69.おかえり、ゼファー。
皇帝ゼファーが南方攻略の為軍を率いて出陣した帝国城。その地下の広間でこの国の未来を左右する大きな出来事が起きていた。
「ま、待て。ハルク。ちゃんと話し合えば分かるだろ……?」
黒の魔導着を着た老人が体を震わせながら言う。
極秘に進められていたハルクの
「話? そんなものは必要ない」
ハルクの単眼がじっと怯える魔導士を見つめる。
周りには目覚めたハルクによって撲殺された魔導部の仲間達の遺体。このままでは同じように殺される。魔導部の老人が震えた声で言う。
「ハ、ハルク。お前が皇帝になるがいい。その為の手伝いをしよう。この私が必要になる。この知能が」
そう言って醜い笑みを浮かべる老人にハルクは躊躇なしに右拳を打ち込んだ。
ドフッ!!!
「ぎゃっ!!」
顔を殴られそのまま吹き飛ぶ老人。倒れた先で何やら呻いていたがすぐに静かになって動かなくなった。ハルクが言う。
「お前らを生かして置いたらまた
ハルクはそう言うと部屋のドアをぶち破り、壁に掛けてあった愛用の巨大な剣を手にする。
「まずは帝都の制圧。そしてゼファーだな。誰が本当の皇帝か教えてやる」
ハルクは巨大な剣を背に背負うと一歩ずつ階段を上る。帝国城一階で警備をしてた兵士が彼に気付き声を掛ける。
「あ、ハルクさん。もう用事は済み……」
兵士が先程までとは全く雰囲気が変わったハルクを見て動きが止まる。ハルクが兵士をギロリと見て言う。
「口に気をつけろ。俺は皇帝ハルクだ」
そう言い残しハルクはひとり城内へと歩き出した。
「シルバー様っ!!」
「副団長っ!!」
ガナリア大帝国の新皇帝ゼファーと戦っていた正騎士団員は、その白銀の鎧に身を包んだ自軍の大将の登場に思わず声を上げた。騎士団長エルクが不在の今、この男が最後の砦となる。シルバーが言う。
「待たせたな。みんな」
「シルバー様!!」
シルバーが剣を皇帝ゼファーに向けて言う。
「私は正騎士団副団長シルバー・ランズリー。貴公はガナリア大帝国皇帝ゼファーとお見受けする。間違いはないか!!」
漆黒の剣を手にしたゼファーがゆっくり答える。
「そうだ。俺は皇帝ゼファー。すべての支配者だ。跪け。すべての支配を受け入れるならこれ以上屍を積み上げることはせぬぞ」
真っ黒な鎧にマント。余裕をもって話すゼファーにシルバーが言い返す。
「残念だがそれは受け入れられぬ。我らは誰にも屈さぬ。正騎士団がいる限りはっ!!!!」
シルバーが剣を構えてゼファーに突進する。
カーーーーーン!!!
交わう漆黒の剣と白銀の剣。
カンカンカン、カーーーーーン!!!
数太刀剣を交えた後、シルバーが後退する。
(強い。なんて強さだ……)
本気の太刀。だがまだ相手は余裕をもっていなしている。剣を持つシルバーの手もじんじんと痺れる。ゼファーが尋ねる。
「弱いな。お前がラフェルの大将か?」
「……そうだ」
屈辱的な言葉。だが剣を交えたシルバーにはそれが決して嘘ではないことは理解していた。シルバーは躊躇うことなく剣を天に振り上げた。
(あれは??)
戦場で帝国軍相手に魔法を放っていた魔法隊長レーアの攻撃が止まる。遠くで皇帝と戦うシルバーを見つけ無言で頷く。
「
疲れ切った体。レーアは最後の力を振り絞るようにその強化魔法を副団長へと送った。
「ん? なんだそれは……??」
シルバーと対峙していたゼファーがその変化に気付く。剣を天に掲げたシルバーの体が白くぼうっと光り始めている。
(強化魔法か何かか?)
すぐにその強化に気付いたゼファーが考える。シルバーが剣をゼファーに向けて言う。
「正騎士団の全力を持って貴様を潰すっ!!!!!」
そう言いながら突撃するシルバー。体に大きな負担がかかる強化魔法。それでもそれを選択しなければ全く勝ち目はない。全ての力をもって相手を仕留める。
ガン、ガンガンガン!!!!
再び交わる漆黒の剣と白銀の剣。
ゼファーは先程とは打って変わって強くなった敵の力に内心驚く。
(ほお、これは凄い。だが……)
ガン!!!!!
「ぐわあああああ!!!!」
ゼファー渾身の一撃。剣でそれを防いだシルバーだが、勢いは止められる後方へと吹き飛ばされる。
「シルバー様っ!!!」
周りの兵が声を上げる中、シルバーがよろよろと立ち上がる。ゼファーが言う。
「実力差を知ってもまだやる気か? 降参せよ、下民共よ」
シルバーが剣を向けて言う。
「ふざけるなよ、皇帝。我らは誇り高き正騎士団。如何なる時も敵に背は向けん!!!」
そう言いながらシルバーが三度ゼファーに斬りかかる。
ガンガン、ガーーーーン!!!!
「ぐわあああああああああ!!!!!」
そして吹き飛ばされるシルバー。
「シ、シルバー様っ!!!!」
倒れたシルバーを見て兵士達が声を上げる。腕から大量の血。剣を握る手からどくどくと鮮血が流れている。
「ま、まだだ……」
反対の腕で剣を持ち立ち上がろうとするシルバー。その姿にやや驚きながらゼファーが近づく。
「この状況でまだ降参せぬとは驚きだ。帝国の奴らはすぐに根を上げていたのだがな。もう一度問う。我に跪け」
片膝をつきながらシルバーがゼファーを見上げて言う。
「断る。跪くなら死を選ぶ」
無表情のゼファーが剣を振り上げ言う。
「そうか。ならば死ね」
ゼファーがその漆黒の剣を高く振り上げた時、そのふたりの周りに緑色の風が渦巻いた。
「何やってんだよ、ゼファー」
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
「ぐわぁあああ!!!!!」
シルバーが死を覚悟した瞬間、彼らの周りに緑色の風が舞いその中から青色の男が姿を現した。そして拳を振り上げ、皇帝ゼファーの顔面を思いきり殴りつけた。
「だ、誰だ!!!!」
吹き飛ばされた皇帝ゼファー。周りにいた帝国兵は初めて見るゼファーの姿に思わず戦っていた剣を止める。ゼファーは起き上りすぐにその相手を見つめる。
(誰だ、あの男……)
まったく知らぬ男。
青い髪をした三刀流の剣士。会ったことはないはずなのに、不思議な既視感と懐かしさが内から湧き出る。
「レ、レフォードさん……」
出血する腕を押さえながらシルバーが声を出す。
「ひでぇ怪我だ。ガイル、ミタリア!! すぐに手当だ!!!」
「おう!」
「はいっ!!」
レフォードの声にすぐにふたりが反応し駆け付ける。シルバーが安堵した表情で言う。
「後は頼みます。レフォードさん……」
レフォードが頷いて答える。
「任せろ。弟のケツは俺がきちんと拭く」
ミタリアは義兄が何を言っているのかよく分からなかったが、すぐに怪我をしたシルバーをガイルと共に運ぶ。
「ゼファー、久しぶりだな……」
レフォードがゼファーと向き合い声を出す。
「久しぶり? 俺は貴様など知らぬ」
そう答えるゼファーにレフォードが小さく首を振って思う。
(一体あいつに何があったんだ……、まるであの頃とは別人だ……)
成長したゼファー。いつも大人しく陰で過ごしていた弟。最後まで心を開いてくれなかったが、このような残忍なことをする人間ではなかったはず。レフォードが言う。
「俺が分からないのか、ゼファー。レフォードだ」
「レフォード……?」
一瞬ゼファーがその名前について考える。そしてそれに初めて気付いた。
(俺の過去の記憶がない? どういうことだ……??)
ゼファーは皇帝に即位する前の記憶、あるはずの幼いころの記憶などが一切頭に残っていないことに気付いた。
(これが
「俺は最強の
「
初めて聞く言葉。帝国内でも極秘事項である
「ゼファー」
「ゼファーお兄ちゃん……」
シルバーを運び終えレフォードと向き合うミタリアとガイルが心配そうにふたりを見つめる。ゼファーが言う。
「お前が何者か知らないが、俺の前に立ちはだかるならば遠慮なしに斬り捨てる!!!」
「来いよ、ゼファー。俺が終わらせてやる」
漆黒の剣を振り上げ突進するゼファーにレフォードが拳を構え迎え打つ。
ガン、ガンガンガン!!!!
「ぐっ……」
高速で振り下ろされるゼファーの剣。レフォードはそれを腕や拳で受け止める。ガイルが驚いて声を上げる。
「お、おい、血が!?」
レフォードの腕から鮮血が流れ落ちる。これまでにない強力な斬り込み。【超耐久】を持つレフォードですらその攻撃を完全には防ぎきれない。
「お兄ちゃん……」
ミタリアは兄弟同士で戦うその姿に耐え切れず涙する。
(これは一体どういうことなのだ……!?)
一方のゼファーは混乱しかけていた。これまで何でも斬って来た漆黒の剣がどれだけ力を入れても斬れない。まるで硬い岩を剣で叩いている感覚。
「なあ、ゼファーよ。俺はお前に謝んなきゃならねえんだ……」
「!?」
意味が分からない言葉。それと同時にゼファーの腹部に強烈な一撃が打ち込まれる。
ドフッ!!!
「ぐわあああああ!!!!」
漆黒の剣の攻撃を防ぎながらレフォードが放った渾身の一撃。ゼファーは先程よりも強い一撃に腹部を押えながらゼイゼイ息をする。
(お、重い一撃……、どうなってるんだ……)
(この俺が、この俺が、くそオオオオ!!!!!)
ゼファーが立ち上がり、持っていた漆黒の剣でレフォードを斬りつける。
ガシッ!!!
(!?)
レフォードがその漆黒の剣を腕で掴む。流れる鮮血。レフォードが剣を掴んだ手に思いきり力を入れる。
バキン!!!!
「なっ!?」
ゼファーは目を疑った。目の前で全幅の信頼を置いていた漆黒の剣が真っ二つに折られたことを。恐怖がゼファー包み込む。
「う、うわああああ!!!!!」
折れた剣を投げ捨て握った拳でレフォードを殴りつける。
ドフ、ドフドフドフ……
レフォードはそれを立ったまま無言で受け止める。
「お兄ちゃん……」
ミタリアは感じていた。もう義兄に戦うつもりはないと。
「痛てえな、ゼファー……」
一方的に殴られるレフォードが小さくつぶやく。ますます混乱するゼファー。この状況ならいつでも自分をやれるはずなのに、なぜ何もしない? 想像すらできない状況にゼファーが苦しみ始める。
(え……?)
レフォードは怯えるゼファーを優しく抱きしめた。
(な、何を俺に……)
戸惑うゼファー。そしてレフォードが小さく言った。
「やっと見つけた」
ゼファーは全身の力が抜けて行くのを感じた。なぜこんなことになるのか分からない。だけど心地良い感覚。
レフォードがいつも影に隠れていた幼い弟を思い出し言う。
「ずっと見つけてやれなくて済まなかったな。許してくれ……」
圧倒的な力。圧倒的な包容力。
ゼファーの心の奥で小さく光っていた何かが大きくなり、彼を照らした。
「……レー兄ちゃん」
ゼファーの目から涙がこぼれる。
「おかえり、ゼファー」
レフォードは強く弟を抱きしめた。
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