⨕02:強引ェ…(あるいは、暫く漸く/イントレチ/あーれー)

 何かしらの嫌な予感というのはあった。取って付けたかのような「異動」話。に伴うイレギュラーな「監査」。に、身に覚えがありまくりの俺。を、敢えて「案内役」に指名してきたハゲ。いつもいっつも万事なあなあでやっているこの現場であるからスルー気味でここまで来ちまったが、何と言うか、四方八方から搦めとらんとする網をゆっくりと引き絞られているような、そんないやな空気感というものを感じ取っていた。何か、臭う。こいつはいつもの不意に来る悪寒なんかとは別物のはずだ。が、


「こちらの『アマルテア鉱』の採掘量は年々減少しているのが実状。現場の方の高齢化、働き手の不足もそろそろ深刻です。五年と言わず、二年三年で立ち行かなくなる見通しも立っているわけで……」


 アランチと名乗ったその「監査」姐ちゃんは、最初こそ固まった美顔のまま、それに幾度と振り返りつつ何とかとりなそうと必死こいてまたさらに言わでもの事をのたまい倒しちまう俺の後を無音無反応で着いてきていたものの、坑道周りの逐一を見て回るうちに、現場の誰もがうすうすと感じつつも意識から締め出そうとしていた現実をすらりと、いともたやすく明確に言葉にして紡いで来た。


「……何か、思うとこがあるようだが?」


 とは言えその静かながら何と言うかの熱が根底に流れているかのような口調は本店の偉いさん方と違って、割と俺ら側に親身に向き合ってくれているように思えたわけで。いや単純に受け止め過ぎか。けど。


 心地よい秋晴れに照らされた鉱床が広がる、すり鉢状に段々にえぐれた採掘場を見下ろす憂いを秘めたその横顔は、無骨でぶかぶかな白ヘルメットをかぶっててなお、思わず見とれちまう何かを醸している。色々不明なことは多々あったが、何であれ真摯に向き合わなけりゃあいかん案件かも、と慇懃軽薄な道化に徹しようとしていた己を改めて、そのような敢えてのぞんざいな口調で言葉を放ってみるのだが。


「いえ、ただ私も一線から退かされた自分の身も照らし合わせて、そんな、『はぁー』って感じの先行きのどうしようもなさを述べただけなんですけどね」


 おっと。俺よりも全然ざくりと来やがった。が、うちの「監査部」ってのは語弊を恐れずに言うと現場最前線を退いた「経験豊富」な人材が役職を経たり経なかったりして最終的に定年までに流れ着くとこって印象だ。詳しく素性は知らないが、このいかにもデキる感じの姐ちゃんとかが例え腰掛けだとしても配属されるとこじゃあねえ。てことは何らかを……


「『やらかした』んだろ的な視線にはもう慣れましたけど」


 ふいにこちらを振り返られ、初めてまともに合わせてきたそのレンズ奥の碧色をした瞳の悪戯っぽさが、俺の網膜に撃ち込まれて。一瞬、薄ら笑いを浮かべたままだった己の顔筋をひくつかされてしまい、うなずかせられる。いや待て。あっさり取り込まれようとしてんじゃあねえよ。だろ? 何つうか、相対して初めて……


 「外面そとヅラ」が何面もあるっていうような、それがくるくるとこちらに面してる「面」をひとことひとことごとに回り変えてくる? そんな印象をこの姐ちゃんからは受ける。それが何に対してだ、とか、何の目的があって、とかは掴めねえものの。


 だが確かに感じるこの違和感。いや「出来すぎ感」。つまりは「何かをミスって窓際に追いやられたエリートが、それでも何とかそこで頑張ってやろうという熱意にてイレギュラー監査に出張って来た」……? ありがちではあるがそれゆえ嘘くささも等分に感じるぞ……?


「……」


 あっさり丸め込まれている場合じゃねえ。こいつ……外観とか言動から醸してくるいかにもな「いい子ちゃんエリート風情」感は化けの皮だ。もっと何か、異質の「手練れ感」と言うべきか。注意、やっぱ超注意だとの危険信号を大脳辺りに飛ばしておきつつ、「派遣元」が本当に我が社内部なのか、それとも「外」なのか、そこは見極められる? か? とか考えてままならない思考をさらにままならない言葉に絡ませつつ吐き出してはみる。


「ま、ま、その辺りは何とも……いやはや、で、で、本日はこの寂れ現場に何ぞ御用ってわけでございましょうですかねぇ? 一応、半年がとこ前の『監査』じゃあ大きな改善点とやらは無かったはずですが……無事故無労災も四百日を越えてるわけでして、はぁ」


 「外部」からだったら、例のあのアレの件が発端なのかどうなのかの方が気にかかる。まあ確実にそうであろうが。だったら尚更こっちの出方ってのを吟味する必要がある。よって俺は殊更にこちらも掴ませないようなねちゃねちゃした感じにて、意味なく回りくどい言い方を選びつつ、相手側の情報を引き出そうとするわけだが。と、


「……『チュンベリー』『スロクスリヤ』、あとまだ公式な発表はされていませんけれど、『ロジェニミーパ』……」


 いやいやいやいや、ダメもとで振った質問だったが、いきなりそいつを腰を入れた強振フルスイングにて撃ち込み入れて来られた。「外部者」はほぼ確にしろ、やっぱ掴めねえ。何で俺なんか下っ端風情にそんな直球を放ってきやがる? この女、何者……まさか査察……検察まであるかもだ。やべぇやべぇ。


