⨕06:複雑ェ…(あるいは、セイなる、かなぁ?の/婚前一体フリヴォーロォ)

 生きてた……いつからだ? いや、おかしいか、その問い方は。


「……」


 こちらに向けて激しくぶちかまして来てから後は、野郎はそのままの位置で不気味に相対したまま立ち尽くしている。「立ち尽くして」ってのは憶測で、「相対して」っつうのも憶測だが。つまりその謎な輩は、この薄暗闇の中でもはっきり「闇」と認識できるほどのくっきりとした「境界」が「人型」に区切られているだけで、その吸い込まれそうな「黒」の中がどうなっているのかはてんで窺い知れねえわけで。立体のようにも見え、はたまた平面のようにもまた見える。視点を、焦点を合わせようとすればするほど、何かこちらの眼球の奥の盲点を貫いて脳まで根元から揺さぶられちまうような感じを喰らわして来やがって気持ちが悪ぃ。


 だが。


 あ……あ……と掠れ声なんだか、喉奥が引き攣れてそんな音が漏れ出ているのか分からねえが、腰を抜かしたんだろうけど、例の「操縦盤」に跨り着座しているからへたり込むことも出来ずにそのまま固定されていない上体を後ろに傾けてきた姐ちゃんの心地よい体重を胸板で受け止めながらも、その華奢な柔らかさを堪能している暇は無さそうだった。


 選択肢―「逃げる」がここは一発、最上と思われるものの。


 あいにく、この「大空間」は正にここがドン突きで、俺らが先ほどくぐってきた「入口」以外に出入り出来る箇所は無い。そして今はそこへの退路上に、野郎が愛機との間に挟まる位置取りとなってしまっている。すんなり通してくれるなら……いや、やめとこう。安易に近づいてがつりやられてもコトだ。じゃあ「通風孔」……生身ならその細孔をよじ登っていけるか? とは言え何だ、「多数の犠牲者が」どうとか言ってたよな……こいつの眼前に生身を晒すのはよろしくねえんじゃあねえか……?


 なら選択肢は「ぶっ倒す」以外には無さそうだ。まあ言うて俺とテッカイトが「呼吸」を合わせれば、苦も無くまた投げとかは打てそうとは思っているが。


「……」


 なぁんか不気味だ。何でそもそもこいつは甦っちまったんだ? 結構な間、ずーとそこに転がってたじゃあねえかよ……


「……『サナギ』とか、『脱皮』とか、そ、そういうものかも知れませんね……そういう情報は、全く無い、ですけど」


 不自然な感じで深呼吸してたなとか思ったら、そんな少しは立て直し、落ち着きをやや取り戻した言葉が、俺の懐から紡ぎ出されていた。震えを止めようとしてんのか、その柔らかな身体を懸命に強張らせつつも、とは言え全然止められていねえが、大した姐ちゃんだ。


「……ッ!!」


 と、いきなり眼前に動きが。俺は機体を身構えさせると半歩ほど後ずさり、またの衝撃に備えようとするものの、黒いシルエットがそれ自体は微動だにせずに、ただそこから何かを射出して来やがったように見えた。飛び道具……? にしては全然射程はこちらに届いていねえし、その速度も大したことはねえ。とか結構冷静に状況を判断できていたように思えた俺だが。ささやかな放物線を描いて床面に結構な重質さをもって落ち転がったその「物体」には何か見覚えがあった気がしたので、野郎本体からは視線を、その挙動からは意識を切らずに、物体それに焦点を合わせる。金属質なテカり、ギザギザなフォルム。その質感には有り、その形態には無い、見覚え。何だ? その相反する知覚が脳内で混ざり合い、解を弾き出すよりもコンマ二秒くらい前に。


「……ッ!!」


 俺は吠えていたわけで。


 何事かと身をこごめる腕の中の姐ちゃんの身体ごと前方へてめえの腹で押しやりつつ、操縦席の内壁に寄りかかっていた体勢を弾けさせるように、がばと計器に覆いかぶさるようにして前を見据える。そのまま機体の右手指先を自らの左肩に伸ばすと、やはり無かった。


 普段は雄々しく盛り上がっていたはずの、テッカイトの「左肩部」が。


「やろぉぉおおおああぁぁぁあぁぁああッ!!」


 瞬間、突き入れている、自分の右肘を。そしてそこから左へ滑らせるように肘下を捻りつつ払うと、その操作挙動は精密に機体へと伝達されている。と同時に前方に放り出していた右足、そして左足を続けざまに手前に擦り引き込む。土踏まずに引っ掛けていた「鐙」が床面との摩擦で火花が出そうなほどに速く、強く。


 機体はそれによりこれ以上無いほどの屈み込みクラウチング体勢に一瞬固まったと思うや、左右コンマ一秒の誤差をわざと生じさせて、前方へ向けての突進をたたんという絶妙の踏み出しにて開始している。しかし野郎は、先にやり合った際には「見せなかった俊敏さ」で、向かって左方向にすいとその黒い影のような体躯を傾けるようにして難なくこちらのぶちかましを躱すとそのまま、また何するでもなく、こちらを睥睨してくるわけだが。野郎ぉぉぉぉ……ッ!!


