⨕12:円滑ェ…(あるいは、激闘/またぎ越しの/ヴィジリアディカポダンノ)

「……ッ!!」


 「躱す」、その躱し方、にも選択肢はいくつかあったものの、野郎は明確にこちらに狙いを定めてきている、その事が分かり過ぎるくらいに分かっている中、「その後」のフォローの方が重要だとも肌で感じた。指先で、というよりは掌全体を使い、操縦盤から何かを抉り掻き出すように「桿」を左、右わずかに時間差でずらしつつ思い切り引き込んでいく。右肘の方はその動作間に徐々にいからせ立てつつ右側にずらり並んだスイッチ系を手前から奥面に向けて立て続けに撫でるように五月雨式にONにしていきながら。


 機体左半身を後方へと引き、文字通り斜に構えた姿勢へ。万が一の直撃を取り敢えず避けられる体勢に移して一瞬、それでもまだどこへ飛び退くかは相手に悟らせないようにその場に機体の「力を抜いて」待機する。野郎は着地と共にその反動をも利用して即応のぶちかましを仕掛けてくる、そんな想定を浮かべながら。


 上空より、迫る黒い影。「視覚的な見た目」は変わらず、「何もそこに存在しないが故の暗黒」、平面にも果てしない奥面があるようにも見える真っ暗さだ。昆虫的なフォルムはここまででかいと薄ら気味悪い、というほどそのビジョンをこちらの網膜に焼き付けても来ないわけで、「そこにある」との意識を保ち続けていないと、ふいとこちらの盲点らしきものに的確に滑り込んで消失してしまうような、そんな存在のあやふやさ、みたいのも感じさせてくる。慣れん。明るい場所でとなると尚更に、だ。


「……」


 充分に引きつけ、こちらの回避方向はまだ察することが出来ないようにどの方向にも跳びますよ感を出しつつ、さらにはもう一つ、その場に踏みとどまってカウンターを喰らわしてやりますよ風情も醸しつつ。まあ両の腕はこの岩肌荒い大地を掴んでおるわけで、片手でバランスを取りつつ片手で鋭いフックなんざ放つ芸当は流石に出来ないわけで、それは完全なハッタリではある。が、それを匂わすことによって野郎にほんのわずかの逡巡、身構えたゆえの身体の強張りなんてぇのを呈せられたのなら。少しはこちらに反撃の機会が巡ってくるとも言える。


「ぬわーーっっ!!」


 言えなかった。代わりに変な声が出た。野郎は中空にてその巨大に逞しい両の「後肢(推測)」をがばと大股開きに拡げ伸ばしてくると、まずはこちらの逃げ道の内の二方向を遮ってから、それからフルに振りかぶった全力の頭突パチきをカマしてくるという、こちらの予測をも跨ぎ越すような挙動を放ってきたわけで。硬い岩盤に突き刺さった左右の鋭利な脚先に慄く間も無く、そちらに向けて跳ぼうとしていた溜め動作は無効とキャンセルされるわ、泡食ってとりあえずそのまともに喰らったら操縦席の中でミンチになりそうなほどの鋭い振り下ろしに怯えて、機体をぐるり後方でんぐり返しにて躱したは躱したものの、無様にひっくり返って底面(断面とも言える)を曝け出してしまいさらには剥き出しのてめえの両脚をも漫画でも今日びここまでずっこける描写は稀だろうと思うほどにがにまいた感じで中空でぴこぴこと掻き晒してしまうわけだが。つなぎの裾口と靴下の隙間、くるぶし辺りから駆け上ってひゅうと感じさせる冷たさはこれは末端冷え症によるものじゃないよね、あかぁぁんん……


 刹那、だった……


 必死に己の顎下の贅肉を二重三重にしながらも首を折り曲げ、何とか彼奴の次なる行動を、とままならない逆さ姿勢のまま己の股間越しに探ろうとしていた俺の視界に映ったのは、


<ハハッ、カッチョさん~ナイス囮、ナイス位置取り~流石さすが>


 左方向。あの甲高い、耳障り拡声音。が俺の鼓膜に届く数瞬前には、その声の主から放たれたであろう例のあの「杭」がこちらを見下ろす姿勢だった奴さんの側面どてっ腹へ、吸い込まれるように精密に、そして結構な衝撃を伴って撃ち抜いていたわけで。激しく震える昆虫顔(推測)。おいおい、対象が止まっていたとは言え一瞬、それもあの弾速二、三m/秒くらいの山なり軌道鈍速弾をよくも着弾させたもんだぜ、やっぱこいつはただならないヤロウなのかも知れない……が、