 ご存知ですか? あ、当然気にはなっていた、とは思うんですけど、というような取って付けた感ありありのにこやかな物言いに意図的に、いや意図的と伝わるようなほどにわざとらしくすり変えてからは、その薄紫フレームを心なしか鈍く光らせながらこちらの表情を鋭く窺いつつ、それとは真逆の柔らかな言葉を放ってくるわけで。おいおいおいおい。


「……あのぉ例のあれ、事故、ってやつ。ってことで?」


 どこまで消臭出来ているかは分からねえ。が、完全にしらを切り通すのもまた難しいし不自然な気がした。唐突に並べたてられた先ほどの三つの固有名詞……全てが「鉱山」「鉱床」の地区あるいは地域の名前。そこで起きたことは俺らの同業者じゃなくてもちょっとしたニュースで取り上げられてはいる。曰く「事故」「閉鎖」「死者数十人」……原因は「不明」「調査中」とされていたが、「事故」と言い切るには不可解に過ぎるタイミングと規模と……あとはその起きた「場」。


「ええ『事故』。事故……ってやつです」


 やろう。姐ちゃんは「こっちはもう分かってますよ」的なオーラを隠さずにぶつけて来ている。が、が、この御仁の氏素性はまったく知れねえが、ここはまだ踏ん張りどころだ。死活。あのアレやソレがナニしてなんとやら、が全部バレでもしたら。


「……」


 どうなるか分からねえ、この鉱掘場も、ここで働くみんなも、そしてこの俺の処遇も。あ、あかん、急にメットとこめかみの間から、尋常じゃないほどの水滴が垂れ始めてきやがった……


――昂燃メモその3:説明しようッ!! 更年ともなると感情の乱高下は茶飯事であるが、それと共にまるで別の寄生物が乗っかってるかのように、首から上だけが瞬でほてると共にさらには発汗も瞬で噴き上がるものなのだッ!!――


 さっき見せたこちらへの「親身感」も完全フェイクだった。思いたくはねえが、そういう女の甘言には釣られ吊られてよたよたと人生ここまでよろぼい来ちまった俺が今更すがり思うことでもねぇやとも思い直す。いや落ち着け。と、


「ここだけが……無事、なんですよね……」


 遠い目をしつつも目つきが尋常じゃなく鋭い。このアマ舐めんなよぉぅ……こうなりゃ本腰だ。本気で絶対にごまかしきってやる。


「あ、あー、無事、まあ無事は無事ですがね。無事故無違反、すこぶるいいことじゃあ、と。それに他はどうか知らねえけど、うちはほら、辺鄙も辺鄙なとこにあるわけだし」


「この地域にある『レアストゥラ』採掘場四か所のうち、ここ以外の三か所が被害に遭っているという事実事象……ゆえに『ここ』だけが無事であるということの理由を突き止めたい……そう思って調べていたら、実際『ここにも襲撃してきた痕跡』というのが見つかったわけで……」


 いやぁ、息巻いていたらいきなり言葉の刃物を抜き放ってきやがったよ。それも二刀流。さらには二の矢三の矢まで控えていそうで、丸腰のこちらはもう抵抗の糸口すら見つからねえと来てやがる。白旗か。


「お願いします、ツハイダーさん。我々は、これ以上『事故』の被害を拡げたくないだけ。悪いようにはしませんから」


 絶対良い方にはいかないだろう文言を臆面もなく撃ち放ってきたからには、相当優位を感じていることだろう。が、「我々」と言いつつこの姐ちゃんは単騎で乗り込んできているわけで。どっかにお仲間は配置待機してるんだろうが、こちらに警戒を与えないためにか、近場にはそれっぽい気配は無い。であれば……まだ隙をつける好機はあるはずだ。


「そこまでオミトオシとは……わかりました。ではでは『そちら』へご案内しますが、なにぶん距離もあって足場も悪いときてまして。差支えなければ私の『鋼捻機こうねんき』に同乗いただいてですね、その上で向かうと、そういった感じでお願いできれば、と……」


 いかん怪しすぎたか? 採掘マシンのコクピットという「密室」に連れ込んでしまえば後はどうとでもなるわいなゲヒヒヒヒ……という心の声が顔面を通して漏れ出ていたとでもいうのか? 目の前の美麗な顔は一瞬、表情を失ってまた今日何度目かの硬直を示すのだが。


 刹那、だった……


「え、あの『鋼捻機』? ですか? え、いいんです? 乗っても? うわぁ私、あのそのロボットっていうのに乗ったことって無くって。すごい憧れてたっていうか。えもしかして運転とかもさせてもらえたり? えぇぇ……やったぁ……あ、でもあの……私そ、そのはじめてですのでえぇと……や、優しく、リード、してくださいねっ」


 あっるぇ~。とんでもない熱量で喰い気味に来たよぉ~。でもその作り物じゃまったく無さそうな輝きつつもちょっと狂気走ったかのようにも思える上目遣いの笑顔は、今までに見せていたどんな美麗なものよりも魅力的に俺の目には映ったわけで。


 穴ぐらでしこしこ岩盤を割り削っていただけの三十年星霜の日々が脳裡を走り巡る。機械油にまみれて日の当たらない道を掘り進んでいたこの俺の……


 幸甚ターンが、正に始まろうとしていた……


――昂燃メモその4:説明しようッ!! 十一しょうご十四ちゅうに十七こうに二十だいにといくら歳を経ようともッ!! そして更年いくつになっても男というものは、青少年時の心を良くも悪くも持ち続けているものなのであるッ!!――

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