第十三章 真実
多少の違いこそあれ、通りに面する酒場という立地の雰囲気はどこでも変わらない。
笑い声と怒声、あるいは意味のない呻き声。様々な人の感情が行き交っては出会い、最後にはまた別れる。
そこに加われるかは、本人の度量次第だ。そして、何を得るのかも本人の手腕による。
「…………ああ。朝日が眩しい」
青年が解放されたのは、明け方近い早朝の頃であった。
何だか一仕事を終えた後のような爽やかな気分になって、ヴェンは部屋を借りている新市街の役場へと戻る。
収穫はあった。酒場にいたのは、大半がマセーラが帝国の属領になるより前から暮らしている人々だ。現地の情報は、現地の人々から得るのがやはり常套だった。
とはいえ、朝まで酒場にいることになるとは考えていなかった。酒もかなり飲まされた。
けれど、アルコールはあまり体に残っていない。そもそも味の濃い酒が苦手なだけで、摂取したものを分解する機能は人一倍に強いのだ。徹夜明けの寝不足だけが、今の彼の状態だった。
背の高い役場の建物に入り、自分と騎士見習いの少年フィウス・トーハ、そして現在はもうひとりの居住地となっている部屋に向かう。さっさと寝床に潜って、昼過ぎまでは惰眠を貪りたい気分だった。
ふたりの同居者はまだ寝ている頃合だろう。
「……お。フェイラじゃん。何だ、お前も徹夜か」
「…………お酒臭いです」
廊下で、魔導師の弟子である少女と偶然にも顔を合わせた。緑色のフードで顔を隠したままの相手は、それでもヴェンが漂わせる酒気に対して思わず鼻に手をやる。
「悪い、酒場で捕まっちまってな。気のいい人たちだったんだけど、勘弁して欲しいよなー」
「付き合ったのは、あなたの勝手のはずです」
「まあ、確かに。楽しかったからいいけどな。収穫もちゃんとあったし」
「……?」
意味が解らず、フェイラは首を傾げるしかない。
彼女に分かるのは、青年が無駄に出歩いてばかりの怠け者ということだ。自分はともかく、女騎士やガルストアに属する美貌の騎士などは日夜、
「相変わらずですね。……少しは、見直してあげようと思ったのに」
「うん? 何か言ったか?」
「何でもありません」
「そうか? それより、お前ホントに寝てないんじゃないのか? 変にふらついてる気がするぞ。顔色も微妙に悪いし」
遠慮なくフードの中身を覗き込みながら、ヴェンは少女に尋ねる。顔色といっても最初から日に焼けたこともないような色白い肌のはずなのだが、この青年も妙に目敏い。
身近に迫った相手の容貌に一瞬だけ動悸を激しくして、後ろに下がりつつフェイラは言う。
「も、問題ありません。…………ほんとにだいじょぶです」
「呂律が回らなくなってんじゃねーか。俺よりお前の方が酔っ払いみたいだぞ」
「しつれいな……わたしはねむいだけで、あなたみたいにあそんでません」
「ふーん、研究熱心なとこは師匠譲りなのかね。っていうか、実際なにやってんだ、お前? サー・ロウェルのところに足繁く通ってるみたいだけど」
質問に、フェイラはぼうっとなりかけていた意識を取り戻した。
そうだった。今この瞬間も、頭の中で考えた理論を騎士に伝えるべく彼の執務室に向かうところだったのだ。
「大事なお仕事です。
「そうなんだ。いや、でも無茶はすんなって。お前みたいな子どもが、徹夜なんて何度もするもんじゃない」
トン、と指先で軽く少女の額に触れる。そんな青年の態度に、フェイラは頬を膨らませる。
「子ども扱いしないでください。わたしは、ちゃんとした魔導師の弟子です」
「弟子の時点で未熟者だろ。それに、見た目が大人っぽいから判り辛いけど、お前って割と性格が幼いからなあ」
「え……?」
「甘いもの好き、燥いで寝るのも忘れる、物語の中の騎士が大好き」
「なぁ……!?」
酷い物言いに絶句して、フェイラは声を荒げた。
いつぞやの意趣返しという目的もあったのだろう。悪童のように楽しそうな笑みを浮かべるヴェンに、彼女は我慢できずに反抗する。
