昂燃機⨕ダルイダー_(:eD∠.

gaction9969

⨕01:唐突ェ…(あるいは、えっ?/ディフィーシルしか降り積もらない町)

「おうおぅおうおぅオメ公よぉぅッ!! ったくどうでぇアッチの方の調子は、ってやんでぃっ」


 いやいや。


「あぁあぁまぁまぁ……いや、おやっさんは変わらずよなぁ、ま、ま、でもよぉ、ここんとこだいぶ冷え込むようになっちまったから、いきなりガーッと怒鳴るっていうのがもうダメだぜ? 酒も控えんとよ」


 どでかいしゃがれ声が降って来た方向へと軽く顔を向けてそう言ってはみるが。鉄骨を組んだ粗雑な足場から見下ろしてきた相対するツラは……昼日中+業務中からまさか一杯やってるとは思わないが、いや思いたくないが、それにしちゃあ土埃やら金属粉に長年さらされての赤銅色と言ったらいいのか、メタリックな土留め色と言ったらいいのか、そんな形容しにくい機械油で墨入れしたかのような陰影が無駄に深い皺くちゃの顔は、坑道の頼りない暖色の明かりを照り返しているだけにしちゃあ妙に赤々と上気している気がするし、不必要に上機嫌にも思える。いやいやいや。


「馬鹿野郎っ、若ぇ衆が景気悪ぃことのたまうんじゃねえってんだ、ばっきゃろい」


 まあ、毎日毎日毎度毎度と一言一句同じようなやり取りなんだが、油にまみれた面を思い切りほころばしつつ、横っ面をはたかれるように声を掛けられるってのはもう最早慣れちまっちゃあいるし、何ならそんな雑だが威勢のいい発破がけってのは、最近ちょくちょくふさぎ込みがちに落とし込まれがちな俺にとっちゃあ有難いまであるんだが。


 へいへい、とこれまたいつも通りのおざなりな返事を返すと、ふと背中に強い冷気を感じて思わずそちらを振り返る。今さきほど、仕事に入るため外気に接する入り坑からなだらかに下っているこの粉っぽい油っぽい「六番坑道」を普段と変わらず背中を丸めてのそのそと歩いて来た。距離にして体感約八十メトラァ。だからオモテの寒気なんかは、このけたたましい音と共にそこかしこで吐かれている蒸気のそれ以上の熱気にて消し飛ばされるほどであるはずなんだがな……だから気のせいか。軋む己の首まわりに常に巻き付いているような痛みに思わず顔を顰められつつ仰いで見たところで、視界の先にはやっぱり彼方に長方形に区切られた妙になまめかしい色合いの藍色の空と、その下に朴訥と広がる色気の無い灰色の鉱床棚がうっすら広がるばかりだった。


「……」


 やっぱ気のせいか。まあ言うて、最近特に身体の調子はよろしくは無いわけで、おそらくはその不調の一環と考え、いやそれ以上は深く考えないようにして思考を背後へ背後へと流し去った。何てかあまりにも詮無すぎることであるからで、あって。


――昂燃メモその1:説明しようッ!! 中年になると理由も予兆も無く寒気や倦怠感を感じたりするものなのだッ!!――


 怖気をふるうようにしかして慎重に腰をゆっくり伸ばしてから、両腕を掲げて脇と背中辺りの凝り固まりも少しでもほぐしてみようとする。よれよれの深緑色のつなぎに押し込まれたこのくたびれてへなへなな身体は、朝晩昼夜問わず、殊更に懇切丁重丁寧に扱ってやらなきゃあ、すぐに敏感に適切にガタが来ちまう。「若ぇ衆」なんてさっきは呼ばわれたりしたが、そいつはこの過疎鉱山街にも漏れなく訪れている高齢化の波というかじりじりと迫る潮の満ちというかが示すように、まぁ相対的なもんであるわけで。事実いちばんの「若手」の俺ではあるのだが、四十を越えた直後から、まるで十進法に縛られてでもいるんじゃねえかと訝しむほどに、きっちり「中年」の境界領域へと、押し出されるようにして踏み込んじまった感じがしてきていた。急に来る、なんてことはよく聞いてはいたが、いざ自身に起こると先人がこぞって言うことにはやはり間違いはねえ、というそれが分かったところでどうしようもねえ、みたいな詮無き事が、ひとり身の肉体および精神なんかにはさらに高めの浸透度をもってして染み入り渡ってきやがる。


 もわもわする思考に意識を委ねてる場合じゃあねえ。作業場だ。殊更の注意を払わないと、現場では死活。そいつも最近になって身に染みて分かって来ていた。ある時なんかは、昼食後のうすぼんやりとした意識のまま、駆動体を扱う危険な作業を漫然とやっていたこともある。ふと気づいた時には天面の安全値を超えて掘削をしちまうとこだった。崩落一mm歩手前。下手しなくても労災、老い先は短いだろうが幾多の劣悪な修羅場を共にくぐり抜けてきた大切な仲間たちをとんでもない目に逢わしちまうとこだったりした。いやいやいやいや気をしっかり張れ。指さし確認、超大事、ヨシ!!


