⨕09:鉄壁ェ…(あるいは、転換の刻/蒼穹仰げば/グリドディバッタァィヤ)
入院生活は、二週間ばかりで済んだ。
命を賭しちまったと、そんなくらいな、振り返るほどに全身の血の気というか全・細胞の組織液が引き抜かれるほどの寒気を感じさせるほどの無謀なる我が
「……」
静謐も静謐な物寂し気な雰囲気を纏わりつかせたかのような病室の素っ気ない窓から見える光景は、やはり季節頃を加味しなくても寒々しいことこの上ない。地区唯一の繁華街(と言っても飲み屋と水系の店が八割を占めるが)へと連なる
驚いたのは、そんな変わり映えの少ない風景を日がな一日、固いベッドに半身起こして窓越しにずーと眺めていても、特に飽きることも無いという己のメンタルに、だった。いや、飽きるというか、
何も感じないというか。
これも年を取るってことなのかも知れねえなぁ……変化の無いことを「可」として、いや場合によっちゃあ「良」とまで思えちまうこの
「……身分を偽っていたことに関しては謝罪します。あと、諸々伏していたことも」
そんな灰色の時間が過ぎ行くだけだったある日、真っ白い個室に漂う消毒薬のにおいを割るようにして、例のあの姐ちゃんはまた颯爽というか、がちがちのオフィシャルモードにて俺のところに出張ってきたわけで。本日お召しの
でも、差し迫っていた事情もあって、しょうがなかったんです……と、その後に続けられたしおらしげなる言葉には、例の、あの男のどこかを麻痺させ無力化させちまうような、妙な哀切と甘みみたいのもまた込められていたわけで。これが演技じゃねえとしたら、これこそがいちばん厄介とも言えるんだ↑が→。
「そこはもういいんだけどよ、何で俺は諸々不問なんだ?」
ここ何日かの栄養バランス良好で味もまあまあな病院食にて、身体と頭の調子はすこぶる良いと言っていいほどだ。おまけに日がな一日やる事なくてほぼ寝てる。これほどまで連続して睡眠を続けることが出来るとはぁ、この年頃になってからは久方ぶりかも知れねえ。気力体力が充実している感覚……図らずも、だが。しかして今後の処遇なりなんなりはしかと確認しておかねばあかんめぇ。
現場仲間の面々は見舞いなのかサボりに来たのか分からなかったが、巧みに少しづつずらされた時間ごとに三々五々、酒だのつまみだの何だのを置いていくかと思いきやてめえらでそれらを半分くらいやってすぐに帰っていくという要らん
「そこはプラマイゼロの考え方で。あまり詳しいことは言えませんが、私を含め、プラスの要素の方がかなり高いまであると踏んでいます、今後含めて」
うーん、しかし相変わらずの何も掴ませまいとせんばかりの物言いだぜ……何だよ絶対断言したらいけない
「『今後』っつうのは、何だよ。厄介事が全部片付いたってんなら、もう俺ぁ日常に帰るだけだろうが。流石に昇給昇格とかが待ってると思えるほどお気楽な
また嚙み合わない会話に終始しそうな雰囲気を察したので、こちらも自己都合のみを並べ奉るイヤミ走った言葉を疑似餌のように放り込んでは、何か喰い付いてくれねえかと様子を窺うものの。
「『今後』、のことですが、端的に申し上げますと、少しの間『出向』していただこうかという事です。各『鉱掘場』の『警備課』にですね、役職付きで」
完全に作ってるだろそしてそれをこっちに分かるようにやってんだろ、というくらいの完璧な作り微笑を湛えながら、そんなこっちの都合や主張を無視したことを言ってきやがった。こいつのこういう立ち回りはほんとに腹立つな……て言うかそこまで介入できるもんなんかいな……いや、流されるな。
「『警備課』っつうのは大概守衛のじいさんが独り一畳くらいの詰め所で日がな一日、外からの来場者の入退管理とか門の開け閉めをするだけのとこだろうが。言っちゃあ悪ぃが、はっきり左遷って言った方が早ええ。何が『プラス』だ、ふざけんなよ」
