⨕08:存外ェ…(あるいは、全弾トーマエスト/いま渾身の伽藍たれ)

 先走る気合いを込めて反撃に移ろうとしたものの、やはり正気を失って無秩序に暴れまくる的な輩に対しては、まず間合いを詰めて取り押さえようとすることすら、叶わないわけであって。いやむしろ触れることすらままならねぇ。そしてそれに加えてこちらを「舐めたい」というあまり相対したこともしたくもない衝動持ちときた。が、今は、その意思はあるはあるんだろうが、少し「摂取して」余裕でも出てきやがったのか、こちらを別の意味で舐め切って挑発してくるような素振り仕草とかをカマしてくるようになった。ふざけやがってぇぇ……が、だが、だ。


「……ッ!! ……ッ!!」


 完全に絶頂ハイな感じで落ち着きなくこちらの全身を舐め回そうとしてくる奴への対処法なんざ、そもそも経験したこともさらには想像したことも皆無であって。そしてそんな俺の思考なんかは完全に置き去りにして、弛緩してんだかキリキリにテンパってんのかも判別出来なくなってきてる感じの空気の中でも、純度の高い「危険」味溢れる打撃中心の諸々を内角高めにえぐり喰い込むようクロスファイアな直球で調子リズム良くばんばこ放り込んで来やがる。


 さらにはそんな狂騒状態にあろう中でも、こちらの思考なり挙動なりは逐一読まれてる感があり、じめり底から来るような冷たさも感じて薄気味悪ぃ。俺が機体を避けさせようとした方向へ一呼吸前くらいには先回りされていたり、こちらの得物の先端を作動させつつぶん回した時には既に背後に回られていたり。


 やはり癪だがこいつの「学習能力」というのは速度も密度も奥行でさえも俺ら人間とは異なるんだろう。いや、俺が人類を代表するのは間違ってるな、大脳偏差値的には三十を切らんとすばかりのこの俺が……


 だが。


 この歳になるとなぁ、「先入観」とか「思い込み」ってのにはもう囚われなくなってたりするんだよなぁ……何故ならッ!! 何より自分てめえという奴がッ!! 全ッ然信用できなくなっているからだッ!! だからそこを逆手に虚を突いてやるぜぇあッ!!


――昂燃メモその11:説明しようッ!! まずは昨日何をやっていたかを思い出すのに逐一振り返る時間が朝一数分間は必要となるッ!! その際に全幅の信頼を置くのが昨日の自分からの半日ときを超えた言伝書きメッセージ……そこに書かれた指示に盲目的に従うことによって、何とか生きてる今の自分なのであるッ!!――


 野郎のこちらへのつっかけが緩んだところでテッカイトの右腕を腕尺関節が反るほどに思い切り伸ばし、保持した「掘削機」のうねる先端部を目に付くよう肩の高さまで威嚇の意味を込めつつ掲げる。間四間その先に、うねりを続ける黒い影。もちろん相変わらず輪郭くらいしか分からねえ対象だが、それでもこれまで否応なくもずーと相対させられてきたから、凝視させられてきたから、何となく醸し出す「空気」「雰囲気」? は読み取れる感じにはなってきた。俺の見立てじゃあ今のコイツは……そうだな、もはや思くそ鼻白んでいやぁーがる。もう何だ? ぼボクお腹いっぱい、ってか? んじゃあ後は何がヤリてえんだ? 脳ネジ弾け跳んだまま、欲望の赴くままに思い切り暴れまくりたいとか、そんな風に考えてやがるのか?


 させねえよ。


 お前さんはこの仄暗い土の底で何らの養分とかになることもなく、ただ朽ちてただ濁り溜まり続ける永久に、ただただそれだけのことだぜぇ……


 そうするため、どうするか。それは、


 分かっている、いやそこまでの確信はねえが、ひょっとしたらの重要事象がひとつある。こいつは……つまりこの謎生物は。ここの「鉱石粉」をてめえの体内に吸引したいはしたいが、その「吸引口」はあくまで「頭部」からのみっつうことだ。口か鼻かは分からねえが、その辺りからしか吸引はしない、いや、出来ねえと見た。おおまかの動物がそうであるのと変わらない。当たり前だが、それゆえに見逃しがちで、重要なことだということに思い至った。そして、 


 さっき無我夢中ヤケクソでやった「離脱リジェクツ」……「掘削機」先端部を「排莢」的にやや勢いよく射出するだけの衝撃で……野郎はかなり吹っ飛んだ。痛撃ダメッジ喰らった、的に。そして先端部、その齧り取られた残骸は……野郎の脇腹に確かに突き刺さっていた。能動的に取り込んだ感は無く、無理くり捻じ込まれた感で。「胴体そこ」からはやっぱ「吸引」とかは出来ねえんじゃねえか? それにも増して、


 「弱点」ともなりえるんじゃあねえか?