「『監査』? ってのは……また急な話じゃあ? 半年くらい前にやった記憶がうっすらありますがね」


 ひと通りの掘削・切削作業を終えると、時刻は本日も八ジクゥム過ぎ。残業代はかっちり出るものの、カネより何より身体を休める時間が欲しいというのが最近の切なる欲求であって。ひなびた山懐にへばりつくようにしてかろうじて在る、築おそらく五十ニェンは下らないだろう、混凝土コンクリート造り二階建て建屋の雑多な事務所へ向けて、そろそろそこかしこが声にならない悲鳴を上げ始めた、重質な液体が詰まったかのような身体を引きずると言うよりはそれすらも下手な衝撃となってしまうため、腰を下ろした姿勢にてあまり膝を曲げ上げない間欠的な摺り足のような歩様でゆっくり帰ってきたら、普段は俺の存在が無いものとして振舞う仕草のいちいちがイラつく上長から心底いやだがしょうがないから、みたいな感じで一週間ぶりくらいに声を掛けられた。


 なのでこちらも極めてフラットな仏頂面にてそのデスクに渋々足を向けてみれば、ふんぞり返って何らかの書類を薄目で眺めていたでっぷり感が貫録よりも醜悪の方に振り向けられているサマを見せつける現場長サマが、俺よりも記憶野がその頭頂部の生え揃い具合ほどに寂しくなってきているんじゃあと訝しむほどの「またかよ」的な発言をのたまうのだが。「監査」は前も前々も俺が対応しただろうが。いやがらせかよ。


 うっすらとじゃあ困るんだがね、まあその年次の奴とは別物の、臨時緊急のものらしいんだが、とねちねちと絡みつくような言葉を吐かれるものの、その後に続く嫌な予感を脳内で転がす間も与えられずに、


「本店の偉いさんが九ガットの人事で変わったのは知ってるかね? その御方が直々にこの『鉱掘場モトスミ』を指定してきたのだと。で、だ。現場と言えばキミなわけで、ちょいとその御偉方さんの案内をしてもらいたいと、ま、かいつまんで言うとそういうことなんだよ」


 体のいい押し付けじゃねえか何で俺がそんな面倒ごとをひっかぶらなきゃあならねえんだてめえが此処でいちばん暇だろうが……との正論をぶったところで何にもならないことは脊髄で把握はしていたし、親父もおふくろもいなくなっちまった遥か三十年がとこ前の厳冬の夜に(もう三十年か!!)、掬い上げられるように拾われるようにして衣食住を与えられ手に職までつけさせてくれたりでまあまあ真っ当な道を歩ませてくれた、この鉱掘場には多大な恩義もあるわけで、まあ二つ返事で了承するほかは無かった。


 ま、言うて「監査」と仰々しくぶち上げてみちゃあいるが、本店の暇なロートルたちが無駄に大勢出張っての、その夜の懇親会が主目的であるところの形ばかりの現場見学ツアーでしかないわけで。適当に応対してりゃあいいから楽っちゃあ楽か。それに最近は現場作業が五日も続くと身体周りに多大なる「重み」のような疲労がまとわりついて週末は正に青息吐息。どこにも出歩きたくないほどにしんどい。であれば週半ばにそんなお気楽仕事を挟むのもまあいいかも知れない。飲み自体も翌日に響かない程度であれば概ね歓迎だ。とか、その時はうっすら臭っていただろう不穏の臭気を、感じてはいたがまた気のせいと思うことにして流していた。


「……『監査部』アランチと申します。本日はお忙しい中、無理を申し上げてすみません。喫緊の事情により、速やかにこの現場の実状を自分の目で確かめたく、参らさせていただきました。どうぞよろしくお願いします」


 思ってたんと違った。翌朝、普段よりは緊張した雰囲気を醸していたこのふきだまり事務所にきびきびとした動作で入ってくるやいなや、そんな慇懃な感じでぶれない挨拶をややハスキーな声質にてかましたのは、若い、三十くらいの女であったわけで。ライトグレーのパンツスーツに包まれたその細身の身体はかなりの長身だ。俺の目線より上にある。そしてひっつめてつむじ辺りでまとめた長くツヤのある金色の髪は薄汚れた明かりのもとであってもなお眩い。薄紫色したフレームもレンズも細い眼鏡の下の切れ長の目はちょいとキツめな印象を与えてくるものの、その下の通った鼻筋、そこだけやけに肉感的な口唇と併せると、何と言うかの魅力を醸し出してきている。つまり町で擦れ違ったら十人が十人とこ振り返るほどのいい女、というやつだ。まあそもそもこの町で人と人が擦れ違うこと自体がまれではあるものの。


「ようこそ、主任のオメロ=ツハイダーです。ここの連中からは『オメ公』なんて呼ばれておりますがね。ま、アランチさんもよろしければそんな風に気さくにお呼びいただけましたらってね。本日はリラックスした感じで参りましょう。はっは」


 自分としては精一杯の作り笑顔と慇懃さをもってして挨拶を返したものの、途端に汚物を見るような目線とかち合った。あっるぇ~? 俺、また何かやっちまったかぁ~?


――昂燃メモその2:説明しようッ!! 中年は特に妙齢の女性と相対すると、数ある選択肢の中から最悪のものをえてして的確に選び取ってしまいがちな習性があるのであるッ!!――


 それより何より、今思えばこれが発端だった。俺と愛機と、この姐ちゃんと、その他もろもろ烏合の面々衆たちと、


 ……異星から訪れたる凶悪な生命体との。


 壮絶なる戦いの幕開けなのであった。

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