「あなたこそ、子どもみたいです! 遊び回ってるし、意地悪だってするし!」
「……おう。喧嘩を売ってんなら買うぞ、おい」
何だかんだで寝不足気味の青年は、少しだけ口調も悪く少女と言い争いを始めようとする。
だが、相手の方にはもう付き合うつもりはなかったらしい。プイッと視線を横に流すと、フェイラはそのまま歩き出してしまう。
「そんな暇はありません。わたしは忙しいんです。では、さようなら」
「そうかい。……ホントに、無理だけは程々にしとけよ」
そのまま、少女は廊下の向こうへと姿を消した。
やはり少しだけふらついているその後ろ姿に、次は差し入れでも持って行ってやろうかと考えるヴェンだった。
本当はそのまま起きているつもりだったが、体に疲れが溜まっているのは本当だった。あの青年の忠告に従うのは少し癪だったが、体調を崩して周りに迷惑をかけては元も子もない。
少しだけ眠気の残った目蓋を擦りつつ、フェイラは真上から太陽に照らされた役場の廊下を歩いている。
お腹が空いていたので、食堂で昼食を頂いてからもう一度自室で魔導技術について検証するつもりだった。
食堂まで続く廊下を進みながら、少女はふと窓の外の景色に視線をやった。背の高い新しい建造物の合間から、小さく縮んで見える石製の建物がいくつか窺える。
それら旧市街に繋がる道のひとつに見覚えのある背中を見付けて、フェイラは立ち止まった。
(……サー・ロウェル?)
後ろ姿だったが、特徴的な亜麻色の髪は見間違えようがない。
その光景が妙に気になって、彼女は彼を追いかけることにした。あの高潔な騎士が街にどのような用事があるのか、単純に興味があったのだ。
フードで容貌を隠して、フェイラは雑踏へと出る。相手もまた、なぜか途中から外套を被るようにして街中を歩き始めた。最初から騎士の姿を認めていたため、少女だけが彼を見失わずに追いかけることができた。
石造りの古い街並が、彼女たちを待ち構えるように佇んでいる。
微妙な重さを体の上に感じて、ヴェンは微睡から現実へと意識を戻した。目を開けて、寝床に横になっている自分の体に視線を送る。
「…………」
「…………おい、フィウス。どういう状況だ、これ?」
ベッドの近くでオロオロしている様子の騎士見習いの少年に、寝ている間に何が起こったのかを確認すべく声をかける。
見守ることしかできないでいたフィウスは、ほっとしたように先輩騎士の質問に答えた。
「す、すみません、サー・ヴェントス。止めたんですが、聞いてくれないし僕の力だと、どうにもできなくて……」
「あー……まあ、それは解る。
「いや、なんだかこの状況が申し訳なくて、つい」
「……まあ、呼び方は良いや。問題はそれ、この状況だ。どうしてこんなことになってんだ?」
仰向けにした自分の体の上に座っている翡翠色の少女を見ながら、青年は困惑の声をあげた。
何の反応も示さぬまま、名もなき
「おーい、微妙に重たいんだけど? 退いてくれね?」
「………………」
「おい、世話係。解読を頼む。俺だと何が言いたいのか、まったく解らねえ」
「いや、僕だって、この子が何を言いたいかとか解るわけじゃないですし」
「えー? スイゲツの相手してる時以外は面倒見てんだから、フィーリングで何とかしろよ」
「無茶を言わないでください。ヴェンさんの勢いで何でも行けると思ってるところ、僕は好きじゃありません」
「……だいぶ言い返すようになってきたな、お前も」
街巡りで強引に振り回した時に比べれば、この少年も随分と逞しくなってきているような気がする。今の発言も、自覚はしている性格についてだから文句は言えない。
仕方なく、ヴェンは再び自分の床上に居据わる少女に視線を戻した。
「俺に何か、言いたいことがあるのか?」
「…………」
「やってもらいたいことがある? それとも、知らない間に怒らせるようなことしたか?」
「…………」
「せめて頷くか何か反応してくれー。そうじゃないと、こっちもどうしようもないんだよ」
「…………」
