67.ヴェスタの守護神
拘束されたジェネスがヴェルリット家に戻ったレフォード達と話し合いをしていた頃、ガナリア大帝国とその南方にある周辺国の国境付近は大混乱に陥っていた。ラフェル国境警備兵が叫ぶ。
「帝国が、ガナリア大帝国が攻めて来たぞおおおおおおお!!!!」
それは平和を享受しようとしていたラフェルの者にとって、まさに最も恐れていた悪夢。真っ黒な鎧に身を包んだ帝国兵が大地を黒色に染め上げる光景は地獄と言っていいものであった。
「突撃だっ!! 総員突撃せよっ!!!!!
「おおおおっ!!!!!」
真っ黒な鎧、漆黒のマントを靡かせながら軍を指揮する新皇帝ゼファーの命に帝国兵が大声で応える。
「た、大変だ!!! 王城へ急ぎ連絡をっ!!!!」
国境警備兵は王城への連絡を急がせつつ、この規模の警備兵では半日も持たないだろうと顔を青くした。
「く、黒い兵!? まさかガナリア大帝国っ!!??」
それと同じ現象がヴェスタ公国、並びにラリーコット自治区の国境でも起きていた。ヴェスタ公国には金色の衣装のリンダ、ラリーコットには穏やかな顔をした巨躯ダルシスが兵を率いる。
空中に浮かびながら敵兵を見下ろすリンダが電気を帯びた髪をかき上げながら言う。
「さあ、この私を痺れさせてよね~」
ラリーコット自治区の国境にある高台からダルシスがにこやかな顔をして言う。
「では始めましょうか。血のお祭りを」
ガナリア大帝国の同時侵攻がついに幕を上げた。
「シルバー様、シルバー様、大変ですっ!!!!」
ラフェル王城、副団長室で雑務をしていたシルバーに兵が慌ててやって来た。これまでにない慌てよう。シルバーが尋ねる。
「どうした??」
兵が呼吸を整えてから報告する。
「帝国が、ガナリア大帝国が侵攻してきました!!!」
「!!」
現時点で予想される最悪の事態。レフォードのお陰で憂いが消えて行く中、最後に残った最も厄介な出来事にシルバーの顔が歪む。
「現状は?」
「はい! 国境を破られ真っすぐにこの王城へ向かって来ているそうです」
「どのくらいでここに着く?」
「恐らく明日の朝にはもう……」
「そんな……」
既に昼過ぎ。もう一日も時間がない。兵が続ける。
「更にまだ未確認ですが、ヴェスタ公国とラリーコット自治区にも同時侵攻したとの話が入って来ています」
「なに!? 同時侵攻??」
それが本当ならば本格的な侵攻だ。至急対処が必要である。シルバーがすぐに幹部招集をかけた。
「聞き及んでいるかもしれないがガナリア大帝国の侵攻が確認された。既に国境を突破され明日の朝にはここに辿り着く」
「!!」
集められた幹部達、魔法隊長レーアに重歩兵隊長ガード、新たに就任した歩兵隊長ジェイクにライド達一同が驚きの表情となる。ガードが言う。
「明日の朝? そりゃまた急だな……」
「敵は誰なんです?」
ジェイクの問いかけにシルバーが首を振って答える。
「まだ分からない。だけど目撃者の話では漆黒の鎧にマント。新皇帝ゼファーの可能性がある」
「あらあら~」
その重い言葉にレーアが笑って答える。シルバーが言う。
「王都並びに王城の守備を徹底的に固める。戦は郊外で。街や城を巻き込まぬよう行う」
皆がその言葉に頷く。そしてシルバーは同じく召集された部屋の隅で立つふたりの魔族に向かって言う。
「ルコちゃん、サキュガル殿」
腕を組んで話を聞いていたサキュガルが顔を上げる。シルバーが言う。
「おふたりにはラリーコット自治区への応援に行って貰いたい」
「ラリーコット?」
サキュガルが尋ねる。
「ああ、ラリーコットだ。先日ラフェルと同盟を組み、対ガナリア大帝国に対して共戦することになった。だがラリーコットの軍事力は侮れないもののその絶対的数は足りているとは言えない。そこで応援に行って貰いたい」
黙り込むサキュガル。意外にもルコが前に出て行った。
「分かったの。すぐ行くの。レー兄様との約束だから」
事前に防衛をレフォードと約束していたルコ。ここで頑張って義兄に褒められたい。侵攻とか戦とか別にどうでも良かったが、約束した食事会が無くなるのは絶対に避けたい。シルバーが頭を上げて言う。
「感謝します。魔族の力を借りられれば防衛も不可能ではない」
ラリーコットが落とされればラフェルが挟撃されるのは明白。その意味でルコのラリーコット行きが叶いシルバーが安堵する。
「ではこれが書面です。ラリーコット自治区長か、そのご子息ジャセル殿にお渡しください」
そう言って正騎士団からの書面をサキュガルに手渡すシルバー。それを受け取ったサキュガルとルコはすぐにラリーコットへと向かった。
(ヴェスタ公国には『業火の魔女』がいる。彼女がまず負けることはない)
シルバーが渋い顔となる。数と質で周辺国より一歩リードするラフェルだが、ルコやヴァーナと言った絶対的な切り札がいない。本来はそは正騎士団長エルクの役目なのだが、未だ目を覚まさない。
(私が守り抜く!!!)