 気ぃ抜くなコイツらは「擬死」かなんか知らねえが一旦動かなくなったと思ってもまた元気ハツラツ発情したみてーに迫ってきやがるぞ……と俺も通信機の送話口に必死で唇を伸ばしながら己を省みての注意喚起をするものの、


「……ッ!!」


 「擬死」の辺りでもう一本、「発情」と発語した辺りでさらにのもう一本の「杭」が、ぷひょぷひょという例の全く間抜けた発射音を置き去りにしつつ、先の横からの一撃によりバランスを崩していた野郎の、地面から抜け浮いた右肢を避けるように搔い潜って今度は「斜め下から」その腹に吸い込まれるように刺さっていき、その衝撃でさらに空中でひっくり返るようにしてぐるりと天を向いたその瞬間を狙い済ましたかのように遥か天空から降り落ちてきたような垂直さにて、とどめの一本が重力をも孕んだ結構な加速度にて野郎の腹を完全に貫通し、そのままの勢いを殺さずに地面岩盤に撃ち込まれると、正にの昆虫針による「ピン留め」が如く、野郎を苦も無く張り付けたのであった……


 啞然と呆然の中間くらいの感情が固まった顔面の皮一枚下を這い回るかのこの衝撃……ただならねえどころじゃあねえ。何でこんな手練れがいやがんだ、そして燻ぶりきってやがんだぁ……?


<ハハッ、大したことは無かったですなぁ。ま、ま、こちらは射撃に集中できたので有難かったと。そう言えますかねぇ……>


 相変わらずの掴めない言動ではあったものの、やるじゃあねえか。俺は俺でこの間に機体に両腕を大きく振らせてその勢いで体勢を元の「両手立ち」へと立て直し持っていっている。勝算も今やかっちりと見えてきたこともあって、意外に頼れる「相棒」であった若僧くんの方へ向いて称賛でも、と思って左方面に向けて振り返った。


 刹那、だった……


「……」


 そう言えば若僧機は両腕もがれてたけど、あの縦横無尽な射撃はどうやってたんかな……という疑問の解答はひと目で示されてきたものの、


<ハハッ、腕なんか飾りです、偉いヒトにはそれが分からんとです>


 強靭な両脚の間に挟まれるようにして申し訳程度の操縦席コクピットが股間に該当する箇所に配されているというのはそういう設計意図コンセプツだからいいとして、その両脇から突き出した「内部骨格フレーム」剥きだしの「竿」のような棒状のものからは、いかにも突貫で取り付けました、と言うか「結びつけました」感盛り盛りの、黄色と黒で縒り合わされた細綱ザイルが申し訳程度に垂れ下がっており、その末端にそれぞれ例の「杭打ち機」がぶら下げられているという、何とも言えない絵面があるのみだけなのであった……いや、偉かろうが偉くなかろうがその思想やら何やらは皆目分かんねえだろうがよぉぉ……


 待て。そんなぷらぷらした状態でどうやってあの精密射撃をやってのけた? そもそも銃口が下向いておるし、それより何より照準が定まりようも無えじゃあねえか……? とか真顔で眺めるばかりの俺に向け、おそらくその意を介してくれたのだろうが、大仰な脚部の関節を曲げ沈めてから急制動で捻りも加えて伸ばすと、一拍遅れで右側にぶら下げられた「綱」の先の「銃」が跳ね上がり、それは中空でかっちりと銃身を平行に保つと俺の方向けてきっかりとその先端の杭部の先を向けてきたのである……おいおいおいおい、こいつにとっては本当に「腕は飾り」なのかも知れねえ……俺の沈黙を称賛と受け取ったのか、さらにのいびつな屈伸運動を始めて来やがったが、その度に左右の「銃」はてんでばらばらに、しかして中空一点でその挙動を不意に止める時には常に水平に、自由自在な動きを見せる……最後、外連味たっぷりにぐるりと縦に大きく一回転させると、まるで再装填リロードするようなキメまで見せてきやがった……俺も大概、機体の取り扱いに関しては「天賦へんたい」などと評されるが、こいつも、か……似ている。同じ……同じ境域タイプ境地スタンド……


