72.新皇帝ハルク出陣
後の帝国で『
ハルクのクーデター。再度起こった政変に一部の人間からはゼファーの圧政から解放されると期待する者もいたが、そんな薄い期待は割られたガラスの如く一瞬で音を立てて砕け散った。
「俺に逆らう者はすべて処刑せよ」
その言葉通り、異を唱える者は容赦なく斬り捨てられた。主力の多くが南方攻略で不在の帝国において、
「う、うわあああああ!!!!」
疑いや噂レベルの報告でもハルクは問答無用に斬り捨てた。ゼファーの圧政に苦しみ心が壊れかけていた人達は、更なる狂者の出現により完全にその心が破壊されようとしていた。そこへ南方攻略に向かった兵達が帰還する。
「南と休戦? やはりあの馬鹿は生かしておくわけにはいかないな。ぶっ殺す!!!」
ゼファーの行動に怒りを表すハルク。帰還兵達はようやく訪れた束の間の平和を享受する間もなく、変わり果てた帝国に絶望した。ハルクが兵を集めて命令を下す。
「これより逆賊ゼファーを討伐する!! 全員、俺に続けっ!!!!」
新皇帝ハルク率いるゼファー討伐部隊が、ラフェル王国目指してガナリア大帝国を出発したのはそれからすぐの事であった。
異変は国境から始まっていた。
ラフェル王国の国境検問所を過ぎ、ガナリア大帝国側に入ろうとしたレフォードとガイル、ゼファーとジェネスに警備兵が言った。
「ゼファー? まさか、前皇帝の……??」
意味の分からない言葉にゼファーが聞き返す。
「前皇帝? それは一体どういう意味だ?」
先日まで皇帝だった男に問われやや慌てる警備兵。別の兵が答える。
「今は新皇帝ハルク様が即位された。あなたはもう皇帝じゃない」
「!!」
四人の頭が真っ白になる。ゼファーが南方攻略に出掛けている間に一体何が起こったのか。詳しく尋ねると兵は一枚の紙を見せて言った。
「詳しいことは知らないが、この書面が送付されてきたんだ」
それはハルクのイラスト共に、新皇帝に即位する旨の説明が記載されていた。無論そこには皇帝のみが使える正式な押印がされている。ゼファーが険しい表情で言う。
「ハルク……、だって?」
記憶に残っている戦士ハルク。帝国の守りを言いつけ残して来た単眼の男。確か魔導部からの推薦だったような気がする。レフォードが尋ねる。
「知っているのか、この男?」
そう言って指差すハルクのイラスト。ゼファーが答える。
「ええ。帝国の守備に残してきた男で……、まさか、
帝国の制圧、魔導部推薦、皇帝即位。それはまるで自分が行ってきた経緯とほとんど同じである。ジェネスが尋ねる。
「ハルクも
しばらく考えていたゼファーが険しい表情で答える。
「分からないけど、その可能性が高い。こんな短時間で帝都を制圧できるなんて普通じゃない」
自分が行って来たからこそ理解できる。レフォードが言う。
「だったら尚更急がねえといけねえな。さ、行くぞ!!」
「ああ!!」
四人は国境から急ぎ帝都へと目指す。
だが国境から歩き始めて数時間、レフォード達は小高い丘の上から見たその光景に声を失った。
「な、何だ、これは……」
それは開けた草原に駐留する漆黒の鎧を纏った兵団。先日までゼファーが皇帝として引き連れていた帝国兵の集団であった。ガイルが言う。
「まさかもう俺達に気付いて来たのか!?」
「分からねえ。だが良くねえことが起こりそうな気はするな」
レフォードもその圧倒的な数の兵を見て苦笑いする。そしてその漆黒の兵団の中から大きな声が響いた。
「おうおう、そこにいるのは前皇帝のゼファー様じゃねえのか!? ああ、会いたかったぜ。ずっとずっと探していたんだぞ」
辺り一面に響く大声。帝国の兵団も足を止め、それを黙って聞く。ゼファーが前に出て言う。
「ハルク!! お前が皇帝になったと言うのはどういうことだ!!!」
真剣なゼファーの眼差し。それにハルクがやはり大声で応える。
「簡単なことよ!! 俺様の方が皇帝に相応しいってこと。皆もそう認めているぞ!!!」
「お、おおおおおーーーーーっ!!!!」
そう言って周りにいる兵士を睨みつけると、皆がやや遅れてそれに賛同するかのように歓声を上げて応えた。その歓声に黙り込むゼファーにハルクが更に続けて言う。
「さあ、これより逆賊ゼファーを討伐するぞ!! 国を売った売国奴めっ!!!!」
「な!?」
意味が分からないゼファー。
「何が売国奴だ!! 俺が何をした!!!」
「分からないのか!? 南諸国にこの帝国を売ったんだろ?? 十分死罪に値するわ!!!」
「何を言っているんだ……」
全く訳が分からないゼファー。レフォードが小声で言う。
「あれは話していても埒が明かねえ奴だ。一度ぶん殴るぞ」
「あ、ああ。でも兄さん……」
ゼファーは会った瞬間理解していた。ハルクがもう以前のただの戦士ではないということ。
「彼も
「……そうか。だけど関係ねえ。俺の兄弟に手を出す奴は誰だろうとぶっ飛ばす!!!」
そう言ってレフォードが拳を作って見せた時、それは起こった。
「お命、頂戴っ!!!」
(!?)
漆黒の鎧の軍団。帝国兵の中から突然声が響いたかと思うと突然ひとりの男が飛躍し、背後から皇帝ハルクの首めがけて剣を振り下ろした。
ガン!!!
背後からの攻撃に不意を突かれたハルク。まったく無防備のままその双剣を首に受け、そのまま落馬する。斬りつけた男が無念の表情を浮かべて言う。
「くそっ、これでもダメであったか!!!!」
その男の顔を見た周りの兵達が驚き声を上げる。
「あ、あなたは……」
「父さん!!」
レフォードの横にいたジェネスが前に出て叫ぶ。新皇帝ハルクに斬りかかった白髪の男。それは元帝国三将軍であった『剣士ロウガン』。双剣の使い手でありゼファーに破れ投獄されていたジェネスの父であった。
「父さん、父さん、どうして!!??」
これから帝都に行って救助する予定だった父ロウガン。それがなぜか今目の前にいて皇帝に斬りかかっている。ハルクが叫ぶ。
「くっそ、てめえ、ロウガンか!! 何しやがる!!!!」
立ち上がったハルクが怒りの形相でロウガンを睨みつける。双剣を構えたロウガンが答える。
「簡単なことよ。帝国に巣くう癌を取り除くのみ!!!」
そう言って再びハルクに斬りかかる。
ガンガンガン!!!!
ハルクも背中の大剣を抜刀しそれに応戦する。ロウガンは捨て身の攻撃でハルクに斬りかかった。
ガン!!! バキーーーーーーン!!!!!
そして折られるロウガンの双剣。
持てる力を全て振り絞って相打ちを狙ったロウガンの剣は、無情にも悲しげな音を立てて折れた。
グサッ……
「と、父さーーーーーーんっ!!!!!」
両膝をついて叫び涙する息子ジェネス。
無残にもハルクの持っていた大剣がロウガンの脇腹に突き刺された。
(あれは、ジェネス……、そこにいたのか……)
何が起きていたのかは知らない。敵として戦ったゼファーの隣に息子がいる。ロウガンの意識が遠のく。そしてそのまま崩れるように倒れた。
「父さん、父さん……」
涙を流すジェネス。レフォードが静かに言う。
「泣いてる暇はない。行くぞ」
圧倒的人数の帝国軍。ゼファーと並び最強と恐れられる
「なあレフォ兄。これ勝てんのか?」
「さあな」
そんなことはどうでも良かった。
弟ゼファーを狙い、非道を繰り返す新皇帝をぶっ飛ばす。レフォードの目的は単純だった。ハルクが帝国兵に号令をかける。
「ゆくぞっ!!! 逆賊共を討ち取れっ!!!!」
「おおおおーーーーーーっ!!!!!!」
戦が開始され興奮状態の兵士達が叫び呼応する。
普通に考えれば負けていたであろう。
いくら個が強いレフォードやゼファーが居たとしても、平原を埋め尽くす漆黒の帝国兵団にたった四人で勝てるはずはなかった。
だがそんなことは誰も思わない。皆は不思議と勝てると信じていた。そしてレフォード達の勝利を導く女の声が後ろから響く。
「レー兄ぃ!! ストップストップ!!!!!」
その声に驚き足を止めるレフォード。そしてさらに別の声が響く。
「みんな止まるの。
「あ、あ、お前ら……」
レフォードが信じられないような顔で言う。それはラフェル国王に残して来たヴァーナとルコ、そしてミタリアであった。
「ぐっ!? な、なんだこれ……!!??」
驚いたのは帝国兵団。突然皆の体が何か重い鉛をつけられたかのように動かなくなる。やがて倒れ行く漆黒の兵士達。動揺する皆の目に、更なる悲劇が映る。
「
それは『業火の魔女』として帝国まで名を轟かせたヴァーナの業火魔法。轟音と共に灼熱の雷撃が動けなくなった帝国兵団の頭上へと落とされる。
ドン、ドドドオオオオオオオオン!!!!
「ぐわあああああ!!!!」
響く雷鳴。震える空気。無抵抗のまま業火魔法を受ける帝国兵は一瞬で阿鼻叫喚の様相となる。引き連れて来た兵士達が倒れる中、たったひとり無傷の皇帝ハルクが言う。
「これは魔法!? ラフェルの魔法使いか!!!」
ハルクは手にした大剣を構え、鋭い単眼でレフォード達を睨みつける。
「すげえ、ふたりともマジで半端ねえ!!!!」
ガイルが『業火の魔女』と『魔族長』との共演に目を輝かせて興奮する。その気になれば天下さえ取れるふたりの広域魔法。ただもちろんふたりが欲しいものはそんなものじゃない。レフォードがふたりに歩み寄り言う。
「まったく大人しくしてろって言ったろ? まあ、でも助かった。ありがとな」
そう言ってレフォードがヴァーナとルコの頭を撫でる。とろけそうな満面となったふたりが言う。
「うふふふ~っ、いいのいいのって。レー兄。もっと褒めてくれ~」
「嬉しいの。レー兄様、ルコと結婚するの」
ミタリアだけが腕を組んでむっとその様子を見つめる。そんな様子をジェネスが唖然として見つめて思う。
(す、凄い……、一体何者なんだ、この人……)
前皇帝ゼファーの義兄と聞かされただけで驚きだったが、援軍として現れた女の子も桁外れに強い。しかもあれだけ無差別に落とされた攻撃魔法だが、倒れている父ロウガンの場所だけ落ちていない。豪快さと正確さを併せ持つ恐るべき魔法使いである。ゼファーが言う。
「レー兄さん、
倒れた帝国兵団の中でひとり立つハルクを見てレフォードが答える。
「そのようだな。じゃあ、ぶっ飛ばしに行くか」
それににこっと笑ってゼファーが答える。
「私が行きます」
そう言うとゼファーは一瞬で姿を消し、単騎ハルクへと突撃した。
「ま、待て!! ゼファー!!!」
レフォードの声は既にハルクに迫ったゼファーには届かなかった。
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