第23話 安達からの電話
月明かりと病室の光に照らされながら、井寺と桜井は今水木の入院する病院の前の道を歩いていた。三木は今水木のことが心配だからと一晩を病室で過ごすことになったので、二人だけで病院を後にすることにしたのだ。
二人の背中から、心地よい風が流れてくる。それは、どこまでも自分たちの背中を押してくれそうな気がするほど、強く、絶え間なく吹いていた。
「井寺。安達のこと、どう思う」
「どう思うって、どういうことだよ」
「本当に、俺たちと協力してくれると思うか」
「お前、まだそんなこと言ってるのか。こうして今水木さんも無事に帰ってきたんだし、安達さんにも両親が残ってるってことだろ」
「俺も、最初はそう思った。……でも、本当にそうか?」
はたと、風が止んだ。
「無傷で帰ってきたのならまだしも、今水木さんは瀕死の重傷と言ってもいいくらいに負傷している。それが、本当に良心から来た行動だと思うのか。俺は、思わない」
「じゃあ、なんで今水木さんは解放されたんだ」
「……人質の必要が無くなった。目的を達成したから、とか」
「でも、三木さんはまだヒノボルでの活動を始めてないぞ」
「ああ。だから、嫌な予感がする。もし、安達の目的が三木さんだけじゃなかったとしたら? 俺たちにも、その毒牙が既に向けられているとしたら?」
そう言いながら、桜井の目はどんどん虚ろになっていった。井寺は、初めて見る弱気な桜井の姿に少し困惑した。これまでの態度は、すべて強がりだったのだろうか?
「……何が言いたいんだ」
井寺がそう言った時、ポケットに入っていたスマートフォンが振動し始めた。ヒノボル関係の通知とは違い、絶えず震え続けている。どうやら、電話がかかってきたらしい。
井寺は弱気な桜井の方へちらちらと何度か目をやりながらスマートフォンを取り出し、画面を確認した。しかしそこには、電話帳に登録された人物の名前ではなく、番号が表示されていた。その番号にも、見覚えはない。
嫌な予感がした。先ほどまでの桜井の発言が、頭をよぎる。その間も、携帯は振動を止めない。どうやら相手は、こちらが応答するまで電話を切る気はないらしい。
井寺は覚悟を決め、応答ボタンをタップした。
「もしもし」
「ああ、井寺さん。お久しぶりです。富摩会長と一緒にお会いした時以来ですね」
その瞬間、井寺の顔面に強く風が吹きつけた。
「……鈴木さん……いや、安達さん。何の用ですか」
「……やはり、もうバレていましたか。まあ、三木くんと繋がっているんだから当然ですよね。今水木さんは、見つけることができましたか」
「ええ。荒川自然公園でね」
「それはなにより。彼はまだ、人生で一番輝ける瞬間を迎えていませんからね。私としても、殺すわけにはいきません。本当に、生きててよかった」
体の内側から込み上げてくるものを抑え込み、井寺は努めて冷静に話を続けた。
「私も、安達さんに用があったんです。そちらが用件をお伝えしてこないようなら、こちらから用件を先にお伝えしてもよろしいでしょうか」
「おや、井寺さんは少し緊張されているようですね。先ほどから、言葉遣いに違和感がありますよ。一体何にそんなに緊張しているのか分かりませんが、肩の力を抜いてください。楽観的に考えて軽はずみな行動を取るのが、井寺良平という男でしょう」
思わず頭に血が上りそうになったが、井寺は落ち着いて一度スマーフォンを耳から外し、数度深呼吸した。ここでのせられれば、安達の思う壺になることは明白だったからだ。
そんな時、井寺の肩にそっと手が乗せられた。桜井だ。二人は目を合わせて一度頷くと、井寺は再度スマートフォンを耳に当てた。
「単刀直入に言います。俺たちと協力して、このゲームを止めましょう。お互いに炎上させるようなことはせず、平和に日常を過ごしましょう」
「なるほど。座して死を待てと、そう仰りたいのですか」
「誰もそんなことは言っていません。このゲームの主催者が何を考えているのかは知りませんが、そいつの思い通りに俺たちが殺しあうのは、どうにもムカつくと思いませんか」
「それは、一理ありますね」
安達のその言葉を聞き、井寺は胸を撫で下ろした。三木や今水木の話から想像していた通り、安達はかなりプライドの高い人間のようだ。だからこちらから提案するだけではなく、あくまで決定権は安達に委ねなければならない。
自分で考えて協力すると決めたのだと思わせることができれば、安達はそこから判断を覆すことはないだろう。そうなれば、いよいよ井寺の目指す地点に到達することができる。但し、それは裏を返せば、一度協力しないと決められてしまうとずっと敵で居続けられるということだ。
これが一世一代、最後の大勝負。失敗すれば、二度とチャンスは訪れない。まさに、背水の陣である。
「そうでしょう。では……」
「でも井寺さん、残念ながらそのお誘いは断ります」
井寺の頭が、一瞬で真っ白になった。
「……どうしてですか」
「いや、このゲームに三木くんがいなければ、あるいは協力していたと思います。でも、残念ながら三木くんは今回の参加者だ。彼だけは、僕が殺さないといけない」
「どうしてそこまで」
「井寺さんには、理解できないことです。それよりも、私と協力したいなら三木くんを差し出してください。彼さえ殺せば、私は喜んで井寺さんに協力しましょう」
言葉に詰まる井寺。三木と協力するためには安達を、安達を協力させるためには三木を犠牲にしなければいけない。井寺の本心としては、どちらにも首を振りたいところだ。だがここで安達の話を無下にすると、安達が何をするのか分からない。しかし、嘘でも三木を見捨てると言うなどできない。
そうして井寺が思考の螺旋階段を延々と昇り続けていると、やがて電話の向こうから、安達の大きな笑い声が聞こえてきた。
「井寺さん。どうやら私は、あなたも殺さないといけないようです」
「な、なに言ってるんですか」
「そのあたりの話は、既に今水木さんから聞いているでしょう? 私は、人が死ぬ直前に自分の生にしがみ付く。その、世界で一番美しい瞬間を作り出すために殺すんです。でも、今井寺さんを殺しても、その瞬間は見れそうにない。やはり、下準備が必要なようですね」
「下準備? なにを言ってるですか」
「――九条岬」
安達から岬の名前が飛び出したことで、井寺は思わず動揺してしまった。動揺して、声にもならない声を出し、スマートフォンを手から滑り落してしまった。平和な日常を送っていた頃の井寺なら大慌てでスマートフォンを取りに行くが、今の井寺にそんな余裕はなかった。
全身を固めて一歩も動けない井寺を見て、桜井がスマートフォンを拾い、画面に写っていたスピーカーボタンを押した。そして井寺の顔の前にスマートフォンを構え、真っ直ぐ井寺を見つめて言葉が紡ぎ出されるのを待った。
「……なんで、その名前を」
「いやはや、相当動揺されてるみたいですね。名前は、あの生存者一覧のメールが来た時点で知っていましたよ。でも、その正体を知ったのはほんの数時間前ですね。いやはや、井寺さんの彼女さんだったとは、盲点でした」
「……岬に何をする気だ」
「そんな、私の口からはとてもとても……まあでも、早く会いに行ってあげたほうがいいかもしれませんね。お互い、言葉ではっきりと意思を伝えられるうちにね」
そこで、電話は切れた。
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