73.敗北

 ラフェル正騎士団の象徴である白銀の鎧。太陽の光を受け、眩き輝くその鎧を着たゼファーが一瞬で新皇帝ハルクとの間を詰める。


 ガン!!!!


 ゼファーが持つ白銀の剣とハルクが持つ大剣が音を立ててぶつかり合う。



(ぐっ!!)


 同じ魔導人体サイボーグ化したふたり。桁外れのパワーとスピードで戦うその姿は周りで倒れていた兵士達を圧倒する。



 ガン、ガンガンガン!!!!


(強い……)


 だがゼファーは感じていた。最初の太刀でそれに気付いてしまった。



 ――ハルクには勝てない


 同じ魔導人体サイボーグ化された体とは言えゼファーは不思議と越えられない壁を感じていた。それは帝国魔導部によって短期間で改良された実験の結果。不良品の烙印を押されたゼファーと違い、ハルクの実験にはその失敗から得た教訓により更なる強化が施されていた。

 つまりハルクとて魔導部からすれば結果的には失敗と言えるのだが、その性能面においてゼファーとは格段の差が生じていた。ハルクが笑いながら言う。



「おいおい、この程度かよ。皇帝さんよ」


 パワー、スピード共に上回るハルクが余裕を見せる。対するゼファーには当然ながら焦りが生まれる。



(こいつは同じ魔導人体サイボーグの俺が止めなければならない!!)


 ゼファーの中にあった正義。自らの手で帝国を一度は破壊したその責任。それをこの新たな独裁者を倒すことで少しでも償いたかった。



「弱えーんだよ、お前」


 ドオオオン!!!!



「ぐはっ!!!!」


 一瞬の隙を突いたハルクがゼファーの腹に強烈な蹴りを入れる。吐血しながら後退するゼファー。更にハルクが追い打ちをかける。



 ガン、ガガガガガン!!!!!


 圧倒的な強さに徐々に防戦一方となるゼファー。豪快に振り下ろされる大剣を防ぎながらゼファーが困惑する。



(この差は、一体なんなんだ!?)


 誰にも負けないと思っていた魔導人体サイボーグの体。同じ条件とは言えここまで圧倒されるとは思ってもいなかった。




「な、何なんだよ……、あいつら……」


 その様子を離れた場所で見ていたガイルとジェネスがつぶやく。あわよくば助太刀に行こうかと思っていたがとても自分達が介入できるレベルではない。



(あんなバケモノに、父さんは……)


 帝国三将軍を名乗る『剣士ロウガン』。相手がどんなに強力であろうが怯むことなく立ち向かう。子供の頃から憧れていた父はやはり最高の剣士であった。ゼファーが剣に力を込めて叫ぶ。



「くそオオオオ!!!! 絶対に負けないっ!!!!!!」


 ガン、ガガガガガン!!!


 流れるようなゼファーの剣技。周りにいた兵士達にはその剣筋が見えないほど速くて美しい。だがそんなゼファーの剣をハルクが持つ大剣が圧倒した。



 カーーーーーーン!!!!



(!!)


 下段から振り上げられた大剣。ゼファーの持っていた白銀の剣を空高く弾き飛ばす。剣を失い唖然としたゼファーに、ハルクは持っていた剣をすぐに構え直し突き立てる。



「ゼファー!!!!!!」


 ガイルが叫ぶ。

 ハルクの大剣がゼファーの脇腹に音を立てて突き刺さる。



 グサッ!!!!


「うぐっ!!!」


 突き刺さる大剣。同時にその傍で大声が響いた。



「止めろおおおおお!!!!」



 ガン!!! バキン!!!!!!


 ゼファーの脇腹に刺さりかけたハルクの大剣が真っ二つに折れる。そこには拳を握って立つ青髪の男がいた。



「レー兄さん……」


 脇腹からの出血を手で押さえ地面に膝をついたゼファーが小さくその男の名を口にした。レフォードが再び拳に力を込め漆黒の鎧を着たハルクに叫ぶ。



「くたばれっ、この野郎っ!!!!!」



 ドン、ドオオオオオオオオン!!!!



(ぐっ!?)


 ハルクは折れた大剣でその攻撃を受け止めたが、その強烈な勢いではるか後方まで吹き飛ばされた。レフォードが膝をつくゼファーの肩に手をやり声を掛ける。



「大丈夫か!! 大丈夫か、ゼファー!!!!」


「ごめんなさい、レー兄さん……」


 脇腹から流れ出る鮮血を見てレフォードが怒りの形相となる。



「ガイル!!! ゼファーを頼むっ!!!!」


 レフォードは少し離れている場所にいるガイルにゼファーの治療を依頼。


「了解っ!!!」


 それに応えてガイルが風魔法で一気に近付きゼファーに肩を貸す。ガイルが言う。



「レー兄、気を付けて」


「大丈夫だ」


 ガイルの言葉をハルクを睨みつけながら聞くレフォード。その頭には兄弟に剣を向けた新皇帝への怒りしかなかった。




(誰だ、あいつは……?)


 一方のハルクはやや戸惑っていた。

 自身の最大の壁となるであろう存在は同じ魔導人体サイボーグ化されたゼファーだと思っていた。実際ゼファーは強く、ハルクも本気で戦ったからこそ圧倒することができた。



(剣が折られている……)


 ハルクは手にした半分に折られた剣を見つめる。強力な剣の攻撃ならまだしも、あの青髪の男はでこれを破壊した。強化魔法か、はたまた特別な武器を隠し持っていたのか。

 相手の攻撃が分からない状況にハルクが困惑する。



「来いよ、皇帝。俺がぶん殴ってやる」


 レフォードがハルクと対峙し、拳を見せながらそう告げる。

 腰には三本の剣。それを使うことなくで戦おうとするとは。



「くくくっ……、舐められたもんだぜ……」


 ハルクが苦笑する。最強の敵ゼファーを圧倒した自分にはもう恐れるものなどない。その自分に対してそれだけ余裕を見せられるとは実に興味深い。



 カラン……


 ハルクが折れた大剣を地面に投げ捨てる。そしてレフォードと同じく拳を見せながら言った。



「ああ、相手してやるぞ。後悔するなよ!!!!」


 そう言って一気にレフォードの間合いまで詰めるハルク。



 ガン!!!!!


 ぶつかり合う拳と拳。

 その音は大地を揺らし空間を割る。



 ガン、ガンガンガン!!!!


 腹の底まで響くような太い音が辺り一面を包む。




「お兄ちゃん……」


 ミタリアが初めて不安そうな顔をする。これまでどんな敵と戦っても一瞬で圧倒してきた義兄が今日は少し違う。



「レー兄、くそっ……」

「頑張るの、レー兄様」


 ヴァーナとルコも心配そうに応援する。魔法が効かない相手には全く無力なふたり。今はただの非力な女の子である。レフォードと拳を何度もぶつけ合うハルクが叫ぶ。



「これは凄い!!! こんなに強い奴がいたなんて驚きだっ!!!!」


 心からそう思った。魔導人体サイボーグ化された自分とここまで戦える人間がいたことにハルクが驚く。だがレフォードは内心驚いていた。



(こいつ、なんて強いんだ……、硬てぇ……)


 どんな鉱石でも打ち砕いて来た自慢の拳。【超重撃】のスキルを持つレフォードの最強の武器なのだが、それがいつものように通じない。戦いの中で初めて戸惑いを見せたレフォードに、その新皇帝の強力な拳が打ち込まれた。



 ドオオオオン!!!!


「ぐはっ!!!」


 防御した腕の上から殴りつけるハルク。響き渡る異様な音。レフォードが初めて後方へと吹き飛ばされた。



「お兄ちゃん!!!!!」


 悲鳴のようなミタリアの声が響く。



「ぐっ……」


 レフォードは防御した右すねを触れる。



(折れてやがる……)


 骨折。【超耐久】を持つレフォードの防御力すら打ち破るハルクの拳。そして【超回復】のスキルをもってしてもその怪我の治療は追いつかなかった。魔導人体サイボーグ化とはこれほど強いのか。レフォードはその強さに心底驚いた。



「終わりじゃねえぞ、オラぁあああ!!!!!」


 休みを与える間もなくハルクが詰め寄り連撃を降らせる。



 ドン、ドドドドン、ドン!!!!!


 先のゼファーと同じく防戦一方となるレフォード。皆は初めて見る義兄の窮地に我を忘れて動けなくなる。



「レフォ兄、レフォ兄、やめろぉおおおお!!!!!」


 そんな中、尖った黒髪の弟ガイルだけが短剣を手にハルクに突進する。



「く、来るな……、ガイル……」


 レフォードは折れた両腕をだらりと下げながら近付く弟に言う。ガイルの短剣の雨がハルクに打ち込まれる。



「くっそおおおおおおお!!!!!」


 ガンガン、ドオオオオオオン!!!!



「ぐわあああああああ!!!!!」


 だが剣の攻撃も効かない魔導人体サイボーグハルク。まるで蚊を払うかのように軽くガイルを吹き飛ばす。



「ガイル……」


 折れた両腕から鮮血が流れ落ちる。レフォードは極度のダメージによる初めての『動けなくなる感覚』に体の自由を奪われていた。大切な弟が倒れている。義兄として死んでも助けなければならない。



「貴様っ、許さねえぞ……」


 動かぬ体に力を入れ、ゆっくりとハルクに近付くレフォード。それを見たハルクが笑いながら言う。



「あははははっ!!! お前も相当強かったが残念だな。相手が悪かった」


 ハルクが拳を振り上げレフォードに近付く。



「死んで詫びろ。皇帝に逆らったことを」



 ドオオオオオオン!!!!



「ぐわあああああ!!!!」


 皆が自分の目を疑った。

 あれほど強かった義兄が一方的に殴られ、吹き飛ばされ、うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。



「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ううっ……」


 ミタリアはもうずっと前から地面に座り込み泣いている。とても戦況が見られない。ルコとヴァーナも魔法が効かない異次元の強さを誇る敵に圧倒されている。ハルクが両腕を上げ叫ぶ。



「さあ、これでとどめだあああああ!!! 死ねよ、死ねよおおおおおお!!!!」


 絶望。無力感。何もできない皆が眼前の信じられない光景に体を振るわせる。

 だが勝利を確信したハルクが倒れているレフォードに向かって歩き出した時、皆の背後からが響いた。




聖剣突きセント・ラッシュ!!!!!!」



 ドオオオオオオオオン!!!!!


「え!?」


 光り輝く聖なるラッシュ、横に伸びる輝く竜巻が皇帝ハルクを襲う。



「ぐっ!? ぐわああっ!!!!」


 思わず吹き飛ばされるハルク。そして立ち上がって叫ぶ。



「だ、誰だ、てめえ!!!!!」


 その男は美しい金色の髪を靡かせながら聖剣を構えて答える。



「ラフェル王国、聖騎士団長エルク・バーニング!!! これ以上の蛮行はこの私が許さないっ!!!!」



「エ、エルク……」


 それは呪刃に倒れた弟エルク。血まみれになったレフォードの目に涙が溢れる。



「治ったのか、そうか……、良かった……」


 レフォードの肩をその柔らかな手が包む。



「はい、レーレー。治療の時間だよ~」


 それはピンクの髪が香しい『聖女』レスティア。攻守最強の弟妹達がこの最悪の状況の中、倒れた義兄の為についに戻って来た。

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