第4話 ゲームを止めたい男

「だから、何度も言ってるじゃないですか。店長は、ヒノボルで炎上したから燃えたんですよ」

 コンビニ火災の件で事情聴取を受けている井寺は、警察にあのメールの件を必死に訴えた。そのせいで、店長の人体発火も起こったのだと。だが、警察がそんな話を真に受けるわけもなく、井寺の事情聴取は早々に切り上げられた。

「くそっ、なんで信じてくれないんだよ。証拠のメールまで見せたんだぞ」

 井寺がそう不貞腐れながら警察署の出口へ向かって歩いていると、背後から突然声をかけられた。そこには、よれよれのコートと汚れた革靴を履いた男が一人で立っていた。

「井寺良平さん、ですよね。私、刑事課の木村と言います」

「はあ。俺に何か用ですか」

「はい。先ほど取り調べで、なにやら人体発火の件について心当たりがあると話したそうですね。ネットで炎上したことが関係しているとか」

「ええ。でもそんな話、信じられるわけありませんよね」

「それが、そうとも言えないんですよ」

 木村からの思わぬ返答に、井寺は目を見開き、自分でも制御できなくなった声量で今の惨状を訴えた。木村はそんな興奮する井寺を諫め、近くの喫茶店に話の場を移すことを提案した。井寺に、その提案を断る理由は無かった。

 喫茶店のテラス席に着いた井寺は、木村の奢りでオレンジジュースとミートソースパスタを注文した。木村の方はホットコーヒーを注文し、数度香りを楽しんでから口に運んだ。

「事情聴取って、話が長くて退屈でしょ。もう夜の八時だし、そりゃあお腹も空いてるよね」

 料理がつくなりがっつく井寺を見て、微笑みながら木村が言った。井寺は頬を赤らめ、全体の三割のほど麺を先に絡めたフォークを置き、半分ほどオレンジジュースを口に流し込んでから木村の方へ向き直った。

「それで、なんで俺の話を信じてくれるんですか。自分で言うのもなんですけど、俺、結構無茶苦茶な話してると思いますよ」

「無茶苦茶だって自覚は、あったんだ。まあ、君から聞いただけだったら信じなかったかもね。でも、同じ話をする人に、僕は前に会ったことがあるんだ」

「同じ話をする人?」

「……ここから先の話は公になってないから、他言無用で頼むよ。実は、今回みたいな人体発火現象は今回が初めてじゃない。少し前から、ここ周辺の狭い範囲で頻発している事件なんだ。そして、その被害者の関係者で一人、君と同じ話をする人がいた。被害者から転送してもらったっ

て言う、君と同じメールまで見せてね」

 木村の話を聞いて、井寺はますますあのメールに恐怖を抱いた。あのメールが届いた時点で、既に百人いた実験参加者の内、九割は炎上していた。実験は区役所で公募されていたものだから、そこまで遠方の参加者もいないだろう。つまり、人体発火現象が近隣で頻発していることと辻褄が合ってしまうのだ。

「僕は刑事だ。もし君が話していることが本当なら、そんなふざけたゲームは止めなきゃいけないと思っている。これ以上、そんなふざけた理由で人が死んじゃ駄目だ」

「そうですよね。そうです、そうなんですよ。いや、話が分かってくれる人がいてくれてよかった。俺も、どうしたらいいのか分かんなくなってて」

「それなら、僕に協力してくれませんか。二人で協力して、このゲームを止めましょう」

「分かりました。刑事さんが味方になってくれるなら、百人力ですね」

「それじゃあ、早速作戦会議といきましょう」

 そう言うと木村は、二枚の紙をコートの内ポケットから取り出して机に並べた。一枚は何かネットニュースの記事のようなもので、もう一枚はとあるヒノボルの投稿を印刷したものだった。

「なんですか、これ」

「あなたの話を聞いてすぐに準備したので、今はこれだけしか情報がありませんが、それでも有用なものを見つけられたと思います。まずは、こちらのヒノボルの投稿を見てください」

「え、誰ですかこの投稿者……ジャッジメント田崎? これ、明らかに偽名ですよね。ていうことは、前科者ですか」

「おや、こういう関係の話には疎い方でしたか。しかし、ご明察の通り。ジャッジメント田崎は受刑者人権保護法によって許可されたヒノボルへの偽名登録制度を使って作られたアカウントです。この法律は実名登録した受刑者の下に誹謗中傷が殺到しないようにする法律なので、通常は受刑者も偽名だと悟られにくい名前を付けるものなのですが、ジャッジメント田崎だけは、そのアカウント名から偽名であることは明らかです。ヒノボルで唯一の匿名アカウント、と言ってもいいでしょう」

 そこで木村はコーヒーを一口飲み、大きく溜息をついた。

「当然最初は、前科者であることが明らかなアカウントなど相手にされませんでした。しかし、ある日からジャッジメント田崎は突然、ヒノボルへの投稿で政治家や官僚などの不正を次々と暴露し始めました。そしてその暴露された人の中から逮捕者が出始めると、彼は徐々に信頼を獲得。今や彼は、第三のマスメディアと呼ばれるほどにまでなりました」

「そうなんですね。僕の友達にも政治家とかの不祥事にやたら詳しい奴がいて、どこからそんな情報掴んでいるんだろうと思っていたんですけど、この人だったんですね。でも、そんなに信頼を獲得している偽名アカウントがいるなんて、とても信じられません」

「ええ。全くその通りですが、これが事実です。だから改正受刑者保護法で刑を終えた受刑者が新しい戸籍をもらえることになった今でも、ジャッジメント田崎のアカウント名はそのままです。まあ、現実の名前は変わっているかもしれませんが」

 そこまで話を聞いて、井寺は先ほど木村から差し出された紙を確認した。慌てて印刷したためか、少し印刷が歪んでいて読みづらかったが、内容は達磨がこれまで働いてきた悪質なクラッキングの数々を書き連ねたものだった。

「そしてそんな人が、あの達磨さんを炎上させた張本人ということですか」

「そういうことです。そのことから考えれば、ジャッジメント田崎もこのゲームに関与している可能性が高いと思いませんか」

「確かに。なんなら、主催者側の人間かもしれませんね」

「だから私は、この男の身元について調べようかと思います」

「そういうことは、警察じゃないと難しいですよね。じゃあ、俺はなにをすれば?」

「実はもう一人、このゲームに関与している可能性が――いや、確実に参加者であるはずの人物がいます」

 そう言って木村は、テーブルの上にあるもう一枚の紙を井寺に差し出した。ネットニュースの記事を印刷したようなその紙に目を落とした井寺は、題名を見るなりその意味を理解し、内容を朗読し始めた。

富摩とみずりグループ会長富摩明夫、区役所公募の実験に参加。体内に機会を埋め込み、社会貢献。これ以上、ネットで炎上したことを理由に自殺する人を無くしたい……」

「記事の主目的は富摩グループが社会貢献しているということをアピールするものですから、実験内容について詳しく紹介されているわけではありません。でも、どう読んでもあの実験のことだと思いませんか」

 井寺は、ゆっくりと頷いた。

「井寺さんに頼みたいのは、富摩明夫の説得です。その人が味方に付いてくれれば、きっと大きな戦力となります。ひょっとしたら、このゲームのことを公にできるかもしれません」

「分かりました。必ず、やり遂げてみせます」

 そう言って井寺は木村に右手を差し出し、木村もそれに応じて固い握手を交わした。今日はもう夜が更けているので、作戦の実行は翌日に持ち越されることになった。

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