シルバーは集まった皆の前で強くラフェルの勝利を誓った。
「凄い軍隊よね~、本当に怖いわ」
ヴェスタ公国の首都の端にある見張り台からその戦況を見ていたゲルチがつぶやいた。
帝国兵の侵攻が報告されて一日。あっという間に首都の目前まで迫ったその漆黒の兵を見て皆が驚きの声を上げた。
統率が取れた動きに強力な装備。ホームでの戦いのはずだがじわりじわりと公国軍が押され始めていた。深紅のタイトドレスに真っ赤な帽子。手には同じく赤いショールを手にしたヴァーナがその黒い集団を見下ろしながら言う。
「潰すぞ。あいつら」
ヴァーナは苛ついていた。
しっかりと防衛をすればレフォードとご飯に行けるのに、公国軍が押され始めその計画が潰れようとしている。目障りな侵略者。今すぐ一掃したい。ヴァーナのショールが舞う。
「邪魔だぁああ!! 消え去れっ!!
一瞬で空が赤く染まる。その染め上げられた雲の中より、深紅の業火がまるで雷の様に敵へへと降り注ぐ。
ド、ドオオオオオオオン!!!
「ぎゃあああ!!!!」
堅固な装備を誇る帝国兵も、ヴァーナの怒りの業火の前に次々と倒れて行く。
「ギャハハハハッ!! くたばれ、くたばれっ!! 虫けら共ーーーーーっ!!!!」
次々と落とされる業火の雷。帝国兵の足が止まった時、その聞いたこのないような眩しい光が空を覆った。
ドン、ドドオオオオオオオン!!!!
「!?」
帝国兵の頭上に落とされていた業火の雷。その全てをその光は轟音と共に打ち砕いた。
(電気? ……これって)
ゲルチは大気中に漂う微かな放電に気付く。そして帝国軍の頭上に舞い上がった金色の衣装を着た女に気付く。
「ヴァーナちゃん、気を付けて。あの
金髪に金色のドレス。宙を舞いながら帝国三将軍のひとり『魔導士リンダ』が言う。
「いいね、いいね。痺れるわ~、あれが噂の『業火の魔女』って子? ぜーんぜんガキだけど、ハートが痺れちゃうわ~!!」
そう言ってリンダが手を前にかざし魔法を詠唱する。
「
リンダの詠唱と同時にその周囲に現れる無数の黄色い魔法陣。そこから一斉に雷の弾丸が首都に向かって放たれる。リンダが笑いながら叫ぶ。
「あーははははっ!! これが雷って奴よ!! 痺れるでしょぉおおお!!?? ねえ、しびれるでしょオオオオオ!!!???」
ヴァーナに負けず劣らず狂気的な魔導士リンダ。顔色を変えて驚くゲルチの横にヴァーナが仁王立ちする。
「レー兄とのメシをぶち壊そうとする下賤な女。許さんぞおおおおお!!!!!」
ヴァーナのショールが空を舞う。
「
瞬時に帝国兵の足元から吹き上がる溶岩。あっという間に空まで放たれた灼熱のマグマがまるでカーテンのように電撃を打ち消す。
「なっ!? なに、あれ!!??」
驚くリンダ。しかし最上級の驚きはこの後すぐに訪れた。
「
怒りを抑えて舞う深紅の舞。
静かに言い放たれたヴァーナ最強の業火魔法が驚きで動けなくなったリンダを襲う。
ゴオオオオオオオオ……
「うそ……、全身痺れて動けないわよ、これ……」
真っ赤に染められた空を破壊するように割って現れる巨大な隕石。燃え滾る炎。地響きを起こす轟音。そのあまりに理解不能な存在の前にリンダはただただ黙って見つめることしかできなかった。
その半日後、ラフェル王国シルバーの元にヴェスタ公国が帝国軍を返り討ちにしたとの報告がもたらされた。
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