第十五章 到来
五体の
満身創痍の騎士を相手には、その数で充分と判断されたのだろう。恐らくは正しい。武器も持たず、鎧の一部すら失った戦士に対しては、多過ぎるぐらいだった。
「…………退いてくれ、なんて言うだけ無駄なんだろうな」
それでも、青年は戦意を喪失していない様子で石製の〈騎士〉らと向き合う。
対して、完全武装の
「うおらぁッ……!」
一声とともに、白銀の騎士は最も近い位置に立つヒト型に拳を繰り出した。躊躇も制動も一切なく放たれた一撃は、装甲すら砕いて
だが、相手は停まらなかった。急所であるはずの動力部を破壊されたにも関わらず、その
「な──くそっ……!」
動揺して、ヴェンは敵の腹に減り込ませた腕の先を引き寄せる。同時に逆の拳を振るって、今にも刃を突き入れようとしてくるヒト型を後ろへと下がらせる。
『…………』
致命傷であるはずの傷を負ったまま、相対する
周囲のヒト型たちも、同胞の損傷に構わず行動し続ける。
(外見だけじゃない……こいつら、中身も変わってやがる……!?)
そうとしか考えられなかった。魔力核を破壊されれば、
ならば、腹の核ごと諸共に壊すしかない。直感に従い、青年は既にひとつ動力を失ったヒト型にさらに一撃を加える。
狙うは頭部、人体であれば心臓についで重要な、思考を司る箇所だ。
だが、迫る拳を
今度こそ標的を仕留めるべく、手負いのヒト型は片手に持った剣の切っ先を青年に向け、
頭上より迫った見えざる〝水の刃〟に、頭蓋もろとも身体を両断されていた。
『──、……』
行動不能なまでのダメージを受け、頭部に収めた小型の核すら破壊されたヒト型は、なす術もなくその場に崩れ落ちる。
同時に、浅葱色の
斬り裂いた
「貴様……付き合ってくれと言っておきながら、何を独りで戦っている!?」
「あー……悪い、忘れてた」
女騎士の叱責に、ヴェンは彼女に同行を頼んだ上でこの場所を訪れていたことを思い出した。
「ふざけるな! 勘違いだったら不味いと自分だけここに踏み込んで、いざ戦闘になっても私を呼びすらしないとは……死にたいのか!」
「いや、マジで悪い。微妙にキレてたから、頭から抜け落ちてたんだって」
追い詰められようとしていたフェイラを目の当たりにして反射的に体が動き、後は老魔導師の言動に苛立ちスッカリ忘却してしまっていたのだ。
本当にふざけた調子で弁解する青年に、女騎士はさらに言葉を浴びせようとする。
だが、そんな場合ではなかった。同胞の一体を喪い、しかし動じることもなく残る四体の魔導人形は新たな敵の出現にも瞬時に対応を始める。
最優先に排除すべきは、傷付いた青年ではなく完全武装の女騎士だ。武器を振るい、ヒト型たちは障害の抹殺を開始する。
「チィッ……!」
振り向き様に、スイゲツは片刃の剣を一閃させた。既に刃圏に這入っている敵を対象に、半円を描くようにして首筋をなぞる。
見えないほどに細い水の刀身が宙を奔り、迫り来るヒト型らの頭を斬り落とす。
だが〈騎士〉の攻撃は中断されない。予備の魔力核と視覚を失った程度で、敵は停止などするはずもない。
加えて、女騎士の刃を受けた
そんな戦況の変化など、スイゲツは当然のように予期している。頭部を失くした状態であろうと向かってくるヒト型に、袈裟切りに刀を振り下ろす。
至近の距離にあったその
残るは、三体。続いて迫ったヒト型の腹を一息に薙ぎ払い、最後の二体となった
背水の状況に、しかし敵は冷静に戦術を組み立てる。身体に刻まれた術式に則り、今の状態で何をどうすれば障害を排除できるかを計算する。
度重なる強化によって、戦況によっては周囲の同胞を巻き込むからと厳密に封印を施されていた自壊機能。玉砕を約束された自爆の道を、今こそ選ぶ時だった。
先んじて、頭を失った方の
敢えて敵を近付かせ、白刃で直接に首元から股下まで両断した後に片足で蹴り飛ばす。強烈な一蹴に後方へと弾かれた石製の身体は、一〇メートル近い距離を舞った直後に炸裂する。
その同胞の爆風を背中に受けて、最後の一体が加速をつけて彼女に迫った。石製の手に携えた
「くっ……!」
仲間の機能停止すら計算に組み込んだ
頭と武器を持った右腕を斬り落としたが、腹の魔力核には届かなかった。最期の瞬間まで自身の使命に忠実に、一体だけとなったヒト型は自壊装置を起動させ、