「わかった。長期戦だな。お前が退くか何か言ってくれるまで、俺も梃子でも動かないからな」
「……えー?」
「外野の少年、静かにしてろ。これはもう、俺とこいつの真剣勝負だ」
当惑するフィウスに言って、ヴェンは真正面から少女と向き合う。
無言で視線を交えること、十数分が経過した。ぐるるる、と少女の腹から音が鳴り、
「…………いた」
「喋った……!? おいフィウス、喋ったぞ、この娘!?」
微妙に睡魔に襲われつつあったヴェンは、驚愕して意識をハッキリさせる。付き合わされているだけの騎士見習いは、慇懃無礼な態度で素っ気なく言った。
「いや、静かにしましょう。聞き取れません」
「あ、そうだな。悪い、もう一回頼む」
「…………おなかすいた」
「あー、腹が減ってたのか。それで?」
「おかし、ない。つくれ、あまいおかし」
「…………それだけかよッ……!!」
全力で脱力しながら、その反動で強引に体を起き上がらせるヴェン。崩れたバランスに、翡翠色の少女は瞬時に跳躍して隣のベッドへと跳び移る。
「……わかった。ちゃんと話してくれたんだもんな。昼飯代わりに作ってやるから待ってろ」
「…………」
「その代わり! お前もちょっとは手伝え! 働かざるもの食うべからずだ!」
大声を張り上げる青年に、翡翠色の少女は無表情のまま首を傾げるようにした。
結論として、この少女に家事全般を手伝わせるべきではないという答えが導き出された。
まず、一般常識を知らない。食器をどう扱うべきだとか、どの食材がどんなものかなどまったく知識がないようだった。
加えて、力のかけどころを弁えていない怪力という二重の欠点。肝心の素材である貴重な蜂蜜だけは死守したが、割った皿や使えなくした材料の量など、もう考えたくない。
三人で共有している部屋の一角、椅子の背もたれに両腕を置きながら、ヴェンは物凄い勢いで蜂蜜菓子を齧っている少女を見守る。
「……美味いか?」
「…………」
「そうか、そりゃ良かった」
無言で食べ続けながら頷いてみせる少女に、青年はもうそんな風にしか言えない。
それでも、相手とコミュニケーションができるようになったのは大きな前進だった。事のついでとばかりに、ヴェンは
「イゼア・タブラスカって爺さんのことはわかるか? お前を造った魔導師の名前のはずだ」
「…………」
無言の首肯。
「そいつが今、どこにいるかは知ってるか?」
「…………」
無言のまま菓子を食べ続ける。
「知らないか。……あんまり難しい質問は答えてくれそうにないしな」
どうしたものかと次の内容を考える。
「……槍の使い方とか、どうやって覚えたんだ? いや、最後の方は無茶苦茶だったけど、凄い型に嵌まった動きしてたじゃん、お前」
その問いを思い付いたのは、騎士としての単純な興味からだった。
小柄な体躯で長槍を操る彼女の動きは、長い時間を経て洗練された戦士のものだった。石製の
ヴェンの質問に、
「……おしえて、もらった」
「誰に?」
「おとこのひと。あまいろのかみの、きしさま」
「…………はい?」
少女の言う意味を理解できず、ヴェンは頭の中で今の言葉をどうにか噛み砕こうとした。
だが理性ではなく感情の部分が先に働き、青年自身に訴えた。
待て。そこから先の答えは、自分にとってあまりに致命的だ。
それでも、ヴェントス・パウは考え続けた。ここで心の保身なんてものを優先すれば、もっと取り返しのつかないことになると本能が感じ取っている。
ヒト型の
今まで断片的だった情報を繋げて、彼はひとつの結論に辿り着いた。
それは受け入れがたい、けれど確信するに足る真実だった。
「……スイゲツを呼んできてもらえるか、フィウス」
「……わかりました」
ただならぬ青年の様子に、騎士見習いの少年はすぐさま師である女騎士の許へと向かう。
それを見送り、ヴェンは目の前の翡翠色の少女に視線を戻した。
「──ああ、くそ」
その鮮やかな緑色と同じ髪をした彼女との今朝の会話を思い出して、彼は本当の意味ですべてを悟ったのだ。
そして、フェイラ・ミュステリウムはその場所へと辿り着いてしまった。
憧れの騎士を追いかけて旧市街の街並を歩き、その中でも
石造りの古い住居だ。旧市街においては他の建物と大した違いもない、平凡な普通の構造物。
だが、広大な地下室に繋がっているというのは他と共通する構造ではあるまい。遠慮しつつも地の底へと続く階段を下りたフェイラは、そこで無限とも錯覚しそうな広大な暗闇の中に立ち並ぶ、無数の
「…………なに、これ」
目の前の光景があらゆる意味で信じられず、彼女はそう呟くしかない。
百を超える数の石製のヒト型が、物言わぬ様子で戦いの時を待っている。
そう、戦闘だ。
急所を覆うだけだった装甲は、今は全身を防護する完璧な甲冑となっていた。石造りの身体を重厚な鋼鉄で固められたヒト型の形は、たったひとつの概念を想起させずにはいられない。
〈騎士〉だ。全身を鋼で鎧った兵士たちが、マセーラの地下で反撃の瞬間を待っていた。
「…………人形め。小癪な真似をしおったな」
「え……」
見れば、ヒト型が並ぶ通路の奥に人影がひとつある。腰の曲がったローブ姿の老人は、憎らしげに少女を見据えていた。
無造作に伸びた髪に、執着に取り憑かれた白濁しかかった眼球。長い年月に色褪せながらも、そのどちらもが確かに翡翠色をしている。
「調子に乗りおって。我が人形たちを強くしたことが、それほど誇らしかったか?」
「…………」
意味が解らず、フェイラは異常な雰囲気の老人に後退りするしかない。そんな相手の様子も構わず、《禁忌破りの魔導師》イゼア・タブラスカはただ己の感情を暗闇に木霊させる。
「ふざけおって……! 私の人形だ! 私の作品だ! それを、選りにも選って同じ人形である貴様が愚弄するなど、許されるはずがない! あの男も、その程度は弁えていると思っておったのに……!」
激情に駆られながら、老魔導師は少女に迫る。何もかもが許容しがたいとばかりに、彼は憎悪に任せて腕を振り上げた。
「──そこまでだ。あんたの腕力じゃ大して傷付かないだろうけど……それでも、その娘に手を上げることは許さない」
「……!?」
予期せぬ闖入者の声に、老魔導師は瞠目して地上へと続く階段を見る。
そこには、白銀と琥珀色の全身鎧を身に着けた騎士がいた。片手に両刃の剣を携えた人物は、正義の味方のように魔導師の前に立ち塞がる。
いや、違う。彼は単に、フェイラ・ミュステリウムという少女の味方でいたいだけだった。
「何者だ……!?」
魔導師の問いに答えることなく、騎士はフェイラを庇うようにその前に立つ。憧れの相手が現れたことに、少女は既に知っていたその名を縋るように口にする。
「……ヴェントス様」
「ヴェントス……だと? 貴様、《アトラフィスの英雄》ヴェントス・パウか!」
「あんたに答える義理はない。ここでの俺の仕事は、あんたからこの娘を守ることだけだ」
「…………ふん」
決然とした騎士の宣言に、鼻白むように魔導師は表情を歪めた。
目の前の騎士は、少女の真実を知らないだけだ。その正体を知ってしまえば、今と同じ言葉など二度と口にできまい。
そんな自分の価値観だけで状況を考えて、イゼア・タブラスカは相手に事実を伝えるべく皺の寄った口角を吊り上げる。
「守る、だと? 守る価値など、その人形にあるわけがないだろう」
「……何だって?」
騎士の声が、冷たさを帯び始める。その変化にも気付かず、老魔導師はただ少女を絶望させるためだけの言葉を紡ぐ。
「その娘は人間ではない。儂がかつて造り出した、血と肉と骨でできた
沈黙が地下を満たした。誰も動かず、老人が発した言葉だけが残響する。
「ぁ……」
力なく項垂れる少女。師であるベルマから伝え聞かされていた事実を暴露され、彼女は目の前の希望を失ったように俯いてしまう。
強く言い含められていたことだった。外の世界において、お前の正体は異常だと。知られれば、ただでは済まない魔術の産物であるが故に。