 「粉体」を直に身体に撃ち込まれると、「軟体」を自由に伸び散らかす野郎のそこだけが「硬化」しちまうとか、そういうことが起こったんじゃあねえか……? そうなればこちらの打撃だの刺突だのがもろに効いちまう? とか?


 細い。細い可能性だぜ、おまけに多分に希望的観測に寄り過ぎた、てめえよがりのそれこそ「先入観」「思い込み」と言えなくもねえ。うぅん何でぇ、他ならぬ己のことってあんまり客観的には見えないよねだって主観そのものだものね……まったく。とは言えもうそこら辺に張っていくしかねえ状況でもある。奴がそれこそ最高潮オルガスムニダまで達しでもしたら何が起こるか何をしでかすか分かったもんじゃあねえし……それに坑道ここから逃したらもう多分追いつけねえ。機体こっちの燃料残量的な稼働限界っつうのもある。と、


「こっちから……仕掛けるんですよね? わ、私、やります。から、なな何でも言ってくださいっ。それで早く、頭の治療をしましょうっ」


 先が掴めそうで掴めない考えに沈んでいた俺の胸元から見上げてくるのは、鳶色の瞳。こっちを気遣ってのその物言いは、本当の哀切が込められているような気がして。その涼しげで流麗だった小顔は今や汗や何やらで結構なテカりやら粉っぽさを呈して来ていて見た目気の毒さを醸してきてはいるが、必死の顔つきは俺のシケってた胸の奥の芯のようなものに暖かな光熱を照らし当ててくるようで。勿論その華奢ながら適度かつ心地よい重みを有した肢体は先ほどから俺の股の奥の芯棒のようなものにも体熱と触感とを当てて来ているわけで、瞬間、俺の血流は海綿体まっしんを中心に、全身を熱く、毛細血管末端部から貫き迸らんばかりに駆け巡る。


 ありがとうよ、とはその紅潮気味でそれでいて切羽詰まった真剣な小顔からは視線を切ってしか言えなかった。もうこの姐ちゃんが何者であろうとどうでもいいとさえ思った。もう何か諸々考えるのはやめだ。ひとまず、目の前の真っ黒野郎を打ち倒す。今度はもう息を吹き返さないように懇切丁重になぁぁあああ……そんだけの、そんだけの話だ。

 

「……俺が踏み込むと同時に右手のレバーを三分の一下げて逆に左手側のは四分の一上げてくれ。そこから一拍遅れで左手のツマミを時計回転に二回し半ほど。反動が来たらその瞬間を狙ってその下のボタンを六、六、三、のリズムで左右交互に連射、その最後の一押しと共に右下のスライダを思い切り外側に向けて払うように廻しこんでくれ頼んだぜ……」


 ええぇちょな↓ん↑? むむむ無理です無理ぃぃ……との声が小さく響くが、それでもやってもらうほかはもう無え。しばらくこちらをやや興味を無くしたようなツラ(想像)で見やってきやがっていたような野郎の身体が、ふと固まったように見えた。何も無い真っ暗な「顔」がこちらを向いているように思える。はッ、そうかよ、ようやっと認識が成ったようだなぁ、俺ら「人間」が乗っているっつうことの。


「……ッ!!」


 瞬間、彼我距離十はあったはずの距離を無いもののように、超高速の頭突パチきが放り込まれてくる。またも操縦席ごと揺さぶる衝撃と共に、厚さ三cmの硬性樹脂で出来た覆天蓋キャノピーの全面に亀裂が入り、視界が一瞬白く濁り染まる。こいつは「生物」も襲うとか言ってたよな……「捕食」するかどうかは知らんが、犠牲者がーとかも言っていたような気がする。その前情報通り、人間おれらを視認して、そしてこの喰い付きよぉ……まったくもってその生態は謎だが、どこをどう取っても人間にとっちゃあ、あかん生命体だってことは揺らぐことは無さそうであり。


 そんな事を考えている瞬間には、右手に握った得物を突き込めとの指示を機体へ与えていたが、手ごたえはやはり無し。空も空を切った感触。野郎の伸びきった瞬間の無防備と思われた首を狙ったつもりだが、やっぱこっちの挙動はかなりの精度で読まれていやがる。


 が。


「……?」


 そんな疑問符が、結構な距離に迫って来ていた野郎ののっぺり頭から中空に浮かび上がったように感じたぜぇ。俺は自らの左拳で目の前の鱗のようになった樹脂板を突き崩してひとまずの視界を確保する。その先には。


「……」


 伸ばしきった「首」を戻さないまま、いや戻すことの出来ないまま、中空に黒い球体のような頭部を留めたままの野郎が、固まり震える姿があったわけで。その喉元には掘削機の先端部がずぶりと突き刺さっていたわけで。


