⨕05:饒舌ェ…(あるいは、プレトォなる者、難事の名はデザァストリ)
など、手前勝手に手ごたえを感じているばかりでもいられねえ。ついつい脱線脱輪しかける己の思考回路路線を律する方向へ方向へと苦心しつつ切り替えながら状況を振り返り見れば見る暇も無く、ひどく無機質ながら牧歌的な、と言えばいいのか、そんな空気感の中を何とは無しに何はともあれ「目的地」目指して愛機の歩は進み始めていっちまっている。と、
「のっ……登るんです? ここを? ほぼ直角じゃないですか……んうっ」
「大丈夫」と先ほどのたまった割には、切なげな苦しげな吐息まじりのねとりとした声を時たま上げながら、俺の眼前で今にも膝から崩れ落ちそうなほどの内股+前屈み状態のまま、それでも目の前の黒光りする操縦桿の根元から反り返る先端部に至るまで、その細く繊細そうな指を絡ませつつ、機体の頭部を操って視界を確保してくれているのはありがたい限りだが。
目的の場……は、今はもう使っていない「旧十三番坑道」の若干潜ったところにある。よって
「……ちょいと揺れやすぜ。足踏ん張って腰を落として、下っ腹に力を入れといてくださいよぉぉ……」
よって、左手側にそそり立つ「岸壁」と言えるほどの斜度を持つ、結構な粘質を持った灰色のサレ岩主体の岩肌を撫でるように真上に伸ばした機体の左腕、そのさらに先の左手指の先で触って異状は無いかと一応軽く確認した後、だだめぇ急制動もうらめぇ……との前方からの嬌声のような声は聞こえなかった体で、両膝を曲げ落とし、上体をも屈め込ませて「
「……ッ!!」
垂直跳び。ガキの頃なんかはよく学校の身体測定とかでやった記憶は残っているが、まあ今「生身」でやろうもんなら、確実に瞬間、身体側面の筋やら筋肉やら神経やらをいわしちまうだろう、想像しただけで左横隔膜がひくついてしまうほどの「運動」ではあるが、いま俺の手足、いや「身体」そのものと一体化している我が
目測五mはいけたか? 勿論それだけで越えられる「壁」でないことは必定承知。しかして「旧十三番」は俺含め現場の輩たちが隠れて一服かます時に長らく常用している穴場であり、そこに至るまでの「道」は、「有志」の手によって実に痒いところに手が届く、緻密かつ一見さんには到底辿り着けないような絶妙なる
「えっ、ええ~」
驚き声も掠れ霧散してしまうかのような、想定外の「運動」だったんだろう。そんな茫然素立ち状態の細身の姐ちゃんの、小さな頭は勿論、他の華奢だったり豊潤だったりするあちらこちらに至っても、周りの無骨な金属主体のどこにもぶつけちゃあならねえわけで。空いてた自分の右腕を巻き付けるようにその細いウエストをがちりとてめえの腹に押し付け固定する。ふやぁ、との声が漏れるのを触れているその臍辺りの振動でも感じ、そのうなじ辺りから濃くなったような香りが俺の鼻腔をくすぐると言うか無理やり貫通してくるくらいまでの勢いで迫っても来るが、ぐるりと縦方向にそれこそ三〇〇度くらいか? 大回転をかましていた機体の、その右爪先辺りに今度は硬い「感触」を確かめるか確かめないかの瞬間には、そいつ……頑丈な鉄の杭を粗雑に打ち込んだだけの簡素な「足場」だが……を思い切り蹴り踏み込みつつ再度全身を曲げてからの「跳躍」の動作へと。既に入力は終えている。
か、回転からの上下動だめぇ、とのまたも掠れ艶っぽい声は上がるものの、依然しっかりと「棒」は保持していてくれてるんで視界は良好だ。まあ見ずともここまでは身体が覚えてるんで問題はさらさら無いんだが。さて。
「……」
すとりと、機体両膝のサスペンションを存分に活用し、最大限衝撃を殺しつつ降り立った場所は、岩砂利でぐずぐずな「旧十三」の正にのぽっかり開いた入口の前。今はまだ陽が高いんでかろうじて陽光がその洞穴然とした暗くぽっかりと開いた闇を少しは滲ませてくれているものの、用済みとなった今は当然もう常夜灯なんかの設備は取っ払われており、
だが、何かを隠すのには持ってこいの「場所」とも言える。
「ここ、ですぜ。この入ってすぐいちばん右の坑道を下っていくとすぐに600
持って回った言い回しは、俺自身ここからどのようにコトを穏便に運ぼうかっつう、時間稼ぎも兼ねた今更に過ぎる思考の末のものだったが。
「……ここまでもうマナ板に乗ったぜこっちは。あんたもそろそろ自分の氏素性くらい話してくれてもいいんじゃあねえですかい?」
結構蒸して来た操縦室の内壁に中腰でもたれたような姿勢のまま、眼前で相変わらずその綺麗なうなじを赤らめたままの御仁の出方を窺いながら、それでも何とか最善を、とか思いつつ切り出そうとしている。と、
「……『監査』じゃなく……『調査』をしに来たってことは、何となく伝わってはいると思いますが」