「おち、ついてっ、ツハイダーさん!? こんなの見たこと無いやつですよッ!! 突っ込むのは危険です!!」


 かなり落ち着いてきたじゃあねえか。持ち前の、か? 理性回って冷静なその言葉。ごもっともだぜ、だがよぉ……


 喰われた。んだろうおそらくは。そこが「口」だったがどうかは分からなかったが、確かに出会いがしらに機体テッカイトの左肩に喰い付かれ、そしてそこを嚙み千切られた。


 そして、それをさも不味そうに、吐き出して来やがった。


「……落ち着いているぜぇぇ……『突っ込む』ってぇか、俺は、俺はただただ野郎の穴という穴にこの『グッグニール=アナリスティクス=ドリッラー』を貫きブチ込んで顎関節があるのならそれを内部からガタガタいわせてやろうってだけのこったぜぇぁ……ッ!!」


 ヒィィ落ち着き方が怖いぃぃ……との震え声を胸で感じ止めつつも、俺は極めて冷静に機体右手を後ろ手に回して腰部にぶら下げていた「得物」をガチャと外して保持する。


 俺の相棒にしでかしてくれたことをぉ……身を以って後悔させてやるぜぇぁッ!!


――昂燃メモその9:説明しようッ!! 割と普段は感情起伏がほぼ見られないほどに平坦であるが平常だが、他人にはよく分からない変なスイッチが入ってしまうととんでもない激流のような感情が突如発露してしまうものなのであるッ!!――


 怒りが噴き上がるほどに、己の顔面は熱が引いて無感情のまま引き攣れ凍り付くようなサマになることは自覚している。胸元から心底心配そうに上目遣いで見上げてきた鳶色の瞳が更なる驚愕か恐怖で固まるのを尻目に、俺は岩と化したツラを土埃でやや曇る覆天蓋キャノピー越しに野郎に向かい合わせる。


 手にしかと保持した小銃のような形態のそれは、年季物の「掘削機ドリッラー」だ。こいつも整備の奴らと長年に渡って、ちまちまと最善となるようになるようにと逐一ゼロから作り上げてきた一品ものの逸品。粘りのある鋼のボディと硬質の樹脂パーツを縒り組み合わせ形成されていて、本物の小銃のように肩に銃床を当て銃把を握り構える。銃身に当たる部分、「駆動体ドライバー」が回転・振動・打杭の動作を荒くも細かくも自在に行うことが出来、これひとつで大まかほとんどの掘削作業は賄える。さらに取り外し可能な「駆動体」はこれを付け替えることにより無限、正に無限の作業工程をこなすことが出来る可能性を秘めているのである……ッ!!


「……まえっ!!」


 いかん、悦に入っていい状況じゃあ全然無かった。相変わらず震えながらも気丈にそう制してくれた姐ちゃんの頭をヘルメット越しに顎を引いて固定すると、床面を滑るようにこちらに向けて移動してきやがった野郎に対し、機体の左脚を思い切り右斜め後ろに引きつつ身体を反時計回りに捩じると体重を後方へと移行、軸足として固定していた右脚に撓みが最大限生じる瞬間まで溜めに溜め、次の瞬間、開放され突き込まれていく右爪先は最短距離をつく瞬速の下段ローキックと成り炸裂する。


「……ッ!?」


 はずだった。確かに向かってきた野郎の左膝を刈るように着弾したと思った。手ごたえというか足ごたえも確かにあったものの、それは想定外の、不気味な柔らかさを持った質感のものであったわけで。さらには突き出したテッカイトの脛部を撫でるようにして、ずるりと掴みどころの無い形状と挙動にて機体に絡みつくように這い上ってくると、こちらの「操縦席コクピット」までその表情も何も無い「漆黒」の顔を伸ばそうとしてきやがる。まずい……ッ!!