 読めなかっただろうが。


 いったんは躱され外された右の一撃。だがそれはあくまでも俺が操作して放った一撃。それとほぼ同時にもう一人、副操縦士ねえちゃんの手による「操作」が絡み合い、その一撃は振りぬいた後にもう一拍、手元で変化したかのように軌道は跳ね曲がったはず。そいつが野郎にとっては埒外の、意識の外からの一撃となってくれたようだ。引っ掛けるようにして喰らわせてやった。遂に、「粉」コーティングされた棒を捩じり入れてやったぜ……計算通り。ではあったが、先ほどの俺の微細な指示を逐一呑み込んで冷静に入力してくれたっていう姐ちゃんのおかげには他ならないわけで。


 ふと横目で右方面を窺うと、先ほどまで震えていたはずがここ一番では肚が据わるのだろう、それでもその細い顎はカチカチと震えていて、それでも必死の鋭い目つきとなった頼もしき女史が、俺の腹まわりに両脚を絡みつけるようにした体勢で、俺の両脇下からその細い両腕を目一杯伸ばして操縦席背面のレバーやら釦やらを精密に操ってくれたんだろうことが窺えた。感謝だぜ。感謝しかねえ。が、その態勢であるがゆえの不可避の密着感が、俺の理性をその黄色い小花のような香りと共に麻痺させてくるかのようでもあり。俺の鎖骨下にはスーツ姿ではあまり目立たなかったが小ぶりながらも確かな弾力を有する双丘が触れ合わさっており、油じみた作業着の右肩には、その細い顎がもう遠慮なく乗せられているわけで、状況がこうでなければ、押し倒していて然るべき局面である。しかし鋼の意思を奮い立たせ、野郎を仕留めるべく、次なる指示を目前に在るそのぷくりとした左小耳に吹き込もうとしていくものの。


 んっ、んやぁぁん、み耳ダメですらめぇ……のような反応リアクトを零距離で返されるに至り、後頭部からの出血が勢いを増してきたように感じる。と同時に別の頭部にもうねる血脈を感じている。感じている場合でもない。


 あ、まあいいぜ後は滅茶苦茶に操作レバガッチャしてくれてよぉ……と言い置きつつ、俺はその瞬間には右脚を捻り引き込みつつ、左手を押し込むと共に人差し指を立て、残る三指は固く曲げる。弦楽器ギタルマンで言うところのFフェッルァの運指型で。途端に剛直な機体のそこかしこにも血流のような動力の波動のようなものが行き渡っていく感覚。それは、その指令こそはッ。普段は厳重に掛けているテッカイトの「制限」を根こそぎ全部取っ払う。そうだぜこれが俺たちの切り札だぜぇあああッ!!


 野郎の首に突き刺さっていた掘削機を思い切り引き抜き、今度は別の箇所ところに挿し込んでやろうと右腕を振りかぶる。その瞬間、硬直から解き放たれた黒い体躯、その丸い頭部が息を吹き返したかのように性急にこちらを、操縦席の俺らを狙いすましてまた突っ込んでくるが。


「……!?」


 その横っ面には既に掘削機の先端が突き刺さっているわけで。「百八十デグ時計回りの裏拳」。そして野郎の突撃はテッカイトの「上半身を三百六十度ぐるり廻すことでいなした」。埒外の動きだっただろ? 普段は、そして先ほどまでも、機体に「人間のような動作と作動域で」動くことを命じているのは、俺の譲れない崇高なる思考によるものではあるが、その枷を取っ払ったところで流暢に操れねえわけじゃあねえんだよなあ……むしろこの状態の方が、躍動するまである。そして、


 今だ。ここだ。今ここでキメるッ!!


「しっかり掴まってろッ!! これより我が機は最終極態勢フィニシャスモルドへと移行する……ッ!! こっちにも脳を揺らす衝撃が連続で来るから歯を食いしばって耐えてくれッ!! さあ腕をしっかり俺の首に回すんだッ!! そうだ脚もッ!! 腰に回して踵と足首でロックッ!! がちり外れないようにしろぉぉいッ!!」


 えぇえこれだいしゅきホールぃえええあぁ……との漏れ声を置き去りに、操縦席全体が横に激しく自転を始め、そしてそのまま斜めにも公転を開始する。テッカイトの、極限まで膨張パンパップされたかのように思える上半身が描く軌道は「ムゲンダイ」。


「極技ッ!! 『飛天絶・華苑震電××大殺界転ひてんぜつ・はなぞのシンデンプシーGO/ローラウンディア』ッ!! っっ貫けぁぁぁアアアアアアアアッ!!』


 ぅおうらぁッぅおうらぁッぅおうらぁッぅおうらぁッ、という俺の性急なる掛け声と、だだだだめぇ激し激しすぎィィとの胸元からの掠れ声と共に、規則的な律動を呈する我が愛機の精密な攻撃ピストニングが、のけぞる野郎の全身に様々な角度から、経を刻むかのように密に突き刺さっていく。有言実行、てめえの穴という穴にブッ込んでやるぜぇぁああアアアアアアッ!!

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