⨕11:意外ェ…(あるいは、四面占めん/底抜けにそうか沿うかソーカー)


 とまれ、表情筋の全てが力を失って真顔未満の死兆相ディェスマス調ご面相を醸しながらも、あたふたと戦支度を済ませた俺と若僧くんとは、各々の機体に何とかままならない身体を押し込め乗り込むと、どうしようもない破損はともかく燃料は満タンにしておいてくれた整備の面々に操縦席の中から軽く敬礼を交わし、格納架から己の動力にて外を目指していたわけだが。


 俺の方は結局、小型ショベルよりは幾分マシだろうと思って、だが本当に掛け値なしの上半身のみしか無かった「汎搬機エセベロ」という、これも一応「ヒト型」ではあるのだが、急で定まらない足場にて掘り出した鉱石塊をバケツリレーのように機体から機体へと手渡しして運搬するのが主運用という、何というか面白味の無い奴であって。両マニュピレータはヒトの手腕のようにかなり自在に動かせるものの、反面、足回り、機動性はほぼ無いに等しい。軟弱な岩盤にも不必要な衝撃を与えずにとどまることの出来る足腰の柔軟性のみに機能を絞ったタイプだ。ゆえに今はその下半身が無かろうと大して影響は無いんじゃないかまで言えるかも知れねえ。無駄な重量ウェイトを破棄した、と前向きに考えるようにしよう。


 全長五m弱。今はその下半分が無いのでちょうど俺の目の高さくらいにのっぺりとした頭部メインカメラがあって、腕伝いに肩によじ登ってそいつを背中側に倒すと、ハッチのようにそこから搭乗することが出来る「搭乗口」が現れる。


 うん、やっぱ愛機テッカイトと比べるとやはり相当に手狭な間取りだ、こりゃすぽりと嵌まり込むような着座を強いられるな……大分簡素なナリと造りをしたその操縦席の硬く尻ざわりのよろしくねえシートに、これまた長時間座ってたら治りかけてる腰とか背中がまた軋み出しちまうよこんちくしょう……とか思考を割かれながらも、自然に伸ばした両腕の先に丁度据え付けられている操縦桿、その左右に展開していた、「使用禁止」と大書された透明な樹脂カバーを根元に雑に貼られ固定されていた蛍光イエローの養生テープごとべりりと剥がし足元にうっちゃる。が、うっちゃったらそのままカタタタンという音だけ残し消え去った。覗き込むと床部は一切合財存在しなく、ただただスカスカとコンクリで固められたここの床と面している。いやぁ……これまたもぎ取られたような感じだねぇ……が、そんな足場の不安定さに意識を向けてる場合でもねえもんで、手元に視線を上げていく。取り去ったカバーのその下から現れたのは、赤白に明滅する計器、ボタン、スイッチ、レバーその他諸々。今や技術の発達によって「自動制駆オートマ」が主流となりつつあるが、それじゃあ最大限の駆動をさせることは出来ねえんだよなあ……今回はそもそも想定外イレギュラスな使い方をせざるを得ねえもんだし、とにもかくにも「手動制駆マニュアル」に切り替えなくちゃあ始まらねえ。


「……」


 例の若僧くんは若僧くんで半身創痍でのたうつようにフレームの構造がよく分かる「征駿機」の上部の操縦席まで作業員たちの手によって何とか引き上げられた感じだったものの、滑り込むようにしてそこに乗り込んだかと思ったら、甲高い金属音声を格納庫の隅々まで響き渡らせながら次の瞬間、なめらかにも程があるほどの自然な挙動で、滑るように先に行ってしまっている。うぅん撒き餌あるいは囮としては役に立ってくれるやも知れぬか……


 本機の両腕の挙動は良好。その先端部は「三指」であるが、「掌」部はかなり広く作られており、縦横に走る切れ目のところで内側に折れ曲げられるということも確認できた。様々な鉱石塊をしっかりと保持するための機構だろうか……ありがたい。こいつをうまく使えば……


「……!!」


 やや遠巻きにこちらの動きを見守っていた作業員の皆々様方からのおお、というような驚き声の漏れが聴こえてくる。長年の経験で掴んだ「感じ」というやつを信じて、一発ひょいと「立ち上がって」みた。腕を脚代わりに。っていうのは割とありがちな運用方法と思ったが、そうでもねえようだ。まあ「緩制衝器バランサ」無しでは直立させるのも普通は難しいのかも知れねえ。そもそもそんな操縦をする必要がある局面というのがこの時代、最早無い、か。


