⨕03:不穏ェ…(あるいは、崩壊ウェイト/そいつぁオルゴーギォが許さない)

「こちらが……えと、『鋼捻機』? です?」


 オンナの欲望が飽和点に達したのち、その後の失望により脆くも霧散していくサマというものは、まぁ人生顧みて、まぁまぁ見慣れていた光景というかすべからく毎度のことであったので特にこちらの感情がmmメリィほども動くということは無かったものの。


――昂燃メモその5:説明しようッ!! 未だにちょっとした好意未満の行為にあっさりノせられてしまうものの、その裏ではもはや若いコに好かれるという事象が皆無であることも脊髄で把握できているので、冷めるのも急速なのであるッ!!――


 いったん坑道から出てぐるり裏手に回っての、金属臭がただよい溢れる無骨で大仰な昔ながらの佇まいの格納庫ハンガーにて。平日昼前、ゆえに当たり前だがあらかたが出払っている結構な埃くさい薄暗な大空間には、アームに乗った整備の奴らがちらほら上げる金属音と、端の方で蒸気が噴き上がる間欠音だけが物寂しく響き渡っている。振り返り見れば入り口らへんで思わず立ち止まってからはその細い体全体から「好奇心」やら「期待」やらを中空に力無く放出したかのような姐ちゃんの無表情と視線とに、かち合い気圧されてしょぼくれさせられそうになるが、が、そんな茫然ヅラをしていようとも四角く切り取られた柔らかい陽光をバックに所在なげに佇む姿は絵になんな……とか、こちらも呆けている場合でもねえ。


 とは言え何とか諸々の体勢を立て直そうとせん俺を尻目に、我が「愛機」はいつも通りあるじを待っていたと表現するにしてはさんざ酔っぱらった挙句によせばいいのにひとりで帰ろうとするもんだから居酒屋の入口の引き戸を開けてすぐ隣くらいの小汚い塗り壁に背を擦りつけつつ寄りかかりつつ両脚は前に投げ出しつつ頭はがくんと倒れて寝こけたような、という愛想も何もない待機姿勢と言うか糸の切れた操り人形マリョーネツという比喩そのままの体勢にて頽れていたのだが。そういや昨日もあまりの身体のツラさから、「収納」をおざなりにして引き上げちまったんだすまねぇすまねぇ……ささ、これからの諸々はお前さんの働きひとつに掛かってんだ機嫌直してひとつよろしく頼むぜぇ……とか気を取り直し、俺はひとつ粉っぽい空気を呑み込むように吸ってから言葉をひり出していく。


「……だいぶ年季が入っちゃいますが、都度都度改修を繰り返してますからねえ。全然現役。いま市場に出回っている奴らと馬力は遜色ないか稼働域によっちゃあ高いまである。機体フレームは『コザァーン』の『ステイブル弐式』、そこに『ジナ=テック』の『第六世代光力エンジン』を調整に調整を重ねて無理やり積んだ、まあまあの暴れ馬ってぇやつですわ。そんでもっての二十年来の腐れ縁。『愛機』、言うなりゃあ、そうなりますなあ」


 深緑色にカーキが混ざったかのような、いや実際削った岩盤粉とかで長い年月かけて正に自然にまぶされ堆積コーティングされてるもんだからそんななまじの迷彩色よりも迷彩感のある渋い色彩カラーリングが施された無骨なシルエット。こいつぁ一朝一夕で醸せる渋みじゃあねえ。全高8メトラァ。に対しての横幅は、左右に張り出したマッシブな両腕を保持するためにその倍近くの14mと、その堂々たる威風を滲ませながら、がばと迫力満載で展開している。そしてその超重な上半身を支えるのは安定感抜群の両脚。きっちりとカマされた懸架治具サスペンションは耐ショック性能は抜群ながら、なめらかにまるで人間の関節のように精密にも動作する。最近ただ歩いているだけなのに膝によく割れるような痛みが何でか走るようになって何でも無い所でよろけてしまうことの多い俺よりも遥かにスムースに。


 いやまあ言うて自分てめえの趣味全開の、公私混同も甚だしいカスタマイズが過ぎる機体マシンではある。そこまでの馬力は必要か? とか、何でわざわざ直立二足歩行なんだ? とか。ま、そもそも誰に理解されようとも思っちゃあいねえわけで。


 そしてただただ言ってて自分が気持ちいいだけの最早「口上」みたいになっちまった言わでもの説明は、言うまでも無く俺の自己満足のためだけに、殊更に腹からのいい声を出して開陳してやった。ものの、


「えと……何と言うか『ヒト型』? みたいなのを予想していたものですから。あ、あー、こういうのんなんですねぇ……」


 生憎、御姉様のお気には召さなかったようで、それでもおざなりな追従笑みだけは返してくれるものの、その精度は先ほどあれほど完璧に己の感情やら腹の底をシャットしていたとは思えないくらいに、「残念」という概念を顔筋だけで表現してみた前衛的な芸術が如くの何か、みたいな身も蓋も無いものだったわけで。何でこんなに分かりやすくなるんだ? もっとこう……あるだろう? いや、それよりも訂正せねばなるまい……


「いや? こいつぁ……まぎれもない『ヒト型』。と同時に『採掘』等々の作業効率性も鑑みると、この機体バランスは正に『最適』。にして『至高』。まま、乗ってみりゃあ分かりますぜぇ、自慢じゃあないが、こいつ一機で『アマ鉱』だったら採れ高一日平均120kgケルガルマは固い。つまりは『機能美』……ふっ、アランチさんも『鋼機マニア』であるのならば、その辺りに何かを見いだせても良き境地に至らんとですなぁ、はっはっは」


 とは言え。俺も俺で何とも言えない表層キャラが出張ってきてしまっていて、これこそ言わでものことを垂れ流す羽目に。もっとこう……あるよな? 多分これでもかの度し難い粘着ヅラをしていることだろう。ヅラと言えばの我が上長のねっとりずんめり感を笑えねえ……これが老害おいさらばえるというやつなのかェ……と、


「はぁ……まぁ、そうだとしましても、その『機能』とやらを実感しませんと? 如何いかんとも評価は出来ませんわけで?」


 相対してきた姐ちゃんのツラは、これまたこれでもかのお澄ましヅラであるわけで。その上でまるで興味ありませんが風情を声色からも醸しても来るんだが、本当、下っ手くそな素振りもあったもんだ……何だろう、先ほどまでの緊迫感はありつつももったりともしていたやり取りと比較するとあまりに稚拙かつ直情的そして見るに堪えない応酬が展開しているェ……


「……」


 で、ありゃあ、ま、乗ってみてもらうほかは無えよなあ……と言うか元々そういう流れだったわ、そっから先は考えてねえにしろ、とりあえずは「あの場所」まで案内して、その反応を見てからのこっちの応対を即時決めていく……無論、この姐ちゃんが何らかの隙を見せてくれたのなら好都合であったが、機体に関しての嗜好は同じかと思って色々繰り出したはみたものの、どっこいその志向はちょいとズレていたようだぜ……が、


「うわぁ、こんな感じなんですねぇ、まさに『操縦する』って感じでこれは分かります、分かりますともっ」


 おっと、ふっ、このカスタマイズにカスタマイズを重ねた「操縦席コクピット」の第一声感想がそれたぁ、なかなかどうしてだぜぇ……ひとことで『採掘』と言ってもその手法やら手順やらは多種多様だ。端から豪快に極太ドリルで一気呵成にカチ割っていかなきゃあ日が暮れちまう局面もありゃあ、髪の毛一本の操作ズレで最良ミントな状態の完全塊を真っ二つにスコと割っちまうってこともままある。ゆえに巷の「鋼捻機」ってのは役割ごとに細分化された、それこそそれぞれの適所な「機能美」を誇る機体ではあるのだが、そこまで単一に突き詰めちまうと、遊びも面白味も無いってのが俺の持論というか拭えない性癖ヘキでもあったりするわけで。


 ……そして辿り着いたのが「ヒト型」であったと。


 「ヒト型」……それはロボットに携わる者であれば誰もがあこがれを抱くであろう、至高の境地……「人造人間ロボット」の訳が示すように、「人間に使役される人間」……であれば、「ヒトが搭乗するヒト」であるべきだっつうのは、決して間違っちゃあいねえ考えと思うし、少数派ってことも無いだろうとも思う。


 ただ、それを実現させるのがひどく難しいということに尽きるだけだ。


 俺の愛機も確かに、完全な「ヒト型」かと言うと語弊はあるかも知れない。大きく張り出した両肩。そこから伸びる長大な腕は、前屈み姿勢も相まって、指先は地面を擦らんばかり。さらに猫背ガニ股の上、バランスと安全を取るためにコクピットのある「頭部」は平たく、胴体にめり込むような感じで鎮座している。うん、「猿人」とか「原人」といった佇まいか。それでも、


「ようこそ、我が愛機『テッカイト』のコクピットへ。多少手狭ではございますが、乗り心地に関して言やあ、巷の軟弱な『エセベロ機』なんかにゃあ全然引けは取りやせんぜぇ」


 目指したい「境地」というものはあるわけで。そんなわけでこんな状況下でも私情を挟みまくることこの上無いが、まあ譲れないものってのは誰にもあるだろうとか、そう思う。そして、


 いいですねいいですね、こういうのでいんですよぉ、と割とまた食い気味感がぶり返してきたような姐ちゃんにまたもさっくりと勝手な好意を感じつつも、その「テッカイト」っていう名前は何か由来があるんですか? とかまた絶妙なフリをかましてくれるから、


「……古いアソカゥの言葉で『くろがねの大剣』の意を持つ言葉……『形容するケーヨースルー・鉄塊テッカイ』から取った……正にの『鉄』の『大剣』であるサマを今から見せつけてやりますぜぃ?」


 会心のニヒルな返しをかまし返した。と思ったが、返ってきたのは、えぇダサぁ……とのくぐもる困り声であって。あるぇ、やっぱし、ちょっとした所でズレてんのかねぇ……


 だが、それがいい……


――昂燃メモその6:説明しようッ!! ポジティブもネガティブも、割と何でも飲み下せるほどまでには六つの感覚器官は爛れてきているものなのであるッ!! (いちばんの恐怖は無関心無反応)――

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