女騎士の背後から放たれた電光の如き速さの拳に、その身を完全に打ち砕かれた。
『────』
石造りの身体が吹き飛び、砕けた鎧を撒き散らし、地面に激突してバラバラに飛散する。
終わりに、すべての破片を無意味に炸裂させてその
「…………俺を忘れんなっての」
ざまーみろ、と爆散したヒト型に向けて言い放ち、ヴェンは握り締めたままの拳を下ろす。無理を通して動かした
魔力の過剰供給による暴走に近い状態だ。本来であれば装着者のスタミナが尽きると機能停止する
最後まで保てば良い方か。そんな風に判断しながら、青年は女騎士に視線を移した。
「怪我してないか、スイゲツ?」
「…………馬鹿者が。他人に傷の有無を訊ける状態か、お前は」
「それもそうだな」
応えて、ヴェンはその場から動くべく歩き出す。迷いもない自然な動作に、女騎士は一瞬だけ見過ごしそうになりながらも慌てて相手を引き留める。
「待て、どこに行くつもりだ?」
「フェイラを助ける。サー・ロウェルの目的は、新市街地区にある帝国の公務所だろ。こっちもそこを目指せば、あいつを助けられるはずだ」
「…………」
事もなげに答える戦友に、スイゲツは言葉を失って立ち尽くす。そんな女騎士の様子に気付く素振りも見せず、ヴェンはただ前だけを見て進もうとする。
今の状態では
自分で決めた道を見据えて、目的の場所まで辿り着くまで決して視線を外さない。
ただ真っ直ぐに、自分の中の気持ちに対して正直に行動するだけ。
いつか見た背中と同じ光景に、彼女は空を仰いだ。
「……はああああああああぁぁあぁぁああぁぁ……!!」
「…………え、なに? なんで今、スッゲー溜息したんだ、お前?」
地下に響いた大音声の長息に、青年は思わず立ち止まって振り向いた。直前まで漂わせていた緊張感もなくして呆けた表情を浮かべるヴェンに対し、視線を下ろしてスイゲツは答える。
「何でもない。ただ、久しく忘れていたことを思い出しただけだ」
「思い出した?」
「ああ。数年ぶりだからと、私も散々無意味なことをお前に言ってしまっていた。お前は昔から〝こうする〟と決めたことは絶対に諦めないし、周りに対して聞く耳も持たない男だった」
「……酷い言い様だな、おい」
「本当のことだ。私も、やはり未熟だ。とっくに承知していたはずのこんなことを、数年会わなかった間に失念していたとは」
言って、彼女はヴェントス・パウの隣に立った。
「あれ、お前も付いて来てくれんだ?」
「……一度で良いから、思いっ切り殴り飛ばしても構わないか?」
「え、今は勘弁してくれ。今のお前に殴られたら、一週間は気絶したままになる気がする」
「だったら、もう解り切ったことを口にするな。お前は誰にも止められない。なら、付き合うしかないだろう」
昔からそうだったんだから、と彼女は青年に告げる。
難しく考える必要などなかった。前だけを見ている利かん坊なら、無理やりにでも振り向かせる。それが駄目なら、せめて一緒に同じ方角を見るようにすれば良い。
「……サンキュー。多分、後先考えずに動くから本当にヤバくなったら頼む」
「心得ている。お前の無茶は死んでも直らないと、とっくの昔にな」
ふたりの騎士は、かつてそうであったように並び立って戦場へと向かった。
何もかも諦めることで楽になれるのなら、それで良かった。
冷たい風が頬を撫でる。頭を覆っていたフードはとっくに外れ、フェイラの容貌は激しい空気の流れに晒されている。
銀色と翡翠色の甲冑を纏った騎士は、片手に大槍を、もう片腕に少女を抱えてマセーラの中心部ゼルトの上空を飛行していた。
ロウェル・デヴァイスの魔力を動力源として、フェイラ・ミュステリウムが考え出した新たな
革新的な技術だった。これまで地上の兵器でしかなかった
そんな事実も、しかし今のフェイラにはどうでも良かった。今はもう、何も考えたくない。
本物の人形のようになってしまった彼女を顧みることなく、ロウェル・デヴァイスはただ目的地を目指して銀色の甲冑を駆り立てる。地上では、彼を筆頭とする〈騎士〉の軍勢がゼルトの新市街を目指して行進していた。
物言わぬヒト型たちが、一糸乱れぬ歩調で進軍する。
すべてが男が望んだ宿願の理想図通りだった。