 「立った」時の感じでこの機体の大体の重心は捉えることが出来た。後はそれを「片手」を持ち上げた状態にも応用していけばいい。俺は天性の勘とでも言えばいいか、それ以外にはうまく説明出来ねえが、ともかく自分の感覚が命じるままに目の前のスイッチ群を手の甲を使って次々と倒していき、レバーを引き、また戻し、さらに回すように操っていく。


 がちょんがちょんというような、やってることの難易度と比べるといささか緊張感も颯爽さも無い歩行音を響かせながら、もう見えなくなった若僧くんの後を追うと、ほどなく視界が四角く切り取られた明るさから全面全方位に展開していく。機体の頭部メインカメラの下部、喉仏あたりにちょうど俺の頭と目線が位置しており、その眼前に遮るものは何も装備されていないので、ひんやりとした外気がこの狭い操縦席くうかんにも流れ込んで来ていて、それは少し清々しく感じる。


 前回の「暗・狭」とまるきり違って、「明・広」な戦場フィールドってわけだ。ついでに言うと、「一対一」から「多対多」へとも移行することにも相成る。こいつは諸々の戦術戦略が要される場かも知れねえ……改めて提示された怪物どもの出現方角……「北北西」へと、計器の表示を頼りに大体機体を向けてみる。鉱山中腹やや下辺りに位置する此処からはほぼ北側百八十度は一望見下ろせるが、とは言えその大部分は鬱蒼とした蒼い針葉樹林に覆われていて、やつらの想定図体……愛機と同じくらいの体高であったことから約八m、そのくらいだと密度の高い葉枝群からそのアタマが出るか出ないかだろう。その挙動は注視していないと風でのさざめきと区別出来ねえはずだ。


 レーダーで探知、とかが出来りゃあ有難えんだが、当然各機に装備されているわけでもない。そもそも今操縦してる奴は前線に出すなんて想定すらしていなかった奴でもあるし。ザザッという雑音ノイズを逐一挟みながらも「本部」から即時リアタイで音声情報が入って来るだけでも御の字と言える。改めて己の身体に新鮮な空気を深い呼吸によって取り入れて落ち着いてみようとする。辺りに目線を流すと、


 「戦場」の雰囲気とは、まったく似つかわしくない、穏やかな昼下がりのような空気感……


「……」


 先ほどまであれほど緊急放送的なものや警報じみたものが鳴り響いていたにも関わらず、いざその局面へと移行すると、場は完全静寂一歩手前の、こちらの耳鳴りを催させてこんばかりの静けさに否応なく支配されていくのだということを、初めて知った。


 そんな物思いにふけっている場合でも無い。「目標」二体は今やはっきりとした指向性を持って、この鉱掘場、その正にの鉱石層面がぞろり広範囲に露出しているところの此処……「第三盤壁」と呼称されている、北側に向いてそそり立つ、東西に張り出したその崖状の岩壁目指して進行中……とは姐ちゃんの通信機を通した伝達によって先ほど為された。


 背後が、見上げるどころか遥か上空でこちら側に湾曲してきていて覆いかぶさらんばかりの威容を誇る「壁」である。それに背後を護られていると言えなくもなく、大まかだが「北側」一方向に注意を向けていれば取り敢えずは大丈夫、なはずだ。


課長カッチョさん~、こっちは準備、万端のコトですネ~>


 とか思ってたら、脱力を促してくる通信が間が悪く入ってくる。興奮してるのか何なのか知らねえが、またよく分からないキャラ付けが入ったかのような珍妙な訛りの金切り音が、ノイズとどっこどっこいの耳障り感でこちらの鼓膜をつんざこうとしてくるよ本当に大丈夫だろうか……と、


<接近、約三十m、に一体>


 落ち着いていながら、鋭く端的な声。端末の向こう側では姐ちゃんが自ら通信手オペレータを買って出てくれているようだが、そうすると指揮系統は大丈夫かな……と思ったが、あ、まあ指揮云々の系統立てられてる組織じゃあねえかったわぁ……との思わでの事がぷこぷこ頭の中に浮かんで来ちまう。いや集中しろ、整理しろ。敵さんは一体だけが先に御着到ってことか。じゃあ二体目に気を配りつつ、まずは先の一匹をツブしていくやり方が出来ると見ていいんだよな? でもって我がお仲間たる若僧くんとうまく連携してやれるってことだよな? と、


