。どのみち俺ぁ、ここを抜けるんだからよぉ」
殊更に空気が抜けた、間延びした感じで言葉を繰り出していかないと、余計な感情が乗ってしまいそうだった。と、おぉー、そうなんですね、それはそれはもったいない気もしますが、それはそれで個人の事情というやつですねであればしょうがないですな……のような、こちらも端正な男前ヅラを、少し苦笑、みたいな感じで引き伸ばし歪めて見せてきたものの、昨今の若い世代に見受けられる、属組織じゃあねえ個人主義を重んじる考えに則ったかのような、極めてフラットな反応をしてくれたもんで、そこはそれで少し有難かった。
では、快気祝い兼、壮行会のようなものになりますかねー、とは言え参加者はここにいる二名になりそうですが、と言いつつ、ベッド傍らのローテーブルにとんと置いたのは布に包まれた細長いもので、その形状、重量感から、ああ酒を持ってきてくれたんだな、まあそこまで制限はされてはないが、お見舞いに持ってくるのは現場の連中とあんま変わんねえよな、また看護師に嫌味まじりに叱られんといいが……とか思っていたら。
「あ、いや、せっかくだから、明日にしときますかね、退院のその足で最後、色々ご紹介ご案内してのち、気の利いた肴と地場の銘酒を出す私おすすめの店で盃でも傾けましょうぞ?」
そんな殊勝なことを言ってきた。何だろうこの空気感。何だか分からねえが、いつも整えられた表層に常に浮かばせたワケわかんねえ
が、その後はまあ何事も無く、さくと帰っていった若僧くんを目で見送ると、最近は寝つきが赤子のように良くなってきていた俺はようやく慣れてきたやや硬めのベッドに身体を再び転がし横たえるなり、眠りの沼のようなものにあっさりすぐにずぶぶと沈み込んでいったんだが。
夢は、見なかった。
いや、見た気はしたが、覚えていない。覚えていないと思った。思った……
「……」
翌朝、おざなりな最後の診察を極めてフラットに終えた俺は、着の身着のままというか元からこれしか無かった愛用のつなぎに着替え、いつの間にか届けられていたのか、少ない荷物がきちんとまとめられて詰められていた簡素な肩掛けカバンを掴むと、その外ポケットに挿されていた白い封筒をそのまま底まで押し込んで、用意されていた念のための松葉づえをひとつだけ有難く拝借すると、それにすがりつつ病院の大扉をくぐって北風が強まってきていた玄関先によろぼい出ていた、まで、あまり何を考えていたかも覚えてない。車寄せの方から例の軽薄声にて乗れといざなわれるままに、これでもかのキザったらしいグラサンを掛けた若僧くんが鎮座した、これまたらしいとしか言いようのねえ真っ赤なSUVの助手席にいつの間にか乗り込んでいたわけだが。
こんな時間から酒でもねえが、まあ付き合うぜ、と、重々しい体を預けたシートに収まるなりするりと発進したクルマの中でそう気が抜けたような言葉を放つものの、流石にここらでこの時間から空いてる店は無いので、ちょっと課長さんには「見学」でもしていただこうかなと。大丈夫です、「監査」的なことで同行しますと言ってありますからね、まあこれまでの功績を鑑みたらヨシ、ってとこですなぁ、とか言ってきた。いいのか、そんなんで。ガバガバよねどこの鉱場も……まあ最後に色々見て回るのもいいかも知れねえ。もう何とかっていう「殺虫粉」みてえのは出来てるって話だったし、あと何だ? 「新型機ロールアウト」とかも言ってなかったっけか? そいつも勿論気になるし、あとはいちばん大事な我が
「ああモトスミから送られてきたあの『第六』ですねー、課長さんの意向を最大限汲んで組み上げてるのは確認しましたよ。それプラス私の方からもですね、細かなところの修正・調整を挟んでもらいました。蛇足だったかも、知れませんが」
機体を操る時のように制動をまるで感じさせない滑らかな運転にて、「本部」のある方向とはやや異なる、開けた平地が広がる街道に沿ってクルマは快調に飛ばされていく。こいつの口出しだったら信用できる。そして続く言葉も聞いて少し安心した。武装は勿論全部外されはするそうだが、テッカイト(弐式)は各所が
「……」
着いたとこはだだっ広い、コンクリを打った小型の飛行場のようなとこだった。陽の光と風が今日はまたやけに強いな……砂っぽい風が巻かれる中、なんとか車外の地面に挿した杖に寄りかかるようなかたちで降り立つ。地熱でうねる視界の中、何機か本当にプロペラ機らしき小型の機影もうっすら見えるが、広大なスペースの中で概ね蠢いているのは五十機はくだらないだろう、
「『残党狩り』とか言うてたわりには、随分な大隊な感じに見受けられるが?」
「大物」は残り一匹、とかも言ってなかったっけか。黒ヤロウどもに覿面な鉱石粉武装も配備されてんだったら、そこまでの頭数、要らねえんじゃあねえか?