たったひとつの、障害を除いては。
「フェイラぁっ……!!」
「──……」
名を呼ぶ声に、無表情だった少女の顔が僅かに動く。
頭上に浮かぶ騎士に抱えられた彼女に向け、青年は大声で叫んだ。
「待ってろ!! いま助けるからな!!」
「ッ……耳元でうるさいぞ、ヴェン!」
背後で声を張り上げる青年に、
「……無駄なことを」
地上の光景に一瞥をくれて、ロウェル・デヴァイスは呟く。
意外ではなかった。あの地下で
「その
応えて、ヒト型の一部が踵を返した。各々の武装を構え、猛進する鋼鉄の馬を迎撃する。
「突っ切れ、スイゲツ!」
「そのつもりだ!」
青年の声に応じて、女騎士は速度を落とすことなく
右手に片刃の剣、左手には
〈騎士〉の軍勢に鋼鉄の馬が突撃した瞬間に、青年はふたつの切っ先を前方に突き出した。槍の穂先がヒト型の頭蓋を砕き、剣先が腸を抉る。
真正面に立ち塞がった個体は、そのまま
「邪魔だ……!」
一喝とともに青年が振るった
アトラフィスの騎士たちの追撃は停まらない。ヒト型の合間を拭うように疾走し、ついには銀の騎士の真下にまで肉薄する。
だが、そこまでの道程でふたりの騎士は無傷では済まなかった。特に、積極的に
その痛ましい姿に、少女は漸く言葉を紡ぐことができた。
「もう……いいです」
「…………なに?」
戦闘の音の中に辛うじてか細い声を聞き咎めて、ヴェンはフェイラを見た。
「もう、いいんです。わたしのことは、もうほうっておいてください」
口調も幼く、少女は告げる。自分はもう、見捨ててもいい存在なのだと。
感情のない、平坦な声で。人形のように動かない、無表情な顔のまま。
そして、今にも泣き出しそうに潤んでいる、琥珀色の瞳を青年に見せながら。
「──……ふざ、けんな」
堪え切れず、ヴェンは言っていた。何もかもが許せなかった。
ロウェル・デヴァイスのことも、イゼア・タブラスカのことも。フェイラ・ミュステリウムをただの人形としか扱おうとしない者たちが許せない。
何より、そんな現実に少女がもう諦めようとしていることが腹立たしくて仕方がなかった。
「ふざけんな……いいか、よく聴けフェイラ!」
なおも迫り来る
「死にたいだとか、もう生きていたくないとか! そんな気持ちはな、その辺の道端にでも捨てとけばいい、つまらないものなんだよ!」
突き出された槍の先端が極薄の装甲を抉り、皮膚の表面を掠める。長槍を持った
「一時の感情でしかないんだよ! その場限りの答えなんだ! 前に進もうと思えたら、いつの間にか消えちまってるものなんだよ!」
意味すら不確かな、支離滅裂な言葉の羅列だ。それでも相手に気持ちを伝えるべく、ヴェントス・パウは自分の中の感情を空に放つ。
いつか見た、フラスコの中で震えていた小さな命に想いを馳せて。
「今がどんなに苦しくても、どんなに辛くても……お前の最初は『生きたい』だったはずだろうがッ……!?」
「あ────」
その言葉に、少女もまた遠い記憶を呼び起こされた。
憶えていた。忘れてしまっていた記憶を今、彼女は思い出した。
それは、とある人物の横顔だった。まだ何者でもない、ただ消えるだけの存在に過ぎなかった自分を抱えて必死に走る、白銀と琥珀色の鎧を纏った青年の横顔だった。
それが、彼女の原初の記憶だ。騎士という存在に対する、最初の記憶だ。
思いの丈を叫び切ったヴェンは、もう何も言わずただ少女の琥珀色の瞳に青色の眼差しを送るだけだった。
言え。後はこっちが勝手に応える。
だからお前は遠慮なんてせず、無責任に言えばいい。
「…………けて」
碧眼に込められた意思を読み取り、少女は小さく漏らす。
あの時は言葉にできなかった。だけど、目の前の男は《ひと》応えてくれた。
今度は、声に出して伝えなければならない。
「……けて、ください」
「聞こえねえ! もっと大きな声で喋れ!」
「ッ……」
この期に及んでデリカシーのない相手の態度に、最後は腹を立てていた。何もかも捨鉢になって、フェイラ・ミュステリウムは声の限りに叫んでいた。
「たすけてください!! ──ヴェン!!」
初めて相手の名を呼んだ。憧れの騎士としてでもなく、ただの男の名前として青年の名を少女は叫んだ。
ニヤリ、と青年の口角が吊り上がる。
百点満点の上出来だった。あんな風にされては、もう男として応えるしかない。
眼前に跳躍してきた
籠手の一部が、装甲を駆け抜けた膨大な魔力に耐え切れず崩壊したが、構う必要などない。
「無茶をやる。フォローは頼むぜ、スイゲツ」
返事を待たず、白銀の騎士は馬上から跳躍した。一切の制動をかけることなく、全力の一足飛びで頭上に浮かぶ燻し銀を目掛けて跳び上がる。
代償に、鎧の膝と足首の関節部が両足とも砕け散った。着地のことすら考えず、ヴェンはただ少女を救うためだけに跳ぶ。
「そいつを返してもらうぞ、サー・ロウェル」
「フンッ……!」
迫るヴェントス・パウに、銀色と翡翠色の騎士は大槍の斬撃で返答した。片腕に抱えた少女を背後に回すようにしながら、巨大な刃を敵に振るう。
左から接近する鉄塊の如き双頭の槍に対して、青年は右手に持った片刃の剣で受けた。強靭な膂力から放たれた薙ぎ払いに刀身が一瞬で粉砕されるも、衝撃を受け流すようにして空中で時計回りに回転する。
そして、左手に執った
「はあぁッ……!」
「ッ……!」
遠心力によって加速し肉薄する槍の穂先を、ロウェル・デヴァイスは再び大槍を振るって弾き飛ばす。斬撃に
それでもなお両手に握った砕けた刃を繰り出し、彼は少女を奪還すべく全力を尽くす。
「くどいッ……!」
一喝し、男は槍の切っ先に風を纏わせ空気の刃として撃ち放った。真上から大槍を振り下ろし青年に叩きつける。衝撃と無数の見えざる刃に、なす術もなくヴェンは地上へと落ちていく。
その真下で刀身を抜き放とうとしている女騎士を認めて、ロウェル・デヴァイスは瞠目した。
「────覚悟」
「くっ……!」
咄嗟に身を捩り、《水刃》を回避すべく飛翔の体勢を制御する。
だが、躱し切れなかった。左腕を不可視の刀身が掠め、抱えていた少女の体が宙に舞う。
「フェイラ……!」
名を呼び、自分も落下を続ける状況でヴェンは少女に手を伸ばした。右手に持っていた剣を投げ捨て、空になった籠手の掌を相手に向ける。
フェイラもまた、右手を相手に向けて必死に伸ばす。
上空から燻し銀の騎士が迫る。再び女騎士が馬上から放った斬撃を回避しながら、ロウェル・デヴァイスもまた少女を手中に収めるべく落下する。
銀色の籠手が少女の背中に接近し──次の瞬間には吸い付くようにしてヴェンの右手を握ったフェイラを逃して、男の手は空を掴んでいた。
「……!?」
まるで魔法のような光景に、男は何が起こったのかを理解できずに動きを停止させる。
確実に自分の方が少女に近い位置だった。それにも関わらず、まるで引き寄せられるようにして少女の体は青年の胸の中に飛び込んでいたのだ。
完全に虚を衝かれていた。その意識の空白に刃を滑り込ませるべく、スイゲツは三度目の斬撃を地上から放つ。
咄嗟に大槍を振るって、男は水の刃を防いだ。空気の斬撃と水気の刀身が中空で激突し、水飛沫が周囲に飛散する。
その光景の中に地上へと落下する青年と少女の姿を認め、ロウェル・デヴァイスは忸怩たる思いで次の行動を決定する。
ここであの
視線を地上から外して、もはやふたりを顧みることもなく彼は目的の場所へと急いだ。
既に新市街地にまで進入していたことが、僅かな差でふたりの命を救っていた。
石造りの建物ばかりの旧市街であったなら、岩でできた屋根に叩き付けられて墜落死してしまっていただろう。木材を中心とした建造物の上に落下し、天井を突き破ってヴェンとフェイラは辛うじて衝撃を和らげていた。
「……痛ってぇー。おい、平気か?」
「…………はい」
安否を尋ねてくる相手に、少女は改めてその金髪碧眼の容貌を琥珀色の瞳に収める。
傷だらけだった。重傷こそ負っていないが、体中が掠り傷や裂傷まみれだった。
身に纏っていた
それでも、ヴェントス・パウはフェイラが無事であることに喜んで笑うのだ。屈託も悔恨もなく、ただ目の前の少女を助け出せたことを誇りとして。
そんな彼を前にして、どんな言葉を口にすればいいというのだろう。何も言えず、少女はただ相手を見詰めているしかなかった。
「あー、それにしても良かった。捨てられでもしてたらどうしようかと不安だったんだよな」
「……はい?」
ヴェンの言いたいことが解らず、フェイラは首を傾げさせた。その手元を指差すようにしながら、青年は傷付いた体を起き上がらせる。
「付けてくれてたんだろ、その腕輪。いや、それがなかったらさっきはマジで危なかった」
「あ……」
言われて、少女は自分の右手を見た。その華奢な手首に嵌められたままだった、白銀色の鎖に
「あー、安心した。嫌われてるのは解ってたから、その腕輪も捨てられるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだぜ? マセーラだと金属細工は珍しいから、地味に高かったし」
「……そんなことしません」
第一、これを古い本とともにプレゼントされた時には、青年に対する印象はかなり変わっていたのだ。自分のことを何だと思っているのだと考えながら、フェイラは否定する。
「そうか? いや、お前って汚かったりしたら怒るし、潔癖症のところがあるからポイッとさ」
「しません! わたしを何だと思ってるんですか!?」
「あん? ……そりゃあ」
実際に声に出して問いかけた少女に、青年は大して考える様子もなく答える。
「女の子だろ。ただの可愛い、少し生意気なだけの女の子じゃん、お前」
「────」
絶句して、フェイラは表情すら硬直させて彼を見た。
何だ、今の感情は。何だ、いま目の前の男に《ひと》対して抱いた気持ちは。
堂々巡りの答えが出ない問題に思考停止してしまった少女に気付く様子もなく、青年はとにかく建物の外に出ようとする。
「…………まったく。嫌な予測が出たから後を追ってみれば、案の定だ」
「……あ?」
扉を開けた先で待ち構えていた人物に、ヴェンは驚いた顔をした。
「え、あれ……こんなとこで何やってんの? ベルマ」
「え……
彼の呆けた声に、少女も我に返り慌てて外に出る。
緑色のローブに全身を包んだ女魔導師が、呆れるように彼らを見ていた。
甘い香りのする葉巻の煙を周囲に漂わせながら、《琥珀色の魔法使い》ベルマ・ミュステリウムは特に緊張感もない様子で佇んでいる。
「言ったはずだぞ。私の娘に何かあれば承知はせん、と」
「あ、いや……悪い。俺が一緒にいたのに」
心底から申し訳なさそうに、額から血を流しながら青年は友人である彼女に謝罪する。
その様子にフードの下で僅かに目を細めて、ベルマは静かに口元にあてた葉巻を離した。
「まあ、良いだろう。無事ではあるようだし、その代わりにお前が傷だらけだからな」
「……そりゃどうも。いや、だからなんでお前がここにいるんだよ、ベルマ?」
「お前たちを見送った後に、占星術で未来予測を行ってみた。専門ではなかったから、最初に思い付かなかったのは私の失敗だな。そうしたら、不吉どころか私がマセーラに行かなければお前たちの両方が死ぬ、なんてバカげた結果が出た」
初めから巻き込むつもりだったのか、とベルマは視線でヴェンを非難する。謂れのない責任の追及に、青年は慌てて首を横に振った。
「いやいや知らねぇって、そんな結果……つーか、何だそのデカいのは?」
「ああ、こいつか。なに、ここまで移動するのに代わりの足が必要だったからな。生まれて初めて
身長五メートルほどの巨人が、女魔導師にもたられながら街路に立っていた。琥珀の宝石を眼球として頭部に飾られた金属製の人形は、穏やかな眼差しで青年と少女の方を眺めている。
「それに、私だけならまだしもコレを運ぶには、足だけでなく代わりの腕も必要だったからな。いや、自分で造った作品だが、次回作はもう少しコンパクトに設計すべきだな」
「……なに?」
ベルマの言葉に、ヴェンは
ひとつは、幅広の布地が巻き付けられた長大な塊。巨人の如き
もうひとつは、木製の棺のような容れ物だった。大男が中に入っても余裕があるぐらいのサイズで、中身は実際にそれぐらいの大きさをしていた。
「降ろせ。慎重に、壊さないようにな」
主人である魔導師の命令に従い、ふたつの荷を
そして、次の指示に従って巨人は棺を開封した。数年の歳月を経て、その中身が漸く本来の持ち主へと返還される。
それは、甲冑だった。白銀の装甲に琥珀色の装飾を施された、全身鎧だった。
背負って旅に出るには重過ぎた、《アトラフィスの英雄》を象徴する戦装束だった。
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