 ぼ、僕ぁ、左サイドに位置する方が利き目からするとよろしいんだな……との口調のあやふやさと真逆なほど的確に俺の考えを汲んだかのような即応通信を受けて、何だ割と阿吽で行動できるんじゃねえかとの期待は募る。


<私の方は割と長距離まで届く『得物』を携えていますがゆえ……肉弾接近戦にお持ち込みの際は、そちらにてお願いしまするぞ……>


 そして喋る言葉は数秒ごとくらいにどこかの郷から郷へと移り移ろうかのように不安定であったものの、そのふわふわした感じとは裏腹に、いや、頼もしいまであるじゃあねえか……狙撃可能なライフルでも装備してんのかよ、そういうのって許可なく持てるもんなんだろうか。それともあの「組織」とやらのまたも都合の良い特権か何かなんだろうか、まあ何にせよ使えるものは使わせてもらうし、使っていかなきゃ厳しい状況だ。だが、何とかなりそうなくらいまでの目途は立ったとも言える。


 作戦と言うほどでも無いが、若僧くんが左を固め射撃、そして俺が右から迂回するように動いて一番野郎に肉迫、その背後を突く……つまり、


「了解だ。ハサミ討ちの形で行くぜ……ッ!!」


 敢えて溜めてまで言う必要は無かった気もしたが、こういう気合い入れも案外馬鹿になんないんだぜ……急速に深度を増してきた視界と、クリアになる意識。自らの意志で出張ってきた初めての「戦場」だが、問題ねえ。何か分からねえが滾るものが肚の底には燻ぶっていやがる。そいつの命ずるままにやりきってやるまでだぜぇぁッ!!


――昂燃メモその14:説明しようッ!! とかく冷笑しつつ己の無知を追いやっては逆に日々に流されているような常態なるものの、他者から受ける影響がうまいこと大脳のどこかにキマってしまうと、それに盲従する厄介性質も秘めているのであるッ!!――


 目測で三十m辺りを俯瞰するように注視を試みる。風はややある。それによってそよぐ木々の天頂。が、そこに一点の違和感。確かな指向性を持ってこちらに向けて進んで来るようなさざめき。


「……ッ!!」


 そこだ、と思わず声に出していたが、それより前に、ぷひょ、というような間抜けな音ともに、正しく俺が異変を感じたその場所へと、緩い放物線を描きながら、何かが視界を横切っていった。残像も描かないほどのゆっくりもったりした速度と挙動にて。何だ? 槍でも投擲したのか?


<ハハッ、取り敢えず急造ではありまするが、『杭打ち機』のいちばん出力の高い奴を調達して参り、その『弾頭』に例のあの『粉』をまぶしている次第……弾着したのならばそのままその場にはりつけってしまうことこの上無しぞもな……?>


 いやぁそんなキメをするほどの攻撃じゃねえような……いかに鈍重でも飛んでくるのを視認してから着到まで丸三秒くらいはあるモノに対しては多種多様な選択肢の中から最適なやつを充分吟味した上で選び取れそうだぁ……


 そんな、脳では力無い思考に支配されつつ、目では力無い弾道を追いつつ、が、そんな悠長な間を感じさせる暇も無く、


「!!」


 全長三十cmくらいの「杭」状の……まあ杭なんだが、が撃ち込まれる前に、その着弾点であっただろう所から葉々を突き破り散らしながら現れたのは。


 高みから見下ろしていたこちらの視線を軽くまたぎ越さんばかりの超跳躍をカマしてきたのは。


「……ッ!!」


 その黒い虚無的な質感は見覚えがあったが、鈍重でも軟体でも無さそうな、例えるならば飛蝗バッラァのような跳躍系昆虫のような形態フォルムは初めてだぜ……


 何もかもが想定通りには進まないことに心の中で白目を剥きながらも、おそらくはその野郎の着地点がこの機体おれの胸元辺りでは……との嫌な予感だけは万事織り込み済みのような何かに何とか引っ張られるようにして、俺は行動を起こそうとしていこうとはするのであるが。


 んんんん~、どうせいっちゅうねへぇ~ん……

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