俺にしては割と冷静な凄みを醸しつつ、とは言えそんな処遇だったら流石に辞職して他の仕事をこの歳で探さなきゃあかんめぇという両肺周りがぞわぞわするような冷たき不安感に苛まれながらも、その整っているがゆえに仮面のようにも見える美麗顔を下から睨めつけるが。
「今回の件で、警備体制の強化は必須かつ急務と認識されました。よって『鋼捻機』ともども『パイロット』の方もひとまず既存の枠内で異動を迅速に行わねばというのが経営層からの意向でして、それもつい昨日、役会にて承認を受けました。ツハイダーさんは本日付で『総務部警備課長(モトスミ駐在)』ということになります」
か、勝手に話が進んどるふぅぅ……なに? こいつら「特務機関」とやらの権限がよう分からんのだ↑が→。だが分からんなりに逆らっても無駄、いや駄目な空気は嫌というほど感じてもおる……落ち着け、考えるんだ。
「……『機体』ごとっつうことは、あの例のバケモンから現場を警備するっつう……そういうことか? 警備っつうか、それは怪物駆除に当たらんか?」
そうとしか思えなかったが、とりあえずの思考時間稼ぎの問いをぶつけてみる。
「ツハイダーさんの先の功績によって、『鉱石粉』が『
待て待て。何が「総意」だ。完全なる応急の矢面立たされ役じゃあねえか。俺と
「給与も勿論上がりますが、諸々の手当を合わせると『月:七十二万
さらりとそんな言葉が投げられてくる。そしてその分かっていても甘きに甘すぎる響きは俺の耳小管から大脳の欲望を司るところらへんを緩やかにしかして適確に揺さぶると、え、ちょっと待って、七十二万だと手取りはいくら? え? それに特別支給? 待って待って、それだけあったら衣食住性ぜぇんぶ
それに機体周りのことにも予算上変な小細工せずとも湯水のようにカネをブッ込める、だと……? そ、それだけの権限があるのなら、再来週にも「テッカイト重装型:
――昂燃メモその12:説明しようッ!! 説明するまでもないが特にカネ周りの損得がカラみ出すと大脳全野が活発に躍動し、皮算用という名のめくるめくドキワク妄想に意識の九割がたを持っていかれてしまうものなのであるッ!!――
あ、それとですね、私の方もツハイダーさんを全面的にバックアップ出来ることになりまして、あ、あの複座形式は改良の余地はあると思うんですけど、「操縦」の方もサポートできると思いますから、その、どうぞよろしくお願いします……と、それに続けて何故か少し顔を赤らめつつ畏まられつつその姐ちゃんに告げられても来たが、そうそうそういった自然な感じの表情の方が可愛いぜ、などと言うとまた汚物を見る目で見られそうだったので自重し、そしてそれどころじゃあない脳内の演算回転にも呑まれるようにして、あ、ハァ左様で、との至って穏便なる返しをしたら瞬時に凍り付いた能面のような顔貌に変わったのだが。やっぱ会話の選択肢って、難しいよな……だがここは。ここは一発、間違えるわけにはいかねえ……俺は患者用の薄青色のガウンの襟元を正すと、ベッドの上に正座にて畏まり、真摯なる言の葉を紡ぎ出していく……ッ!!
「アランチⅧ督ドノ……ッ!!
とは言えもう話は俺の預かり知らんところで進んでいたため、敢えての俺の意向なんぞはこの時点でどうでも良かったそうだが。そして清廉なる決意表明を最大限の語彙力と熱量を以ってつまびらかにしたというのに、この時に姐ちゃんの見せた、全てにカタがついたなら、ついでにコイツも巻き込まれ気味とかで、死ねばっ、いぃーのにぃぃぃ……と言わんばかりだった表情は今も忘れられない。
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