前方を向いたまま、姐ちゃんの声は艶っぽさを含んだままであったが、また例の冷たさみたいなのを帯びていく。それでもこちらの質問にも最低限答えてくれんだろう姿勢になってくれたことは、まあ、有難えっちゃあ有難え、のか? 俺は機体の腰横部に装備された二つの
「その、どこぞの『調査機関』さんのお目当てが、例の『あのバケモン』ってわけかい。あれぁ、何だ」
ここまで来たら駆け引きも何も無くなった気がした。ので躊躇せずバンバン手札を切っていく。行くとなったら一気呵成に。やけっぱちとも言うかもだが。勿論それに見合うバックを期待してのことではある。が、
「……『未知』としか。それよりも『あれ』をどのように無力化させたのかの方が気になりますけど。他の採掘場では無差別に人が襲われて相当の被害が出ています」
ふいに肩越しにこちらに向けられた視線とかち合った。その鳶色の光は相変わらず鋭いものの、そこには何と言うかの哀切みたいなものも漂っているような気がして。
全部を全部、信用しきったわけじゃあねえ。だが、この姐ちゃんが出張ってきたのは、単に「任務」だとか「仕事」だとかそういったものだけでも無え気もしている。いやちょろいのか? 俺は。
「……正直、ここで一服してた時にいきなり出くわしたのには面食らったが……何か
とかのたまってみたら、なぜ報連相をしなかったんですか何故……ッ!! と勢い責められる態勢になってちょっと萎縮しちまう。ここが秘密のサボリ隠れ家であることの露呈を恐れてのことだったが、それより何より、なぁんかもう面倒くさくなっちまったからよぅ……
――昂燃メモその8:説明しようッ!! とかく平凡平常なる毎日に嫌気は差しているものの、そこから逸脱しそうな何やかやの揉め事やトラブルは見なかったことにしてしまう事なかれ主義も精神の根底に根をはびこらかせているものなのであるッ!!――
「……まあその辺りの杜撰な行動については後ほどきっちりと糾弾および然るべき措置を取るとしまして……『投げ飛ばした』? 『動かなくなった』? どういうことですかっ」
いや大分興奮召されてきたな……どういうこともこういうことも無いんだが……純粋なる怒りをも上乗せされてさらに上気している、険しき険が全体に立ち昇ってきてなお流麗さを保ってるようなその小顔の迫力にうお、と寄り切られてしまいそうになるが。息をひとつ呑み込んで何とか体勢を立て直していく。
「あ、だからこういきなり向かってきたところをだな、咄嗟の事とは言え、
「決まり手を聞いているわけじゃなくてですね、情報では警官の発砲した拳銃の弾を苦も無く弾いているんですっ、硬質な黒い『外殻』、そして鋼をも貫く『牙』、そのまま対象を嚙み千切る『顎』、そんな『危険動物』が投げつけられただけでやられますか?」
と言われてもだな。実際あったことしか言ってないんだが。埒が明かねぇと見た俺は、取り敢えずじゃあ
ん……っ、ぜ、ぜったい糾弾してやるぅぅ……という押し殺した小声が、規則正しい上下の
視界が開けた。
元はいちばんの採掘現場だった
「本当……こんなことが……」
姐ちゃんもそれを確認して、把握はしてくれたようだ。黒い「甲羅」のようなものに全身を覆われた巨体……確か組み合った時、愛機と同じくらいの体高だったと記憶している。そうだ、最初は四つん這いで移動していたような気がしたが、立ち上がって掴みかかってきやがったんだ。つまりは「両腕」も人間のように使えるようだったってことだ。奇しくもこの
何となくの違和感。
「野郎」のシルエット……頽れているは頽れているでそのままのように見えるが……
……「頽れ過ぎ」てやしねぇか? こんなにぺったり床に貼り付くほどの「薄さ」だったか?
脳内でその
刹那、だった……
「……ッ!!」
左方向から機体全身を激しく揺らす衝撃。左足裏が浮き上がる。のを察した俺は姐ちゃんの頭を引き寄せ抱きかかえつつ、右足を軽く後ろに振ってから前蹴りを入れるように突き入れると共に前方へ軽く跳躍しつつさらには中空でぐると体軸を回転させると、襲ってきた「衝撃」の方向へと向き直る。
「あれ……っ!!」
姐ちゃんの震え声は、はっきり恐怖を孕んでいた。その震える両手が掴んだままだった桿を右手指でつまむようにして引き上げ、少し視界を上げる。そこには、
「……」
真っ黒な色をした、というよりかは、周囲の光という光を吸収してその結果、みたいに、「無」のような暗さをその全身に宿した、テッカイトと同じくらいの大きさの二足で直立している野郎の姿があったわけで。天国のおふくろ、そして親父……
何だか今日はまずそうな気がする……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます