第2話 ゲームの幕開け
遊園地から帰った井寺と岬は、国道一号線沿いにあるレストランへと入った。国道がよく見える、窓際の席に案内される二人。時刻は夕方の六時で、店内には二人の後に続く形で次々とお客さんが雪崩込み、数分と経たずに満席となった。
「あと五分遅れてたら、お店入れなかったかもね」
井寺がメニューに目を落としていると、岬が囁き声でそう言ってきた。井寺が同意の言葉を言おうとメニューから顔を上げると、そのすぐ前に微笑んだ岬の顔があった。井寺はそのあまりの近さに、思わずのけ反った。
「なに。私の顔が近いのがそんなに嫌だったの?」
岬の両頬が膨れた。
「ち、違うよ。あ、あまりにも近くて驚いただけだって」
「つまり、私の顔はお化けみたいに人を怖がらせるものだってことね」
「誰もそんなこと言ってないから」
「言ってるようなもんでしょ」
そう言いながら岬は腕を組み、首を痛めないか少し心配になる速さでそっぽを向いた。井寺は一瞬、たなびいた髪から僅かに香ってきた匂いに心奪われそうになったが、そんな場合ではないと何度も首を横に振って我を取り戻し、岬に慰めの言葉をかけ始めた。
そんな時、岬のスマートフォンから通知の音が聞こえた。
「はあ。お兄ちゃんからだったら、ここに呼ぼうかな」
「もう、なんでそうなるの――」
井寺が取り繕おうとしたその時、デートの時はいつもマナーモードに設定しているスマートフォンが、右ポケットの中で振動した。井寺の反応からか、それとも振動した音が聞こえたのか。井寺の目には、岬が首をしゃくってスマートフォンを確認するよう促す姿が写っていた。
井寺は、一先ず岬の説得を中断してスマートフォンの通知を確認した。それは、見知らぬアドレスからのメールを知らせるものだった。
「ネット上での炎上の現状と、炎上が及ぼす精神および肉体的影響に関する調査にご協力していただいた皆様へ……これ、わたしとりょうくんが区役所で実験協力者に応募した奴だよね」
メールを見ていると、岬が話しかけてきた。井寺の画面にも同じ文面が書かれているため、二人のメールは同じ内容のようだった。
『ネット上での炎上の現状と、炎上が及ぼす精神および肉体的影響に関する調査』というのは、岬と井寺の最寄りの区役所で協力者を公募していた実験のことだ。その実験は炎上による自殺者をこれ以上出さないことを目的とし、ヒノボルのアカウント上のデータとリアルタイムでのバイタルサインを連携して記録するという内容だった。要するに、ネット上で炎上した人や称賛された人のバイタルにどのような変化があり、そこから心理的な変化も見通してみようという試みらしい。
困っている人がいれば、自分を犠牲にしてでも駆けつける。そんな二人が、この実験の協力を考えないわけがなかった。
「ああ、そうだね。一か月前に協力したやつのことだ。あの時バイタルを調べるために、炎上メーターって言う機械を体内に埋め込んだからね。きっと、実験が終わったからそれを取り出します、ってメールでしょ」
そう言って、井寺は再びスマートフォンに視線を落とした。だが、そのメールの内容は井寺が期待していた平和なものではなく、もっとおぞましく、背筋を凍り付かせるような内容だった。
『ネット上での炎上の現状と、炎上が及ぼす精神および肉体的影響に関する調査にご協力していただいた皆様へ
皆様、お久しぶりです。炎上メーターを体内に埋め込むときにお会いしたこの実験の主催者、
……といっても、既にほとんどの人が元気ではないことを、私は知っているのですが。何しろ実験協力者百名の中で、今もご存命なのは十一名だけなのですから。』
思わず声を漏らす岬。内容の突飛さに戸惑いを隠せない井寺。岬はそれ以上読むのが辛いのか、スマートフォンを伏せてこちらに目を向けてきた。その瞳には、いつも以上に潤いがある。井寺は何度か深呼吸してから覚悟を決め、メールの続きを読み進めた。
『 実は皆さんの体内に入れた炎上メーターは、ただのバイタル記録装置ではありません。これはヒノボルで皆さんの炎上が確認されると、体内から発火して皆さんの命を奪う、いわば時限爆弾なのです。
皆さんの中に、妙に近くでなる時計の針の音を聞いた方はいらっしゃいませんか。それは、炎上メーターからのメッセージです。まもなく炎上メーターが、皆さんの命を奪う……というね。
しかし、ここに来てなくなる方の数が鈍化してきました。きっと、善良な方たちがお残りなんでしょう。そこで、一つゲームをしてみることにしました。
ルールはいたってシンプル。最後の一人として、生き残ってください。その方だけ、炎上メーターを体内から摘出します。普通の生活に戻ることができます。その他のルールは、ありません。皆さんの、健闘を祈ります。
p.s.
このメールが信用されない可能性があるので、ゲーム開始の花火を上げることにしました。まもなく生き残りは、十一名から十名になりますよ』
メールを読み終えて顔を上げると、心配そうにこちらを見つめる岬の姿が目に入った。井寺はスリープ状態にしたスマートフォンに目を落とし、いつの間にか刻み込まれた眉間のしわを取り払い、自分が納得できる笑顔を作ってから岬の方へ顔を向けた。
「悪戯メールだよ」
その瞬間、国道の方からとてつもない轟音が響いた。それは人々を一瞬でパニックに陥れる、何かの爆発音だった。耳鳴りがする。何も聞こえない井寺は岬の無事を確認した後、状況を把握しようと辺りを見回す。
レストラン入り口のドアは窓ガラスが割れ、近くにいたであろう店員の女性が頭から血を流して倒れている。そこに数名の男性店員が駆け付け、肩を叩いて声をかけている。更にその奥には、席を待つ間座れるように設けられた店内のソファで、力なく倒れる奥さんを泣きながら抱きしめる旦那さんも見える。子どもも数人巻き込まれ、涙を流しているようだ。
次に国道の方を見る。このレストランの少し後方で、なにか車両らしきものが燃えているのが見える。火の手が激しく、それが具体的に何のかはすぐには分からなかった。だが目を凝らしてよく見ると、そのシルエットや周囲で慌ただしく動き回る人たちはあまりに特徴的だった。
護送車だ。
ドラマでしか見たことが無いが、あの四角くて大きいフォルムはそれしか考えられなかった。それに、辺りで懸命に避難誘導などをしているのは制服姿の警察官である。
「なに? なにが起こってるの?」
ようやく耳鳴りが治まった井寺の耳に、岬の声が聞こえた。岬の声はとても震えていて、振り向かずともその表情が分かった。店内には、同じような震えた声や悲鳴、子どもの泣き声がこだましている。
地獄絵図。この状況を形容する言葉はそれしかない――と井寺が考えていると、再びスマートフォンがメールの受信を告げた。
『達磨
残り、十名』
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