⨕07:現金ェ…(あるいは、称賛への勝算いかに/アンチ罵詈コラツィオォネ)


 一心同体というのか三位一体というのか、そこんところは分からなかったし分かる必要も無さそうだったが、とにかく俺―姐ちゃん―そして愛機テッカイトが、3Pスリィピィシィズと形容したら良いだろうか……がちりと過不足なく接合したような何と言うかの全能的感覚を今、受け取っている……ばかりもいられねぇ。野郎に単純打撃であるところの瞬速の右下段蹴りが効かなかったことは未だのしかかる不安材料であり、それを打破できそうな糸口が先ほど垣間見えた気がするものの、その詳細が掴めたというような確たる手ごたえがあるわけでも無かった。考えろ。


「……」


 彼我距離十m、を少しづつ摺り足にて縮めていく。足裏はほど良くぬめる状態であるものの、それはいつも通りなので完全にその摩擦係数とかその他諸々含めた挙動は計算済みだ。視界の先で未だ床面にぺたりとケツを付けたまま無防備な体勢を晒す、立体のような平面のような質感の黒い「野郎」の挙動……そいつが単なる無防備であるのか、あるいはしてやられたコトを逆手に今度は何かこちらを絡め嵌めてやろうとでも考えているのか、その判別にも細心注意を払いながらも、最近特にままならなくなってきたてめえの脳細胞にひたすら酸素を送り込むように深く長い呼吸をしながら。先ほどから脳内を渦巻く思考の流れを何とか落ち着かせて整流化させようと四苦八苦するばかりなんだが。考えろ。


 テッカイトの左肩部、そして「掘削機ドリッラー」の先端―「駆動体」部。野郎はそれらを狙って齧りついてきた。出会いがしらの左肩の時はそんなことを推し量れる状態じゃなかったが、直前の駆動体の方ははっきり「そこ」向けて嬉しそうに顔面から突っ込んで来てたよなぁ……「それ狙い」って感じで。


 その割にはそれ以上の咀嚼も嚥下もしねえっていう。さらには「用済み」みたいな感じで行儀悪く吐き出してきやがったっつう。てことは……


 金属、それ自体を喰おうとしていたわけじゃあねえ。


「こいつらは『チュンベリー』『スロクスリヤ』『ロジェニミーパ』にも出張ってきたっつってたよなぁ。『鉱床』、が共通点つぅのは……もしかして『鉱石』を喰らうのか?」


 ここの他の「襲撃地」の名前を列挙した。そこでの動向を聞いて裏付けを得たい。ただ、「鉱石を食する」、そこまで単純なことでも無いとも頭の片隅では考えてもいたが。それでも確認だ。思考のための確認だぜ。ちなみに「鉱物が好物なのか?」と本当は聞きたかったがそこは自重した……ぜ。俺は……俺はこの年齢になっても成長しているというのか……?


――昂燃メモその10:説明しようッ!! 基本、言わでものことを絶対言う人種メンではあるものの、たまには思いとどまる学習能力も残ってはいる……が、その言わなかった後悔で眼が冴えて眠れないほどに引きずってしまう厄介な脳内構造をも有する業の深い生命体なのであるッ!!――


「……鉱石を狙う素振りはあったとのことでしたが、『食していた』という報告は無かったです。ただ、鉱床周辺の『鋼捻機』や『作業員』の方たちが……その、爪や牙……特にえと、食いちぎるような感じで裂かれていたということは聞いています……」


 計器に囲まれるように埋もれるように、しかしてこの薄暗く狭い操縦席の中で存在感は一輪の花のように際立つ、前屈させられているがゆえにより優美な曲線を描くそのすらりとしたうなじ辺りから、幾分冷静さを取り戻したかのような、ただその分、無念さみたいのも相変わらず滲んでいるような、そんな言葉が流れ紡がれて来る。うん……姐ちゃんの立ち位置とかその思うところは複雑でかつ深すぎるんで、もうこの場でどうこう邪推するのはやめだ。とにかく今は目の前のこいつをガツ、とペラペラになるまでなめしのめす、そんだけのことだぜ……