――昂燃メモその15:説明しようッ!! 共感や連帯感は割と簡単に感じることが出来るものの、それをどうしていいか分からず自分の中に溜め込んでそのまま曖昧になって忘れていってしまうのが常なのであるッ!!――


 いや、諸々を考えている場合じゃあねえぜ。ともかく「作戦」は成った。と言っていいかは分からねえが、取り敢えずは一匹を仕留めた、と言ってはいいのでは。磔にされて一瞬、ぶるりとその体躯を震わせてからは動作をしなくなった。先だってウチの旧坑道にて始末した際と同じく、さんざん動き回っていた時には輪郭含めその掴めなかった身体の「黒」が薄まってきっちり見える、ようになっている。擬死じゃあなく、完全な「死」、と見ていいはず。


<目標一体沈黙。残る一体の殲滅もお願いします>


 その見立てを裏付けてくれるかのような凛ときっぱりとした物言いの通信も入ってくる。あの時「同席」してた姐ちゃんの見立てもあれば、そこは安心していいはずだ。勿論、もう一匹の動向も忘れてねえ、すぐさま確認依頼の通信を飛ばすと<東北東方向に距離……十二m? に、停滞中>との少しの驚きのニュアンスと共に返ってくる。ん? 今のいままでの間に結構肉迫されているじゃねえか。いや、だがそれよりも「停滞中」? すぐそこまで接近しておいてその場にとどまっているってことか? 何だ、その行動……思ってるより何か、「考えている」ってことなのか? アタマ使って。感覚だが、何かこちらの今の「連携」もずっと「視られていた」かのような、坐りの悪さが思考の根っこのところに浸食してくるようなのだが。


「……」


 機体の頭部を左方向にギギギと回し、若僧くん機に向けての小首を傾げる仕草を取らせてボディランゲージを試みると、即応で意を汲まれ全身を一度揺らして「肩をすくめる」みたいなポーズをされた(肩無えけど)。(自分でやっといて)阿吽以上の疎通具合に薄ら気味悪さすら感じさせられたものの、


 それ以上に気味が悪ぃのは、いわんやなわけで。通信で確認した彼我距離十二m、そこに静止している、のであればまた鬱蒼樹林に阻まれてその場所を察知するのはやや困難。視ている、視られているのなら、俺が右とか左から回り込んでも、または真っ直ぐ突っ込んでも「対応」は野郎の方が遥かに速いだろう。今更ながらに思い出してもいた、奴らの「学習能力」の高さも。そうだぜ、それが仲間の身のうちに起こったことにも発揮されないと言い切れはしねえだろ。生半可な行動は全部筒抜け以上にそれを上回って先んじられる、そのくらいと見ていた方がいい。であれば。で、あれば……


 こちら間の通信を聞いているわけでもその言葉の意味が分かるはずもねえとは分かっているものの、片脚立ちとなり持ち上げた左手の方で、隠れているだろう野郎の方向をちょいちょいと指さして相棒の注意を喚起する。そしてその流れで一気に右方向へ跳ねるように「一歩目」を踏み切った瞬間には右腕も、下に向け戻した左腕も最大限まで屈曲させ、


「……ッ!!」


 両腕を同時に地面の岩盤に突き込むように。最大限の反動をつけて、その反動を全て上方向へのベクトルに変えるくらいに。ぐるり前回転をかましながら遥か上空へと。


 上。埒外の「方向」だっただろうが。それともそれも読んでいました、か? どっちでも構やしねぇーんだぜ。どのみち反撃は受けてやるつもりだからなぁあああッ!! こっち向けて「跳躍」してこいやぁ、どてっぱらを晒しながらよぉぉぉッ!!


 完璧に思えた「囮大作戦」だったが。しかし、


「……」


 下方から飛び出してきた黒い影は。「矢のように」という陳腐な比喩がびたりハマるほどのほぼ目で追えなかった速度にて、機体の真横を掠めつつ俺の最高到達点を軽々と凌駕するやいなや、次の瞬間、無防備になっちまっていた機体の背中側からとんでもない推進力を絡めながらカマを掘ってきやがったのだが。


 いかぁぁん、こいつらこっちの思考をも軽々と超えてくるふぅぅ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る