第21話 捜索
風が木々の葉を揺らし、心地よい音を立てる。三木が待ち合わせ場所に指定してきたこの公園は、都内でも数少なくなった子どもの遊び場としても有名で、今日も元気に走り回る子どもたちの声が響いていた。
そんな楽しさ全開の子どもたちとは違い、井寺と桜井、三木の表情は暗かった。一先ず集まってみたものの、今水木を探し出す手立てなど誰も思いつかなかった。唯一の手掛かりは、安達が三木に見せたという今水木の監禁映像のみ。それも、時間にしてほんの数秒の情報しか持ち合わせていない。三木のスマートフォンに動画が送られてきたわけでもないので、井寺と桜井に見せることも出来ない。
八方塞がり。
まさにその言葉で形容するにふさわしい状況だった。
「これからどうする」
ようやく口を開いた桜井の放った言葉も、現状を何ら打開することのできないものだった。それに、誰もその質問に答えることができない。
「このままここでじっとしてても、埒が明かない。とにかく、今水木さんを探すために動き回るか、手掛かりを見つけるために考えるか。どちらかのアクションは起こそう」
「じゃ、じゃあ取り敢えず、北岡様の話を聞かせてください」
「え、僕?」
「ほら、刑事ドラマなんかでよくあるじゃないですか。連絡が取れなくなったのが一時間前だから、ここから車で一時間以内の場所にいるって推理して場所を絞っていくやつ。これと同じことをやるんです。そうすれば、今水木さんと連絡が取れなくなった時間や直前の行動なんかから、監禁場所をある程度絞ることができるかもしれません」
井寺がそう言うと、三木は自分のスマートフォンを取り出して、今水木との連絡の履歴を見始めた。
「一番最後の連絡は……今日の午後二時。ごろうちゃんから電話がかかってきたんだ」
「電話の内容は?」
「今日はごろうちゃんのお母さんの命日だからさ、墓参りに行ってたんだよ。それが終わって、今からそっちに向かいますっていう連絡だった」
「その後の連絡はなし。ということは、今水木さんはお母さんの墓参りに行っている時に襲われたと考えるのが自然ですね」
井寺が話をまとめると、三木は静かに桜井の耳元へ顔を移動させ、その耳元で囁いた。
「井寺さん、なんか急に話し方が知的になった気がするんだけど、どうしたの。なんか、急にすごく胡散臭く思えてきちゃったんだけど」
「気にしないでください。これが、こいつの平常運転です」
「ずっとこのままなら、もっと頼りたいんだけど」
「俺もそう思っていたんですけど、残念ながらこの知的モードでいられる時間は、十分が限界みたいなんです。それに、感情を揺さぶられると、一瞬で普段の馬鹿モードに戻ります」
「諸刃の剣じゃん」
三木と桜井が二人で好き放題言っていると、やがて井寺が、明らかに何かを閃いたような声を出して手を叩いた。
「どうかしたの」
「北岡様。今水木さんが行ったというお母様のお墓がどこにあるか、ご存じですか」
「うん。確か、埼玉の草加にあるって聞いたと思うけど」
「そして、安達が北岡様の前に現れたのは午後四時頃。草加市から文京区までは、移動に車を使ったとしても一時間弱はかかるでしょう。今水木さんが電話のすぐ後に襲われたとしても、二時間の間に監禁と北岡様への脅迫を済ませないといけない。なら、草加市からここ文京区にかけての道中に、その監禁場所がある可能性が高い。これだけでも、範囲は少し絞れましたよ」
「それでも、まだ探しに行く範囲としては広すぎる。もっと何か、範囲を狭める情報を探さないと。俺たちが今水木さんを奪還しようとしていることがバレたら、安達が何をするか分かったもんじゃないぞ」
桜井が冷静にそう言った時、公園の奥の方から大きな物音が聞こえた。井寺たち三人が音につられてそちらに目を向けると、そこには工事中の看板と工事現場を囲むように配置されたオレンジ色のフェンスが見えた。フェンスの向こう側では、働く車と呼ばれる車たちが所狭しと並んで、忙しなく動き回っている。
「こんな子どもの遊び場で、何の工事してるんだ」
「お前何も知らないんだな、この世のことを。この公園は、もうすぐ半分使えなくなる。子どもたちの遊び場を潰して、アルミ製のBUNKYOUってモニュメントを置くんだってさ。都知事ほど偉くなると、俺たちには理解できないような凄い考えができるらしい」
「ああ、ここもするのか。でもあれ、周辺住民のアンケートを取って賛成が十パーセントくらいだって話だっただろ。それでも強行するんだな」
「まあ、東京を海外の人も訪れやすいような、一大観光地にするっていう都知事の計画だからな。他にも、SINZYUKUとかSUMIDAとか、そのモニュメントと写真を撮れば、一瞬で何処に行ったか分かるようなモニュメントがたくさんできてたな」
「あの二人ともさ、そんな世間話をしてる場合じゃな――」
突然今水木救出とは何の関係もない話を始めた二人に対し、三木が苦言を呈しようとしたところ、何故かその会話が重要なヒントになっているような気がして、三木は開いた口をそのままにして、今抱いた違和感について考え込んだ。そんな三木の姿を見て井寺と桜井が心配そうに顔を覗き込みながら謝罪しているが、三木は深い思考と記憶の世界へとその意識を飛ばしていた。
なにに引っかかったのか。
自分にそう問いかけながら、先ほどの会話をもう一度頭の中で反芻する。しかし、何も思い当たることはない。次に、安達が姿を現した時のことを考えてみる。作業着で姿を現した安達は、三木が部屋を離れようとした時に、スマートフォンを操作することなくその画面をこちらに向けてきた。つまり、部屋に入ってきた時点で、安達のスマートフォンは今水木の監禁映像を映していたということになる。
ここまで思い出した時、三木はようやく自分の抱いた違和感の正体に気付いた。
「声だ」
ようやく三木が発した言葉は、その一言だった。井寺と桜井はその意図を察することができず、二人で声を揃えて三木に訊き返した。
「声?」
「ああ、安達が部屋に入ってきた時から、なんだか騒がしい人の声が聞こえた気がしたんだ。多分、ごろうちゃんの監禁映像に、その音声がのっていたんだと思う。大勢の人が拡声器を使っているような、そんな音声が」
「拡声器を使っているような声、か。何かのデモかな」
「今都内で、そんな大規模なデモが行われている箇所は一つしかない。そのせいで、僕のドラマの撮影も延期されたからね」
「それは、どこですか」
「荒川自然公園。ここと一緒で、モニュメント建設予定地だよ」
今水木の監禁場所は、荒川自然公園の近くである。
そう確信した三人は、大急ぎでタクシーに乗り込んで公園に向かった。
「ここが、荒川自然公園。さすがに、もう静かになってるか」
既に日が暮れているためか、公園の中にデモ隊の姿はもう無かった。だが公園内には、モニュメントの建設反対を訴える言葉を赤いペンキでデカデカと書いた看板が、無造作に並んでいた。地面には大勢の人間が縦横無尽に歩いたことを示す足跡が、暗闇を照らす三人のスマートフォンの明かりによって浮かび上がっている。
「いくら拡声器を使ってるって言っても、その声が聞こえる範囲は限られてるでしょう。きっと、ここから徒歩圏内に、今水木がいるはずです」
井寺が眉間に皺を寄せてそう言うと、スマートフォンの明かりで公園内をくまなく照らしていた桜井が突然、「あれを見ろ」と、慎重な声で言った。井寺と三木が促されるままにその明かりの先に目を凝らすと、そこには公衆トイレの壁から僅かにはみ出して見える、人の足があった。
「ごろうちゃん!」
三木がそう叫んで駆け寄り、倒れていた今水木を抱き起した。井寺と桜井も慌てて駆け寄る。今水木は頭から血を流しているうえに、顔のいたるところが腫れ上がっている。その外傷は、安達からどのような扱いを受けていたのかを、一目で理解させた。
「ごろうちゃん、起きてくれ。頼む、起きてくれよ」
三木が必死に今水木の体を揺さぶると、やがて今水木はその腫れ上がった重い瞼を持ち上げて、三木の方へと視線を向けた。
「……すいません、師匠。……俺のせいで、師匠を危ない目に合わせちまって……」
「なに言ってるんだよ、ごろうちゃん。危ない目に遭ったのは、ごろうちゃんの方じゃないか」
「でも、俺が生きてるってことは……師匠は、本名を公表したってことですよね」
「いや、違う。僕は本名を公表してない。きっと僕たちがごろうちゃんのことを探し始めたことに気付いて、あいつは逃げたんだよ」
「……違う。あいつはそんな奴じゃないです。気を付けてください。あいつは、必ず師匠のことを殺すって……」
力を込めてそこまで言ったところで、今水木は突然意識を失った。
「救急車、救急車を呼んでくれ!」
三木がそう叫ぶと、井寺は慌てて緊急通報した。
通報から十分と経たずに救急車がやってきて、今水木は最寄りの病院へ搬送。一命を取り留め、数時間後には目を覚ますまでに回復した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます