第20話 共同戦線
「え、北岡翔もゲームの参加者だったんですか!?」
電話口から聞こえる海の声は、井寺の隣にいた桜井にもはっきりと聞こえるほどに大きかった。井寺と桜井は三木と話した翌日、二人で話を整理してから、生存者全員の素性が明らかになりつつあることを海に電話で伝えていた。
「うん、三木博。それが、北岡様の本名だった」
「そうなんだ……それで、もう一人の参加者っていうのは誰なんですか」
「うん。こっちが本題なんだけど、安達勝也は十年前にあった都内連続一家無差別殺人事件の犯人、つまりは連続殺人犯の可能性があるんだ」
「嘘でしょ。でも、あんな大きな事件起こしてるんだし、捕まったんなら、もう死刑とかになってるんじゃないんですか」
「うん。だから、あくまでもまだ可能性なんだけどね。ただそんな危ない人がいるって分かった以上、ゲームの参加者を仲間にするだけじゃ、このゲームを止められないんじゃないかって気になってきてさ」
「絶望的な状況……っていうわけですね」
北岡の正体が三木博だと聞いた時とは打って変わり、海の沈んだ声が聞こえてきた。この状態で安達とジャッジメント田崎が繋がっている可能性を話してしまっては、海を完全に追い詰めることになってしまう。
そう考えた井寺は海の気を逸らすために、咳払いを数度した後、これでもかというほどに高い声を出してお道化てみせた。
「そこで、中峰さんにお願いがあるんだ。中峰さんのその圧倒的な美貌を使って、北岡様を泣き落とししてほしいんだ」
「あ、そういうのいいんで。ふざけるの、止めてもらっていいですか」
「……ふざけた声を出すのは認めるけど、内容は真面目だよ」
「なら、尚更気持ち悪いですね。死んでください」
「この状況でのその言葉は、冗談にならないからね」
井寺が涙ながらにそう叫ぶと、隣にいた桜井のもとに電話がかかってきた。桜井は、泣きながら弱音を吐く井寺を横目で見ながら、電話に応答した。そして驚きの声を上げた後、井寺からスマートフォンを取り上げた。
「なにするんだよ!」
「黙って聞いてろ。……中峰さん、桜井です。さっき馬鹿が言ったことは、忘れてくれて構いません。ただ、別のことで協力してほしいことがあるんです」
「……三木さんを仲間にすることになら、協力するつもりはありません」
「結果的にはそうなるかもしれないが、当面の目的は人助けだ」
桜井はそこで息を呑み、地面にしゃがみ込んでいじけている井寺に蹴りを入れた後、井寺がこちらを睨みつけてくるまで待ってから話を続けた。
「今、三木から電話があった。要点は二つ。一つ目は、やはり安達は危惧していた通り、十年前の連続殺人犯の安達だったということ。二つ目は、そんな安達が三木に接触してきた。それも逮捕された復讐ではなく、付き人の今水木五郎を人質にとって脅してきたそうだ。ヒノボルでの、実名活動を開始しろってな」
「なんで、そんな回りくどいこと」
「安達は、死ぬ間際の人間が一番美しいとかほざく、いかれポンチだ。そいつが橋野基薫が炎上する現場を目撃したことで、炎上メーターで人を燃やすことに目覚めたらしい。つまりは、俺たちがどれだけゲームを止めようとしても、安達は間違いなく俺たちを燃やそうとしてくる。このゲームは、安達が生きている限り止まらない」
沈黙。電話も交えた三人の会話。全員が空間を共有しているわけではないのに、場の空気が凍り付くのが分かった。
絶望。その二文字が、井寺の頭の中に浮かぶ。
自分たちが助かるためには、安達を殺さなければいけいない。だが、ゲームを止めるためとはいえ、自分たちが助かるために誰かを殺すことが正しいことだとは思えない。表情からして、桜井も同じように考えているだろう。恐らくは、海も。
倫理と論理のせめぎあい。その両者は、どれだけ闘っても勝者が生まれない。そこには勝利の文字はなく、ただ選択という文字だけがあった。自分たちで選択するという選択肢以外、存在しなかった。
「そんなの、あんまりだよ」
「……答えが出ないことに、いつまでも悩んでいるわけにはいかない。とにかく、まずは人質にとられている今水木さんを助けましょう。ゲームに巻き込まれただけの人間が死ぬのなんて、中峰さんも望んでないでしょ」