己の言葉に白い顔をさらに青ざめさせたフェイラの姿に、老人は満足げに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「…………知ってたさ」
しばらくの無言の末に、白銀の騎士はそう言った。
「え……?」
「貴様……いま何と言った?」
騎士の言葉の意味が解らず、少女と老魔導師は両者とも視線を上げて、その姿を見る。
「知っている、と言ったんだ。こいつをフラスコの中から出したのは、俺だったからな」
口調も崩して、ヴェントス・パウは背後の少女に振り返った。信じられないどころか、言葉の意味すらよく解っていない様子のフェイラと、視線を交わす。
「……あ」
そこで、漸く彼女は気付いた。騎士の顔を隠した頭部の兜、その隙間から覗くようにして、青い瞳が自分を見詰めていることに。
その優しい色をした碧眼が誰のものであるかを、彼女はよく知っていた。
フェイラから視線を外して、騎士は再び老魔導師と対峙する。今は、目の前の男を討伐することが最優先だった。これ以上、この少女を傷付ける言葉を吐かせるつもりはない。
鋼の音を打ち鳴らし、甲冑を身に着けた騎士は下手人を捕らえるべく迫り寄る。
「ひぃ……来るな! 貴様、儂を誰だと思って……!」
「《禁忌破りの魔導師》だろ? 以前は逃がしちまったが、今回はそうは行かないぞ」
「なぁ……!?」
「ああ、前の時も思ったけど。あんた、やっぱり反応がどれも小物っぽいな」
つまらなそうに零して、騎士は片手に持った諸刃の剣を構える。
振り下ろす必要すらあるまい。振り上げたその動作だけで、目の前の魔導師は気絶してもおかしくない取り乱し様なのだ。
周囲の
風の吹くはずがない地下の空洞を、猛烈な疾風が駆け抜けた。
地下を照らしていた灯りが明滅する。いくつかの蝋燭が、強い風に堪らず消え失せた。
「……!?」
異変に、騎士は視線を上げた。前方から迫る風の正体を明かすべく、暗闇の先を見据える。
だが何も見えない。空気の流れが空間を押し開く気配がするだけで、その原因は判らない。
ただ、その矛先が背後の少女に向けられていることだけは理解できた。
「クソッ……!」
全開の魔力を体に纏った
衝撃が吹き抜ける。地下を駆けた風が凪いだ後は、静寂だけが再び空間を支配した。
そして、彼と彼女は向き合った。
「……大丈夫か、フェイラ?」
「あ……」
安否を尋ねる騎士の姿に、少女は言葉を失った。
強烈な風は、無数の刃と化して電の
兜もそのひとつだった。顔を覆っていた面頬が砕け、騎士の素顔が晒される。
その見知った青年の表情に、フェイラは何も言えなかった。
傷を負った様子のない相手に、ヴェントス・パウは安心した風に微笑んだのだ。
だが、それも一瞬だった。状況は何も解決していない。今の攻撃の原因を突き止めるべく、青年は背後に振り返る。
燻し銀の甲冑に身を包んだ人物が、老魔導師の傍らに佇んでいた。
青年と少女も見たことがあるその
青みを帯びた銀色の装甲は同じ。だが、その表面には鮮やかな翡翠色の装飾が本物の葉脈のように張り巡らされていた。装着者の魔力に呼応した緑の線は、闇の中でも光り輝いている。
片手に握られているのは、
その場に降り立った直前の動作に、背中に羽織ったマントが僅かに棚引く。以前に身に着けていた純粋な布地とは違う、極薄の半透明の素材となったそれが左右に拡げられた姿は、まるで地上で翼を休ませようとしている鳥のようでもあった。
「…………どうして」
その〈騎士〉の姿に、フェイラは辛うじて言葉を発した。
知っている。目の前の騎士が誰かを自分は知っている。
自分が考えた鎧だ。自分が、生れて初めて頭の中で造り出した
風の
「どうして……あなたが、こんなことをしているんですか、サー・ロウェル……!」
「…………」
少女の悲痛な叫びに対して、騎士は応えない。
この場における己の役割はそんなことではないとばかりに、男は沈黙を貫くのだった。
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