第25話 裏切り者……?

 岬の家を安達勝也が襲撃した翌日、井寺は襲われた三人が搬送された病院へと出向いていた。全員頭に金属バットでの一撃を喰らっていたものの、井寺がすぐに緊急通報と応急処置をしたことで、幸いにも全員一命を取り留めていた。

 三人は同じ病院に搬送されたため、今日は桜井の妹であるまなと一緒に見舞いにやってきた。普段のまなはこうして外を出歩ける状態ではないのだが、今は容態が安定しているから病院の見舞いくらいなら構わないと、主治医から許可を貰っていた。

 今回の一件は一応三木の方にも一報を入れているが、余計な不安を煽るだろうからと海には伝えていない。勿論、ゲームのことを何も知らないまなに本当のことは話せないので、まなの中では三人が通り魔に遭遇したことになっている。

 井寺が病院の受付で面会の手続きを済ませると、まなは無邪気な様子で桜井の病室を尋ねてきた。井寺はまなの前を歩き、桜井の入院している六〇五号室へとまなを案内した。

 病室に入るや否や、まなの姿を見た桜井は悲鳴を上げた。その見た目に似つかわしくない、井寺が想像していたよりは五倍も高い、乙女のような悲鳴で、だ。

「井寺! てめえ、自分の都合で人の妹危険に晒しやがったな。俺がこんな状態だからって調子にのりやがって。言っとくけどな、俺は明日になったら退院するからな。そしたらお前なんて殺してやる」

 井寺がまなを無理やり連れだしたと思ったのか、桜井は先ほど聞いた乙女の悲鳴声とはまるで違う、どすの効いた声で井寺に殺害予告した。この殺し合いのゲームに参加している状況でそう言われると、あまり冗談の意味をなしていないようにも思えるが、桜井はそのあたりの冷静な判断ができないほどに混乱しているらしい。

 ……あるいは、本心なのかもしれないが。

「落ち着いて、お兄ちゃん。私はちゃんと、上田先生から許可を貰ってここに来たから。井寺さんは何も悪くない」

「本当か。本当に、井寺になにもされてないか。立ち上がる時に支えるフリをしながらやたらと体を触ってきたとか、そんなことはないか」

「大丈夫。それに、井寺さんにそんな度胸は無いよ」

「褒められてるのか貶されてるのか、微妙なラインだな。まあ、いいや。それじゃあ、後は兄弟二人で仲良く時間を過ごしてくれ。俺は、岬や佐さんの所へ行ってくる」

「待て、井寺。まさか……ま、まなを一人で帰らせるつもりじゃないだろうな」

「その辺は大丈夫だ。病院の外で待ち合わせしてるし、もう連絡先だって交換した」

「てめえ、それが目的か!」

「なんでそうなるんだよ。とにかく、俺は行くから。じゃあな」

「待て、まだ話は終わって――」

 桜井がなにか戯言を言っていたが、井寺は問答無用で病室の扉を閉めた。やはり、桜井は妹がらみの話になると、途端に知能指数が下がるような気がしてならない。そのことを、安達に気付かれないといいのだが。

 井寺はそんなことを考えながら移動し、六〇七号室へと移動した。ここには、佐が入院している。病室の扉を開けて中に入ると、佐は井寺の姿を見るなり涙を流して謝罪し始めた。話を聞くと、どうやら安達が尋ねてきた際に玄関を開けてしまったのが佐で、そのことを悔やんでいるようだった。

「ごめん。良平くんがあれだけ警戒してたのに、僕が不用意に玄関開けてしまったばっかりに……ごめん、本当にごめん」

「き、気にしないでください。起きてしまったものは仕方ありませんよ。それに家にあんな奴が尋ねてくるなんて、普通は考えませんよ」

 井寺が慰めの言葉をかけると、佐は布団に顔を伏せて泣き声を上げ始めた。気まずくなった井寺は分かりやすく咳払いしてから窓際に移動し、しばらく外を眺めていた。

「これも、あのゲームと関係あるのか」

 そうしてしばらく待っていると、突然背後から佐の声が聞こえてきた。その声は、まだ僅かに震えていた。だから井寺は、窓の方を向いたまま答えた。

「……はい。警察には信じてもらえませんでしたが、今回の犯人はゲームの参加者でもある安達勝也という男です。十年前起こった、都内連続一家無差別殺人事件の犯人です」

「そんな馬鹿な。あいつは死刑になったはずだろ」

「でも、生きてました。自分でも安達勝也だと名乗ってますし、十年前の被害者遺族も安達本人だと断言しています」

「なにが、どうなってるんだ。突然殺し合いのゲームが始まったと思ったら、今度は死んだはずの死刑囚が化けて出てきたっていうのか。なにもかも、状況がおかしすぎるだろ」

「でも、全て現実に起こっていることですから」

「それで、これからはどうするんだ」

「今の生存者六人のうち、俺を含めた五人とは協力体制になり、互いを殺しあわない状況を作ることができました。ただ、最後の一人である安達だけは、一筋縄ではいかないようです」

「……じゃあ、安達を殺すしかないじゃないか」

 井寺の頭の中に、再びあの難題が浮かんだ。究極の選択。安達が直接的な手段に訴えてきた今、もはや判断を保留するわけにもいかなくなってきた。それに岬の家から逃走する間際に言った、“これから井寺さんのせいで、二人の人間が死ぬことになります”、という安達の言葉も気になる。

 結局、昨日は誰も死なずに済んだ。だが、あの安達が逃走するためだけにそんな嘘をつくとは思えない。井寺はこの先、まだ何か起こる気がしてならなかった。

「良平くん。岬が狙われたのは、君の恋人だからかな。それとも、ゲームの参加者だからかな」

「それは、まだ分かりません」

「でも、安達はどうやって岬を探したんだろう。このゲームが始まってから、良平くんと岬が会ったのは一回だけ。それも何日も前、二人目の被害者が出た後に一瞬だ。それ以降は、連絡の一つも取ってない。なのに、何故今になって岬は狙われたんだ」

「……確かに」

 佐に尋ねられるまであまり疑問に思わなかったが、そう考えてみると、安達が今更になって岬の元を訪れたことにはかなり違和感があった。富摩グループで初めて会った時からずっと後をつけられていて、橋野基薫が炎上した後に岬の家に行った際にその正体に気付いたのだと決めつけていた。

 だがよく考えてみると、橋野基薫の一件の際に店の中にいた人間は、全員もれなく警察署で事情聴取を受けている。それなら、井寺が岬の家を訪れる時に安達が尾行することは難しいのではないだろうか。それに、炎上してから事情聴取の間まで、井寺はずっと安達の隣にいた。安達が誰かに連絡を取って、尾行を頼んだ可能性もない。

 であれば、安達はどうやって岬の存在に気付いたのだろうか。

「――仲間だと思っている人間の中に、裏切り者がいるんじゃないか?」

 佐からの質問に井寺は答えられず、ただ無言で病室を後にすることしかできなかった。

 そして最後に、岬のいる集中治療室に移動した。だが井寺はその前で立ち止まり、そのまま踵を返してエレベーターに乗った。実は三人の中で、岬だけが当たり所が悪く、未だに意識を取り戻していないのだ。そんな岬に会う勇気が、井寺には無かった。

 井寺が肩を落として病院のエントランスを歩いていると、その肩をまなが叩いた。

「元気ないね、どうしたの」

「……岬に、会えなくてさ」

「そうか、そうだよね」

 沈黙。あの馬鹿で明るいだけが取り柄の井寺でも、流石にこの状況では気丈に振舞うことなどできなかった。

「よし、元気が出ないときはやっぱり遊園地に行くに限るでしょ」

「え、なんでそうなるの」

「え、そんなの常識でしょ。とにかくほら、遊園地行くよ」

「駄目だよ、まなちゃんの体にさわるよ」

「え、変態」

「体に障るって、そういう意味じゃないから。病気だから、そんなとこ行けないでしょって話」

「うるさい。折角久しぶりに元気になったんだし、明日一緒に遊園地に行きましょう」

「行かないって」

「じゃあ、私一人で行きます。いいんですか、私一人で行っちゃいますよ。なにかあったら、大変なことになっちゃうだろうな。あーあ、誰か一緒に来てほしいな、不安だなー」

「分かったよ。一緒に行けばいいんでしょ」

「それじゃあ、明日ね。詳しいことは、また連絡するね」

 そう言って、まなは満面の笑みで井寺に手を振った。

「なに一人で帰る雰囲気出してるの。これから一緒に帰るんだから、その時に決めるよ」

「あ、そうだった」

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