「……ま、大きくは外れてはいないですがねぇ、『掃討戦』、あるいは根こそぎ禍根の種まで押しすり潰す大作戦ってなわけですよ、『次』はね。それで全てにケリをつけようっていう……アランチ
なぁんか含んだ物言いなんだよなぁどいつもこいつもよぉ……おうおぅおうおぅはっきり言ったらどうなんでぃっ、みたいな、おやっさんのような感じで張り飛ばしたくなるものの、そういや皆つつがなくやってるだろうか……あそこじゃ「若手」の俺が抜けちまって、今までてめえの周りごとしか考えてこなかったが、人員の補充とかあったんだろうか……いやいや、思考があっちこっちだな。俺自身が今この時は、どこにも所属していない宙ぶらりんの状態だからかも知れねえが。いや、さて。
「姐ちゃんの父ちゃんの話は聞いたぜー、『禍根』ってそれじゃあねえだろうなぁー」
俺の方も切る札は間違えないようにしたいが、そもそも持ってるのがこれしか無いわけで。このことはこいつら「組織」の中では
「その可能性は高いとは言えますが、それがどうとやら、なのかは霧の中、ってな感じですかねぇ、ともかく『禍根』があろうと無かろうと、『災厄』の種はばつり断っておきたいっていうのは、総意ではあるわけでして。勢い慎重に、そして苛烈にもなろうってなもんですゾ♪」
あ、こいつ本心をするりと隠しやがったな……もう分かんだぜこの俺にはその瞬間とか呼吸とかがよぉ……まあいい。もう俺には関係の無いことになんだからよぅ。なるほどなるほど、とそこまでの納得感は無かったものの、適当な相槌にて俺も流すこととする。それより……
「とは言え、何か、あんまり機体の扱いに慣れてるとは言えねえ挙動してやがんな、どれもこれも。寄せ集め集団だろこれ。まあ多分、距離取って何らかの『射撃』みたいなのをするだけだろーから、そこまで要らねえっちゃあ要らねえのかも知れねえが……ん? いやアイツだけ全然違う動きしてやがんな、型も見たことねえ……」
うぞうぞ鈍重な挙動をカマしている有象無象の中で、ひときわ一つ、パキっとした「仕草」に見えるまである自然な動作、の光沢ある薄緑色の細身な機体……もしやと思ったがそれより先にこちらに振り返られてにやりとされた。その手元で広げられていた端末の画面には、もっとその機影に寄った映像がややカクついた動きでだが展開されていたわけで。まさか……
「操縦されてるのは、御存知のアランチさんですよぉ、いやいやまさか彼女が前線に出張ることになるとは。そしてここまでの操縦センスがあるとはぃぃやぁー、これは誰かさんの手取り足取りの
にゃろう、いつぞやの即席
「……」
一抹の寂しさ、ってほどのもんでも無かったが、まあまあ最近感じがちだった「後から来たのに追い抜かれ感」が脳の上っ面くらいをはすり、そのまま後ろらへんに流れていった。と同時に確たるものとして感じられた「決別感」、とでも言おうか、こりゃあもう俺の出る幕なんざ最初から無かったじゃねえかよ……とのここ数年毎々感じることだが、光当たる道からの脱落、みたいなのも脳裡を流れては消えていった。と、
――昂燃メモその21:説明しようッ!! 後進の活躍には素直に称賛の意を示すものの、手放しでは喜べない何かも胸の内にいつもどろり渦巻いているものなのであるッ!!――
「最初は『複座』を想定して組み上げていったものの、途中からは一人運用も可能な形にブラッシュアップしていった、正にの万能機と呼べる代物なのですぞコポぉ……画期的なのは機体本体とは隔絶された『球体操縦席』ッ!! これは全方位を
いやいや、興奮するのは分からんでもないが、そんなとんでもない設計思想の代物をよくこの短期間で仕上げたもんだな……そこにも何か、思わせられるところはあるものの、もう俺は深くは考えないことにしている。そして、ハハッ、そしてこれがその超絶技術を可能にしたる最適なる操縦席の
刹那、だった……
<ん……ッ、く、くふ……っ>
音声も同時に流れてきたものの、音声というか嬌声であったことに、そして大写しされたその流麗な身体全身に首から下、手指の先まで隈なくぴったりと沿うように誂えられた、水色の地に藍色のハイカット
「超絶技術」「最適」、だと?
「え? これ操縦中じゃなくて調教真っ只中の映像だよね? え、これ何で拘束されてんの? こういう
ふ、ふーんふーんとしか最早言えなかったわけだが、うぅん俺なんかの発想レベルじゃあここまでは辿り着けなかったよね辿り着いてしまってよいのだかよくないのだかは皆目よく分からないけどねヘェ……
「鮮やかに美しく、皆を導くという意味を持つ言葉から名付けられた、その名も『
頭文字とか小四女子かよ、うぅぅんダサぁ……とのスカスカした俺の思考はあるものの、その性能は今見た感じでも図抜けているのは確かだ。こいつぁやっぱり俺と愛機の出番は無さそうで、そいつぁ何より。何よりのこった、としか、思えなかったわけで。
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