 思わず迫りくる不気味な「闇」から身を護ろうとする根源的な動作にて、俺は右手に保持していた「掘削機」をただただ上から殴りつけるように振り下ろしている。しかし今度も確かにこめかみ辺りの脳を揺らす一点へ打ち込んだはずなのに、ずるりと滑る軟質な感触だけが手に残るばかりであり。困惑しか脳内に浮遊させていない俺とは裏腹に、野郎は先ほどまでの気の無い素振りが作りだったかのように、表情は無いが、「歓喜」のような挙動を浮かばせながら、今しがた己を打擲したそれに顔面を突き入れていく。


「……ッ!!」


 かろうじて、掌で暴れる銃把を抑え込んで取り落としてしまう事態だけは避けられた。が、金属が轢断された嫌な感触通り、「駆動体」の半分以上が、ぽきり折り取られ、おそらくはまた野郎の口腔内に取り込まれたんだろう事だけは認識出来た。


 怒りがまた寄せてぶり返して来そうになったが、流石にここに来て軽率な行動はあかんことに思い至る。こいつの「質感」が変化していることは先ほど姐ちゃんが推察した通り、「脱皮」か何かをカマしたんだろう。「変身」……あるいは「変態」、か? まっとうな方の意味の。そいつだけは把握した。把握したっつっても謎な部分がほぼ百%であるとこに目を瞑ればだが。それより何より、


 ……何でこいつは「金属を齧る」?


 まとわりついてくる気色の悪い輩のおそらく脇腹辺りに、今しがた齧り取られた掘削機の波打つ破断面をあてがい、機体の右親指を繊細に操ってグリップの左に設置されている小さなレバーを押し込みながら下へと引き下ろす。「離脱リジェクツ」。


<……!! ……!!>


 瞬間、先っぽの「駆動体」の残骸部分と、それに接していた野郎の黒いぬめる身体は後方へと吹っ飛んでいる。うん……この機能は特に掘削には必要の無え代物なんだが、何かこう勢いよく排莢みたく出来るの感じのやーつっていいよねぐふふふ……というような満場一致の総意にて付けられていたその機能が今……正に役に立った……


 十mくらい先まで飛んで、床で跳ねて。初めて「面食らった」、みたいな風情を漂わせている。相変わらずそのツラ含め「闇」は「闇」だが。尻餅を突いた体勢。そしてその脇腹に突き刺さっている「杭」状の「駆動体」に不思議そうに手をやったりしているが。


 不思議なのはこっちもだ。こんなちゃちな衝撃が何で効いた? さっきの会心の右ローの方がびたり決まったはずだろうがよ……と、


「いま、なら逃げられるかもですよ……ッ?」


 姐ちゃんが示すように、退路は開けた。野郎も野郎で自分の身体に起こったことにほんの少し驚きを覚えて固まっている。逃走するなら好機、それはそうそのはず。だが……


「悪ぃが、今ここで始末させてもらうぜ。これ以上このシマで好き勝手やってもらうわけにはいかねえんでなぁ……」


 この坑道から表に出しちゃあならねえ、直感だがそんな気がした。てめえで蒔いて育てちまった種ってこともある。そしてまだ完全には確証はねえが、こいつを仕留める算段が……ついたってこともある。えぇ……そのニヒルやな予感しかしなぁい……との声は漏れ出てくるものの、逡巡している場合でもない。


 悪ぃが二ケツさせてもらうぜ、本気で機体を操縦しなきゃあならねえからよぉ、と、俺は一応そう断ってから一度ペダルから爪先を外して鐙から足を抜き、姐ちゃんの身体を起こすと少し前に押しやりつつ、「操縦盤」の脚を入れる穴の後ろっかわに隙間を作ってもらうとそこにてめえの両脚をそそくさと捩じり入れていく。直列二人乗りタンデムだ。


「ちょっ……ダメですってそんな無理やりっ!! そんなの入らないですってば!!」「力を抜け、強張ったままじゃあ入るものも入らねえ」「い、いたっ……だ、だめぇ、壊れちゃいます壊れちゃいますから!!(操縦盤が)」「いいぞ、もう少しだ……このまま奥まで……行くぜ?」「だめって言ってるのにぃぃぃ……」


 お前さんにも「操縦」の一部を担って欲しいんだそれしかこの窮状を覆すことは出来ねえ頼むよ頼むほんのほんのちょっとちょびっとだけだからよぉ……との切羽詰まってなし崩し感満載になっちまったがその分、真摯なる俺の言葉は。


 あこれどうあがいてもダメなやつだぁ……との承認を得るに至った。俺の視界を確保するため、姐ちゃんの上体を後ろから精いっぱいの優しさを以って前屈させ、前方に屹立する「威力棒桿」を両手にて包み込むように保持させる。万全だ。これならいける、はずだぜ。


「いくぜぇぁあああああああッ!!」


 気合いを一発。再度、両膝にレストを当て、両爪先を鐙に通す。両手を伸ばし、操縦把を軽く掴む。おし、完璧だ。これで俺とテッカイトは正に「人機一体」、そして頼もしい「副操縦士」も得て、完ッ璧、布陣だぁああああぁ……ッ!!


 ええぇこれ立ちバ、えええぇ……との前方からの声が聞こえる中、俺はようやくこちらに向き直ったかのように見える野郎と、真っ向対峙していく。

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