68.ラリーコットの女神
ラリーコット自治区にある対ガナリア大帝国用の要塞。
自治区首都の北部に位置し、有事の時の為に作られたこの要塞にこれまでに経験したことのない緊張が走った。
「ジャセル様。指揮を……」
警備兵からの早馬を受け砦に集結したラリーコット軍。強固な装備が自慢の兵士達だが、さすがに目の前を埋め尽くす黒い集団を見て震えあがる。
個人の争いでは負ける気はしないが集団ではほぼ勝ち目はない。自治区長が病の為動けぬ中、その息子であるジャセルにすべての責任が圧し掛かる。
(やべえ、やべえ、どうしよう……、レフォードさん、助けてよ……)
圧倒的兵力。ほぼ勝ち目がない戦い。今行えることは救援が来るまでの時間を稼ぐことぐらい。だが早馬を送ってからまだ数時間。とても間に合うとも思えない。ジャセルが言う。
「と、とにかく守れ。決して打って出るな」
「は、はい!」
専守防衛。結果としてジャセルが選んだこの戦術は正しかったとこととなる。
「うおおおおお!!!!」
「行け行けっ!!! 打ち倒せっ!!!!!」
ぶつかり合う両軍。ラリーコット軍は砦の上から弓や魔法で必死に応戦する。
「強えぇ、何だあいつら……」
対戦したラリーコット軍が皆その帝国兵の強さに驚く。弓矢を弾き返し、魔法をかき消し、目の前に迫る敵を斬り捨てる。紛れもなく鍛錬を積んだ兵団であった。
「なんですか?? この程度なんですか。残念ですね~」
その中でもひときわ大きなその僧侶に戦場の皆が震え上がった。
「ふん!!!」
ドン、ドオオオオン!!!!
僧侶の衣装を纏い前線で拳を振るう男、それは帝国三将軍の『僧侶ダルシス』であった。
「こいつどうなってやがるんだ!!??」
剣で斬りつけようが魔法を受けようが一向に効かないその大きな体。負傷と同時に治療を行う
「弱いですね、弱いですね、脆いですね。新皇帝の為あなた方は今すぐ我らにひれ伏しなさい」
そう言って次から次へと兵士達を蹴散らすダルシス。『重戦車』と異名を持つこの異質な僧侶相手に誰も手も足も出なかった。
「許さないの。あなた達」
そんな重戦車の前に、ひとりの少女が空より舞い降りた。
紫色のボブカットの少女。後ろには一見して魔族と分かる従者を従えている。突然の魔族の登場に帝国兵が動揺する。ダルシスが言う。
「おやおや。魔族が登場ですか。ちょうどいいですね。あなた方もいずれ我らが滅ぼすべき存在。どなたが存じ上げませんがここで力の差を見せつけてあげましょう」
周囲にいた兵士達は、サキュガルの姿を見て皆距離を取り始める。サキュガルがルコに尋ねる。
「私が行きましょうか?」
「いいの。ルコがすぐに片付けるの。レー兄様との約束だから」
「御意」
その言葉を聞き右腕を胸に当て会釈してから後退する。ダルシスが言う。
「おやおや。そちらの強そうな魔族の方は後ですか? 私に少女趣味はありませんが、まあいいでしょう。そう言った新たな享楽に触れてみるのも悪くありませんね」
そう言いながら丸太のような太い腕をルコに向けるダルシス。ルコが言う。
「お前うるさいの。すぐに消えるの」
そう言われたダルシスが激怒。
「ふざけるなっ、このガキがっ!!!!」
ドオオオオン!!!!
その丸太のような腕で思い切り地面を殴りつける。
バリ、バリリ……
少しだけ地面が割れ大地が揺れる。咄嗟に宙に浮いたルコに向かって言う。
「さあ、もう諦めなさい。帝国軍、このダルシス様には敵わないんですよ。今なら許してあげましょう。私の可愛いペットにしてあげますから」
ルコが無表情のまま心底嫌そうな声で言う。
「キモ。本当にキモいの。この世から消えればいいの」
それを聞いたダルシスが再び激怒。腕を振り上げた瞬間、ルコの可愛らしい声が小さく響いた。
「
「!?」
同時にその場にいた皆に圧し掛かる暗黒の重力。ダルシスも急に重くなった体に驚き声を上げる。
「な、なんですか。これは!? 悪魔の呪い!!??」
周りでバタバタと兵士達が地面に倒れて行く中で、たったひとりその重力に抗う。片膝をつきながら耐えるダルシス。体中から脂汗を流しつつルコを睨みつける。
「あ、悪魔の少女め。許しませんよ……」
辛うじて少しだけ振り上げた右腕。その右腕が白く光る。
「泣いても許しませんから!!
僧侶ダルシスの右腕から放たれようとした光の散弾。だがそんな彼の目にそれをあざ笑うかのような巨大な黒き砲弾が形成されようとしていた。
「
全てを闇に帰す漆黒の砲弾。自分の攻撃より少しだけ早くその砲弾が放たれた。ダルシスが叫ぶ。
「そんな強い魔法を維持しながら、更に魔法だと!? 馬鹿め!! そんなもの私にかかれば……」
そう言って光の散弾魔法を放ったダルシス。だがそれはルコの漆黒の砲弾の前に露の様に消え去った。目の前に迫った砲弾を見ながらダルシスが震えて言う。
「うそうそうそ……、こんなことがあっては、私は最強の僧侶で……」
ルコ渾身の暗黒魔法は、三将軍ダルシスを巻き込みながら帝国兵を一掃。そしてその報告はヴェスタ公国のヴァーナ同様、半日ほどでラフェル王国に伝えられた。
「あ、あれは一体誰なんだ……」
突然現れて帝国兵を一掃した魔族。可愛らしい女の子と従者のような魔族。完全な敗北も覚悟していたジャセルにとってまさに救いの神となったのだが、それが悪魔なので笑えない。
(でもめっちゃ可愛いじゃん……)
それでも頭から小さな角を生やすルコを見てジャセルは心ときめいた。あんなに可愛いのに強い。ジャセルは責任者という立場を利用してルコ達に声を掛ける。
「おーい、あんた誰だか知らないがありがとう!!」
その声に気付いたルコとサキュガルがジャセルの方へと飛行しやってくる。
(うわっ、マジ可愛い!!!)
すっかりひと目惚れしてしまったジャセル。もう悪魔と言うより女神にすら見言える。ルコが尋ねる。
「あなた誰? ジャセルってのを探してるの」
まさかまさか向こうから自分の名を呼んでくれるとは思わず、ジャセルが昇天したかのように喜ぶ。
「お、俺がジャセルだ。そんなに俺って有名なのか??」
照れながらジャセルが言う。ルコはそれに全く関心を持たずに手にした封書をポイっと投げ言う。
「それ手紙なの。ちゃんと読むの。帰るの」
「え? ええっ!?」
手紙を投げられ驚くジャセルをよそに、ルコはサキュガルと一緒に飛び去って行く。
「手紙!? まさかラブレターとか!!??」
とてもラブレターとは思えない正式な封書を開封し読み始めるジャセル。満面の笑みと期待に溢れていた顔から徐々に表情が消えて行く。最後は手を震わせながら言う。
「あ、あの子、レフォードさんの妹なのか……、マジかよ……」
そこには同盟国であるラリーコットにレフォードの妹ルコを応援に出すこと。協力して帝国と戦って欲しいとのシルバーからの手紙であった。手紙を読み終えたジャセルが空を見上げて言う。
「お義兄さん、お義兄さんと呼ばせて頂きます。レフォードさん!!」
またひとり、面倒な弟が増えた瞬間であった。
ヴァーナとルコと言う強力な姉妹が活躍した周辺国。その一方でラフェル王国は初っ端から苦戦が続いていた。
兵力数でも圧倒的に多いゼファー軍。厳しく鍛錬された帝国兵は、正騎士団魔法隊長レーアが放つ攻撃魔法でもあまり効果が上がらなかった。重歩兵隊長ガード達が
「退くな、退くんじゃない!! 我らが後方は王都ぞ!!!」
ここで正騎士団が敗北すればそれはイコール王都陥落を意味する。絶対に負けられない戦いに正騎士団を始めとしたラフェル王国軍が必死に抵抗する。
「ミタリア様の為、ここは一歩も通さぬぞ!!!」
辮髪で筋肉質の歩兵隊長ジェイクも奮闘する。白銀の鎧を纏い先頭で戦い続ける姿は、それだけでそこにいる者に勇気を与えた。
「僕だって負けないぞ!!!」
同じく蛮族出身のライド。風のように戦う彼の戦闘スタイルに帝国兵も翻弄される。苦戦はしていた。だがまだ首の皮一枚で前線を維持できていた。その男が剣を抜くまでは。
「ダルいダルい!! 死ぬ気で行けよ、貴様らっ!!!!」
それは漆黒の鎧とマントを羽織った敵将ゼファー。
皇帝に相応しい貫禄に覇気。開戦から全く動こうとしなかった帝国最強の男がついに腰を上げる。側近が片足をつき言う。
「お気をつけて、ゼファー様」
漆黒の剣に手をかけたゼファーが前を向きながら言う。
「誰にものを言っている。愚か者め」
「はっ」
側近が頭を下げ後退する。剣を抜いたゼファーが前線で戦う敵幹部を睨みつけて言う。
「まずはあいつ」
そうひと言いい残し、その場からすっと姿を消す。
(速い!!)
目にも止まらぬ速さ。あっという間に帝国兵と戦っている辮髪の男の間合いまで詰め寄る。
(なっ!?)
突然現れた正体不明の敵。ジェイクは完全に不意を突かれ対応が一瞬遅れる。
カン!!!
「ぐっ……」
辛うじて身をひねり、剣で応戦したジェイク。しかし胸には深い傷跡。ぼたぼたと鮮血が流れ落ち始める。崩れ落ちるジェイク。それを見る間もなくゼファーが次の獲物の元へと走る。
「はあっ!!!!」
「え!?」
カンカン!!!!
ライドはジェイク同様突然現れた敵に必死に応戦する。間一髪の所で攻撃をかわしたライド。後方に移動し短剣を構える。
(こいつはヤベエ……)
ライドが対峙した相手を見て震える。真っ黒な鎧にマント。手にも同じく漆黒の剣。向き合っているだけで手が震えるほどの強者。だが意外なことにその男はすっとその場から消える。
「え? なに!? どうして……、うがああああ!!!!!」
ライドは自分の両足から大量の血が噴き出していることに気付いた。いつの間の攻撃か分からない。最初の太刀なのか。ライドがその場に崩れ落ちる。
「私が行く」
その様子を後方から見ていたシルバーが心を決めた。
「シルバー様、しかし……」
騎士団長エルクがいない今、シルバーまでもがいなくなったらそれこそ正騎士団の壊滅である。だがシルバーには分かっていた。自分がこのまま控えていても負けは確実。ならばやれることはやれなければならない。そして少しでも時間を稼ぐ。
「シルバー様……」
側近が辛そうな表情を浮かべる。シルバーがラフェル王城を見つめてから答える。
「大丈夫。城が落とされることはない」
「は、はい!!」
シルバーが手を上げて出陣する。
(王城には騎士団長とレスティア様がいらっしゃる。大切な兄弟。だからあなたがここを敵に落とさせるはずありませんよね)
真っ白な馬に乗りシルバーが剣を振り上げ駆け出す。
(私が時間を稼ぎます。だから早く戻って来てください)
――レフォードさん
正騎士団副団長シルバー。
死を覚悟した戦いに、今ひとり向かう。
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