「でも、どうするの」
「僕たちは、取り敢えず三木さんに合流します。そこで今水木さんの顔写真をお借りしますので、中峰さんはその顔写真を使って、ネットで情報提供を呼び掛けてくれませんか。この中では、今はあなたが最もフォロワー数が多い」
「……お断りします。ネットで炎上したら死ぬと分かっているのに、そんなリスクのある行動、とれるわけありません」
「でも――」
桜井が説得を試みようとしたところで、電話は切れた。
「中峰さん、なんて」
「……協力はしないってさ」
そう言って桜井は、井寺に目を合わせ無いよう顔を逸らしながら、スマートフォンを返した。
「それで。北岡様――三木さんとは、何処で待ち合わせしてるの」
「ここだ。丁度近くでサイン会があったらしいが、急遽そのサイン会を明日に延期して、この公園に来るらしい」
「サイン会に来てたファンの子たちには、ちょっと申し訳ないな」
「まあ、仕方ないよね。ごろうちゃんの命がかかってるんだからさ」
突然背後から聞こえてきた三木の声に驚き、井寺は素っ頓狂な声を上げながら、座っていたベンチから飛び退いた。声の方に目をやると、ベンチの背もたれに両肘をついて体重を預けた状態の三木がいた。
「井寺さんって、本当にビビりだよね。今から連続殺人犯と対峙するって言うのにさ、そんな状態で大丈夫なの」
「も、もちろんです。心配しないでください。というか、こんないつ死んでもおかしくない状況の上に、殺される可能性が上がったんですよ。ビビらない方がおかしいでしょ」
「そうだね。きっと多分、井寺さんが一番人間らしいよ。こんな冷静に立ち向かおうと思える、僕たちの方がおかしいんだと思う」
「あの、勝手におかしい人認定されているような気がするんですけど」
桜井が遠慮がちに話に割って入ろうとしたが、三木は桜井の方を一瞥することなく、井寺の方だけを見て話を続けた。
「でもね、井寺さん。時には、人間らしさを捨てなくちゃいけない時があるんだ。今が、その時だ。これで、分かっただろう。安達が生きている限り、僕たちに平穏は訪れない。あいつを殺さない限り、このゲームは止まらないんだ」
「でも、でも、そんなことは人間がすることじゃない。人間は、命の尊さを知っている。自分たちのために誰かを傷つけるなんて、あってはならないことです」
「そんなことはない。人類の歴史の中で、こんなことは幾度なく繰り返されてきた。今も世界中のどこかで起こっている戦争が、その最たる例だろう」
「戦争を望んでいる人なんていない。それに、そんなのは極論だ」
「じゃあ、害虫駆除はどうだろう」
「害虫駆除?」
「ああ。人々は見た目が気に食わないという理由で、ゴキブリに向かって毒を噴射して殺す。これは紛れもなく、人間が望んで行っていることだ。つまり、自分に害をなす存在を殺すこともまた、人間らしい行いと言えるんじゃないだろうか」
「なにが言いたいんですか。先に言っておきますが、今水木さんを助けることには協力しても、安達さんを殺すことには協力しませんからね」
井寺がそう啖呵を切ると、三木は大きく溜息をついて桜井の方に目をやった。それを見た桜井は、無言のまま目を逸らした。そこで三木は再び大きく溜息をつき、ベンチの背もたれに置いてあった両肘を上げて直立した。
「まあ、今はごろうちゃんを助けることが先だから、この話はここまでにしておく。でも井寺さん、これだけは覚えておいて。あなたは絶対、その選択を後悔する」
「人を殺して後悔するぐらいなら、殺さないで後悔する方がましだ」
「そのせいで、大切な人が危険な目に晒されたとしても?」
三木からの問いに、井寺は答えられなかった。
「井寺さん。あなたはきっと、道徳の授業の中で決められた正解だけを選んで行動している。でもね、その正解が絶対的に正しいのは、授業の中だけなんですよ。相手の気持ちを慮って行動するだけじゃ解決しない問題が、この世界には山のようにあるから」
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