「俺の見立てでは、こいつらは『特定の鉱物』を摂取とりたがってる。が、ごつとした『鉱石』の塊まんまじゃあ、うまいこと取り込めないんじゃあねえか……?」


 考えをまとめるため、そして共有するために俺にしては丁寧に言葉をゆっくりと区切りながら放っていく。同時に左手首を押し付けるようにして把手を斜め後方に引くと同時に時計回りに二十度、そこから肘をゆるりと曲線を描くような感じで引き上げつつ、人差し指と薬指を押し込むという操縦動作を機体に伝えている。瞬間テッカイトの左腕はその俺の「指示」に的確に応えてくれ、腰部にマウントされていた「駆動体」の「予備スペア」、その黒光りしながら雄々しく反り返り、大小二股に分かれた実に機能美を感じさせる形状フォルムの「絶二号」と名付けられし全長約一八〇cmサンクルメトラァを誇る長大なる逸物を滑らかなる動作にて、右手に保持したままの「掘削機」の先端部へ取り付けを完了させている。引き金トリガを軽く引いて作動を確認。「機頭」と呼ばれる突端部位が腹に響くウィンウィンという頼もしき唸り声を上げながら中空に「ムゲンダイ」の軌道を描く。よし、動作問題なし。


「え、ええ、そう言われてみるとそうかも、ですね……ていうかその間に装備完了したそのイカちィ代物は何? です? そんな掘削動作が必要な場面ってあるんっ、んうっ、い、いきなり動くのだめぇ……」


 悠長なやり取りをしている間は残念ながら無さそうだ。機体を操り、素早く右肩に得物の「銃床」を当てて肘と腰を落とし身構える姿勢へ。眼前、己の左脇腹に刺さった前出の駆動体の残骸をぬると舐めとるようにしてから体外に何事もなく「吐出」してきた輩は、何か、その黒いつかみどころの無い全身を、「歓喜」に震わせたかのように俺には見えた。


 見えたその瞬間、


「……ッ!!」


 何とか機体を、その上体を大きく振って、倒れんばかりに腰も落とすほど傾けて何とか、超速なる野郎のぶちかましをいなす。座ったままの姿勢で跳躍をかましてきやがった。大臀筋だけであんな跳躍をッ? そしてその速度……何か、どんどん加速……上がってきてやしねえか? それも……何と言うかの性急さとそれに伴う乱雑さが絡み合ったような仕草、動き……何かを極限まで我慢している、いや何だ、ナニかがキマっちまったような様態……そうなのか?


 やっぱりそういうことなのか?


 だとしたら、だとしたらだ。滅裂に埋もれていく我が脳細胞にここ一発だけの最大稼働を要請しつつ、明らかにこちらの機体を狙ってくるようになった野郎の。野郎の動きを見極めようとする。そうだ考えろ。野郎の動きを捉えるにはどうしたらいい?


 捉えられさえすれば。……俺の仮説が、いやそんな大それたことでもねぇ詮無い「憶測」が。万が一どんぴた当たっているとすれば、初邂逅の時と同じく、こうなっちまった状態であっても、あっさり沈黙へといざなえさせられるかも知れねえ……


「……ッ!!」


 だが容赦ねえ速度になって来やがった。確かにこちらに背中を向けていた体勢と思っていたが、いつの間にかその暗い「影」はそうとこちらに示さないほど滑らかに挙動し、いつの間にか真っ向相対させられていたようで、またも頭からこちら向けて飛び掛かってきやがる。何とかの一つ覚えのように単調な動きになっては来てるので何とか躱すことは出来ているが、直線で来ると分かっていても紙一重ギリギリの馬鹿っ速さだ。そしてひと呼吸ごとに早まるその挙動。「そいつ」はやっぱり「精神とか肉体」とかに何らかの影響を及ぼしてんじゃねえかと察する。


 その、「そいつ」の正体はやはり此処で産出される「アマルテア鉱」とかの「稀少鉱石レアストゥラ」、なんだろう。こいつら謎の生物は、それら「鉱石」を、摂取する。


 ……「粉塵状」になったそれらを好んで。


「がッ……!!」


 黒い影、が今度は一回、床面で跳ねてからこちらに突っ込んできやがった。俺が避けようと先回りして挙動を先行させていた、そこを突かれた。テッカイトの右脇腹辺り。またも顔なのか首なのか、粘性と弾性を併せ持ったモノで、無駄な力無く、無いがゆえに適確クリティカルに衝撃が貫き通るような一撃。身体が一瞬重力を感じなくなったそのすぐ後に、操縦席壁面の機材の凸部がめしりと、背中一帯、遅れて後頭部にめり込む感触が襲う。


「ツハイダーさん……ッ!!」


 勿論、姐ちゃんの身体はどこにもぶつけちゃあなんねえから、咄嗟に背後から両腕をその華奢な双肩に回し、被さるように俺の身体の内側に押し込むようにして固く保持していた。が、衝撃でその拘束が次の瞬間ゆるんで、俺だけが後方へ跳ね飛ばされる感じに。目の前、振り向かれた整った顔は血の気を失ってより白く、今や恐怖か何なのか引き攣れっぱなしだったが。


 普段はてめえの肉体の内側の方からもたらされる痛みがメインだったが、久しぶりに外部からの激痛を喰らってしまって、それでもそれに対して急激な動きをしちまうのは更なる窮地へ陥ってしまうことをもう神経細胞のひとつひとつは把握しているわけで、俺はその衝撃が一旦全身の感覚器を通り過ぎるまで奥歯を噛み締めた真顔のまま全身を固まらせていなそうとする。


 そして今の一撃で確信した。やはり「粉」くらいにならないと取り込めねえんだ。そしてその「取り込み方」も、どうやりゃあより効率的に摂取できるかを、どんどんと今この瞬間も学んでいってやがる。今の一撃……先ほどまでのテッカイトの「金属ボディごと」あるいは「掘削機の先端部ごと」喰い千切っていくってやり方は無駄が多いと学習したんだろう、今回は表面を撫でる、あるいは「舐める」ような軌跡で来やがった。機体の表面に長年に渡って付着堆積していた「アマルテア鉱」の微粒な粉を、余さずこそぎ取ろうっていうような、そんな執拗な軌道で。


 そんな、こちらに直接の打撃衝撃を与えるにはいささか「無駄が多い」、正にの「舐めた」一撃だったが、それでさえ、この揺らされ方だぜ……呼吸を深めて落ち着くは落ち着いてきていたが、その分、背中には鋭いのと鈍いのが縦横の糸で織られたかのような痛みが張り巡らされているように思えるほどで。と、俺の視界の右の方を横切って、こめかみ辺りから汗が垂れて来たと思ったらそのしずくは赤黒く濁っていた。やべぇ、後頭部の方切っちまったか。


 逃げましょう、興味があるのはこの「鋼捻機」のようですし、降りて逃げた方が……と、わざわざその細い腰を捻って上体を起こして、背後の俺の側頭部あたりに胸元のポケットから取り出した薄桃色のハンカチかなんかを押し当ててくれつつ、姐ちゃんはそう提案してくれるが。


 いまここで逃げることは、状況を悪化させちまうことに他ならねえとの思いがある。勿論、愛機をほっぽって置き去りにして、わけの分からねぇバケモンにその全身を弄ばれるという絵面がどうしても許せなかったという常人には計り知れないだろう、俺とテッカイトの間に流れる関連性に因るところもある。それでも、


 「鉱石粉」を吸引し、てめえの身体の中に取り込むほどに「強化」、あるいは「進化」、いやそんな大層なもんじゃあねえ、イカれガンギマりラリっちまうっつう物騒な輩を放置しておくわけにもいかなかった。てめえのシマを荒らされているっつう、腹立たしさも無論、肚の奥底には流れている。そして、


「逃げ……たくはねぇ。頼む、力を貸してくれ」


 偶然、ではあるものの、「二人乗り」のこの状況が、すべての不利を吹っ飛ばせてしまえそうな感じも受けている。首を横に振ってそんな言葉を垂れ流してきた俺に向けて、上目遣いのその鳶色の光が何故か力を帯びたように見えた。と、


 も、もうここまで来たらそうですねしょうがないですねっ、べ、別に情にほだされたとかそんなんじゃないんですからねっ、という何故この場で、というような幾分艶を含んだかのような甘さも有したかのような声に一瞬クラと来てしまいそうになるものの、割り切って受け入れてくれたんなら話は早ぇ。


「ありがとうよぉ、おかげで野郎をぶっ倒す『策』がかっちり見えたぜぇぁッ!! シグナルオールグリーン……これより我々は最適搭乗位へと移行する……ッ!!」


 俺は背中に走る痛みを堪え、手前の姐ちゃんの身体を丸ごと「操縦盤」から引っこ抜くやいなや、えぇ……と困惑気味のその細身を空中で回転させこちらと対面する形へと。その細長い両脚を俺の腰に絡ませるようにして固定させる。そして腕を俺の首に回し掛けるようにして、これにて完璧だ……ッ!!


「しっかり掴まってろよぉぉぉ……ッ!! そして背面の『操駆盤』の操作は任せたッ!!」


 ええぇこれ駅べ、えええぇ……という声とも赤面顔とも向き合いながら、俺は覆天蓋キャノピー越し、ゆらゆらと愉悦にその黒い身体を揺らしているかのような、野郎とまた真っ向から対峙していく。

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